第二十一頁 便利屋ジャッキー
一七三二三年七月八日(木)
大米合衆国・アメリカ州西地区 ラスベガス
目的を果たし、この地に用がなくなったクウヤとビゼーは、ラスベガスを
「金の心配をしなくていいのは助かるけど、多すぎるのもそれはそれで問題だな」
二人は十億円分の現金をベッドの上に広げ、これをどう持っていくべきか悩んでいた——こんな悩み方を一生のうち一度でもいいからしてみたいものである——。
十億円を二人で持ち歩かなくてはならない。二で割って一人あたり五億円。精神的にも物理的にも気軽に持ち歩ける金額ではない。
どこかに預けるのが最も妥当な案だが、銀行に預けてしまうと
少しずつ預けにいくのが良さそうにも思えるが、彼らは外国にも行く予定である。鎖国中の昨今、外国の銀行預金を手軽に出納できるのだろうか。自信を持ってイエスと答えることはできない。
倉庫に預けることも考えたが、金額が金額だけに渋った。
また彼らは日々移動しているので取りに行くことが非常に難しい。配送してもらうことも同様の理由で不可能に近い。したがってこの案も現実的ではない。
次に案出したのは希少価値の高いものに形を変えてしまうことである。しかしこれも断念した。十億円もあれば全身ジュエリー類まみれになることは想像に難くない。その重量も言わずもがなである。これだけでなく旅をするという行動の性質上、どれだけ細心の注意を払って保管していても傷がついてしまうかもしれない。欲しくもないものを買って、いざ換金しようとした時に価値が下がっていては本末転倒である。
様々な思索を巡らせ、どうにかならないものかとネットを探し回っていると、ビゼーはとあるホームページを見つけた。
「便利屋ジャッキー」
「どんなお悩みも
口コミを探すも全くヒットしない。
改めてホームページの小さな文字をよく読んでみると「どんな場所でもすぐに駆けつけます」「依頼料以外の料金は一切かかりません」とも書いてある。
この手の謳い文句はたいてい怪しいのだが資金はある。ビゼーは騙されたと思って依頼してみることにした。
クウヤにも了承を得て、ご依頼フォームに依頼内容の概要と連絡先、氏名を書いて送信する。
十億円があると書く気にはならなかったので大量の荷物の運び方に困っていると、事実を少し濁して送信した。
五分しないうちに返信が来た。
以下全文である(一部文字列を加工)。
ご依頼の件
ビゼー・アンダーウッド様
初めまして。『便利屋ジャッキー』受付担当のムスタファ・ナスル・ハキーム・アリと申します。
本日はご依頼ありがとうございます。
ご依頼内容を拝見いたしました。
すぐにでもご対応可能でございます。
ご依頼を解決するのに要する時間は最短十分から、十分単位で承っております。
料金は十分五十円で、十分毎に五十円の加算方式となっております。
当方では、対面でのご依頼のみ、受け付けております。
通話やオンラインを用いた解決は致しかねますのでご容赦願います。
つきましてはお手数をおかけしますが、待ち合わせ或いは集合の場所及び時間を明記の上、下記メールアドレスにご返信いただくか下記電話番号にご連絡いただきますようお願い申し上げます。
返信メールを当方で確認次第、契約合意と見做しまして担当者がご指定の時間にご指定の場所に参ります。
本メール送信後七十二時間以上返信がない場合、誠に勝手ながらご依頼を白紙にさせて頂きます。予めご了承下さい。
お客様のご連絡を心よりお待ちしております。
今後とも『便利屋ジャッキー』をよろしくお願いいたします。
便利屋ジャッキー受付担当
ムスタファ・ナスル・ハキーム・アリ
(メールアドレス)
(電話番号)
アメリカ州ニューヨーク……
(URL)
メールの文面はとても綺麗だった。
しかしビゼーは怪しいという疑念を捨て去ることはできなかったため、便利屋ジャッキーを試すことにした。
待ち合わせ場所を今自分がいるホテルの部屋に、待ち合わせ時間を今すぐと書いて、送られてきたメールアドレスに返信した。
(メールに書いてある住所もホームページの住所もニューヨークだ。ニューヨークを拠点にしてるならここに来るのに何時間もかかるだろ。とりあえずゆっくりするか)
などと考え、どんな人が来るか二人で予想しあった。
話し始めてから数十秒。部屋をノックする音が聞こえた。
