Bets on the Demons Dead

刻桜 刹那

猟犬の夜

#1 日常に罅が入る音



「コックリさんをやって意識不明になった生徒がいると聞いて見てみれば、狐を騙ったの悪魔だとは」


 夜の教室、中央の机の上でその犬の悪魔は人の腕ほどの牙を見せつけ涎を垂らす。そんな悪魔を隣の椅子に座り睨みつける。右手には水の入ったペットボトル、左手でさっきまでコックリさんをするのに使っていたコインを使ってコイントス。


『なんだ貴様、エクソシストか。まぁよい、エクソシストだろうが子供ならたかが知れてる。我の口の中で己が肉体と魂が砕けるのを観に染み込ませながら散るとよい』

「生憎で悪いが、俺の魂はお前程度が喰っていいもんじゃねぇんだ。それにお前程度に負けるなら俺は今日まで生き延びちゃねぇよ」


 俺の言葉を聞き我慢ならなくなったのか犬の悪魔が口を大きく開き唸り声を轟かせながらこっちに飛び掛かって来た。幾つもの牙を越えた先の喉奥にはソレが淡く光を放っているのが見える。

 3メートル程の巨体の動きで真下の机が吹き飛ばされ、更にその机により周りの机が吹き飛ぶ。後の片付け考えて動け駄犬が。


『人間の子供の虚勢にしては質が低いなァッ!』

「おいおい!こんな誘い文句でそんなに急ぐなよ、童貞かぁ!?」


『Grrraaaa!!』


 ──キン、と


小さな金属音と共にコインが宙に弾かれた瞬間、右手に握っていたペットボトルの水を左手に掛けたのちペットボトルを投げ捨て、拳を握る。左手が若干ヒリヒリと痛むがこの程度なら問題ない。

 その口が俺の頭を包み砕こうと唸り声を上げながら迫った瞬間、その左の拳を大きく振り上げた。


「ガラ空きだぜ」

『Gaaa!?』


 犬っころの顎にアッパーを決める。開かれていた口が無理やり押し込めるように閉じられたことでその牙が幾つか砕けた。自分よりも絶対的に下だと思っていた存在にしてやられたからだろう、困惑ですぐさま反撃する様子もない。


「コイントス、葬儀屋アンダーテイカー

『あいよ、最近使いすぎたばっかだろ、気ぃ付けろよ』


 俺の呼び声で右手の中に一丁の大型拳銃が召喚される。

アンダーテイカー、俺が契約している悪魔”コイントス”の創造する拳銃。本来であれば二丁で一対のモノだが今は右手しか空いてないから一丁だけだ。だがこの程度の悪魔にはその一丁だけでも過剰戦力かもしれない。


「二度は無いぜ、地獄に堕ちやがれ」

『Grrraaaaaaaa!!!』


 アンダーテイカーの銃口を犬っころの顎先に押し付ける。視界の下で何が起きてるかわからない犬っころが逃げようと俺を前足で押そうとするが、一手遅い。

 引き金が引かれ、胸に響くような低く重い銃声が教室に響く。


『a───』


 さっきまで暴れようとしていた犬っころは姿勢を変えずあらゆる音を出すのを止め身体の崩壊を始めた。右腕を下しアンダーテイカーを仕舞う。アンダーテイカーがガラスのように砕け、俺の手の中から消えた。


 犬っころの喉奥あたりに左手を突き出す。崩壊がそこまで到達すると、淡く光るソレが左手の中に落ちる。意識不明となった生徒の魂だ、悪魔は人の魂を食らい己が力とする。今回は運よく完全に取り込まれる前に取り返すことができたが、もし俺がこの事を聞かなければ手遅れになっていたかもしれない。だが間に合った、一件落着だ。


「出てきていいぞー」


 俺の言葉を聞いて教室の扉からあいつは顔を出した。


「おわったー?」

「終わった」

「無事だったー?」

「無事だった」


 間延びした声を出しながら俺に近づいてくる。


──”小古井ココイ こよこ”


 4歳の頃から幼馴染で最初の被害者。長い黒髪を軽くまとめた、背の低い垂れ目の幼げな少女。

 こっくりさんの儀式は一人でできないから、こよこに協力してもらった。今までも一人じゃできないことをする時に協力してもらってる。本当ならこんな危ないことに巻き込みたくないが、いつもいろいろあった末に俺が根負けして手伝ってもらってる。


