第16話
宿・グランインの裏手には井戸があり、石鹸も借りてパトラッシーの汚れを落としまくった。が、長年蓄積されたものはすぐになくなるわけでもなく、ゴワゴワした毛が少しマシになった感じである。剛もそのまま体を洗い流し、案内された部屋に付いた。
「美味そうだったなぁ~~……明日の朝飯は食えるのかな」
ベッドに横たわりながら、剛は食事処に出てたメニューを思い出した。グゥっと腹が鳴る。
「アキゴーは食ってねぇからな……明日になってみないとわからんだろ。俺が残飯食って美味かったってのが結果的に良い調査だったわけで、美味いと感じたら俺に感謝し貰わんといかんよな」
パトラッシーが良い宿を選べた自画自賛をしていたが、剛は一気に疲れが襲ってきて、ほぼ聞かないまま眠りについていた。
*****
朝。剛は顔を洗い、身を整え、食事処へ降りて行った。
「おはようアキゴー、パトラッシー。もうご飯できてるから席について待っててね」
昨日と同じ給仕の女性が二人をテーブルに案内した。
剛はドキドキが止まらない。マズイとなった場合、全てパトラッシーが「俺が食うから、給仕の子を泣かさなくて済むから安心しな」というが、飯が食えなくなるという怖さもある。
気持ちの整理をする間もなく、朝食がプレートに乗って出てきた。
「簡単なものだけど、焼き立てのパンと、取れたて卵の目玉焼き、搾りたてのミルクという贅沢朝ご飯だよ」
前の世界では味わえない、完全に出来立ての仕様。悩む姿を見せてしまうと変に思われてしまうだろうから、笑顔で「いただきます」と言うしかない剛。しかも給仕の女性は見ているから、食べなければならない……。テーブルソルトをチョロチョロっとかける時間を作ったところで、1日が過ぎるわけでもなく、恐る恐るだが目玉焼きを小さく切って口に運んだ。
「!……美味しい」
美味しい、もちろんそれもあるが、なにより、ちゃんと味がした。その次に卵のうま味が口を支配した。そして、味覚は一晩でリセットされるということだろうかと安心したのと、朝食はしっかり食べないとという認識になった。
「美味い!」
と唸って、昨日の夜に食べられなかった分も含めてペロリと平らげてしまった。物欲しそうに見ているパトラッシーがいた。
「す、すまん……」
どうしようかと思っていたが、給仕の女性は「心配しないで、おかわりがあるから」と同じものを出してきて、パトラッシーにも与えてくれた。
「こんなに美味しそうに食べてくれるなんて、作った甲斐があるってもんだよ」
2皿目でも止まらない剛を見て、ニコニコと笑顔を向けている。
「あ、そうだ、食べてるところ申し訳ないけど、自己紹介してなかったね。私はオリビア、ここグランインをやりくりしてる娘ね」
なるほど、だから昨晩も今朝もいるのかと納得した剛。
「作ってるのは私のお母さんのクローディア」
キッチンから手を振っている。肝っ玉感のある女性が見えた。
「パンはお母さんが焼いてるんだけど、卵と牛乳は知り合いから、パンと交換でもらうんだ。グランインは結構良い食材使ってるんだよ? それをみんなに食べてもらいたいってことで格安なんだ」
剛はパトラッシーのおかげで良い店を引けたと喜んで、急いでパンを飲み込み、礼を言った。
「俺も、パトラッシーに案内されて初めてきたんだけど、こんなに良い宿でラッキーだったよ」
「まぁ、見た目がボロくなりかけてるから、入ってみないとわからないラッキーな店だと思うよ」
オリビアはやや自虐的に、でも自慢げに笑って答えた。
「あ、でも安いけど、夜の飲み屋としての営業で利益が出てるから、宿泊者には安くで還元できているから、そこは心配しなくてどんどん食べて、むしろ、他の町に行った時に宣伝してくれたらありがたいな、ってね」
なるほど、美味く商売を考えてると思った。良い雰囲気を作ってるのもこのオリビアの明るさもあり、常連もいるし、新規の旅行者も取り込む。益々当りだったと剛は喜んだ。
*****
美味しく楽のしめた食事が終わり、パトラッシーと朝の散策と、冒険者ギルドがあるなら登録も相談しようと宿を出た。
