第10話
犬は当たり前のように剛の横についてくる。よく見るとやせ細っている。見た目から長老っていうあだ名なのだろうか。
「……」
お互い特に何か言いだすわけではない。剛は町をゆっくり見たいのだが、歯茎を見せてまで笑顔でついてくる長老が気になって仕方がない。
「……腹、減ってるのか?」
そう聞くと、待ってましたと激しく頷いている。
「待て、人間の言葉が分かるのか?」
ギクっとしたのか、長老は目を逸らす。その反応を見て、剛は確信した。「こいつ、言葉が通じるな」と。一人旅の予定だったので、こういう出会いは異世界の醍醐味なんだろうかと納得して、町に入れた恩(飯)くらい返しておこうと思った。
「とはいえ、俺、金無いんだよな…」
そうつぶやくと、長老は剛の前を歩きだした。
「無一文には興味なくなったのか?」
そう言うと、長老は振り返り首を振る。「俺についてこい」と顎をクイっと前に向かせた。剛も特に行先は決まってないので、この不思議な犬の後を素直について行くことにした。
*****
長老は雑貨屋の前まで連れてきた。
「なぜか、読める……これもチートか、ありがたい」
服、小物なんでも販売&買い取ります。と看板に書かれてる文字も、剛はしっかりと読めた。
「ここで俺の持ってるものを売って、何か食わせろと?」
剛の質問に、長老は深く2度頷いた。
「まぁ、この服も怪しまれるだろうから、売っても良いと思ってるけどね」
だがしかし、この長老という犬は、あまりに剛の言葉を理解し過ぎているので、釈然としない部分でもあったが、剛も持ち金0ではどうにもならないので、ありがたく売らせてもらうことにした。
「……いらっしゃい」
店内に入ると、店員らしき女性が剛を見定めるような視線を送ってきた。剛に近づいてきて一つため息をつく。その漏れた息の香りは少し大人を感じさせるような、剛に少し刺激があった。おそらく胸元がガッツリ開いて、ふとももまでスリットの入った体のラインが分かるくらいピッタリした衣装も相まってだろう。童貞の剛には刺激が強かった。
「この靴だけ売ってくれたらいいよ。40Gでどうだい?」
女性はしゃがみ、剛のスニーカーを指さしている。
見上げる女性だったので、より胸の谷間に目が行ってしまう「(見ちゃだめだ、見ちゃだめだ、見ちゃ……)」と念じてたところ、提示された金額が気になった。
「よ……40?」
この世界が前の世界と違うにせよ、買い取り価格が40円って少なくないか、と剛は思った。
何が気になったのか、女性店員も長老もわかっていたようで、一つのローブを持ってきて値段を見せた。
「この麻で作ったローブ、布切れ1枚でシンプルな作りだけど品は一品だよ。値段は、10G」
ファンタジー世界の旅人が来てるような、中二病を拗らせそうなデザインである。剛も触ってみると、しっかりと編まれていて、安そうに見えない。
「円じゃなくてG?」
「そう、アンタの世界が円なら、ここはG(ジー)という単位だから違うってわかるかい?」
剛はちょっと頭を抱えるが、考えてみても前の世界で布切れのローブを購入する機会も無かったので、いまいちまだピンと来てない。
「え~っと、たとえば、飲み物1杯っていくらくらいですか?」
「だいたいお茶1杯が0.1Gだね。これでおおよそ検討はつくかい?」
飲み物100円が0.1Gとするなら、10Gは10,000円くらいと想定できるので、40Gは40,000円なので、結構良い買い取り価格と思われる。
「転生者の持ち物はそれでけこの世界では価値があるってことさ」
女性店員は全てを理解していたのか、気にすることなく剛が転生者であることをサラっと言った。
「あぁ、紹介遅れたね、私はこの商店の店主、マリーだよ。最近、この長老が転生者を連れてくるから、驚かなくなってな」
「……何者?」
剛が長老を見て眉をひそめたが、含み笑いをする長老だった。
「この靴は40Gで買い取るけど、上着とズボンまで売らなくても、当面は過ごせるだろうから、それはそのまま着ときな。身包み剝いでほしかったら買ってやるけど」
「く、靴だけ買い取りでお願いします」
「オーケー。代わりと言っちゃなんだが、この世界の靴とさっきのローブを付けてやるよ。隠せるほうがいいだろ?」
「良いんですか?」
「アンタの靴は綺麗にして100G以上で売れるからね。私にとったらボロ儲けだから気にすることじゃない。それよりも、足元見られないように気を付けな」
剛は買いたかれたんだとここでわかったが、案外悔しさは無かった。それほどぼったくりでもないし、マリーの口調も腹が立つように思えず、正直に教えてくれたというありがたさも感じた。
「これから気を付けます」
「うん、謙虚でよろしい。あと、魅力があるから仕方ないけど、女性の胸ばかり見ないほうが良いから。気づいてるよ」
童貞の剛には刺激が強かったが、気になるので、チラチラと盗み見になっていた。しかしそれも相手は一枚上手だったことを照れた。「気にするな、減るもんじゃない」とマリーは笑って剛の背中を叩いた。
*****
店を出ると、外は暗くなっていた。屋台がいくつか出ていたので、「何か食べるか?」と長老に聞くと頷いた。
「やっぱ、お前は俺の言葉理解してるだろ?」
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