第四十八頁 持主
「すみませ〜ん。そのケースはそこに落ちていた物ですか?」
男性の声が聞こえた。
四人とも聞き覚えのない声だった。
その声は真冬の雪山で数日遭難していたのかと思うくらいに震えていた。
声のする方を向くと白衣を着た男性が佇んでいる。
男性の顔はこの世の終わりのような表情をしていた。
ビゼーは答えた。
「はい。そうですよ。ここに落ちてたんで交番に……」
「はぁ〜〜〜〜!よかった〜〜〜〜!」
ビゼーが喋り終わる前に男性は大喜びした。
余程安堵したのか男性は膝から崩れ落ちた。
天を仰いで十字架も切っていた。
男性はすぐに立ち上がり、走って四人の方に近づいていった。
一人一人と握手しながら男性は息継ぎの隙すら感じさせず、一方的に喋った。
「いや〜本当にありがとうございます、そのケースは当所の所有物でして、無くしたときはどうなるかと思いました、見つからなかったら
セリフが早口すぎて、最初と最後以外まともに聞き取ることができなかった。
これにより返す答えも最後の一言についてだけであった。
「そんなお礼なんて。たまたま拾っただけですから」
「そうですよ。俺たちは失礼します。そんなに大切な物なら次から無くさないでくださいね」
ロッドとビゼーは丁重にお断り申し上げた。
「えっ?お礼は?」
クウヤが聞く。
「何もしてねぇだろ!こんなんでお礼とか釣り合ってねぇよ!」
「でもお礼したいって……」
「いいから!行くよ!」
面倒なことになりそうな予感がするので、ビゼーとロッドは早くこの場を去りたかった。
しかし次の男性の行動によって二人は考えを百八十度改めることとなる。
「あの!待ってください!名刺だけでも受け取ってもらえませんか?」
「あぁ、じゃあ名刺だけなら」
男性の申し出をビゼーは承認し、最初に受け取った。
その後ロッド、クウヤ、ミクリの順に男性の名刺を受け取る。
「フィッシャー人間科学研究所?」
ビゼーは名刺に書かれていた会社名と思われるものを読み上げた。
「はい……」
男性が説明しようとした時。
「どうだ?見つかったか?」
低音で心地よい声が聞こえてきた。少し怒りの感情が含まれている。
その声の主も白衣姿だった。
四人が驚いたのは、男性が背負っていた巨大な装置だった。横幅は人間三人分くらい。高さも人間一人半くらいの大きさがある。見たところ金属のような質感で相当重そうだ。
後から来た男性の問いに先にいた男性は元気よく叫んだ。
「ありました!良かったです!」
「『良かったです!』……じゃない!どう管理したら貴様の脳味噌よりも貴重なサンプルを木陰に放置できるんだ?」
「すみません!」
平謝りすることしか許されなかった。
ビゼーは推察する。
(この二人は上司と部下の関係だろう。ただ……明らかに後から来た人の方が年下……だよな?まぁ、そんなことなくはないか)
四人はしばらく謝罪の声を聞いていた。
「もういい。それで、サンプルはどこに?」
上司風の男性も謝罪を聞き飽きたようだ。
「あちらです!」
部下風の男性は元気よく答えた。
クウヤの手元を指して。
「何故誰とも知らぬ人間に持たせたままにしておく!」
「あぁ〜!すみません!」
(また怒られてる……大丈夫か?)