「朝はいつもパトラッシーと一緒に飯食ってたよな」
剛としてはまだ昨日のことのような感覚だったりする。女神とサイコロリセットマラソンしてたのも、感覚として1週間あったかどうか。パトラッシーは1週間先にこの世界に来てるので「もう昔のようだ」と感覚が微妙にずれてることに、剛は少し笑った。
「アキゴーよ、宿からならギルドの方は近いけど、そっちから行くか?」
「うん、そうだね。ギルドに行って色々登録したほうがこういう世界は便利なんだよね」
「まぁな、だいたい冒険者と商業のギルドがあるけど、ここは同じギルドで登録できるから、両方しておけばいいんじゃね?」
コンビニではモノを売ったり配送手配したり、揚げ物作ったりコピー機やチケットや何から何までやらねばならなかったので、2個のことだけで済むのが羨ましく感じだ剛だった。
パトラッシーの案内でギルドまで着いたが、町は至って平和だった。警備兵みたいな人が多いせいもあり、町ゆく人たちは落ち着いてるし、オープンテラスでゆっくり朝食を取っている者もいる。「それでもたまにおかしい奴はどこでもいるからな」とパトラッシーは言い、「変な振りは止めてくれよ」と剛は返した。
ギルドの建物に入ると、ガタイの良い男性だけじゃなく、戦士や魔術師のような恰好をした女性も男性と同じくらいいる。20人位だろうか、学校の2クラス分の広さにいる人数としては多くない。壁に注意事項や注意人物、依頼など掲示板に貼られている。受付には現在3名ほど女性職員がいた。その中でメガネをかけてて真面目そうな女性に前で剛は質問した。
「登録は……お願いすれば良いですか?」
剛……に限ってではなく、元の世界の人にとって、ギルドに登録するのは誰しもが未経験なので緊張するが、「ゲームみたい」と思うようにして心を落ち着かせて質問をした。
「えぇ大丈夫ですよ? 初めてですか?」
受付嬢も仕事なので、仕事としてやんわりと笑みを浮かべて対応するだけだった。
「はい、どうしたいいかわからなくて……」
「ではこちら、太い囲みの部分だけご記入いただけますでしょうか?」
そう言って出されたのは、プロフィール用紙で、太い囲みは名前と年齢、性別だった。名前はここでもアキゴーにしておいた。たいがい、こういう世界で元の「あきの ごう」と書くと不思議がられるものだと思っている。太枠以外も記入しそうな部分があって剛が眺めていると、「そこは自動で記入されますので」と受付嬢が用紙を回収して箱の中に納めた。
「じゃあ、ここに手を当てていただけますか?」
プロフィール用紙を入れた箱の上に手を置く箇所があり、そこに手を重ねると、箱の中身はフワっと光り収まった。
受付嬢が箱を開けて、瞬きを繰り返し、時にメガネを外して剛の顔を見てはまた用紙を確認し、を繰り返した。
剛が横目で見ると、用紙には1が並んでいた。「あぁそれでか」とあまりに数値が低く驚いてるんだろうと思った。
「え~っと、アキゴーさん? やや数値が低くて、これだと冒険に出てもすぐにお命が無くなってしまうかもしれませんし、商業でもちょっとした計算ができなかったりして損をする可能性がとても高く、何かこちらでお仕事されるのは控えたほうが良いような気がしたりしなかったり……」
とても歯切れの悪い言い回しで、結局のところ「向いてないからヤメとけ」ということである。
「あ~、そうですよね……でも登録だけならできますよね?」
「え? まあ、登録だけなら……でも、ちょっとお待ちください」
受付嬢はそう言って、さらに店の奥にいる上長らしき人に確認を取っていた。その上長は頭を抱えている。しかし剛が心配そうにのぞき込んでいたら、仕方がないと、窓口まで寄ってきた。
「お客様、少し別室でもよろしいでしょうか?」
チートキャラの物語なら、ここですごいことを言われるのだろうが、剛は「逆のパターンもあるのか」と他人事に思いながら、その別室へついて行った。
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