 事前に悪魔が出てきたらすぐ逃げろと言っておいたがいざ実際に出てきて最初に襲われそうになると気もが心底冷える。

 やはり悪魔祓いに関わらせるべきではないのかと頭を悩ませていると、こよこが俺の頬に右手を当てた。頬や目元を撫でたり軽く押して引っ張ったりしてくる。


「また使ったの?」

「……まぁ、一発だけ」

「でも、この前たくさん使ってたよね」


 情けない俺の弁解はあっけなく砕かれた。責めるような目でこよこが俺を見てくる。


「…………」


「…………」


その目に耐えられず、思わず目を逸らすがそれでもこよこは俺をじっと見つめてる。


「こよこは、さえが死んだらかなしい、すごくつらい。たえられない」

「………………暫くは控える」

「できれば一生つかわないでほしい。でも、さえはこよこのためにムリしてるからつよく言えない」


 こんな時、つくづく自分の”笠守 紗冴カサモリ ササエ”という名前が嫌になる。支えられているのは俺の方だっていうのに。こよこを守るために、悲しませないためにコイントスと契約したっていうのにこれじゃ本末転倒だ。


『おいおい、大事な女を泣かせんなよぉ』

「むぅっ」


 こよこと話していると背後から黒い棺桶を背負い黒いスーツを着た、銀色の大きなコインが本来頭部があるべき場所に鎮座している悪魔、コイントスが現れた。そんなコイントスをこよこが眉を寄せて幼く睨みつけてる。


「おまえがちゃんとしないせいで さえの顔色がまたわるくなってる」

『そりゃ弾にはコイツの血ぃ使うからな』

「ちゃんと使わせないように注意してって言ったよね」

『注意したさ、でも使ったのはコイツだ』

「もっとほんきで止めて」

『契約してないお前の言う事をちょっとでも聞いてやってんだぜ。ここから先は血液少量常時使用プランをご契約している契約者限定です~』


 こよことコイントスはいつもこんな感じだ。こよこの心配はありがたいが、きっと俺が契約を解除することは永遠にないだろう。もし仮にあるとしたらそれは俺かコイントス、どっちかがくたばった時だけだ。


「あ」


そういえばまだやらきゃならないことがあった。


「コイントス、お前も机片すの手伝え」

『えー』



+++++++



 街の端、山の中にある古びた石造りの教会。その重々しい木の扉を開けると奥に設置されている4、5m程の十字架の前に、ステントグラスから差す月明かりに照らされながらその男は立っていた。


──”百々 氷トド コオリ


 俺の協力者、さっきの犬退治に使った聖水もこの男が作ったものだ。粗悪なものだが、俺にはそのくらいがちょうどいい。


「終わったか、魂は俺の方で預かろう。明日明後日のうちに身体に戻しておく」

「頼むぞ」


ビニール袋に入れていた魂を百々に渡す。百々は受け取った魂を10秒ほど観察し、足元に置かれていた水入りバケツに突っ込んだ。


「少し弱っているな、聖水に漬けておけば幾分かはマシになるだろう」

「絵面がなぁ」

「いちいちそんなこと気にしてたら金が無くなる、俺はもう”アルカナ”のエクソシストじゃないんだ。そういや今回アルカナの連中に見つかってないよな?」


 ”アルカナ”、天使と契約してその”奇跡”を用いて悪魔祓いを行うエクソシスト達の組織。俺の敵にもなる。アルカナのエクソシストは悪魔だけでなく悪魔と契約している契約者も執行対象としている。たとえ契約して得た力で悪魔祓いをしていても、だ。下手に見つかれば面倒事になるのは目に見えてる。


「……ん?お前、左手見せろ」

「え?まぁいいけど……」


 百々に言われた通り大人しく左腕を突き出す。百々が俺の着ていたパーカーの裾を捲って左腕を露出させる。そこには赤い火傷痕が広がっていた。


「お前また聖水を自分の身体に掛けたのか」

「どうせすぐ治るんだ、大したことじゃない」

「大したことだ、自分を傷つけることを当たり前にするな。お前はまだガキなんだ、ガキらしくしてろ」


 悪魔と契約した者の身体は聖なるモノで”浄化”される。俺も例外ではない。さっき粗悪な聖水くらいがちょうどいいといったが、それは下手に質が良いと自分に降りかかった時にそこが溶けるかもしれないからだ。だから精々火傷程度で収まるこのくらいのモノがちょうどいい。


