第十七頁  考察

一七三二三年七月七日(水)

大米合衆国・アメリカ州・西地区 ラスベガス


 クウヤが目を覚ますと既にビゼーは起きていた。

 彼の後ろ姿が見える。


「あっ!ビゼー。だいじょうぶか?」


 朝の挨拶も忘れてクウヤはビゼーに体調を尋ねた。


「おはよう。心配かけたな。大丈夫、ちゃんと治ってるよ」


 ビゼーは振り返って爽やかに答えた。


「よかった〜!でもやっぱりしんぱいだなー。今日は休もう」


「いや、行くぞ」


「へ?」


「んで、今日で終わりにする」


「いや、行くって……またきのうみたいになったらどうすんだよ!」


 クウヤは焦った。


「俺もそれは嫌だからな。そうならないように一回で済ます」


 落ち着けといったジェスチャーをしながらビゼーは言った。


「一回じゃそんなに金ゲットできないじゃん」


「いやできる。大穴単勝に全財産ぶち込む!」


「ええっと?なに?」


 クウヤはビゼーが何を言ったのか分からなかった。

「ん?大穴単勝に全財産。安心しろ。お前の金はぎ込まないからさ」


(コイツはなにを言っているんだ?)


 クウヤは思った。

 クウヤが目をしばたたかせているとビゼーは真剣な表情で語り出した。


「一昨日、昨日とやってみて当たるのはほぼ確実ってことが分かったからな。それで確信したことがある……俺、魔人かもしれない」


 突然の告白だった。魔人。いつしか聞いた言葉だ。その言葉は容量の小さいクウヤの脳内にも鮮明に保存されていた。

 唐突すぎてクウヤは唖然としてしまった。

 構わずビゼーは続ける。


「考えてみたんだ。ここからは俺に『人の運気をアップさせる力』があると仮定して話をする。俺たちは一昨日と昨日、全十レースの予想をして八つのレースで馬券を的中させた。勝率八十パーセント。どう考えても競馬では異常な数字だ。何らかの力が働いてると考えても不思議じゃない。これは俺の魔力が原因だと考えれば違和感はなくなる。逆に負けたレースも考えてみた。あの時の俺の様子を覚えてるか?」


 クウヤはこの問いに即答した。


「うん。つかれてた。めっちゃ」


「そう。予想を外したレースはどっちも俺の調子が良くなかった。つまり俺の魔力が発動していなかったあるいは発動していたけど効果が出るほど強くなかったって可能性が高い。どちらにせよ魔力と俺の体調に相関関係はあるはずだ。絶対合ってるとまでは言わねぇけど俺が魔人であると考えるには十分だと思う。それに、両親が魔人なのに俺だけ違うってのも変だしな」


「うん。なるほどなー」


 ビゼーの説明に異議を唱えるべき箇所はない。

 彼は更に持論を展開する。


「体調不良に陥った原因も魔力のせいなんじゃないかって俺は思ってる。魔力を使う為のエネルギーみたいなのが不足したからじゃねぇかってことだ。そんなものが本当にあるのかすら分かんねぇけど、魔力の限界があることは間違いない。お袋も親父もある程度魔力を使って仕事をしてるから、たまに使いすぎて疲れるってのは見たことがある。だから俺も魔力の限界を迎えて動けなくなったんじゃないかと思ったんだ」


「なるほど」


 論理の筋は通っている。

 クウヤはゲームの話のようでワクワクしてきた。

 ビゼーは考察を続ける。


「だけどそう考えると一つ疑問が出てくる。どうして一昨日と昨日で限界を迎えた時の症状に差があったのか。恐らく原因は同じ魔力不足なのにだ。一昨日はただだるいだけだったけど、昨日は動くのも辛かった。一人じゃ動けなかったしな。あと症状が出るまでの時間と出方もだいぶ違った。一昨日はじわじわ軽い倦怠感がきて、昨日は突然全身に力が入らなくなった。これも俺なりに考えてみた。言うのが恥ずかしいけど『覆す必要がある運命の量』が関係していると思う」


「クツガエスヒツヨウガアルウンメイノリョウ?」


「あぁ。まず一昨日の第一レース。お前も言ってたけど着順と馬番が完全に一致してた。上位三頭の出来レース感はあるにしても、十頭分ともなると偶然で片付けるには気味が悪すぎないか?」


