EPISODE 1
昼下がりの居間の大きな、ふかふかのソファの上では、グレーの縞模様のウナコがのんびりと体を伸ばしている。その隣には黒猫の佐々木が、窓辺の陽だまりに丸くなっていた。
「今日はパーティの日だにゃ」ウナコが小さくつぶやくと、佐々木は、まぶしそうに目を細め、耳をぴくぴくさせた。「え、本当に? おやつ、いっぱい出るの?」
居間のドアがカタカタと音を立て、最後に茶トラのトフィンが滑り込んできた。尻尾をぴんと立てて誇らしげだ。
「ウナコ、佐々木、遅刻は許さにゃい。今すぐ準備だにゃ!」
ウナコは伸びをして、柔らかい肉球を床に押し付ける。佐々木はのっそりと歩き出し、三匹はリビングの中心に集まった。そこには小さなテーブルが置かれ、上にはカリカリや小魚のおやつ、丸いボール状のお菓子まで並んでいる。
「わーい! 今日は本当に特別の日だにゃ!」トフィンが叫ぶと、ウナコと佐々木もつられて鳴き声を上げる。
ふと、窓の外を見ると、近所の庭からも何匹かの猫が集まってきているのが見えた。みんながやってくると、居間はもう、猫たちのざわめきとおやつの香りでいっぱいになった。
「さあ、パーティ開始にゃ!」ウナコが掛け声をかけると、猫たちは一斉に小さなテーブルへ飛びつき、パーティーが始まった。
お皿の上で、小魚スナックがカリッと音を立てた。
佐々木はその音に反応して、すぐに顔を上げた。
「ウナコ、それ、最後のやつじゃない?」
「早い者勝ちだにゃ」
ウナコは得意げに尻尾を立て、小魚を口にくわえたまま、ソファの下へ逃げ込んだ。
「ずるいにゃ!」佐々木が追いかけようとしたその瞬間、トフィンがすっと前に立ちはだかった。
「待て。争いは禁止にゃ。今日は平和なパーティの日だにゃ」
その声はどこか威厳があり、佐々木は仕方なく立ち止まった。
居間の隅には、外から来た猫たちが円になって座っていた。白い長毛のスーノン、耳の先が欠けた灰色のグリーリー、そしてまだ幼い子猫のピノピ。
「ねえ、ウナコたちはいつもあんなに元気なの?」とスーノンが言うと、ピノピは目を輝かせた。
「うん!ウナコ姉ちゃんはね、みんなのリーダーなんだよ!」
「違うにゃ。わたしはただの食いしん坊にゃ」ウナコがソファの下から顔を出した。
そのときだった。
テーブルの下から、なにかがぴとっと動いた。
みんなの視線が集まる。
――ねずみだ。
佐々木がすぐに身構えた。ウナコもトフィンも、体を低くして目を光らせた。
だが、ねずみは逃げずに、テーブルの上のお菓子を見上げて言った。
「ぼ、ぼくも……パーティに、参加しちゃダメかな?」
猫たちは一瞬、息をのんだ。
部屋の空気が静まり返る。
最初に動いたのは、ウナコだった。
「……お菓子を持ってきたら、考えてあげるにゃ」
ねずみはうなずくと、小さな足でぱたぱたと外へ走っていった。
猫たちは顔を見合わせる。
「本当に持ってくるのかにゃ……?」
その時、居間の時計が午後三時を告げた。
カチコチと音を立てる針の音が、いつになくわくわくしたリズムに聞こえた。
三時の鐘が鳴り終わるころ、外の光が少し傾いてきた。
猫たちはまだ半信半疑で待っていた。
「ねずみが戻ってくると思う?」
佐々木が小声で言うと、ウナコはあくびをしながら言った。
「来るにゃ。真剣な目をしてた。なんか、意地でも来るにゃ。」
トフィンは窓辺で外を見張っていた。
風がすこし冷たくて、庭の落ち葉がさらさらと転がる。
その音にまぎれて――小さな足音が聞こえた。
「来たにゃ!」ピノピが跳ね上がった。
扉の隙間から、ねずみが顔をのぞかせた。
その両手には、白い紙袋。
ふんわり甘い匂いが漂う。
「お菓子のおみやげ、持ってきたよ」
ねずみが誇らしげに袋を開けると、中には丸いクッキーが入っていた。
ただのクッキー――に見えた。
だが、よく見ると、表面に薄い光が揺れていた。
まるで昼の星のように、淡く、瞬いている。
「なにこれ……?」スーノンが目を細めた。
「人間の家のキッチンで、ひとりの女の子が焼いてたんだ。
『誰かを元気にするためのクッキー』って言ってた。」
トフィンが小さくつぶやいた。
「それ……魔法祝福クッキーにゃ……」
「知ってるの?」ウナコが首をかしげる。
トフィンはうなずいた。
「昔、町の猫たちの間で語られていたにゃ。
〘人間が本気で誰かの幸せを願って焼いたお菓子は、夜になると光る〙って」
ねずみは少し照れくさそうに笑った。
「ぼく、その子がキッチンで泣いてるのを見ちゃってね。
『これ、誰かに届くといいな』って言ってたんだ。
だから、持ってきたんだよ。」
静まり返った部屋の中で、猫たちはそっと顔を見合わせた。
クッキーの光が、みんなのひげを照らしていた。
ウナコが一口かじった。
ふわっとした香ばしさと一緒に、胸の奥があたたかくなった。
「……にゃんか、心がポカポカするにゃ」
その瞬間、外の風がやみ、薄い光が部屋いっぱいに広がった。
そして、猫もねずみも、まるで夢を見ているような静けさに包まれた。
***
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