台 本 本 編

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※『兼ね役あり台本』なので混乱防止のため、兼ね役が

  ある配役については記号がついています。

☆:天野 蓮、恋人(相良 巧)

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□ プロローグ:星空の下で


碧人(M):星には、それぞれ物語がある。

      『デネブ』――はくちょう座の一等星いっとうせい

      夏の大三角だいさんかくを構成する、夏を代表する星。


碧人(M):『スピカ』――おとめ座のα星アルファせい

      春の夜空に青白く輝く、春を告げる星。

      二つの星は、同じ空をめぐる。


碧人(M):春にスピカが現れ、それを追うように夏にデネブが昇る。

      でも、決して交わることはない。

      東と西、離れた場所で輝き続ける二つの星。


碧人(M):俺は思う。

      追いかけても届かない星があることを。

      それでも、追いかけずにはいられない想いがあることを。


碧人(M):――これは、そんな星たちの物語。


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□ 第Ⅰ章:春-スピカの季節


――大学の屋上。複数の足音と談笑する声が聞こえる。


すみれ:みんな、今日は春の星座を観測するわよ。

    特に注目してほしいのは――


美月:『スピカ』でしょ?

   すみれ先輩、毎年春になると必ずスピカの話するもん。


すみれ:あら、バレてた?


咲良:バレるわよ。

   去年も一昨年も、春の観測会では必ずスピカから始めるんだから。


すみれ:(少し照れながら)だって、スピカって特別じゃない。

    春の大曲線だいきょくせんの終点にあって、一等星の中でも特に美しいんだから!


☆蓮:確かに青白い光が印象的ですよね。


陸:碧人あおと、望遠鏡の調整終わったか?


碧人:え、ええ、今終わったところです。


碧人(M):春野はるのすみれ先輩。

      俺がこのサークルに入って、最初に出会った人。

      先輩が星について語るとき、そのひとみは星よりも輝いて見える。

      去年の新歓合宿で、先輩は言った――


すみれ(回想):スピカはね、ラテン語で『麦の穂』って意味なの。

        豊穣ほうじょうと希望の象徴しょうちょう

        古代の人々は、この星を見て種まきの時期を知ったんだって!


碧人(M):その時から、俺は――


美月:碧人あおと? ボーッとしてどうしたの?


碧人:え? いや、なんでもない。


美月:もう、しっかりしてよ。

   今日は先輩との最後の観測会なんだから。


すみれ:そうね……もう、最後かぁ……


咲良:感慨深いわね。4年間、ここで星を見続けてきて。


陸:先輩がいなくなるのは寂しいですよ。


すみれ:大丈夫。碧人あおとくんも美月みつきちゃんもれんくんもいるもの。

    頼れる先輩としてりくくんと咲良さくらがいるし、サークルは安泰あんたいよ。


碧人:でも、春野はるの先輩がいないと……


すみれ:(優しく)碧人あおとくん?


碧人:あ、いえ。その……先輩は、卒業後どうされるんですか?


すみれ:8月から、カナダの天文台で研究員として働くの。

    ずっと夢だったから。


美月:すごーい! 海外なんて!


すみれ:でも、出発まではまだ時間があるから。

    6月には一度、みんなに会いに戻ってくるつもり。


碧人(M):8月……あと5ヶ月。いや、もう5ヶ月しかない。


☆蓮:そろそろ観測始めませんか? 雲が出てきそうですよ。


すみれ:そうね。じゃあ、碧人あおとくん、望遠鏡をスピカに向けてもらえる?


碧人:は、はい!


――少し間を置いて。

  そして観測が終わり、片付けの時間。


美月:今日もきれいに見えたね~


☆蓮:春の星座は派手さはないけど、落ち着いた美しさがありますね。


陸:桜庭さくらば。その箱、持つよ。


咲良:ありがとう。でも大丈夫よ。


すみれ:(小さくつぶやく)また、春が来たのね……


咲良:すみれ?


すみれ:ううん、なんでもない。

    ただ……もう一年経ったんだなって。


咲良:……そうね。


碧人(M):先輩の表情が、一瞬くもった。

      いつもの輝くような笑顔とは違う、どこか寂しげな顔。

      この一年、時々見せるその表情の意味を、俺は知らない。


美月:すみれ先輩、最後の観測会なのに、なんか元気ないですね。


☆蓮:卒業が近いから、感傷的になってるんじゃない?


美月:そうかなぁ……


すみれ:(努めて明るく)ごめんごめん!

    せっかくの観測会なのに、暗い顔してちゃダメよね!


咲良:無理しないで。すみれはすみれのペースでいいから。


すみれ:咲良さくら……ありがとう。


陸:そろそろ撤収てっしゅうしましょうか。もう10時過ぎですし。


碧人:春野はるの先輩、これ運びます。


すみれ:あ、ありがとう。碧人あおとくんは優しいね。


碧人:そ、そんな……


すみれ:(少し遠い目で)

    優しい人は、時に自分を犠牲ぎせいにしてしまうから……気をつけてね。


碧人:え?


すみれ:なんでもない。さ、片付け終わらせちゃいましょ!


碧人(M):先輩の言葉の意味が、分からない。

      でも、その瞳の奥に、深い悲しみが宿やどっているのは分かった。

      誰かを想っているような、誰かを待っているような。

      ――そんな


******************************


――大学の中庭。昼休みのざわめき。


陸:碧人あおと、ここにいたのか。


碧人:りく先輩。どうしました?


陸:いや、最近お前の様子がおかしいから。

  ――春野はるの先輩のことだろ?


碧人:……分かります?


陸:分かるよ。もう1年以上、同じサークルで見てきたんだから。


碧人:卒業式まで、あと1週間。


陸:告白するのか?


碧人:……したいと思っます。

   でも……


陸:でも?


碧人:春野はるの先輩、誰か他の人を想ってる気がするんです。


陸:……根拠は?


碧人:分かりません。

   ただ、時々見せる表情が……誰かを待ってるような、誰かを探してるような。


碧人(M):昨日の観測会でも、先輩は遠くを見ていた。

      俺じゃない、誰かを見ているような目で。


陸:それでも、言わないと後悔こうかいするんじゃないか?


碧人:後悔こうかい……


陸:俺だったら、伝える。

  たとえ振られるとしても、想いを伝えずに終わるよりはマシだ。


碧人:先輩は……強いですね。


陸:強くなんかない。ただ……


碧人:ただ?


陸:いや、なんでもない。

  とにかく、お前は自分の気持ちに正直になった方がいい。


碧人:自分の気持ちに、正直に……


碧人(M):正直になれたら、どんなに楽だろう。

      でも、先輩の悲しそうな瞳を見るたびに、言葉がまる。

      俺の想いなんて、先輩を困らせるだけじゃないかって。


陸:考えすぎるなよ。シンプルに『好きです』って言えばいい。


碧人:シンプルに、か。


陸:ああ。難しく考えるから、余計に言えなくなる。


碧人:……そうですね。

   ありがとうございます、りく先輩。


陸:おう! 応援してるぞ!


碧人(M):卒業式まで、あと1週間。

      伝えるなら、今しかない。

      でも――

      春野はるの先輩の心に住む〝誰か〟の存在が、俺の勇気をいでいく。


******************************


――大学の廊下。夕方の静かな校内


咲良:碧人あおとくん、ちょっといい?


碧人:咲良さくら先輩? どうしたんですか、改まって。


咲良:話があるの。すみれのことで


碧人:春野はるの先輩の……?


――人気のない教室に入る音。ドアが閉まる。


咲良:ここなら、大丈夫か。


碧人:あ、あの、話って――


咲良:単刀直入たんとうちょくにゅうに聞くわ。

   あなた、すみれのこと好きでしょう?


碧人:えっ……


咲良:隠さなくていい。見てれば分かるから。


碧人:……はい。


咲良:卒業式で告白するつもり?


