第23話 親友~Side灰~
7月下旬。金曜日の午前。数学のテスト返却。教師が名前を呼んで、テストを返していく。
「灰島」
私は前に出て、テストを受け取る。
82点。まあまあ。
席に戻る。
教室を見渡すと、遥がいつもの席に座っていた。でも、何かが違う。
……遥、おかしい。表情が暗い。最近、ずっとおかしい。絶対、何かある。黒澤くんと。
今朝も、教室に入った時。
「おはよう、遥」
私が声をかけたら。
「……おはよう、綾」
遥が顔を上げた。
……やっぱり、元気がない。どうしたんだろう。前は、こんなじゃなかった。前は、黒澤くんとライバル視し合って、「次は負けない」って、いつも言ってた。喧嘩してるみたいだった。
でも、最近、違う。黒澤くんと、ずっと一緒。放課後、図書館で、個室で。何してるの?「勉強」って遥は言うけど。
……嘘。だって、遥の顔、真っ赤だもん。黒澤くんも、なんか、意識してる感じ。明らかに、様子が違う。お互いを、意識してる。
……私、知らないことがある。遥が、私に言ってくれないことが、ある。それが、何なのか、わからない。
教師が続ける。
「白石」
遥が前に出る。テストを受け取って、席に戻る。
……顔が、青い。どうしたんだろう。私は遥の様子を見る。遥がテストを見て、固まってる。点数、低かったんだ。クラスメイトがざわつく。
「白石さん、珍しく点数低いね」
「どうしたんだろう」
……やっぱり。遥、成績落ちたんだ。
次は英語。
「白石」
遥が前に出る。また、顔が青い。席に戻ってくる。
……これも低かったみたい。遥がうなだれてる。私は心配になる。遥、大丈夫かな。いつもの遥じゃない。成績のことを、一番気にしてたのに。姉と比較されることを、すごく嫌がってたのに。なのに、今は……。
ホームルーム。担任が今回のテスト結果について話す。
「今回のテスト、みんなよく頑張ったな。個人票を配るから、自分の順位を確認するように」
担任が順位表を配り始める。教室がざわつく。
私の順位表を見る。20位。まあ、いつも通り。
その時、教室の後ろから声が上がった。
「うおお、俺一番!マジで!?」
田中くんの声だ。
……え?田中くんが1位?いつも10位くらいの人なのに。
教室がざわつく。
「田中、マジ?」
「すげえじゃん」
それから、別の声。
「私、2位だ!やった!」
佐藤さんの声。
……佐藤さんが2位?ということは。
私は反射的に黒澤くんを見る。黒澤くんが自分の順位表を見て、少し眉を動かした。無表情だけど、驚いてる。
……黒澤くんが1位じゃない。いつも1位だったのに。1位も2位も、いつもと違う。
それから、遥を見る。遥が順位表を見つめたまま、固まってる。顔が青い。
……遥も。
……二人とも、成績落ちたんだ。二人とも。同じタイミングで。
……やっぱり、何かある。遥が、私に言ってくれないこと。黒澤くんと、何してるのか。
……知りたい。でも、聞けない。遥が、自分から言ってくれるまで。待たないと。親友だから。
……でも、正直、辛い。遥が、何してるのか、わからない。黒澤くんと、どんな関係なのか、わからない。付き合ってるの?それとも、まだ?
……聞きたい。でも、聞けない。遥が、話すまで、待たないと。だって、親友だから。
昼休み。私は遥の席に行く。
「遥」
「……綾」
遥が顔を上げる。元気がない。
私、何か悪いことした?遥に、嫌われた?
……違うよね。遥は、私のこと、嫌ってない。でも。言えないことが、ある。それが、悲しい。
「大丈夫?今回のテスト」
私は優しく聞く。
「……うん、大丈夫」
遥が強がる。でも、全然大丈夫じゃなさそう。
「遥、最近おかしいよ」
私は思い切って言う。
「……おかしい?」
「黒澤くんとばっかり一緒にいるし、勉強、疎かになってない?」
遥が黙る。
……図星。
「放課後、ちょっと話そう?」
私は提案する。
「……うん」
遥が頷く。やっぱり、何かあるんだ。
……教えて、遥。私、親友なんだから。
放課後。遥と一緒に、学校近くの喫茶店に向かう。いつも来る場所。小学校の頃から、ずっと一緒。恋の話も、悩みも、全部。ここで話してきた。
二人で席に座る。コーヒーを注文する。遥がカップを見つめてる。
……遥。私のこと、信頼してない?秘密、話せないくらい。私、信用ない?それとも。私に、心配かけたくない?どっち?わからない。
「ねえ、遥」
私は切り出す。
「……何?」
「最近、黒澤くんとよく一緒にいるよね」
遥が少し驚く。
「……まあ、ね」
「どういう関係?」
私はストレートに聞く。聞かないと。親友なら。ちゃんと、聞かないと。
「……関係?」
「そう。ただの友達?それとも……」
私は意味を込めて笑う。遥が慌てる。
「……ただのパートナーよ」
「パートナー?」
私は聞き返す。
「……何かの?」
遥が少し迷う。そして、小さく答える。
「……今は、言えない」
「そう……」
私は、それ以上聞けなかった。遥が、言いたくないなら。無理に聞くのは、よくない。親友なら、待たないと。
