EPISODE 2

ウナコ、佐々木、トフィン、スーノン、グリーリー、ピノピ、たちが、金色の草の上を歩いていくと、木々の間から光の輪が見えてきた。

そこでは、たくさんの猫たちが丸く座り、ティーカップを前にしていた。

紅茶の香りと、焼きたてのお菓子の甘い匂いが風に流れていく。


ウナコが「にゃあ」と鳴くと、猫たちは一斉に顔を上げた。

ひとりが立ち上がり、優雅にお辞儀をする。

毛並みは雪のように白く、瞳は琥珀色に光っていた。


「ようこそ、夢の庭の客人。

わたしたちは猫の時の会ですにゃん」


「猫の……時の会にゃ?」

佐々木が聞き返すと、白猫は微笑んだ。


「時間の外で暮らす者たちですにゃん。

あなたのように、少し長く止まっていた猫を迎えるのが、わたしたちの役目ですにゃん」


ウナコは驚いたように足を止めた。

止まっていた——その言葉が、胸の奥にゆっくり落ちていった。


「わたし……止まってたにゃ?」


「ええ。でも、心はちゃんと動いていましたにゃん。

それを知っていたから、あなたを夢へ連れてきたんですにゃん」


白猫の隣に座っていた灰色の猫が、銀のスプーンを振ると、

テーブルの上にお菓子が次々と現れた。

マドレーヌ、ビスケット、ポテトチップス、そして月の形をしたクッキー。


トフィンが尻尾をぶんぶん振り、佐々木は待ちきれずに前足でクッキーを転がす。スーノン、グリーリー、ピノピ、がクッキーを追いかける。

ウナコは思わず笑って、その輪に加わった。


猫たちは静かに話し始めた。

夢の中で見た街のこと、風の色のこと、

そして「この世界の扉は、信じる心でしか開かない」ということ。


ウナコは紅茶をひと口飲んで、

胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。

現実では味わえなかった、やわらかい甘さだった。


「紅茶って、こんなに優しい味がするんだ……にゃ」


白猫は頷き、


「それは願いの味ですにゃん。

あなたがほんの少しだけ勇気を出した、その証にゃん」


ウナコはカップを見つめた。

金色の紅茶の表面に、

自分の顔と、隣で笑う佐々木  とトフィンの姿が映っていた。

「……もう少し、この夢の中にいてもいいにゃ?」



白猫は目を細めて言った。


「もちろんにゃん。でもね——

夢は、いつかあなたを現実へ送り返すためにあるんですにゃん」



「……夢って、こんなに優しいものなのにゃ?」

と呟くと、白猫は目を細めて言った。


「優しさも、あなたが信じた分だけ、ここに現れるにゃん」


「……じゃあ、私がお菓子を食べたいって思ったらにゃ?」



白猫は、くすりと笑った。


「きっと、空からクッキーの雨が降るにゃん」


その言葉が、どこか切なく響いた。

風が鳴り、遠くで小さな花火のような光が弾けた。


ウナコは空を見上げて、

「もう少しだけ……にゃ」と呟いた。

その声は風に溶け、

夢の庭に静かに流れていった。



金色の光が少しずつ薄れていく。

ウナコはテーブルの上のクッキーを最後のひとかけらだけ手に取り、夢の猫たちに軽く頭を下げた。


「ありがとう……夢の庭って、本当に不思議で優しい場所だったにゃん」



白猫は微笑み、軽く尻尾を揺らす。


「願いは、あなたの中にありますにゃ。

夢の庭は、誰にでも現れるわけではありませんにゃ。

あなたがほんの少し勇気を出したから、こうして会えたのですにゃん」


佐々木、トフィン、スーノン、グリーリー、ピノピ、たちが、ウナコに近づき、頭を擦りつけてきた。

その感触が、夢であることの切なさと、確かに現実にあった温かさを同時に伝えてくる。


やがて光が強くなり、風がざわめき、遠くで花火の音が一度だけ鳴った。

ウナコは目を閉じ、深呼吸をひとつして、静かに言った。


「家に帰ろうにゃ」



目を開けると、窓の外の冬の昼間。ウナコが小さく「にゃあ」と鳴く。優しい気持ちも、見つけられる。


光がゆるやかに差し込み、窓際の紅茶のカップが小さく揺れる。

あたたかい香りと、甘さに包まれていく。


金色の光は、夕焼けが溶けていくように、ゆっくりと庭の上から消えていった。

ウナコは手のひらの上に残ったクッキーのかけらを見つめていた。

小さな欠片は、陽に透けて、琥珀色にきらめいている。


「……にゃん?」


そう呟くと、光の白猫がそっと近づいてきて、瞳の奥で光を揺らした。


「夢は、あなたが閉じたら終わる。でも、心が覚えていれば、いつでも開けるものですよ。」


その声は風の音と混じり合い、まるで冬の光に包まれるように消えていった。



「……ただいまにゃ」


ウナコは紅茶の香りを思い出した。

夢と現実のあいだにある、あのあたたかい光は……。





(終)

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ねこぱ The Cat Party. 紙の妖精さん @paperfairy

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