「そうなの?たしかにあんまないけど」


「考え方若干違うかもだけど、サイコロを六回振るとする。一回目に出たサイコロの目が一、二回目が二、三回目が三ってそれが六回目まで続いたらびっくりするだろ?」


「たしかに!馬十ぴきってことはサイコロよりももっとムズいってことだもんな」


「そう。その時点でかなり疲労感があった。多分、着順と馬番を完全一致させるのにかなり力を使ったんだと思う。『覆す必要がある運命の量』が大きかったからだ。だけど不思議なのは、なんでそんなことが起こっちまったのかなんだよな。俺が意図したことではないし。お前、そん時変なこと考えなかったか?」


 突然回答を求められビクッと反応してしまった。


「あはは〜なんかすう字いっぱいあってよくわかんなくなっちゃって、きれいにならんでたらな〜って。いっしゅんだけ……ははは……」


「……解決だ」


 ビゼーは呆れた顔で吐息混じりに感想を述べた。

 更に彼は考察の続きを語る。


「今度は昨日のことについてだ。昨日のレースは連続で六レース当てた後、苦しくなった。あの時は隠してたけど目の焦点が合わないし、呼吸もあんま上手くできてる感じしなくてさ。体も動かしづらかったし、結構大変だったんだ」


「おまえ!」


 クウヤはただただ怒った。


「そんなことはどうでもよくて……」


「どうでもよくない!マジで死んじゃうんじゃないかと思ったんだぞ!だいたい……」


 ビゼーも話をはぐらかそうとしたが、クウヤに捕まってしまった。

 数分間、クウヤは怒りをぶつけた。やがて言いたいことを全部吐き出すと、会話の優先権をビゼーへと戻した。


「も、もういいか?」


 一応、クウヤにお伺いを立てる。

 クウヤは声を発さず、ムスッとした顔で大きく頷いた。


「それで……どこまで話したっけ?そうだ!一昨日は二レースでダウンしたのに、昨日は六レースまで持続できた。昨日は午前中の馬券が軽めだったのもあるだろうけど、お前が出走馬について事前に調べといてくれたのがでかいと思う。昨日のレース確認してみたら、お前の予想と下馬評に大きな相違がなかった。強い馬を選んでくれたんだろ?おかげで『覆す必要がある運命の量』が少なかった。だから六回も当てられたってところだな。問題はその後。六レース目を終えて急にクラッときた。おそらくこっちは一日に魔力を使いすぎたんだ。使用魔力の蓄積のせいでああなった。五レース分の力を使った後、六レース目で限界を超えた。こんなとこだと思う」


「ふ〜ん。こまかいことはわかんないけど、力を使いすぎると死にそうになるってことだよな?」


「簡単に言うとそういうことだな。で、今話してきたことを踏まえると一発でデカいのを当てるのが一番いいんじゃないかって結論に至った。負担がかかるのが一瞬だけだからな。三連単よりは単勝の方が安全だろうしな」


 ようやくビゼーの考えの一部を理解したクウヤは真剣な顔をして言った。


「そっか……たのむからムリすんなよ」


「分かった。でも今無理しとけばあとで楽になるだろ」


「ぜんぜんわかってねーじゃん……今もってる金でたんないの?けっこうあるけど……」


 クウヤは小さな声でそう漏らした。


「一千万じゃ俺は心細いな。もう少し持っときたい。金のこと考えながら街歩きたくねぇしな」


 クウヤは少なくとも嬉しい表情をしてはいなかった。

 ここでビゼーがパンっと一つ手を叩いた。


「長ったらしい説明は以上!重い話も終わりだ!クウヤ!今日は最後のレースを狙うぞ!」


「さいご?」


「少しでも回復する時間が欲しくてさ。今も十分元気だけどお前に心配かけさせたくねぇし、ギリギリまで休むよ」


「うん。そのほうがいい」


「ってわけだ!最後の最後、購入締め切りギリギリまでオッズに張り付いて見んぞ。んで、一番オッズが高い馬に全額投資オールインだ!千四百八十一万!俺の全財産だ!」


「オレの金はいいの?」


「お前の分はとっとけ。この数日でお前にずっと心配かけてるからな。お前の財産まで一世一代の大博打さいごのおおしょうぶに巻き込むのは気が引ける。負けるつもりはサラサラないが、もし……もしぜるなら、それは俺だけでいい!ここに来たのも俺の意見を聞いてもらったからだし。これ以上は迷惑かけらんねぇよ。もし爆死したらそん時は大人しく別の方法で金を集める。約束する!」


「わかった。でもどうせならかっておわろう!」


「もちろんだ!」


 とても一週間前に会ったばかりの二人だとは思えない会話になっている。これも二人が信頼し合っている何よりの証拠である。

 二人は目当てのレースに向けて、準備を始めた。

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