〜ボリビア州〜
第四十六頁 危機
「やっぱここだよな」
ミクリを除いた三人には声の主に心当たりがあった。
当然三人の予想は同一人物である。
そしてその予想は的中していた。
もはや予想というより知識である。
クリストファー・ロックウェルが木にもたれかかっていた。
「またあんたか……」
ビゼーは敵意剥き出しで声をかけた。
「会いたくねぇなら
ロックウェルは背中を木から離して言った。
ビゼーとロックウェルの言い合いは続く。
「それはできねぇ相談だ!俺はコイツに付いていくって約束しちまってるんでな」
「なら黙ってろよ。文句言ってても俺の行動は変わんねぇぞ」
「そういうわけにもいかねぇんだよ!俺は
「ビゼー……めちゃめちゃオレのわる口言ってる……そんなふうに思ってたんだ……」
クウヤは精神的ダメージを負った。
「はい、どーどーどー……」
ロッドが慰める。
そんなことが起きているとは知らず、二人のやりとりはさらに白熱した。
「その言い方。つまりオレと喋りてぇってことだな。ただ喋るんじゃなくて、なんか聞きてぇことがあるんだろ?」
「察しが良くて助かるよ!うちのリーダーと大違いだ」
「うぅ……ビ、ビゼー……」
クウヤは精神的大ダメージを負った。
クウヤは今にも泣きそうだ。
「どーどーどー……」
ロッドが慰める。
「どーどー……」
ミクリも慰めた。
これ以上はクウヤの
限界がすぐそこまで迫っている。
しかしやり取りはまだまだ続く。
「
「イシザワ家って知ってるか?」
「もちろんだ。有名じゃねぇの。それがどうした?」
「あんた関係者か?」
「鎌かけてんのか?」
「だとしたらなんだ?答えてくれんのか?」
「調べたのか?」
「……まだ……調査中だ……」
「調べてんだったらそのうち俺に辿り着くんじゃねぇか?」
ロックウェルの答えに対してビゼーは一息ついた。
「もう一つ。あんた、何回も負けてんのになんで諦めないんだ?」
ビゼーの質問にロックウェルは高笑いした。
高笑いを終えた後もうっすら笑みを浮かべていた。
「お前、アンパン戦士。知ってるか?」
「はっ?当たり前だろ!」
——アンパン戦士——
常にアンパンを持ち歩いている正義のヒーロー及び同名の作品タイトルである。アンパン戦士の周りで起こる
子供であれば誰もが履修する作品で、その知名度は全国一である。
また子供向け番組としての人気は殿堂入りしても差し支えないほどぶっちぎりなのである。
「敵キャラに
「じゃああんたにとって、クウヤは生涯かけて倒したい相手ってことか?」
「そこまでの恨みはねぇよ。だが見てぇだろ?今まで勝つことが当たり前だった敵にボコボコにされて殺されかける。そんでもって泣きじゃくって、必死こいて命乞いする、一敗地に
歯を見せて笑いながら言った。
「奸悪な奴だな。でもあんたには悪ぃけど俺にはそんな未来全く見えねぇぞ」
お前は弱いという皮肉をたっぷり中に詰め込んだ言霊パンを与えた。
「夢を見るのは自由だろ?お前にとやかく言われる筋合いはねぇよ」
どうやらパンの中身すらまともに分からないバカ舌らしい。
優しいビゼーはなるべくストレートな味に切り替えた。
「あんた。クウヤだから痛めつけられてねぇけど、人によっちゃボコボコにされてるかもしれねぇんだぞ?」
「たられば話に興味はねぇ。現実はここだけだ。今俺は
ロックウェルはクウヤの方を見て言った。
しかしビゼーはどかなかった。
ロッドとミクリもクウヤの前に立ちそれぞれ構える。
ロックウェルについてほとんど何も知らないミクリも自分たちの敵だと言うことだけは十二分に理解できた。
立ちはだかる壁が多い。
男はまずビゼーに凄んだ。
「どけ!言っとくが、お前くらいなら簡単に潰せるぞ!」
「……」
ビゼーは無言で巨漢を睨みつけた。
ロックウェルは一つため息をつくと叫んだ。
「どけぇっ‼︎」
「うっ……あっ……」
ロックウェルの叫び声と共に、ビゼーは見えない何かに押されたような感覚を覚えた。
そしてそのまま片膝を地面に着いてしまった。
「ビゼー!」
クウヤとロッドが大声で彼の名前を呼ぶ。
「あっ!」
ミクリも彼の身を案じるような声を出した。
ロックウェルは徐々にビゼーに近づいていく。
横に来ると、膝をついた厄介者に台詞を吐いた。
「出しゃばるなよ、無能!俺だってあんまり無駄なエネルギーは消費したくねぇんだ。察しろ」
ビゼーの横を通過し、ゆっくりクウヤの元へと寄っていく。
「ロッド、ミクリ。だいじょうぶだ。オレがやる。ってかやんなきゃ!」