碧人:それは……まだ、です。


咲良:(ため息)そう。なら、知っておいてほしいことがあるの。


碧人(M):咲良さくら先輩の表情が、いつになく真剣しんけんだ。

      何か、重要な話をしようとしている。


咲良:すみれは、1年前に恋人を亡くしてるの。


碧人:えっ……?


咲良:交通事故。去年の春、ちょうど卒業旅行の帰り道。


碧人:そんな……


咲良:相手は、このサークルの先輩だった人。

   天文学研究で有名な大学院生で、すみれの憧れの人だった。


碧人(M):頭が真っ白になる。

      先輩が見ていた〝誰か〟は、もうこの世にいない人だったなんて。


咲良:事故は……すみれをかばって起きた。

   横断歩道で、信号無視の車が突っ込んできて。


碧人:それで春野はるの先輩を、かばって……


咲良:そう。だから、すみれは自分を責めてる。

   「私のせいで」って、ずっと。


――静かな間が挟まる。


碧人:それで、春の星座を見るたびに……


咲良:ええ。あの人と一緒に見た、最後の季節だから。


碧人:……咲良さくら先輩は、俺にあきらめろって言いたいんですか?


咲良:違う。ただ、知った上で決めてほしいの。


碧人:知った上で……?


咲良:すみれの心は、まだあの人と一緒にいる。春の中で立ち止まったまま。


碧人(M):そうか……先輩があんなに寂しそうだったのは。

      あんなに遠くを見ていたのは。

      もう会えない人を、探していたから……


碧人:でも……それでも俺は……


咲良:それでも?


碧人:いや、だからこそ……春野はるの先輩を、その春の日から連れ出したい。


咲良:碧人あおとくん……


碧人:おかしいですよね。

   亡くなった人と張り合おうなんて……


咲良:おかしくない。むしろ……


碧人:むしろ?


咲良:いえ、なんでもない。ただ、覚悟かくごはしておいて。

   すみれの心の傷は、想像以上に深いから。


碧人:……はい。


碧人(M):重い真実。

      でも、不思議とあきらめる気にはならなかった。

      むしろ、先輩を一人にしておけない気持ちが強くなった。

      これは同情? いや、違う。

      俺は――


******************************


――卒業式会場のざわめき。拍手の音


美月:すみれ先輩、卒業おめでとうございます!


すみれ:ありがとう、美月みつきちゃん。


☆蓮:写真撮りましょうよ、みんなで。


陸:いいね。碧人あおと、カメラ持ってる?


碧人:あ、ああ……持って、ます。


碧人(M):卒業式が終わった。

      先輩は、はかま姿すがたがとても似合にあっていて、いつも以上に美しい。

      でも、俺はまだ何も言えていない。


――カメラのシャッター音


咲良:いい写真れた?


碧人:はい、ばっちりです。


すみれ:碧人あおとくん、来年からサークルよろしくね!


碧人:えっ?


すみれ:次期部長、あなたに任せたいと思ってるの!


美月:ええー! 碧人あおとが部長!?


☆蓮:意外だな。てっきりりくさんかと。


陸:俺は副部長でいいよ。碧人あおとの方が、星への情熱は上だから。


すみれ:碧人あおとくんは、星を見る目が真っ直ぐだから。きっと、いい部長になる。


碧人:春野はるの先輩……


碧人(M):今だ。今しかない。

      ――『好きです』

      たった四文字なのに、のどまって声が出ない。


すみれ:どうしたの? 緊張してる?


碧人:あの、春野はるの先輩……俺……


美月:(小声で)碧人あおと……?


碧人:俺……来年、頑張がんばります。先輩にじないように。


すみれ:(優しく微笑んで)うん、期待してる。


碧人(M):違う。言いたいのはそんなことじゃない。

      でも、先輩の優しい笑顔を見ていたら、それ以上の言葉が出なかった。 

      この笑顔を、俺のわがままでくもらせたくない。


咲良:すみれ、そろそろ行かないと。謝恩会しゃおんかいが始まるわ。


すみれ:そうね。じゃあ、みんな、また今度!


☆蓮:6月に会えるんですよね?


すみれ:ええ、必ず戻ってくる。

    その時は、また星を見ましょう!


陸:楽しみにしてます!


すみれ:碧人あおとくん。


碧人:は、はい。


すみれ:サークル、よろしくね。


碧人:……はい。


――すみれと咲良が去っていく。


美月:……言わなかったんだ。


碧人:美月みつき……


美月:バカだなぁ、碧人あおとは。せっかくのチャンスだったのに。


碧人:……ごめん。


美月:私に謝ってどうするのよ。


碧人(M):そうだ。俺は逃げた。

      先輩の過去を知って、怖くなって逃げた。

      デネブはスピカを追いかけることすら、始められなかった。


******************************


――場所は、空港に移る。


すみれ(M):また、春が終わる。

       去年の春も、今年の春も、私は同じ場所で立ち止まったまま。

       でも、今度こそ前に進まなきゃ。

       カナダでの研究、それは昔からの夢。

       あの人と一緒に語り合った、夢。


――回想シーン:開始


☆相良:すみれ、いつか二人で海外の天文台で研究しよう。

    君ならきっと素晴らしい研究者になれる。


すみれ:本当? でも、私なんて……


☆相良:大丈夫。君の観測眼は素晴らしい。

    それに、スピカみたいに輝いてるから。


すみれ:もう、また適当なこと言って!


☆相良:適当じゃないよ。春の夜空で一番美しい星、それが君だ。


――回想シーン:終了


すみれ(M):あの人はもういない。

       私をかばって、私の代わりに……

       ――『すみれは生きて、夢をかなえてくれ』

       最後の言葉が、今も耳に残ってる。


咲良:すみれ、搭乗時間よ。


すみれ:咲良さくら……見送りに来てくれてありがとう。


咲良:当たり前でしょ。親友なんだから。


すみれ:ねえ、咲良さくら


咲良:なに?


すみれ:碧人あおとくん、卒業式の時、何か言いたそうだった。


咲良:……気づいてたの?


すみれ:なんとなく、ね。優しい子だから。


咲良:それだけ?


すみれ:それだけよ。私には、その優しさを受け取る資格がない。


咲良:すみれ……


すみれ(M):碧人あおとくんの真っ直ぐなひとみが、まぶしかった。

       きっと、私を想ってくれている。

       でも、私の心はまだ春の中。

       あの人と過ごした、最後の春の中で止まったまま。


すみれ:私、行くね。


咲良:うん。体に気をつけて。


すみれ:6月には必ず戻る。その時は……


咲良:その時は?


すみれ:少しは、前に進めてるといいな。


――すみれが搭乗ゲートに向かう。


すみれ(M):春を置いていく。

       でも、まだ夏を迎える勇気はない。

       ……碧人あおとくん、ごめんね。

       あなたの優しさに、今の私は応えられない。

       でも、いつか……

       いつか、このこおった時間が動き出したら……


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□ 第Ⅱ章:初夏-二つの星が並ぶ季節


――大学の部室。

  エアコンの音。外からは蝉の声が聞こえ始めている


碧人:今月の観測予定だけど、15日の新月しんげつころがいいと思うんです。


陸:そうだな。梅雨入り前に一度はやっておきたい。


美月:はぁ……最近つまんない。


☆蓮:どうした、美月みつき。ため息なんて。


美月:だって、すみれ先輩もいないし、なんか活気がないんだもん。


碧人(M):3ヶ月。

      春野はるの先輩が旅立ってから、もう3ヶ月が経った。

      俺は部長として、サークルを運営している。

      でも、美月みつきの言う通り、何かが足りない。


――スマートフォンの通知音


陸:あ、LINEだ……えっ?


碧人:どうしたんですか、りく先輩。


陸:春野はるの先輩から、グループLINEに。


美月:えっ! なんて!?


陸:『来週、一時帰国します。みんなに会いたいです』って。


美月:やったー! すみれ先輩が帰ってくる!


☆蓮:予定通り、6月に戻ってきたんだな。


碧人:……。


碧人(M):胸が高鳴る。また先輩に会える。

      でも同時に、不安もがる。

      3ヶ月前、言えなかった想い。

      今度こそ、伝えられるだろうか?