四人でこれと似たようなことを思っていた。
部下風の男性はクウヤにアタッシュケースを返すよう要求した。
アタッシュケースを受け取った彼はすぐに上司風の男性の元にそれを持って行った。
上司風の男性は鍵を開け、内部を確認する。
「異常なし……」
「良かったです!」
「だから良くないと言っているだろ!」
強い口調で注意した後、落ち着いた声で告げた。
「ふ〜……お前には休暇を与える。先に帰っていろ」
「いや、しかし……」
「聞こえなかったか?休暇をやると言ったんだ」
「……失礼します」
部下風の男性はトボトボと四人が進もうとした方へ歩いて行った。
上司風の男性が四人に言った。
「部下がご迷惑をおかけしました。お詫びします。並びに、拾得物を保護していただきありがとうございました。衷心より感謝します」
「いえ、迷惑はかかってませんし、感謝も死ぬほどされたんで大丈夫ですよ」
ビゼーが言った。
続けてロッドが聞く。
「あの、さっきの人クビなんですか?いくら何でも可哀想じゃ?」
「クビ?何故?」
急に敬語が解除されていた。
白衣の男性も疑問を投げかけた。
質問に質問でロッドは戸惑った。
「さっき休暇が何とかって……」
「それか……休暇は休暇。それ以上でもそれ以下でもない。リフレッシュすれば疲れも癒えるだろう?」
「あ……」
ロッドは自らの勘違いに気づいた。
「すみません。俺の勘違いでした」
「あの程度のミスで所員を追放するほど、うちは人員の余裕がない。
ロッドはこの言葉で安心した。
区切りの良くなったところでビゼーは改めて尋ねた。
「さっきの人からどんな仕事をしてるのか聞くところだったんですけど教えてもらえますか?」
「アイツ、無闇に名刺まで残したのか……まったく……お前ら『魔人』に関してどんな感想を抱いている?」
「——!」
四人で息を呑んだ。
予想もしていなかった問いだ。
どう答えれば良いか言葉を選ぶ。
クウヤですら考えなしに発言しなかった。
白衣の男性は沈黙に耽る四人に声をかけた。
「正直に言ってくれて構わない。答えがないのならこの先、俺は何も言えない」
この言葉で流れが変わった。
先陣を切ったのはロッドだった。
「俺は……俺自身が魔人なので、なんていうか興味があります」
ロッドは賭けに出た。
正直に言うことが正解か、不正解か分からない状況にも関わらず、自らの秘密を打ち明けたのだ。
しかし男性の表情は大きくは変わらず、反応はあっさりしていた。
「そうか。他は?」
「俺はそもそも自分が魔人かそうじゃないかすら分かってなくて、でも両親が魔人だから魔人を否定したくありません」
ビゼーが言う。
「そうか。他は?」
ゲームのNPCのように同じトーン、同じセリフを続ける。
次に答えたのはクウヤだった。
「まじんがふつうになれないのはいみがわかんない」
「お前は?」
ミクリの方を見て男性は言う。
「ええと、その……あの……」
「焦るな!俺は逃げない。お前の話も最後まで黙って聞いてやる。焦るくらいなら今すぐ深呼吸して落ち着け」
言葉は雑だが、ミクリに寄り添った言葉だ。
ミクリは言われた通り深呼吸をすると口を開いた。
「ええと、私も魔人だから自分事だなって思います……」
「そうか……」
男性はそう言って少々思索に耽った。
そして言葉を発した。
「今、お前たちに言ってもらったこと。それが事実か虚構か。俺に確かめる術はない。ただ現代において、自分は魔人だなどという嘘をつく利点が微塵もないことを考慮するならば、自身あるいは身内が魔人だと俺に告げた三人の言葉は事実と断定するのが妥当だろう。そしてそのような集団に混じっているのだからお前(クウヤ)の言葉も真実だと捉えることにしよう。その方が俺にとって好都合だ。フィッシャー人間科学研究所について知りたいと言っていたな。話してやる。しかしここではな……場所を変えるか。ついて来い!」
白衣の男性は四人より前へ出て、振り返って言った。
「俺はアダン・エストレだ」
四人はそれぞれ自分の名前を言い、よろしくお願いしますと付け加えた。
アダンという名前を近々聞いたが、そう珍しい名前でもない。被ることもある。
世界って以外と狭いな、と四人は感じた。
アダン・エストレと名乗る男性と共に、四人は彼が宿泊しているという宿を目指した。
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