不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない

翠月るるな

第1話


 サルコベリア侯爵夫人オリビアは、ふと夫に違和感を覚えた。


 それがハッキリしたのは、とある夜会終わりの時のことだった。


 皆が解散すると、女性たちが外に出ていく。残っている男性陣は使用人から上着を受けとっている。それはよくある光景だった。


 だが、夫だけが違っていた。


 使用人から上着を渡されるのは、いつも夫人のオリビア。毎回、何故か使用人から渡され、それを夫に着せてあげていた。


 今まで不思議に思いながらも、たいした手間ではないからと放っておいた。


 しかし、こう何度も続くと疑問に思う。夫にそれを聞くが「それが普通だろ」と一蹴された。


 普通なのか、と首を捻るとちょうどそばに来た友人に馬車へと誘わた。


「ねえオリビア、この間領内で採れた鉱石を見せるって言ったわよね。この後どうかしら? 早めがいいのでしょう?」

「今から? 私は問題ないのだけど……あ、ローガン。今夜ミシュアのところへ行ってもいいかしら?」


 通りがかった夫に声をかける。ミシュアは馬車を用意してくる、と離れた。


 たしか今夜は特に用事もなく、明日も出かける話はなかった。問題ないはず、と考えていたがローガンは途端に顔色を変える。


 不機嫌そうに眉根を寄せて、濃い茶の髪をガシガシかいて、盛大な溜め息をついた。


「今日? これからか? 女一人で?」

「ミシュアと一緒だから平気よ」

「泊まりになるってことだな。そうか……なら行けばいい」


 何故か機嫌の悪さが増している。何か忘れているのかと気になってしまう。


「用事があったかしら? それなら日を改めるけど」

「今日行きたいんだろう? 行けばいいじゃないか」

「他に急ぎの用があるなら変えるわよ。何かあるなら言って」

「別にないさ。ほら、行けよ」


 不満そうにしながらも、顔を動かして行くことを促す。訝しみつつ、それでもそんな態度を取られては行くにいけない。もし重要な何かがあれば大変だ。


 オリビアは仕方ないと、小さく息を吐き出した。


「とにかく時間もないから、日を改めることにするわ。ミシュアには断ってくるわね」


 言った途端、夫の不機嫌さが和らぐ。ここで待ってる、と言ったローガンを置いて、戻ってきたミシュアの元に駆け寄る。そのまま事情を話した。


「ごめんなさい、ミシュア。用事が出来てしまって……また今度でいいかしら?」

「急ぎなのね。仕方がないわ。そうだ、それなら私の馬車に乗らない? 先に軽く話が出来たら助かるもの」

「そうね。それくらいなら大丈夫よ。夫を待たせてるから、ちょっと声かけてくるわね」

「ええ。じゃあ待ってるわ」


 再びローガンの元に戻る。ミシュアの馬車に乗ると伝えると、また不機嫌になった。


「人を待たせておいてそれか」

「待っててとは言ってないのだけど、ごめんなさいね。じゃあ私行くわね」

「おい待て。もっとちゃんと言うべきじゃないのか?」

「ちゃんと?」

「俺はお前を待ってた上に、一人で帰らせられるんだぞ。それに心から謝るべきじゃないのか?」

「……どういうこと?」


 一応の謝罪はした。ミシュアもいつの間に迎えに来ている。だがローガンの怒りは冷めない。


「だからしっかりと頭を下げて謝れと言ってるんだ」

「……」


 一瞬、動きを止めたオリビア。少ししてミシュアが腕を掴んだ。「何があったの?」と聞いてくる。オリビアは「なんでもないの」と緩く首を振った。


「ローガン、話は帰ったら聞くわ。さあ行きましょ、ミシュア」

「おい! オリビア!」


 そのまま戸惑うミシュアの手を取って、オリビアが歩き出す。シルバーの髪を揺らして彼女はそのまま離れていった。

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