陸:返信、どうする?


美月:観測会しましょうって提案しよ!


☆蓮:いいね。ちょうど15日なら、すみれ先輩も都合つくかも。


碧人:……そうですね。

   『15日に観測会をするので、ぜひ来てください』って送ります。


美月:碧人あおと、なんか他人行儀じゃない?


碧人:えっ?


美月:もっと、こう……『会えるの楽しみにしてます!』とか!


☆蓮:美月みつきが送ればいいじゃん。


美月:私が送るのと、部長が送るのじゃ違うでしょ!


陸:まあまあ。とにかく、観測会の提案をしよう!


碧人:――送りました。


陸:もう返信だ。

  『ぜひ参加させて! 東の空にスピカ、西の空に夏の星座が見える頃ね』


美月:相変わらずロマンチックなこと言うなぁ、すみれ先輩。


碧人(M):スピカとデネブ。

      6月なら、確かに両方が空に浮かぶ。

      まるで、先輩と俺みたいに……いや、思い上がりだな。


☆蓮:じゃあ、準備始めるか。


美月:あ! 咲良さくら先輩にも連絡れんらくしなきゃ。


陸:そうだな。桜庭さくらばさそおう。


碧人:……みんな、楽しそうですね。


陸:碧人あおと、お前はどうなんだ?


碧人:俺ですか? 俺も……楽しみです。


碧人(M):楽しみ、なのは本当。でも、それ以上に緊張する。

      3ヶ月の間、毎日考えていた。

      どうやって想いを伝えるか。

      ――どうやって、先輩のこおった時間をかすか。


******************************


――大学の食堂。昼時のざわめき


美月:れん、ちょっと相談があるんだけど……


☆蓮:珍しいな、美月みつきが俺に相談なんて。


美月:真面目な話なの!


☆蓮:……分かった。聞くよ。


美月:碧人あおとのこと、なんだけど、さ。


☆蓮:ああ……やっぱりか。


美月:やっぱりって?


☆蓮:いや、美月みつき碧人あおとのこと好きなのは、みんな知ってる。


美月:えっ!? みんな!?


☆蓮:碧人あおと以外は、な。


美月:……碧人あおとは、気づいてない?


☆蓮:あいつは、春野はるの先輩のことで頭いっぱいだから。


――美月が深いため息をつく。


美月:だよね……分かってる。


☆蓮:あきらめるのか?


美月:あきらめたくない。

   だって、私だって、ずっと見てきたんだもん。


美月(M):中学からの幼馴染おさななじみ。高校も一緒で、大学も一緒いっしょ

      ずっと隣にいたのは私なのに。

      碧人あおとが見てるのは、いつも別の人。


☆蓮:でも、碧人あおとの気持ちは変わらないと思うぞ?


美月:分かってる。

   でも……すみれ先輩だって、碧人あおとのこと好きじゃないでしょ?


☆蓮:それは……


美月:先輩は、くなった恋人のことをまだ想ってる。

   碧人あおとの想いは届かない。


☆蓮:だからって、美月みつきの想いが届くとは限らない。


美月:っつ! ……ひどい!


☆蓮:ごめん……でも、本当のことだ。


美月(M):分かってる。れんの言うことは正しい。

      でも、認めたくない。

      碧人あおとが傷ついた時、側にいてあげられるのは私だって信じたい。


美月:ねえ、れん。私、どうしたらいい?


☆蓮:俺に聞かれても……


美月:今度の観測会で、はっきりさせようと思うの。


☆蓮:はっきりって?


美月:碧人あおとに、私の気持ちを伝える。


☆蓮:おい、それは――


美月:もう決めた! このままモヤモヤしてるのは嫌!


☆蓮:美月みつき……


美月(M):すみれ先輩がいる前で、碧人あおとに告白する。

      卑怯ひきょうだって理解している。

      でも、これ以上、透明な存在でいたくない。

      碧人あおとに、私のことをちゃんと見てほしい。


☆蓮:後悔こうかいしないか?


美月:しない……多分。


☆蓮:多分かよ。


美月:だって、恋愛に絶対なんてないでしょ?


☆蓮:……そうだな。


美月:れんは、好きな人いないの?


☆蓮:んっ、俺は、恋愛とか興味ない。


美月:嘘。時々、咲良さくら先輩のこと見てる。


☆蓮:なっ! ……見てない。


美月:(くすっ)やっぱり、恋愛に興味ないなんて嘘じゃん。


☆蓮:……うるさい。


美月(M):みんな、誰かを想ってる。

      届かない想いを抱えて、もがいてる。

      私も、碧人あおとも、きっとすみれ先輩も。

      だから、せめて、正直でいたい。


******************************


――夕暮れの屋上。


すみれ:懐かしい……この景色。


碧人:春野はるの先輩!


すみれ:あら……碧人あおとくん、久しぶり。


碧人:お、お帰りなさい。


すみれ:ただいま。元気にしてた?


碧人:はい。先輩こそ、カナダはどうですか?


すみれ:楽しいよ。研究も充実じゅうじつしてるし、新しい発見もあって。


碧人(M):先輩は、変わらない。

      いや、少しせたかもしれない。

      でも、その優しい雰囲気ふんいきは昔のまま。


碧人:先輩は、変わりませんね。


すみれ:……そう? 私は、変われないの。


碧人:えっ?


すみれ:ごめん、変なこと言って。

    ねえ、見て。


碧人:何をですか?


すみれ:東の空。まだスピカが見えるでしょ?


碧人:ああ、本当だ。


すみれ:そして西には、もうすぐデネブが昇る。


碧人:同じ空に、春と夏の星が。


すみれ:不思議よね。季節の境目だけ見られる光景。


碧人(M):先輩は、東の空を見ている。

      スピカを、春を見ている。

      俺は、西を向いて、これから昇るデネブを待ちたい。

      夏を、迎えたい。


――屋上のドアが開く。


美月:あっ! すみれ先輩!


陸:お帰りなさい、春野はるの先輩!


咲良:すみれ、痩せた?


☆蓮:みんな集まったんですね。


すみれ:みんな……うん、ただいま。


美月:先輩、会いたかったです!


すみれ:私も。みんなに会えて嬉しい!


咲良:元気にしてた? ちゃんと食べてる?


すみれ:咲良さくら、心配性は相変わらずね。


咲良:だって、親友だもの。


碧人(M):賑やかになった屋上。

      でも、俺の心は複雑だ。

      みんなといる先輩は楽しそうだけど、どこか壁を作っている。


陸:機材、準備しましたよ。


咲良:今日は何を観測するの?


すみれ:せっかくだから、スピカとデネブ、両方観測しない?


美月:春と夏を同時に!


☆蓮:ロマンチックですね。


すみれ:でしょ? こんな機会、年に一度しかないんだから。


碧人:――春野はるの先輩。


すみれ:なに?


碧人:先輩は、どっちが好きですか? 

   スピカとデネブ。


すみれ:……どちらも、好きよ。


碧人:でも、特別なのは……


すみれ:(少し寂しそうに)特別、か。

    そうね……スピカは、思い出の星。


碧人:思い出の……


すみれ:デネブは……これから知っていく星、かな?


碧人(M):これから知っていく星。

      その言葉に、少しだけ希望を見た気がした。

      でも、先輩のはやっぱり、東の空を見ていた。


咲良:(小声で碧人に)大丈夫?


碧人:(小声で)……はい。


咲良:(小声で)無理しないで。


すみれ:さあ、観測始めましょ。久しぶりの日本の星空、楽しみ!


碧人(M):――先輩が戻ってきた。

      でも、心の距離は縮まらない。

      東と西、スピカとデネブのように。

      同じ空にいるのに、こんなに遠い。


******************************


――観測準備中。機材を組み立てる音


陸:桜庭さくらば、この望遠鏡運ぶの手伝ってくれるか?


咲良:いいわよ。でも、りくくんって最近やけに私に話しかけてくるわね。


陸:そ、そうか? 気のせいじゃないか?


