第二話 うそつきの優しさ
「あ、また来てくれたんだ。」
ベッドから外を眺めていた
「最近、よく来てくれるよね。私、嬉しいよ。」
そう言い微笑む笛菜に、
「これ、持ってきたんだ。」
そう言うと、蓮はフルーツが盛られたバスケットを差し出す。
笛菜の顔が輝く。
「フルーツ!? 嬉しい!」
蓮はベッドの脇の椅子に腰を下ろした。
「何か食べる?」
笛菜は少し考えてから答えた。
「リンゴがいいな。」
「わかった。」
そう言うと、蓮はその場でリンゴの皮を剥き始めた。
「皮むき、上手だね。」
蓮は少し照れくさそうに微笑む。
「そりゃ……一人暮らしだから、このくらいは。」
「それでもすごいよ。私にも、いつか教えてほしいな。」
その顔に、蓮は微笑むことしかできなかった。
「リンゴ、嬉しかった。ありがとう。
あと、花束も。嬉しかったよ。」
礼を言う笛菜に、何も言えぬまま蓮は「さよなら」を告げ、病室を後にしようとする。
笛菜が蓮に一言。
「また来てくれる?」
蓮は少し迷いながらも、小さく答えた。
「多分。」
そして、扉の向こうへと歩き出した。
向かったのは、バイト先の酒屋。
「あ、店長、こんにちは。」
「神原くん。今日もよろしくね。」
彼は店長の
糸目で頼りなく見えるが、優しく慕われている──いわゆる“いい人”だった。
店長は微笑むと、少し申し訳なさそうに蓮へ話しかけた。
「神原くん……もしよかったらなんだけど。」
「はい、なんでしょう?」
「土曜日の午前中にシフト入れるかな?」
店長は依然として申し訳なさそうだった。
「いいですけど……どうしてですか?」
「バイトの子が辞めちゃってね。
神原くんがいつも頑張ってるのは承知なんだけど……」
「別にいいですよ。むしろシフト増やそうとしてたので。」
店長の顔が一気に明るくなる。
「本当かい? 神原くん!」
「もちろんですよ。店長にはいつもお世話になってますし。」
「じゃあ……早速来週から頼むよ。」
そして、少し申し訳なさそうな顔で尋ねる。
「ちなみに……どうして増やそうと思ったの?」
神原の脳裏に、笛菜の笑顔が一瞬よぎる。
少し照れくさそうに答えた。
「ちょっと……欲しいものがあるんですよね。」
店長の顔は腑に落ちたように落ち着く。
「そうだったのか。無理はしないようにね。
まあ、こちらとしては大助かりなんだけどさ。」
「じゃあ、私はこれで。」
そう言うと、店長はバックヤードへと消えていった。
その日のバイトは、いつもよりやりがいを感じた気がした。
「えっと……これが食費で……」
蓮は家で家計簿をつけていた。
「こっちが光熱費。」
「そしてこれが……お見舞い分だな。」
「あまりは貯金して……よし、できた!」
蓮の毎月のルーティンだった。
翌日の放課後。蓮は病院に向かった。
もちろん花束とともに。
そしてプレゼントにお菓子を持っていこう。喜んでもらえるといいな。
「今日も来てくれたんだ。」
笛菜とも馴染めてきて、放課後に会うのはお互いのルーティンになっていた。
「クッキー? 食べたい!」
そう言われたので、クッキーの缶を笛菜に渡す。
「えへへ……ありがとう。」
口いっぱいにクッキーを頬張りながら、笛菜は告げる。
「んんん、んんんん!」
「え?」
思わず聞き返してしまった。
笛菜はクッキーを飲み込むと、再び言い直す。
「私、来週に退院なんだ。」
蓮の心が少しざわめく。
「へ、へぇ……そうなんだ。」
笛菜は優しく微笑みながら続けた。
「今までありがとね。私は何もできないけど……いつか返せたらいいな。」
──違う。そう言いたかった。
「本当に……神原くんは……優しいね……」
そう言う笛菜の顔は、泣いていた。
──違う。俺は優しくなんかない。君をいじめていたクズだ。
そう言いたいのに。
「ごめん……感極まっちゃって……」
やめてくれ。
「あのさ……学校に行っても……仲良くしてくれる?」
ダメだ。そんなこと、許されるわけがない。
それなのに、断れない。言い出せない。
本当に俺は──神原蓮は、どうしようもない男だ。
「……うん……」
断るべきなのに、真実を言うべきなのに、弱々しく頷くことしかできなかった。
これじゃ、まるで詐欺師じゃないか。
こんなに自分のことが嫌いになったのも、久しぶりだ。
「ありがとう……よろしくね……」
涙を拭き取り、笑顔で手を差し出す笛菜の手を──
握るべきじゃないのに、悔やむべきなのに、迷わなかった。
「ありがとう……神原くん……」
その声は、忘れたくて、忘れたくなかった。
罪と花束 差し水醤油 @634117
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