第4話


「ここまで熱心に聞いてもらえると、話し甲斐がありますね」


 明るいオレンジの髪に翡翠の瞳、快活そうな笑顔で言った男性は、ミシュアが紹介した技師の男性だった。


 名をウィリアムという。ジャケットにシンプルな上下、腰には道具入れのようなものを下げている。


 彼は立ち上がり、同じように立ち上がり見送ろうとしたオリビアに手を差し出した。


「他に聞きたいことがあれば、ぜひご連絡ください。なんでもお答えしますよ」

「ありがとう。では、また連絡するわね」


 差し出された手を軽く握って握手する。ミシュアが使用人に馬車の用意を指示した。そのまま自分も出ていく。後を追うように二人も外へ出た。


 廊下を並んで歩いていると、ウィリアムが口を開く。


「そういえば、オリビア夫人は王国主催の博覧会をご存じですか?」

「ええ。三年に一度行われる文化交流の場でもあるわよね。今年は前回よりも力を入れてるそうよ」


 その頃はまだ夫人と呼ばれる立場ではなかったな、と思い出しながら言う。ウィリアムは柔らかく笑い頷いた。


「今年は大規模な式典も催されるようですからね」

「あなたも出展するのかしら。今回の鉱石を使って」


 新しい鉱石の技師であれば、何か出すだけで商いの場が増えるはず。


 オリビアが首をかしげると、ウィリアムは「そうですね」と答えた。


「鉱石自体はまだ購入できるタイミングではないので、別のを使ってと考えてはいるのですが、幾分時間が足りない気もして……まだ悩んでいます」

「そう。もし出来ることがあれば言って。あなたとは長い付き合いになりそうだもの」

「それは心強いですね」


 そんな会話を交わしたあと、玄関ホールでミシュアと合流する。彼女はオリビア、ウィリアム、と順に馬車を示して案内する。別れ際、オリビアはミシュアの手を取って「今日はありがとう」と伝えた。


「専属の契約書は近々送らせてもらうわ」

「フフッ、気が早いわよ。まだ試作品も出来てないのに」


 そう言って視線をウィリアムに向ける。彼はにこやかに笑った。


「出来るだけ早めにご用意しますよ」

「さすが、頼んだわよ」


 バシッと背を叩いたミシュアに、オリビアが思わず声をかける。


「けど博覧会のことも……」


 言いかけて言葉を止める。ウィリアムがそっと人差し指を、口元に持っていったから。


 気付かないミシュアは、正面の馬車の御者が下りてきたのを見て、片手を上げて呼びながら駆け寄る。戻りのルートの変更を依頼していたようだ。


 ミシュアが離れたスペースにウィリアムが入る。オリビアへ、コソッと耳打ちした。


「……あの件はまだ」

「秘密ということね」


 頷いてオリビアが続ける。ウィリアムは、スッと目を細めて眩しげに彼女を見る。そして「助かります」と返した。


 同じ頃、ミシュアが戻ってくる。


「オリビア、準備が出来たわ。行きましょう。ウィリアムは平気よね?」

「ええ。ではミシュア嬢、オリビア夫人、また後日」


 丁寧に折り目正しく頭を下げる。二人が返事をして、馬車へ乗り込んだ。


 少しして走り出す馬の蹄の音、ふとオリビアが外を見る。ウィリアムは最後まで見送っていた。

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