咲良:ふーん。


陸:……桜庭さくらば、ちょっといいか?


咲良:どうしたの? 改まって。


陸:あのさ……俺、ずっと言いたかったことがあって。


咲良:……。


陸(M):今しかない……!

     碧人あおと春野はるの先輩への想いを抱えているように、

     俺だって、ずっと想い続けてきた人がいる……!


陸:――俺、桜庭さくらばのことが好きなんだ。


咲良:……知ってた。


陸:えっ?


咲良:りくくん、分かりやすいから。

   去年の秋くらいから、なんとなく。


陸:そんなに前から……


咲良:でも、ごめん。今は……


陸:春野はるの先輩のことで頭がいっぱい?


咲良:……うん。すみれが心配で。あの子、無理してるから。


陸:分かる。カナダでの生活、きっと大変だろうし!


咲良:それだけじゃない。すみれは、自分を許せないでいる。


陸:亡くなった相良さがら先輩のこと?


咲良:(頷く)自分だけが生きていることに、罪悪感を感じてる。


陸(M):桜庭さくらばの優しさは、いつもすみれ先輩に向けられている。

     でも、それでもいい。

     俺は、そんな桜庭さくらばが好きなんだから。


陸:でも、桜庭さくらばだって、いつまでも春野はるの先輩の心配ばかりしていられないだろ?


咲良:それは……


陸:俺、待つよ。桜庭さくらばが俺を見てくれる日まで。


咲良:りくくん……


陸:今すぐ答えはいらない。

  ただ、俺の気持ちだけは知っておいてほしかった。


咲良:(小さく)……ありがとう。


陸:えっ?


咲良:私のこと、想ってくれて、ありがとう。嬉しい。


陸:じゃあ……


咲良:でも、今は答えられない。ごめん。


陸:いいよ。俺は、桜庭さくらばのペースでいい。


咲良(M):りくくんの想いは、真っ直ぐで温かい。

      でも、今の私は、すみれを支えることで精一杯せいいっぱい

      恋愛なんて……でも、いつか……


******************************


――夜の屋上。虫の声と風の音


すみれ:みんな、見て! 東にスピカ、西にデネブが見えるわ!


美月:本当だ! 春と夏が同時に!


☆蓮:こうして見ると、本当に対照的な位置にありますね。


碧人:まるで、お互いを避けているみたいに……


すみれ:避けてるんじゃないわ。ただ、出会えないだけ。


咲良:運命的ね。同じ空にいるのに。


すみれ:ねえ、覚えてる? 去年の夏合宿。


碧人:もちろん覚えてます。


美月:流星群、きれいだったよね~


☆蓮:碧人あおと寝坊ねぼうして、朝の観測に遅れたんだっけ?


碧人:それは言わないでくれ……


――全員が笑い合う。


咲良:あの頃は、まだみんな無邪気むじゃきだったわね。


すみれ:そうね……たった1年なのに、すごく昔のことみたい。


陸:――春野はるの先輩、今年も夏合宿やるんですか?


すみれ:どうかな……私は8月にはつから、難しいかも……


碧人:でも、その前に、もう一度みんなで観測会をしたいです。


すみれ:(優しく微笑んで)そうね。出発前に、もう一度。


咲良:夏の大三角だいさんかくが完璧に見える頃がいいわね。


碧人(M):先輩の笑顔。

      でも、そのおくにある寂しさを、俺は感じ取ってしまう。


美月:……私、お茶入れてきます!


☆蓮:俺も手伝うよ。


――美月と蓮が離れる。


すみれ:碧人あおとくん、部長の仕事、大変じゃない?


碧人:いえ、りく先輩が助けてくれるので。


陸:碧人あおとはよくやってるよ。新入生もちゃんと入ったし。


咲良:そう、良かった。サークルが続いていくのは嬉しいわ。


すみれ:(静かに)続いていく、か……


碧人:先輩?


すみれ:なんでもない。ただ、時間は止まらないんだなって。

    ……っつ。


咲良:すみれ、大丈夫?


すみれ:うん。大丈夫。

    (小声で)……大丈夫じゃなきゃいけない。


碧人(M):先輩は、前に進もうとしている。

      でも、心がついていかない。

      そんな先輩を、俺はどうしたら……


――美月と蓮が戻ってくる。


美月:お茶持ってきたよ~


☆蓮:お菓子もあります。


すみれ:ありがとう。みんなで飲みましょう!


美月:すみれ先輩、8月にはまた行っちゃうんですよね?


すみれ:うん。でも、冬にはまた帰ってくるつもり。


碧人:冬……


すみれ:冬の星座も美しいでしょ? オリオン座とか。


陸:確かに、冬の観測会も楽しみですね。


咲良:(小声ですみれに)無理、してない?


すみれ:(小声で)

    してないわ……ごめん、嘘。してるかも。


美月:ねえ、みんなで写真撮ろうよ!


☆蓮:いいね。全員で。


陸:望遠鏡も入れて撮るか。


すみれ:待って。その前に、もう一度空を見て。


碧人:どうしたんですか?


すみれ:東のスピカと、西のデネブ。

    今がちょうど、一番きれいに見える時間。


咲良:本当……まるで鏡合わせみたい。


美月:でも、なんか切ないね。同じ空なのに、こんなに離れてて。


すみれ:そうね……同じ空にいるのに、決して交わらない。


碧人:でも、同じ夜を照らしている。


すみれ:えっ?


碧人:スピカとデネブ。

   確かに交わることはない。

   でも、同じ夜空で、それぞれの光を放っている。


すみれ(M):碧人くんの言葉が、胸に刺さる。

       同じ夜を照らす……あの人と私も、もう交わることはない。

       でも……


陸:深いこと言うな、碧人あおと


☆蓮:らしくない。


碧人:うるさいな……


美月:でも、いいこと言ったと思う。


咲良:すみれ?


すみれ:(遠くを見つめながら)ねえ、碧人あおとくん。


碧人:はい。


すみれ:デネブは、どうしてスピカを追いかけるのかな?


碧人:えっ……


すみれ:追いかけても、届かないのに……


碧人(M):先輩の瞳が、俺を見ている。

      いや、違う。俺を通して、何か別のものを見ている。


碧人:それでも……追いかけずにはいられないんじゃないですか。


すみれ:追いかけずには、いられない……


咲良:すみれ……


すみれ:(小さく笑って)ごめん、変なこと聞いて。

    さ、写真撮りましょ!


美月:……タイマーセットしますね!


――カメラのタイマー音

  シャッター音が鳴る。


すみれ:……いい写真撮れたかな?


☆蓮:確認してみますね……あ、ちゃんと撮れてます。


陸:背景に星も写ってる。


すみれ:この写真、大切にするね。


碧人:俺も、データ送ってください。


美月:私も!


すみれ:もちろん。みんなに送るわ。


すみれ(M):この瞬間を、忘れないように。

       いつか、この写真を見返した時、今夜のことを思い出せるように。

       東にスピカ、西にデネブ。

       交わらない二つの星が、同じ空に浮かんだ夜。


碧人(M):先輩の横顔を見つめる。

      月明かりに照らされた、その表情。

      悲しみと、あきらめと、でも、かすかな希望と。

      ――俺は決めた。

      この人を、過去から連れ出したい。

      たとえ、俺の想いが届かなくても……


すみれ:そろそろ、片付けましょうか!


碧人 / 美月 / ☆蓮 / 陸 :はい。


すみれ:(独り言のように)同じ夜を、照らす……か。


******************************


――観測会が終わり、片付けをしている音


美月:碧人あおと、ちょっと。


碧人:どうした、美月みつき


美月:二人で話がしたい。


☆蓮:(察して)俺たち、先に降りてるよ。


陸:そうだな。春野はるの先輩、桜庭さくらば、先に行きましょう。


すみれ:えっ? でも……


咲良:(状況を察して)行きましょう、すみれ。


すみれ:う、うん。


――他の4人が去っていく。


碧人:どうしたんだよ、急に。


美月:……ねえ、碧人あおと。覚えてる?


