一年後に死ぬ病

冷製ココア

プロローグ

皆さん始めまして。冷製ココアです。

本作が初投稿なので生温かい目で、ついでにコメントもしてくれるとめっちゃうれしいです!!

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 一年病。

 罹ったものは、ぴったり一年後に死ぬ。


 例外は無し。


 罹った瞬間に一枚。そこから一月ごとに一枚づつ、体のどこかに花びらのような文様が現れ、それが十三枚そろった瞬間死に至る。

 発症率は低くない、まさに最恐の病。


 しかし正直なところ、どこか他人事のは認める。


 連日患者が死ぬニュースを見続けても、受け入れ先がない死体で補導車道関係なくあふれかえろうとも、俺には関係ない。


『どうせ罹りはしない。自分だけは大丈夫』


「……と、思ってたんだけどなぁ」


 溜息を吐きながら右腕をまくってみる。

 すると、そこには紫色の花びらが一枚。さしづめ死の文様タトゥーといったところだろうか。


 …………はぁ。


 罹ったことに気づいた瞬間、会社は辞めた。

 引継ぎなんかも済ませたのであとで困るなんてこともないだろう。

 両親はおらず、既に天涯孤独の身である俺の死を悼んでくれる人は、世界広しとはいえ、一人としていない。


 ……さて、そろそろ死ぬか。


 名前も知らぬマンションの屋上。封鎖されていたため、正規の手段ではなく、階下から無理やり上った。

 11階建てなので、頭から落ちれば間違いなく即死だろう。

 今の世界には俺のような人間があふれかえるほどいる。だから、1人増えるくらいは許してくれ。

 少し緩慢な動きは、未だこの世界に残す未練の重さを現しているよう。

 やがて柵を乗り越え、あとは一歩踏み出すだけ……


「待って !!!」


 …………うん。気のせいだな。


「いやちょっと! 今気づいてたよねぇ !?」

「なんですか? 僕、今から死ぬんですけど」


 後ろを振り返ってみれば同世代ほどの女性がいた。

 この人には申し訳ないが、さっさと死のう。

 意志が揺らいでしまうかもしれない。


「あなたも、一年病なんだよね?」

「ああ。だから、今死ぬか来年死ぬかは大した差ではないだろ?」

「!?」


 いい加減死のうと向き直る直前、思わず動きを止めてしまった。

 たった一言。シンプルな言葉だ。

 しかし、そこにはいろいろな思いが込められているように感じられた。


「ほいっ! これでもう死ねないね!」


 動きを止めている間にそいつは僕の右腕を掴み、誇らしげに笑みを浮かべる。

 しかし、掴んでいる手に力は入っておらず、振りほどくことは可能……


「わかったよ。降参だ」

「よっしゃ! じゃあとりあえず、そこに正座してねぇ〜? 今から説教です!」


 やめだやめ。

 興がそがれた今の状態で自殺ができるほど、俺の心は強くない。


「はぁ…」

「そこ! ため息つかない!」


 なんというか…やりづれぇ。


「んで、何で止めた? 今日日、一年病に罹って自殺~なんて、よくあることだろ?」

「そりゃ、目の前で自殺されたら気分悪いでしょ?」

「はぁ?」


 碌な理由もないのかよ……損した。


「私の名前は天城玲。君は?」

「はぁ…松虫草介だ」

「では、松虫君…いや、草介君! 今からゲーセンに行きましょう!」

「…はい?」


 一切意味が分からない。

 わからないけど、どうせ死ぬ命なのだから。最後にちょっとくらいつきあってやるか。


 +


「はぁー? また落ちた !? これ絶対取れないようになってるじゃん!」

「落ち着け…ゲーセンなんてみんなそんなもんだよ」


 ほんっとにやめときゃよかった……


 近くのショッピングモールのゲーセンに来てみればこのざまだ。

 まるでガキのように喚き散らしていやがる。まぁこの時間帯、人がいないことだけが救いか。


「草介もやってみてよ! まじで難しいからこれ!」

「はいはい。わーったよ」


 口ではそういいつつも、実際やりたくてうずうずしていたのは認める。

 ゲーセンなんて男は誰しも通る道。結局俺も例外ではないということだ。


「は ?? 絶対に今とれただろ !?」