「ホテルの人か?なんかあったかな?チェックアウトの時間まではまだあるのに」
ビゼーは不思議に思いながらドアを開いた。その瞬間昂然たる男性の声が聞こえた。
「どうも!便利屋ジャッキーです!ご依頼を受けに参りました。ビゼー・アンダーウッド様はこちらにいらっしゃいますでしょうか?」
「——!」
ビゼーはとても驚いた。いくら何でも早すぎる。
同じホテルに宿泊していなければこの速さでは来れない。
ビゼーがドア口で立ち尽くしたままでいると後ろからクウヤがやってきた。
「どうした?この人がアイデアくれる人?」
来訪者はクウヤを発見して話しかけた。
「あの、こちらの住所を伺って参ったのですが、間違えましたか?」
「いや、あってると思いますよ。いっしょに考えてくれる人ですよね?」
「おっしゃる通りでございます」
「じゃあどうぞ。ビゼー、じゃま!」
クウヤは腕を伸ばして部屋の方に指先を向けるジェスチャーをした。
「あぁ、悪ぃ」
クウヤの言葉を聞いてビゼーは来訪者の動線を開放した。
「失礼します!」
来訪者は部屋に入った。
来訪者を適当に椅子に座らせると、二人もそれぞれが寝ていたベッドに腰掛けた。
一息ついたところで来訪者が話し始めた。
「では改めまして。本日はご依頼誠にありがとうございます。『便利屋ジャッキー』依頼解決担当、ジャック・スミスと申します。よろしくお願いいたします!何やら大変驚かれておいでのようですが、失礼はございませんでしたか?」
ジャック・スミスと名乗る男。背はビゼーと同じくらい。見た目から推察するに年齢は二十五歳前後だ。歳の割に声が落ち着いていて安心する。声音には深みがあり、控えめに言ってかっこいい。顔もビゼーに負けず劣らずの美形。常に微笑みを絶やさずにいるが、ビジネススマイル感が溢れ出ている。
「あ、失礼とかはないです。逆に俺……私の方が失礼でした。すみません。あの、送られてきたメールに書いてあった住所がニューヨークだったもので。いくら何でも早すぎないかと思ってしまって」
ビゼーは正直に話した。
「注意深くメールをご覧になったのですね。ありがとうございます!僭越ながらご説明申し上げますと、当方は店舗を構えておらず、所属するメンバーがそれぞれ割り当てられた地区で活動しています。メールの住所は受付担当の自宅です。ですので恐れ入りますが、拡散等はご遠慮いただけませんでしょうか。コンプラ的な問題もございますので。ホームページの住所は便宜上借りている物件のものですので何をしていただいてもいいのですが」
丁寧に説明する。
「そうだったんですね。ホームページを見て期待はしてたんですがここまで早いとは予想外でした」
ビゼーは取り繕うために思ってもみないことを口にした。
「当方はスピード命でございます。今後ともよろしくお願いします」
ジャックは深々と頭を下げた。
「それでは、疑問も解決したところで仕事の話をしましょう!お客様は初めてのご利用ですので、メールでも案内はあったと思うのですが、改めて
ジャックは二人が頷いたのを確認して「便利屋ジャッキー」について説明を始めた。
「『便利屋ジャッキー』ではお客様のご依頼を解決するお手伝いをし、解決に導くサービスを提供しております。そのサービス内容を当方の裁量で数十種類にカテゴライズし、お客様からの依頼内容を拝見して、その依頼内容がどのカテゴリーに属するか、或いは準ずるか、これまた当方の裁量で判断し料金を決定します。この決定にお客様が納得いただけない場合には契約は決裂となりまして、
クウヤが手を挙げた。
「めっちゃ安くないですか?」
「えぇ。手間のかからない業務ですので。『無駄な金はかけさせない』ということも大事にしております。ですので格安でサービスを提供しております」
「いいですね!」
「恐縮です。他にご質問は?」
ジャックは二人を一瞥して、自らの左腕に付けている腕時計に右手をかけた。
「それではここから料金が発生するお時間となります。時間制限は設けますか?」
「いいえ、いい案が出るまでお付き合いお願いします!」
ビゼーが答えた。
「承知しました!」
そう言うと、ジャックは腕時計のボタンを押した。
腕時計はピッと短く高い音を立てた。
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