碧人:何を?


美月:中学2年の時、初めて一緒に星を見たこと。


碧人:ああ……理科の宿題で。


美月:そう。碧人あおとが「星って、こんなにきれいだったんだ」って言った。


碧人:覚えてたのか。


美月:覚えてるよ。全部。


美月(M):あの日から、碧人あおとは星に夢中になった。

      そして、私は星を見る碧人あおとに夢中になった。

      でも、碧人あおとは気づかない。ずっと、ずっと気づかない。


美月:高校の時も、一緒に天文部入ったよね。


碧人:ああ。美月みつきが『一人じゃ不安だから』って。


美月:嘘。


碧人:え?


美月:本当は、碧人あおとと一緒にいたかっただけ。


碧人:美月みつき……


美月:大学も、碧人あおとが選んだところに合わせた。

   サークルも、碧人あおとが入るって言うから。


碧人:そうだったのか……


美月:全部、碧人あおとのため。碧人あおととなりにいるため。


美月(M):まずい、もう止まらない。

      7年分の想いが、あふれ出す。


美月:でも、碧人あおとは私を見ない。いつも、いつも、別の人ばっかり。


碧人:それは……


美月:高校3年の時、碧人あおとが好きだった先輩、覚えてる?


碧人:……。


美月:文化祭の時、告白しようとして、できなかったよね。


碧人:よく覚えてるな。


美月:当たり前でしょ! 碧人あおとのことなら、何でも知ってる!


碧人:美月みつき……


美月:好きな食べ物、嫌いな科目、寝癖の直し方、落ち込んだ時の癖、全部!


碧人(M):美月みつきがこんなに、俺のことを見ていたなんて。

      俺は、何も気づいていなかった……


美月:そして今度は、すみれ先輩!


碧人:…………。


美月:去年の新歓合宿から、ずっとでしょ? 知ってるよ。


碧人:ああ。


美月:いつまで? いつまですみれ先輩のこと想ってるの?


碧人:それは……分からない。


美月:分からない? ふざけないで!


――美月の声が震える


美月:すみれ先輩は、碧人あおとのこと好きじゃない! 絶対に振り向かない!


碧人:……分かってる。


美月:分かってるのに、なんで? なんであきらめないの?


碧人:好きになるのに、理由なんているのか?


美月:じゃあ、私は? 私の想いは? 私の7年は何なの!?


碧人:美月みつき……


美月(M):涙があふれる。

      みっともない。情けない。

      ……でも、もう止められない。


美月:私だって、理由なんてない! 気づいたら好きだった!


碧人:…………。


美月:中学の時から、高校の時から、ずっと、ずっと碧人あおとだけ!


碧人:そんなに長く……


美月:どうして私じゃダメなの!? 何が足りないの!?


碧人:足りないとか、そういうことじゃ――


美月:じゃあ何!? 可愛くないから? 星に詳しくないから?


碧人:違う。


美月:すみれ先輩みたいに、はかなげじゃないから?


碧人:美月みつき、落ち着け……


美月:落ち着けない! もう無理! 限界!


――美月が泣き崩れる。


美月:碧人あおとのバカ……鈍感どんかん……


碧人:ごめん……俺……


美月:謝らないで! 同情なんていらない!


碧人:同情じゃない。美月は、俺にとって大切な――


美月:幼馴染おさななじみ? 親友? そんなのいらない!


碧人:…………。


美月:私は、碧人あおとの恋人になりたかった!

   碧人あおとの一番になりたかった!


美月(M):言った。全部言った。もう、後戻あともどりできない。


碧人:美月みつき、俺は……春野はるの先輩を――


美月:知ってる! 分かってる! でも、あきらめられない!


碧人:ごめん。


美月:……ねえ、碧人あおと。一つだけ聞かせて。


碧人:……何を


美月:もし、すみれ先輩がいなかったら、私を見てくれた?


碧人:それは……


美月:答えて。


碧人(M):美月みつきひとみが、真っ直ぐ俺を見つめている。

      7年分の想いを込めて。

      俺は、この問いに、何と答えればいい?


碧人:……分からない。でも、美月みつきは特別だよ。


美月:特別……


碧人:誰よりも長く、俺の隣にいてくれた。


美月:それだけ?


碧人:美月みつきがいなかったら、今の俺はいない。


美月:でも、恋人にはなれない。


碧人:……ごめん。


美月:(涙を拭いて)……そっか。


――静かな間。


美月:ねえ、碧人あおと


碧人:なに?


美月:すみれ先輩に振られたら、私のところに来て。


碧人:美月みつき……


美月:待ってる。ずっと待ってる。バカみたいだけど。


碧人:そんなこと……


美月:いいの。これが私の恋だから。


美月(M):カッコ悪い。振られたのに、まだ待つなんて。

      ……でも、これが私。

      7年も想い続けた私の、変えられない気持ち。


美月:でも、覚えておいて。


碧人:えっ?


美月:すみれ先輩が碧人あおとを振った時、一番に泣くのは碧人あおとだけど、

   二番目に泣くのは私だってこと。


碧人:…………。


美月:だから、振られたら、ちゃんと私にも報告して。

   一緒に泣いてあげるから。


碧人:美月みつき……


美月:(無理に笑って)じゃ、先に降りてる。一人にして。


碧人:大丈夫か?


美月:大丈夫じゃない。でも、大丈夫なふりはできる。


――美月が立ち去る。


美月:(立ち止まって)碧人あおと


碧人:んっ?


美月:……ううん、なんでもない。


美月(M):『好きだよ』って、最後にもう一度言いたかった。

      でも、もう十分伝えた。

      これ以上は、ただの未練みれん


――美月が走り去る。


碧人(M):美月みつき……7年も、俺のことを。

      俺は、なんて鈍感どんかんだったんだ。

      でも、俺の心は変えられない。

      春野はるの先輩への想いは、止められない。

      ――これが、恋の残酷ざんこくさなんだろうか。


******************************


――屋上に一人残った碧人。


碧人(M):一人になった屋上。

      さっきまでの賑やかさが嘘みたいだ。

      美月みつきの告白。

      7年間も、俺のことを想っていたなんて。

      そして、春野はるの先輩の変わらない悲しみ。

      みんな、誰かを想って、苦しんでいる。


――ゆっくりと咲良が近づいてくる。


咲良:まだいたの?


碧人:桜庭さくらば先輩……どうして戻って――


咲良:美月みつきちゃんが泣きながら降りてきたから。

   何があったか、大体想像つくけど……


碧人:……。


咲良:告白されたんでしょ?


碧人:……はい。


咲良:断ったのね。


碧人:俺には……春野はるの先輩が――


咲良:知ってる。でも、美月みつきちゃんがかわいそう。


碧人:俺も、そう思います。でも……


咲良:恋は、思い通りにならないものね。


碧人(M):桜庭さくらば先輩の声に、どこか実感がこもっている。

      先輩も、誰かを想っているんだろうか?


咲良:碧人あおとくん、つらい?


碧人:俺がつらいなんて言う資格、ないです。


咲良:そんなことない。碧人あおとくんだって、苦しんでる。


碧人:……桜庭さくらば先輩は、優しいですね。


咲良:優しくなんかない。ただ、見ていて分かるだけ。


碧人(M):桜庭さくらば先輩の優しさが、心に染みる。

      ……でも、俺は決めた。


碧人:桜庭さくらば先輩、俺、春野はるの先輩に告白します。


咲良:……そう。


碧人:届かないのは、分かってます。でも、伝えなきゃ。


咲良:どうして、そこまで……


碧人:春野はるの先輩を、春から連れ出したいんです。


咲良:春から……


碧人:先輩は、ずっと春の中で立ち止まってる。亡くなった人と一緒に。


咲良:それは、すみれが選んだこと。


碧人:でも、先輩は苦しんでる。前に進みたいのに、進めない。


咲良:碧人あおとくんに、何ができるって言うの。


碧人:分かりません。でも……


咲良:でも?