でも。……寂しい。遥が、私に言ってくれない。何してるのか、わからない。黒澤くんと、どんなことしてるのか。
「ごめんね、綾。まだ、言えないの」
遥が申し訳なさそうに言う。
「……ううん、いいよ。遥が話したい時でいいから」
私は笑顔で言う。でも、内心は、複雑。
……なんで?親友なのに。小学校から、ずっと一緒なのに。何でも、話してきたのに。なのに、今は、何も、言ってくれない。
「でも、遥。今回のテスト、成績落ちたよね。黒澤くんも。二人とも、同じタイミングで」
遥が黙る。
……わかってるんだ。
「黒澤くんと、何してるのかわからないけど……勉強も大事だよ。このままだと、進路に響くよ」
私は心配して言う。本当に、心配してる。遥のこと、大事だから。
遥が下を向く。
「……わかってる」
小さな声。でも、遥の表情を見て気づく。
……楽しそうなんだ。成績は落ちた。でも、遥は楽しそう。最近、顔が、キラキラしてる。黒澤くんと一緒の時、すごく、幸せそう。
……それは、嬉しい。遥が、幸せなら。でも。私に、言ってくれないのは、悲しい。
「でも、遥」
私は優しく言う。
「最近、すごく楽しそうなんだもん」
「……え?」
遥が顔を上げる。
「前は、黒澤くんのこと大嫌いだったのに。今は、黒澤くんの話するとき、嬉しそうなの」
遥が動揺する。
「……気のせいよ」
「それに、今も顔赤いよ?」
私は指摘する。
「……!」
遥が顔を手で覆う。
……やっぱり。遥、黒澤くんのこと、好きなんだ。絶対、そう。わかりやすい。でも、遥は認めない。私にも、言わない。
……なんで?親友なのに。
「本当に、ただのパートナー?」
私は聞く。
「……そうよ。それだけ」
遥が必死に否定する。でも、顔は真っ赤。
……嘘。絶対、嘘。
でも。遥が、自分から言うまで、待つ。親友だから。信じてる。いつか、話してくれるって。「あのね、綾」「実は……」って。その時まで、待ってる。でも、もう少しだけ。ヒント、くれてもいいのに。
私は笑う。
「無理しなくていいよ」
「……え?」
「遥が楽しそうなら、それでいいの」
私は本心を言う。本当に、そう思ってる。遥が、幸せなら。それが、一番大事。
「黒澤くんと仲良くなったなら、嬉しいよ。前は、ライバルで大変だったもんね。今は、一緒に何かしてて。遥、楽しそう」
遥が少し笑う。
「……そうね……うん。楽しいわ」
本音が出た。
……よかった。遥が、楽しいなら。それで、いい。
「よかった」
私は嬉しくなる。
「認めるの癪だけど」
こういうところが遥らしい。
でも、心の中では。……遥。私のこと、忘れないでね。黒澤くんに夢中でも。私も、ちゃんと、見てね。親友、なんだから。
「でも、勉強もちゃんとね」
「……わかってる」
遥が頷く。
……大丈夫そう。遥は、自分で道を選んでる。私は、見守るだけでいい。
……でも。見守るだけが、親友の仕事?違う。違うよね。見守るだけじゃ、ダメだ。親友なら。ちゃんと、聞かないと。「遥、何があったの?」「黒澤くんと、何してるの?」「なんで、私に言ってくれないの?」って。
でも。怖い。遥に、嫌われたくない。距離、置かれたくない。だから。待ってる。遥が、自分から言うまで。
でも、それって。本当に、親友?親友なら、もっと。踏み込むべき?
……わからない。待つの、辛い。でも、聞けない。知りたい。それでも、怖い。
喫茶店を出て、二人で駅まで歩く。
「綾、ありがとう」
遥が言う。
「何が?」
「話、聞いてくれて」
「いいよ。いつでも」
私は笑う。
「また、何かあったら言ってね。私、待ってるから」
「……うん」
遥が笑顔になる。
駅で別れる。
「じゃあね、遥」
「……じゃあね、綾」
遥が手を振って、改札に入る。
私は遥の背中を見送る。
……遥、変わったな。前は、成績のことばっかり気にしてた。姉と比較されることを、すごく嫌がってた。でも、今は違う。何かを楽しんでる。黒澤くんと一緒にいることを、楽しんでる。
それでいいと思う。成績が落ちたのは心配だけど。でも、遥が楽しそうなら。それが一番大事。私は、そう思う。
……でも。遥が、私から、離れていく。黒澤くんの方に、行っちゃう。私、置いてけぼり。
……怖い。嫉妬、してる?してる、かも。遥、私の親友なのに。黒澤くんとばっかり。私には、秘密。ずるい。
……でも。それでも。私は、待つ。遥が、自分から、話してくれるまで。親友だから。信じてるから。
……それにしても。あの二人、絶対お互いのこと意識してるよね。周りから見たら、わかりやすいのに。でも、本人たちは気づいてない。
まあ、いいか。私は関係ないし。でも、ちょっと面白い。これからも、見守っていよう。遥が、幸せそうなら。それで、いい。
……寂しいけど。
そう思いながら、私も改札に入った。
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