「だよねぇ !? ほんとにさぁ !!」


 ゲーセンなんていつぶりだろうか。

 結局気づけば熱中。ついさっき知り合ったやつのくせに、ここ最近で一番意気投合したのは、残念ながら気のせいじゃないのだろう。


「ほら、生きてるだけでこーんなに楽しいことだらけなんだよ? あと一年あるんだから!」

「はぁ…確かに、早計だったかもな」

「礼は言っとく。ありがとな」


 この一年を長期休暇だと思って楽しむのも悪くないかもしれない。

 老いぼれてまともに動けもしない最期の一年じゃあ、確かにこうはいかないだろう。


「んじゃ、連絡先教えてよ! これから毎日遊ぼう!」

「つってもお前、仕事あんだろ」

「ないよ? 上司がイヤーな奴で、ちょうど今日辞めたんだ」

「あぁ…なんかごめん」

「いいよいいよ! どうせそのうち辞めるつもりだったし、むしろせいせいした!」


 そういいながら、玲は胸に手を置いて夜空を見上げる。

 辺りはすっかり暗くなって表情は見えないが、その瞬間だけはなんだか俺と似たような雰囲気を感じた。


「それじゃあ、スマホ出して?」

「それなんだが……」


 少し言いづらそうにすると、玲は小首をかしげてキョトンとする。

 しかし、ほどなくして笑みがだんだんと顔に広がっていく。


「もしかして、女の子から連絡先もらったことないんですかぁ?」

「スマホ売っぱらったんだよな。どうせ死ぬからって」

「………え ??」

「ついでに貯金も全額募金に回したし、手持ちの金も今日使ったからほぼないだろうな」

「ちょっ」

「家も引き払ったし。ま、このまま野垂れ死ぬのもそれはそれで悪くない、か」

「自殺に本気過ぎない ??」

「そりゃ、さっきまでガチで死のうとしてた者なんで」


『そんな本気だとは思わないじゃん!』と玲が頭を抱える。

 しばらくうんうん唸っている玲をなんとなく眺めていたら、なにかしら思いついたのか突然顔を上げる。


「それなら私の家に一緒に住もうよ! 貯金ならいっぱいあるし、名案だね !?」

「は?」


 何を言ってるんだこいつは。

 確かにさっきまで意気投合していたのは認める。だが、そもそもさっき知り合ったばっかの他人も同然の間柄。

 そもそも成人女性がそんな奴を家に招くなんてどうかしてる。

 というかまず、だな。


「申し訳なさすぎるだろ」


 こいつの提案は、『ヒモになってください』と遜色ない。

 そんな生き恥ライフをするくらいならそれこそ死んだほうがましだ。


「んじゃあ、ご飯作ってよ! 私自炊が苦手で苦手で…あなたの料理に報酬を渡す形なら文句ないよね ??」

「はぁ…」

「ほら! 家事代行とかあるでしょ? あれと同じだよぉ!」


 こいつ……

 地味に食い下がってきやがる。


「報酬は月収40万の年480万とかでいい? どうせ一年で死んじゃうしね! あぁ貯金の心配は大丈夫だよ! 私、これでも大企業勤めのエリートOLだったので!」


 しかも無駄に好条件だし。


「えと...やっぱり、無理?」


 こちらが返事に困っていたら玲は不安そうな顔をしてうつむいてしまった。

 まったく。これじゃあ、こっちが悪者みたいじゃねぇか。


「……わかった。引き受けるよ」

「ほんと !?」

「しかし、こっちにも条件がある」

「条件?」

「あぁ…」

「それってもしかして…『俺と恋人になってくれ』的な !?」

「ちげぇよ」


 ほんと、調子が狂う。

 今までの人生でこいつほどぶっ飛んだ奴はいなかったな。

 でも、だからこそだろう。

『面白そう』だなんて思ってしまうのは。


「家事は分担だ。料理以外をやらせるってのは気分がわりぃんでな」

「!!!」

「不束者ですが、よろしくお願いします !!」

「そりゃ、こっちのセリフ…でもねぇな」

「やっぱり、私のこと狙ってるんでしょ!」

「ちげぇって」


 はぁ...最悪だ。

 だが、『これもまた一興』ってやつなのかねぇ。



 4/10 am11ː00 松虫草介、一年病発症


 4/11 am3ː16 同居開始

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