碧人:今日、先輩が言いました。

   ――『デネブは、どうしてスピカを追いかけるのか』って。


咲良:…………。


碧人:追いかけても届かないのに、って。

   まるで、俺のことを分かっているみたいに。


咲良:すみれは、鋭いから。


碧人:でも、俺は答えました。『追いかけずにはいられない』って。


咲良:…………。


碧人:デネブはスピカを追いかける。届かなくても、追いかけ続ける。


咲良:それが、碧人あおとくんの答え?


碧人:はい。それが、俺にできる唯一のことです。


咲良:後悔こうかいしない?


碧人:します。きっと、たくさん。


咲良:それでも?


碧人:はい。それでも。


咲良(M):碧人あおとくんの覚悟かくごは、本物ね。

      すみれ、あなたは知ってる?

      こんなにも真っ直ぐに、あなたを想う人がいることを。


咲良:美月みつきちゃんは、どうするの?


碧人:……分かりません。でも、美月みつきは強い。


咲良:無責任なことを言わないの。

   ……強いんじゃない。強がってるだけ。


碧人:…………。


咲良:7年も想い続けた恋を、簡単にあきらめられるわけない。


碧人:俺は、美月みつきを傷つけた。


咲良:そうね。でも、それも恋なのよ。


碧人:桜庭さくらば先輩は、恋をしたことがあるんですか?


咲良:……さあ、どうかしら。


咲良(M):今日、りくくんに告白された。

      でも、今は恋なんて考えられない。

      すみれのことで、頭がいっぱい。

      でも、いつか……


咲良:碧人あおとくん、一つ聞いていい?


碧人:はい。


咲良:もし、すみれが碧人あおとくんの告白を受け入れたら?


碧人:えっ?


咲良:可能性は、ゼロじゃない。


碧人:……考えたことありません。


咲良:嘘。


碧人:…………。


咲良:本当は、少し期待してるんでしょ?


碧人:……少しだけ。


咲良:でも、すみれの心はまだ――


碧人:分かってます。だから、俺は先輩を過去から連れ出したい。


咲良:難しいわよ。


碧人:はい。でも、やらなきゃ後悔こうかいする。


咲良:――分かった。

   応援はしないけど、邪魔じゃまもしない。


碧人:ありがとうございます。


咲良:……8月の、すみれが発つ前に?


碧人:はい。最後の観測会で。


咲良:夏の大三角だいさんかくが、完璧に見える頃ね。


碧人:デネブが、最も輝く季節です。


碧人(M):――決めた。

      8月、先輩が旅立つ前に、全てを伝える。

      美月みつきの想いを踏みにじってでも、俺は前に進む。

      それが、俺の選んだ道だ。

      デネブはスピカを追う。

      永遠に交わらなくても、同じ夜を照らすために。


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□ 第Ⅲ章:夏-デネブの季節


――夏の夜。蝉の声から鈴虫の声へ移り変わる時期。


碧人(M):――8月20日。

      春野はるの先輩が日本を発つまで、あと5日。

      今夜が、最後の観測会。

      そして、俺が想いを伝える、最後のチャンス。


美月:碧人あおと、準備できた?


碧人:ああ。望遠鏡も三脚も全部。


美月:……緊張してる?


碧人:分かるか?


美月:分かるよ。だって、今日でしょ。


碧人:美月みつき……


美月:大丈夫。私は平気だから。もう覚悟かくごしてる。


碧人(M):美月みつきは、あの日から変わった。

      無理に明るく振る舞うことはなくなった。

      でも、俺への優しさは変わらない。


――屋上のドアが開く


陸:おっ、もう来てたのか。


咲良:早いわね、二人とも。


碧人:今日は特別な日ですからね。


☆蓮:春野はるの先輩は?


咲良:もうすぐ来るはず。今、下で電話をしてた。


美月:カナダの研究所から?


咲良:多分ね。到着日の確認とか。


――再び扉が開く。


すみれ:ごめん、遅くなった!


碧人:春野はるの先輩……


すみれ:みんな、集まってくれてありがとう。

    最後にもう一度、一緒に星が見られて嬉しい。


陸:最後なんて言わないでください。冬にはまた。


すみれ:そうね。

    ……でも、みんながそろうのは、きっと今日が最後。


咲良:すみれ……


すみれ:さあ、始めましょう。今夜は夏の大三角だいさんかくが完璧に見える。


碧人(M):先輩の笑顔。でも、どこか寂しげだ。

      ――別れを覚悟している顔。


美月:うわぁ、本当にきれい!

   デネブもベガもアルタイルも、全部くっきり!


☆蓮:湿度が低いから、視界がクリアなんだ。


すみれ:デネブ、ベガ、アルタイル。夏の大三角だいさんかく


碧人:デネブが、一番明るく見えます。


すみれ:そうね。今が、デネブの季節だから。


咲良:スピカは、もう西の地平線近く。


すみれ:うん。春の星は、もうすぐ沈む。


すみれ(M):春が終わり、夏が来た。

       でも、私の心は……まだ、あの春の日に。


陸:写真、撮りましょうか?


美月:いいね! 最後の記念に!


☆蓮:『最後』って言葉、禁止にしない?


咲良:賛成。なんか寂しくなる。


すみれ:(優しく笑って)そうね。じゃあ、『特別な』記念写真。


碧人:先輩、真ん中に来てください。


すみれ:いいの? 碧人くんが部長なのに。


碧人:今日の主役は先輩です。


――カメラのタイマー音、シャッター音。


すみれ:……いい写真が撮れたかな?


美月:ねえ、もう少し観測してから、個別に話す時間作りません?


陸:個別に?


美月:うん。

   最後……じゃなくて、特別な日だから、

   それぞれ伝えたいこともあると思うんです。


咲良:いいアイデアね。


☆蓮:賛成。


すみれ:みんな、ありがとう。じゃあ、もう少し星を楽しみましょう。


――30分後。穏やかな夜風。


咲良:りくくん、ちょっと話せる?


陸:え? ああ、もちろん!


――屋上の端へ移動する二人。


陸:どうした? 急に。


咲良:6月の時の返事。


陸:返事?


咲良:告白の。


陸:えっ!?

  ……でも、まだ答えはいらないって。


咲良:状況が変わったから。


陸(M):桜庭さくらばが、真っ直ぐ俺を見ている。

     6月の時とは違う、決意を秘めたで。


咲良:すみれが旅立つ。それで、気づいたの。


陸:何に?


咲良:私も、前に進まなきゃって。


陸:桜庭さくらば……


咲良:すみれのことは、これからも心配。

   でも、それを理由に立ち止まっていたら、私も春から出られない。


陸:春から……?


咲良:りくくんの想い、受け止めたい。

   でも……すぐに恋人になれるかは分からない。


陸:いいよ。桜庭さくらばのペースで。


咲良:本当に?


陸:ああ。待つって言っただろ。


咲良:(小さく微笑んで)ありがとう。


咲良(M):――りくくんの優しさが、温かい。

      すみれとは違う形で、私も縛られていた。

      親友を支えることに必死で、自分の幸せを後回しにして。


陸:桜庭さくらば、手……握ってもいいか?


咲良:……うん。


――静かに手を繋ぐ


咲良:りくくんの手、温かい。


陸:桜庭さくらばの手は、冷たいな。緊張してる?


咲良:少し。だって、恋愛なんて、久しぶりだから。


陸:俺も……初めてだ。


咲良:嘘。


陸:本当だよ。桜庭さくらばが、初めて本気で好きになった人。


――屋上の反対側


美月:れん、ちょっと付き合って。


☆蓮:んっ、どうした?


美月:あっちで話そ。


――移動する二人。


美月:見て、碧人あおとがそわそわしてる。


☆蓮:今夜、告白するんだろ。


美月:うん。知ってる。


☆蓮:大丈夫か?