普段は見せないクウヤの真剣な目を見て、二人はただただ道を開けることしかできなかった。
クウヤがロッドとミクリの間から前に出た。
「ようやく出てきたか。王子様!」
獲物が飛び出してきたとでも言わんばかりに、ロックウェルの目がぎらついた。
「だれが王子さまだ!あいうちにしてやる!」
ロックウェルの前では初めて抜剣した。
「相打ちじゃダメだよ、クウヤ!返り討ちにしないと!」
物騒なことを言うクウヤにロッドは慌てて声をかけた。
「呑気なやつだ」
ロックウェルはそう呟くと全速力でクウヤに接近した。
「はなれろ!」
ロッドとミクリに向かってクウヤは叫んだ。
それに反応し、二人は後ろに飛んだ。
ロックウェルはクウヤに殴りかかる。
それをクウヤは鞘で受け止めた。
「ほぉー、避けねぇのか?少しは勇ましくなったじゃねぇの。いや違うか。前避けて反撃食らったから避けるのが怖くぇのか!」
「うるせぇ!」
クウヤは拳を受け止めた鞘を引っ込めて、ついに真剣を人間に向けて振るった。
ロックウェルは咄嗟に避けたが、腕に切り傷がついてしまった。
「おっ?チッ……」
チクッとした感覚を覚えて、その辺りを見ると皮膚が裂けており、血が滲んでいた。
真剣を振るってくることは予想外だったが、一戦交える以上、怪我は想定内だった。
切り替えて二回目の攻撃に移る。
クウヤもそれに備えた。
ロックウェルは再び正面から突っ込んだ。
突っ込んでくるのに合わせてクウヤは剣を構え直した。
が、突然クウヤの視界からロックウェルの姿が消えた。
一瞬見失っただけだったが、気づいた頃には敵はクウヤの足元に迫っていた。
巨体をかがめて、低い姿勢になっている。
すでにロックウェルの右腕がクウヤの体を目掛けて飛び出していた。
腹部を守ろうとして剣を予想到達地点に持ってきた。
しかし衝撃を感じたのは腹部ではなく足だった。
クウヤは目線が段々と下がり、世界が横向きになっていく。
この時のクウヤは理解できていなかったが、足を払われたのだ。
クウヤは右足を払われたため、左半身が下がっている。
拳は足元の注意を削ぐための
横向きの世界に横向きの人間が現れた。
と思うと、左手が顎の方へ伸びてくる。
身を捩って顎を守ろうとたが、肩に近い上腕部に打撃を受けた。
鈍痛が走る。
衝撃で剣を離してしまった。
「あっ!」
クウヤは左肩から地面に打ち付けられた。
続いて少し離れた位置に剣も落ちた。
上体をすぐに起こそうとしたが、胸を押さえつけられている。
踏まれていたのだ。
手は空いている。
剣さえ持っていれば反撃できた。
しかし頼みの綱は手の届かない位置に転がっている。
「クソッ!」
クウヤが声を溢すと真上から声が聞こえてきた。
「ざまぁねぇな。こんなにあっけねぇとは、拍子抜けだ。もうちっとはやると思ってたのによ。自分の力すらまともに扱えないなんて可哀想なやつだ。あばよ」
「
——コツンッ。
ロックウェルが言い終わったのと同時にロッドの声が聞こえ、杯が一つ飛んできてロックウェルの肩に当たった。
ロックウェルとクウヤは同時にロッドの方を向いた。
ロッドの近くには三人の女性——ミクリとは別の、明らかに異質な存在——がおり、そのうち二人はクウヤの近くに落ちている杯と似たようなものを持っていた。
「邪魔するなぁ!」
ロックウェルは叫ぶ。
クウヤはこの瞬間、殺気のようなものを感じた。
ロックウェルが放ったものだろう。
「ん?」
ロックウェルは不思議な顔をした。
ロッドは普段と違うぶっきらぼうな口調、且つ低いトーンでロックウェルに言う。
「ビゼーにやったのと同じ攻撃でしょ?俺には効かないよ」
ロックウェルは不機嫌な顔をした。
「チッ……なぜ邪魔する?」
「彼は俺の仲間だ!仲間が倒れてんのに助けない人間なんかいない!援護するなとも言われてないしね」
ロックウェルはミクリの方も見た。
戦う意志が伝わってくる。
少し考えて言った。
「チッ。やめだ!」
クウヤを踏みつけていた足をどかした。
「にげんのか?」
クウヤが苦しそうに言った。
ロックウェルはクウヤを見下ろして答えた。
「平和に
「だったらクウヤを狙わない方がいいよ!無駄なことだから」
ロッドの提案に笑いながら意見した。
「それが違うんだなぁ。あ〜ぁ、
男は四人が来た方へと歩いて行った。
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