 「ちょっと待ってろ」


 そう言うと百々が倉庫へ入っていった。なんだかんだあの男は優しいんだ。優しすぎて、アルカナをされるほどに。



 聖水に漬かる魂を指でつついてると百々が何かを持ってきた。


「軟膏だ。塗っておけ、傷の治癒が早まる」

「ありがとう」


 受けっとった軟膏の蓋を開け腕に塗り広げる。ひんやりとしていて気持ちいい。


「無理をするなよ、こよこちゃんが独りになるのは見てられん」

「死なないように頑張るさ」

「死なないように首をあんまり突っ込むな」

「すまないが、無理そうだ」


 呆れたように溜め息を吐く百々を横目に、ポケットから出したコインを宙に向かって指で弾いた。



+++++++



「ねぇ!一組の藤門さん意識戻ったって!」「へぇー、よかったね」「この前の学年集会だるかったな、言われなくてもコックリさんなんてやらねぇって」「言っとかなきゃなんか言われるんだろ」「それにしても、例の意識不明事件原因何なんだろうな」



 あの日から三日、土日を終えた月曜日。学校の中ではちらほらと例の意識不明の生徒が目覚めたことが話題になっていた。新高校一年生だとしても、二ヶ月もすれば学校の雰囲気にも慣れてきて若干飽き始める生徒が出始める時期だろう。話題になるようなことはすぐ共有される、勿論全員ではないが。


「百々、ちゃんとやったみたい」

「ちゃんとやってくれなきゃ困る」


 こよこと軽口を叩きながら自分達の教室、一年三組に入る。朝のSHR5分前なだけあって殆どのクラスメイトが既に登校している。自分の席に座ると同時に無精髭を生やした中年の担任が入ってきた。


「席に座れー、今日は早めに始めるぞー」

「「「えー」」」

「いいから座れ」


 クラスメイト達がダラダラと席に戻り始めると後ろから声がかけられた。


「おはよう紗冴くん」

香織カオリさん?お久しぶりだ」

「お久しぶりだね」


 ミディアム程の長さの髪を小さくまとめた薄幸そうな、他クラスの生徒からは“美少女”と言われている天利 香織アモリ カオリだ。生まれつき身体が弱いらしく、度々学校を休む事がある。前にあったのは先週の火曜だったか。


「土日挟んじゃったから五日ぶり…かな?」

「身体は大丈夫なのか?」

「うん!もうへっちゃらだよ!」

「ならよかった」


「もっと心配してくれても良いんだよ?」

「大丈夫だって信じてるから心配しない」


 俺の言葉を聞いた香織さんは時計を見た後、小さくはにかむと鼻歌を歌いながら自分の席に戻っていった。香織さんとはまだ二ヶ月の仲だが、他のクラスメイトよりは仲良くしてもらってる。自分の身体の弱さを乗り越えようとする香織さんは応援したくなってしまう。


 香織さんが席に戻ったのを確認した担任は一度教室の扉に目を向けこう言った。


「あー、超重大発表だ。お前たち学生が全員遭遇することはない貴重なイベントだ」


「えー」「何だよー」「早く言えー!」


「入ってくれ」



 担任の言葉で、教室の扉が開く。そして教室に一人の少女が入ってきた。金髪碧眼ロングヘア、大きい目に整った鼻、ありていに言えば美少女。クラスメイトの殆どがその美少女(仮)に目を奪われる。

 対して興味なさそうにしているのは俺とこよりと香織さん。あと入ってくる瞬間にあくびをして美少女(仮)顔を見ていない男子生徒の御剣 真弥ミツルギ シンヤ


 美少女(仮)が教卓横まで来ると担任が目配せをした。


「マリア・ホリーです!今日から皆さんのクラスメイトになります!よろしくお願いします」

「というわけで、転校生のマリア・ホリーだお前ら仲良く───」

「あ!お前は昨日の───」


 担任の話の途中、マリアの顔をみた御剣が声を上げる。きっと朝に会って何かがあったのだろう。だが、今はそんなことどうでもいい。


『おい』

「あぁ、今


 コイントスが呼び掛けに小声で応える。要件はわかっている。マリアが教室に完全に入った時、後ろから憑いて付いて来たソレ。


 白い翼に黄金のヘイロー、宙に浮くソレは誰がどう見ようと───


「あの女、エクソシストだ」

『下手に見るな、目が合うとまずい』

「わかってる」


天使だった。


日常に罅が入る音がした。


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