美月:……大丈夫じゃない。でも、見届ける。


美月(M):碧人あおとの恋の結末を、ちゃんと見届ける。

      それが、7年間碧人あおとを想い続けた私の、けじめ。


☆蓮:……美月みつき、強くなったな。


美月:強くなんかない。強がってるだけ。


☆蓮:それでも、前より真っ直ぐだ。


美月:れんは、どうなの?


☆蓮:何が?


美月:咲良さくら先輩のこと。


☆蓮:……別に。


美月:また嘘。


☆蓮:嘘じゃない。


美月:じゃあ、なんでりく先輩と咲良さくら先輩が手をつないでるの見て、こぶしにぎってるの?


☆蓮:……どうして、こういう時だけ鋭いんだ。


美月:女の子は、恋愛に関して特に敏感だよ?


☆蓮:違いないな……あの二人。


美月:いいんじゃない? お似合いだよ。


☆蓮:……そうだな。


美月:あきらめる?


☆蓮:あきらめるも何も、最初から何もない。


美月:そっか。


☆蓮:美月みつきは、碧人あおとのことあきらめるのか?


美月:あきらめない。でも、今は見守る。


☆蓮:矛盾むじゅんしてるな。


美月:恋なんて、矛盾むじゅんだらけでしょ。


美月(M):そう、矛盾むじゅんだらけ。

      あきらめたいのにあきらめられない。

      わすれたいのにわすれられない。

      ――それが、恋。


☆蓮:美月みつき


美月:なに?


☆蓮:碧人あおとが振られたら、俺がいる。


美月:え?


☆蓮:友達として、だけど。


美月:(くすっ)れんも優しいね。


☆蓮:優しくない。ただ……


美月:ただ?


☆蓮:仲間だから。


美月:……うん、ありがと。


――中央付近


すみれ:きれいな夜。


咲良:(戻ってきて)すみれ、大丈夫?


すみれ:うん。みんな、それぞれの時間を過ごしてるのね。


咲良:すみれは、碧人あおとくんと話さないの?


すみれ:……分かってるの?


咲良:なんとなく。


すみれ:彼の想い、気づいてる。

    でも――


咲良:受け止められない?


すみれ:受け止める資格がない。


すみれ(M):碧人あおとくんの真っ直ぐな想い。それは分かる。

       でも、私の心にはまだ、あの人が……


咲良:すみれ、一つ聞いていい?


すみれ:なに?


咲良:もし、あの人が生きてたら、すみれはどうしてた?


すみれ:それは……


咲良:一緒にカナダに行ってた?


すみれ:……分からない。でも、きっと。


咲良:でも、あの人はもういない。


すみれ:咲良さくら……


咲良:厳しいこと言うけど、すみれはいつまで過去に縛られるの?


すみれ:それは……


咲良:碧人あおとくんの想いを受け入れろとは言わない。

   でも、ちゃんと向き合って。


すみれ:向き合うって……


咲良:彼の告白を、真摯しんしに聞いて。それから答えを出して。


美月:(全員に向かって)みなさん、そろそろ集まりましょう!


――みんなが中央に集まる足音


陸:もう11時か。


☆蓮:時間が経つのが早いな。


すみれ:本当に、あっという間。


碧人:春野はるの先輩。


すみれ:なに?


碧人:少し、二人で話せますか?


――静寂。みんなが息を呑む。


すみれ:……いいわ。


咲良:私たち、先に降りてるね。


美月:(小声で)碧人あおと、頑張って。


陸:(碧人に向かって頷く)


☆蓮:行こう。


――4人が去っていく。


碧人(M):――いよいよだ。春野はるの先輩と、二人きり。

      夏の大三角だいさんかくが見守る中、俺は想いを伝える。


******************************


――夜風が強くなる。遠くで風鈴の音。


すみれ:碧人あおとくん、話って?


碧人:春野はるの先輩、俺――


すみれ:待って。


碧人:えっ?


すみれ:その前に、一つ聞かせて。


碧人:……はい。


すみれ:どうして、私なの?


碧人:それは……


すみれ:私、暗いし、過去に縛られてるし、もうすぐいなくなる。


碧人:それでも……


すみれ:それでも?


碧人(M):今だ。全てを伝える時。


碧人:去年の新歓合宿で、先輩がスピカについて話してくれました。


すみれ:覚えてるよ。


碧人:『希望の象徴』だって。その時の先輩のひとみが、星より輝いていた。


すみれ:…………。


碧人:それから、ずっと先輩を見てきました。観測会でも、普段の活動でも。


すみれ:知ってた。


碧人:でも、先輩はいつも遠くを見ていた。俺じゃない、誰かを。


すみれ:…………。


碧人:それでも、俺は先輩が好きです。


すみれ:碧人あおとくん……


碧人:いや、好きじゃ足りない。愛してます。


――風が一瞬止まる


すみれ:……どうして、そこまで。


碧人:先輩を、春から連れ出したいんです。


すみれ:!


碧人:先輩は、ずっと春にとらわれてる。亡くなった恋人と一緒に。


すみれ:それは……


碧人:でも、先輩は前に進みたがってる。進めないだけで。


碧人(M):先輩のに、涙が浮かぶ。でも、止められない。

      全てを伝えなければ――


碧人:デネブがスピカを追うように、俺は先輩を追いかけてきました。


すみれ:追いかけても、届かないのに?


碧人:届かなくても、追いかけずにはいられない。


すみれ:…………。


碧人:先輩、俺と一緒に夏を生きてください。

   春じゃない、新しい季節を


すみれ(M):碧人あおとくんの言葉が、心に突き刺さる。

       ――『夏を生きる』

       そんなこと、考えたこともなかった。

       私はずっと、春と共に死んでいた。


すみれ:……碧人あおとくん、ごめんなさい。


碧人:…………。


すみれ:あなたの想いは、痛いほど伝わる。でも……


碧人:でも?


すみれ:私の心には、まだあの人がいる。


碧人:知ってます。


すみれ:知ってて、なぜ?


碧人:(叫ぶように)俺の想いはそんなに軽いんですか!?


すみれ:!


碧人:亡くなった人にはかなわない! 分かってる!

   でも……俺は生きてる!


すみれ:碧人あおとくん……


碧人:先輩の隣で、先輩と同じ時間を生きてる!

   ……それでも、ダメですか?


すみれ:…………。


碧人(M):言った。全部言った。

      後悔こうかいはない。いや、嘘だ。後悔こうかいだらけだ。


すみれ:(涙を流しながら)ごめんなさい……本当に、ごめんなさい。


碧人:謝らないでください。


すみれ:でも……


碧人:俺が勝手に好きになって、勝手に告白しただけです。


すみれ:違う。あなたの想いは、本物。


碧人:なら、なぜ?


すみれ:私が、本物じゃないから。


碧人:どういう意味ですか?


すみれ:私は、もう恋なんてできない。

    あの人を失った時、その能力も一緒に失った。


碧人:そんなこと……


すみれ:碧人あおとくん、あなたは素敵すてきな人。

    でも、私には、その素敵すてきさを受け止める心がない。


碧人(M):先輩の言葉が、冷たく響く。

      でも、その奥にある苦しみも伝わってくる。

      先輩も、苦しんでいる。


すみれ:でも……


碧人:でも?


すみれ:あなたの想いが、私を夏へ連れてきてくれた。


碧人:えっ?


すみれ:初めて、春以外の季節を意識した。それは、あなたのおかげ。


碧人:じゃあ……


すみれ:でも、まだ夏を生きる勇気はない。ごめんなさい。


――静寂。風だけが吹いている


碧人:……分かりました。


すみれ:碧人あおとくん……


碧人:でも、一つだけ約束してください。


すみれ:約束?


碧人:いつか、本当の夏を迎えられたら、教えてください。


すみれ:…………。


碧人:その時は、また一緒に星を見ましょう。


すみれ:(涙を拭いて)……うん、約束する。


――少し間を置いて。

  屋上のベンチに座るふたり。


すみれ:碧人あおとくん、もう少しだけ、話を聞いてくれる?


