第15話

「しかし、奪った数値を頼りにしちゃだめかもしれないな」


 パトラッシーのDEFに渡していたポイントを回収して、また残ポイント欄が253になっていた。


「どういうことだ?」


「加藤茂樹と多田敦子……さっきの二人だけど、彼らから奪ったこのポイントなんだけど、彼らがこの世界からいなくなったら0になるわけじゃん。ってことは、これを頼りに俺たちが行動しちゃうと、いざというときに俺はまた全て1になっている可能性もあるんだよね」


 戦っているときに100のつもりでハンマーを振ったら、数値が1になりハンマーを持てず、攻撃も効かないし、逃げられない、という状況になることもある、という分析だった。


「つまり、永久的に自分のパラメーターを上げられるかどうか不安定ってことか」


 パトラッシーも理解してくれたようだ。


「残ポイント欄を見て、使用時に適宜使うのが良いんだろうな」


 やや面倒な気がするが、無理をしないというのは心がけたほうが良いと剛は考えるようにした。


「それでこの後、宿に行くが、パトラッシーも来るか?」


「い、良いのか?」


 眉をピクリと動かして、尻尾を振っている。


「……どうせそのつもりだったんだろ? 綺麗に洗ってやるから行こうぜ」


「助かるぜ、相棒!」


「ペット可の宿ってある世界なのか?」


「モンスターを使役してたり、獣人もいる世界なので大丈夫だと思うぜ?」


 なかなかファンタジーな設定なのは、男子的な心をくすぐった。


「獣人ってことは、猫耳の女の子もいたりするのか?」


「もちろんいるぜ? アキゴー……そういうのが好きなのか?」


「そ、そんなわけ…………嫌いな男子がいるのかよ?」


 他愛もない会話ができるのはパトラッシーが先導して、裏路地を使っているから。転移してから、やっと剛は落ち着ける時間だった。


「しかし、パトラッシーの理解力高くない?」


「人間年齢的には70歳超えているからな、野良生活が長かったし、色々経験して知識で武装しないと死に直結だからだよ」


「よくいう人間年齢って、関係あるの? 実際は何年生きてんだ?」


「15年くらい?」


「じゃあ俺より年下じゃん」


「だから、人間年齢的にはだな」


「実年齢は俺の方が上だし」


「こっちの世界だと俺が1週間先輩だろが?」


 どうでも良い会話をしていると、目的の宿屋に付いていた。


「……グランイン?」


 グランと書かれている看板だが、見た目はいわゆる民宿みたいな人が泊れる感じの家の作り。


「飯は、美味いんだよ」


「飯が、美味いか……」


 能力のせいで味覚がおかしくなることを考えると、それは魅力なのかどうかわからなくなっている剛だった。しかし、パトラッシーは「ここしかない」と剛を待たず先に進んで入って行く。


「おい、ちょっと。ここと決めたわけじゃ」


 とはいえ、すでにあたりは真っ暗でどこに何があるかもわからず、剛はパトラッシーに従うしかなかった。


「いらっしゃい……ちょっと座って待ってて!」


 グランインに入ってすぐ、食事処がある。夜は遅いけど、客の入りもまあまあある。店はさきほど出迎えの挨拶をした剛と同い年くらいの給仕の女性が一人と、厨房に何人かいてそうだ。剛は奥の階段を見て宿は二階にあるのかとイメージが付いた。


「活気があるから、美味そうだろ?」


「確かに、客は楽しんで食事しているし……勝手に酒を注いでるが良いのか? 金は置いてるけど……」


 常連らしく人物たちが、給仕の女性と何か話をして、勝手に酒を注いでいる。叱ってる様子も無いのでアットホームな店なのだろう。剛はワイワイと食事をしたのがここ数年ないので、羨ましく感じ、この宿で良いかなと表情がほぐれた。


 小一時間経ったくらいだろうか、料理の提供が一区切りついて、給仕の女性が剛の元へやってきた。


「大変お待たせっ。今日はお食事?」


 労働が一段落ついても行きつく間もなく来たので、汗が額や胸についてキラキラしている。化粧っ気は無いが髪がきれいに編み込まれたりして身だしなみも整っていて、何より、オクトーバーフェストの給仕の女性が着ているような、胸の谷間が強調されている衣装を着ている。「マリーといい、この町の店の子は……」と、暮らしは独り立ちをしていた剛のような男でも、年齢的には思春期男子真っ最中なので、刺激が強い。


「え~っと、食事よりも宿泊で……犬も一緒にいいかな?」


「ぜんぜん問題ないよ……あ、でも部屋に入れるなら、その前に裏で洗ってからにしてもらえるかな? 石鹸貸すよ」


 パトラッシーを見ると、特に嫌がっていないのでそれで良さそうだった。


「じゃ、じゃあそれでお願いするよ」


 給仕の女性は「これを書いて」と宿帳を出してきた。「わかる?」と説明をしながら剛にぴったりと付いてくる。距離感が分からないのだが、この子は特別なんだろう。周りの常連から「男の子を誘惑するんじゃないよ」などヤジが飛んできている。剛は背筋を伸ばし、宿帳に名前を書いた。


「アキゴーと、パトラッシーね。了解……ウチは前金だけど、何泊する予定?」


「値段聞いていい?」


「素泊まりなら1泊1Gだけど、私のお勧めは、朝夕の食事を私にお任せしてくれるなら1泊2Gと格安なんだけど……どうかな?」


「ペット代ってどうなの?」


「食事があなたのを分けるんだったら、小さくておとなしいし無料で良いよ」


 とてもいい条件だと剛は感じた。何より食事(味わえるか不安だが)付いて2G(2,000円)は破格だろう。パトラッシーが転移してから1週間過ごせている町なら少し長居しても良いのかもしれないと剛は思った。


「じゃあ、1週間、7泊8日でお願いして良い?」


「14Gね、ウチも連泊だと部屋が埋まるので助かるよ! ありがとう」


 剛はここをベースにして、モンスターの狩りに出たり散策することになった。

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