幼馴染聖女を庇って死んだ騎士だけど、アンデッドとして蘇りました ~幼馴染聖女はヤンデレ化してしまいました~

笹塔五郎

未練

「なんで、なんでなんでなんで! どうして治らないんですかっ!」


 ――そんな悲痛な声が耳に届いた。

 手を真っ赤に染めながら、白を基調とした衣服を身に纏ったブロンドの髪の少女は、涙を流しながらひたすらに手に魔力を込めている。

 施しているのは治癒魔法――『聖女』と呼ばれる者にしか扱えない、貴重な魔法だ。

 リリィ・マクシィル――それが聖女の名だ。

 けれど、治癒魔法にだって限界がある――小さく息を吐き出しながら、騎士の正装に身を包んだ黒髪の少女――レナン・ローデルはそっと、リリィの手に触れた。


「もう、いいから」

「何、を言って……」

「この怪我はもう、助からないよ」


 ――そう、助からない。

 自分の身体のことだからよく分かっている。

 けれど、リリィはそんな言葉に聞く耳を持たない。


「そんなこと言わないでください! 絶対に治しますから! こんなところで死なないで……私を、一人にしないでください……」


 それは願いのようなもので――リリィがどうして、そこまでレナンに執着するのか。

 幼い頃から二人は仲良しで――幼馴染だった。

 リリィは『聖女』としての才能を見出され、レナンは彼女を守るために剣術の腕を磨き――騎士となった。

 そうして無事に護衛となって、見事に役目を果たしたわけだ。

 刺客の襲撃を受け、聖女を狙った者達を退けたが――その代わりにレナンは致命傷を負ってしまった。

 その傷は深く、聖女の力を以てしても治療が追い付かない。

 だから、レナンは死ぬ――幼馴染を残して。

 当然――未練がないと言えば嘘になる。

 幼馴染を庇って死ぬなんて最悪だ。

 けれど、守れてよかったというのも本音だ。


(ああ、でも、どうせ死ぬなら……)


 もう一つだけ未練がある――そんな風に思いながら、レナンは静かに息を引き取った。


「やだぁ、お願いだから、目を開けて……」


 ――はずだった。


「……?」


 その言葉通り、レナンは目を開けた。

 何が起こっているのか、身体の痛みはまだある。

 けれど、先ほどよりは随分とマシになっていた。


「……あれ」

「っ!? ……レナン?」


 可愛らしい顔を涙で濡らしながら、リリィが顔を上げた。

 その表情は呆気に取られているが、レナンもまた驚きを隠せない。


「よかった! レナン! 本当に……よかった……っ!」


 そう言って、リリィはすぐに抱き着いてくる。

 そんな彼女のことを優しく受け止めた。

 確かに死んだはずなのに――すぐに怪我を確認する。

 あちこちに致命傷となる傷があった――見れば、それらは全て治っていない。

 だが、徐々に治りつつある。


「こ、これは……まさか」


 リリィはすぐに何かに気付いたようだ。

 もしかすると、聖女の新たな力が目覚めて助かったのだろうか。


「レナン……あなたは、アンデッド化しています」

「……へ?」


 ――それはあまりに予想のしない言葉であった。

 アンデッド――不死者と呼ばれる魔物。

 命ある者が未練によって魔物と化す事象であり、リリィの言葉が真実であれば――レナンはたった今死んで、すぐにアンデッドとなったのだ。


「……そんなことある?」


 さすがにレナンも信じられなかった。

 死んだと思った瞬間に、すぐにアンデッドとして蘇るなんて。


「才能――そう言わざるを得ません。高位のアンデッドであれば、人だった頃の意識や記憶を保持していると聞きます。私に聖女の才能があったように、あなたにはアンデッドの才能があった……」

「最悪の才能すぎる……。でも、これでお別れくらいはちゃんとできそうかな」

「……お別れ?」

「うん。だって、私はアンデッドなんでしょ? 魔物になった以上――このままってわけにはいかないし」


 アンデッドは国の決まりで例外なく討伐対象となっている。

 魔物である以上、たとえ今のレナンのように意識を保っていたとしても――いつどう変化するか分からない、危険な存在なのだ。

 だが、目の前には聖女であるリリィがいる――浄化は聖女がもっとも得意とする魔法の一つだ。

 アンデッドのような不死者に対する特攻と言ってもいい。

 このまま――リリィに浄化してもらえるのなら本望だ。


「――です」

「ん?」

「嫌です」

「? 嫌って……?」

「浄化は、しません」

「! 何を言って――」

「嫌なものは嫌なんです! 私があなたを助けられなかったから、あなたはアンデッドになってしまった」

「そんなことはないって! この傷じゃどのみち――」

「その傷だって、私を庇ったものだからじゃないですか」

「それは――騎士としての役割を果たしただけで」

「とにかく、あなたを浄化はしません」

「アンデッドの私を浄化しないなんて、聖女としての役割を果たしてないようなものだよ? そんなことしたら、リリィの身が――何を!?」


 何とか説得しようとしたが、不意にリリィは懐から短剣を取り出すと、自らの首元にぴたりと刃先を当てた。


「あなたを浄化するくらいなら、私はここで死にます」


 その瞳が本気であることは――幼馴染だからこそ理解できてしまった。


「……わ、分かった。分かったから……落ち着いて、ね?」

「二度と私の前で浄化など口にしないでください。そうしたら」


 ピタリと、再び刃を自身の首元に当てる。


「分かったって!」

「ふふっ、分かればいいのです……」


 小さく笑みを浮かべてリリィは言った。

 ――どうしよう、アンデッドになったせいで幼馴染が病んでしまった。


「ああ、それと――アンデッドは未練で動く魔物です。その未練だけは、絶対になくさないようにお願いしますね」


 未練で動く魔物――そう、レナンに強い未練があったから、こうして蘇ったのだ。


(じゃあ、それって……)


 レナンはその言葉を受けて、困惑する。

 だって、レナンの未練は――リリィに「好きだ」と告白できなかったことなのだから。

 それは友達としてではなく、恋愛感情があるという意味での。


(浄化を願ったら死ぬって言われるし、告白して未練を達成しても――私がいなくなったら、リリィは死ぬってこと……?)


 ――その上、アンデッドであることがバレても終わり。

 その場合は、リリィの立場も危ういものとなってしまう。

 とんでもない状況になってしまったレナンであるが、


「大丈夫です。聖女である私の傍にいる限り――誰も疑うことはありませんから、ね?」


 ――リリィは隠し通すつもりだ。

 こうして、未練でアンデッドとなった少女は、聖女のためにアンデッドのまま騎士を演じ続けなければならなくなってしまった。

 最愛の人を――死なせないために。

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幼馴染聖女を庇って死んだ騎士だけど、アンデッドとして蘇りました ~幼馴染聖女はヤンデレ化してしまいました~ 笹塔五郎 @sasacibe

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