碧人:はい。


すみれ:あの人のこと、話したい。


碧人:……聞きます。


すみれ(M):初めて、誰かに全部話す。

       あの日のことを、あの人のことを。


すみれ:相良さがら たくみ。それが、あの人の名前。


碧人:相良さがら……たくみ


すみれ:古野ふるの教授の天文学研究室の博士課程の人だった。私より3つ上。


碧人:……。


すみれ:初めて会ったのは、私が1年生の秋。

    観測会で、流星群の説明をしてくれた。

    ――『星は、過去からの光だ』って、あの人は言った。


碧人:過去からの光……


すみれ:何光年も離れた星の光は、何年も前の姿すがた

    だから、星を見ることは過去を見ることだって。


碧人:深い言葉ですね。


すみれ:そう。あの人は、いつも哲学的なことを言ってた。


すみれ(M):懐かしい。あの人の声が、まだ耳に残ってる。


すみれ:付き合い始めたのは、私が2年の春。ちょうど、スピカが綺麗に見える頃。


碧人:春……


すみれ:あの人が言ったの。『君は、スピカみたいだ』って。


碧人:……。


すみれ:青白く輝いて、春を告げる星。希望の象徴。それが私だって。


碧人:それで、先輩はスピカが好きなんですね。


すみれ:うん。あの人との思い出が、全部詰まってるから。

    ……そして、去年の3月25日。


碧人:事故の日……


すみれ:旅行の帰り道。京都から東京へ戻る途中。


碧人:……。


すみれ:横断歩道を渡ってた。青信号だった。

    でも、信号無視の車が……


すみれ(M):思い出したくない。でも、忘れられない。

       あの瞬間が、スローモーションのように。


すみれ:あの人は、とっさに私を突き飛ばした。


碧人:……。


すみれ:私は転んで、軽いり傷だけ。

    でも、あの人は……


――すみれが嗚咽をもらす。


すみれ:『すみれは、生きてくれ』――それが、最後の言葉。


碧人:春野はるの先輩……


すみれ:私のせいなの! 私がもっと注意してれば!

    私が違う道を提案してれば――


碧人:それは違います!


すみれ:でも……


碧人:先輩は、生きてる! 相良さがら先輩が守った命を、生きてる!


すみれ:生きてるだけ……心は、あの日から死んでる……


碧人(M):先輩の苦しみが、痛いほど伝わる。

      ――生き残った者の罪悪感。

      それは、簡単に消えるものじゃない。


すみれ:だから、カナダに行く。


碧人:逃げるんですか。


すみれ:……そうかもしれない。でも、あの人との夢でもあった。


碧人:夢……


すみれ:二人で海外の天文台で研究するって。だから、私一人でも。


碧人:それは、先輩の夢ですか?

   それとも……相良さがら先輩の夢ですか?


すみれ:!


碧人:先輩は、自分の人生を生きていない。


すみれ:それは……


碧人:相良さがら先輩の分まで生きようとしてる。でも、それは違う!


すみれ(M):碧人あおとくんの言葉が、核心を突く。

       そう、私は自分の人生を生きていない。

       あの人の影を追いかけているだけ。


すみれ:じゃあ、どうすればいいの?


碧人:分かりません。でも……


すみれ:でも?


碧人:先輩には、先輩の人生がある。相良さがら先輩とは違う、新しい人生が。


すみれ:新しい人生……


碧人:その人生に……俺が入る余地よちはないですか?


すみれ:碧人あおとくん……


――静かな間。遠くで時計の鐘が12時を告げる


すみれ:碧人あおとくん、正直に言うね。


碧人:はい。


すみれ:あなたのこと、嫌いじゃない。むしろ……


碧人:むしろ?


すみれ:大切な後輩。いえ、それ以上の存在。


碧人:それ以上……


すみれ:でも、恋愛感情じゃない。ごめんなさい。


碧人:……分かってました。


すみれ(M):嘘をつきたくない。

       碧人あおとくんは、真剣しんけんに想ってくれた。

       だから、私も真剣しんけんに答えなきゃ。


すみれ:でもね、あなたと過ごした時間は、私を変えてくれた。


碧人:どんな風に?


すみれ:春から顔を上げて、夏を見ることができた。


碧人:……。


すみれ:まだ、夏を生きる勇気はない。

    でも、夏が存在することを思い出させてくれた。


碧人:そうですか……それだけでも、俺には十分です。


すみれ:本当に?


碧人:嘘です。本当は、もっと欲しい。


すみれ:(小さく笑って)正直ね。


碧人:先輩には嘘をつきませんよ。


碧人(M):――これが、俺の恋の結末。

      予想通りで、でも、予想以上に辛い。


すみれ:碧人あおとくん。


碧人:はい。


すみれ:いつか、私が本当に前に進めたら……


碧人:その時は?


すみれ:分からない。でも、あなたには幸せになってほしい。


碧人:俺の幸せは、先輩が幸せになることです。


すみれ:それは重いね。


碧人:すみません。


すみれ:でも、嬉しい。


――すみれがベンチから立ち上がる。


すみれ:そろそろ、降りましょう。みんな待ってる。


碧人:先輩!


すみれ:なに?


碧人:最後に、一つだけ。


すみれ:うん。


碧人:俺は、先輩を愛しています! これからも、ずっと!


すみれ:……。


碧人:返事はいりません! ただ……覚えていてください。


すみれ:(涙を流しながら)……うん、忘れない。


碧人(M):先輩の涙を見るのは、これが初めてだ。

      その涙が、俺のためなのか、相良さがら先輩のためなのか、分からない。

      ……でも、それでいい。


すみれ:碧人あおとくん、ありがとう。


碧人:俺の方こそ。


すみれ:何に対して?


碧人:俺の想いを、受け止めてくれて。


すみれ:受け止めただけ。応えられなくて、ごめん。


碧人:謝らないでください。これが、俺たちの答えです。


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□ エピローグ:同じ夜を照らす


――空港のざわめき。5日後、8月25日。


すみれ:みんな、来てくれてありがとう。


美月:当たり前じゃないですか!


陸:気をつけて行ってきてください。


咲良:ちゃんと食べるのよ。せすぎ。


☆蓮:研究、頑張ってください。


すみれ:うん。みんなも、サークル頑張って。


碧人:…………。


すみれ:碧人あおとくん。


碧人:はい。


すみれ:サークル、お願いね。


碧人:任せてください。


すみれ(M):碧人あおとくんの

       5日前とは違う、どこか吹っ切れた表情。

       強くなったのね。


美月:(小声で碧人に)大丈夫?


碧人:(小声で)ああ、大丈夫だ。


美月:(小声で)嘘つき。


碧人:(小声で)……バレたか。


咲良:すみれ、時間。


すみれ:うん。


――すみれが搭乗ゲートに向かって歩き始める。


すみれ:(振り返って)みんな!

    ――冬に帰ってきたら、また星を見ましょう!


陸:もちろんです!


美月:オリオン座の季節ですね!


☆蓮:楽しみにしてます。


咲良:連絡、ちゃんとして。


すみれ:うん――碧人あおとくん!


碧人:はい。


すみれ:デネブとスピカは、確かに交わらない。


碧人:……はい。


すみれ:でも、同じ夜を照らしている。


碧人:!


すみれ:それって、素敵なことだと思わない?


碧人:……はい、素敵です!


すみれ:いつか、本当の夏を迎えられたとき、また星を見よう!


碧人:約束です!


すみれ:うん、約束!


――すみれが搭乗ゲートに消える


碧人(M):先輩が、去っていく。

      春を抱えて、でも、少しだけ夏を感じながら。

      俺の恋は、終わった。

      ――いや、終わってない。

      これからも、俺はデネブとして、スピカを追い続ける。


美月:碧人あおと……


碧人:美月みつき、俺、泣いてるか?


美月:……うん。


碧人:そうか。


☆蓮:碧人あおと、大丈夫か?


碧人:大丈夫、じゃないね。

   ……でも、これでよかった。


咲良:碧人あおとくん……


碧人:俺の想いは、届かなかった。でも、伝えられた。


陸:それで、十分なのか?


碧人:十分じゃないです。

   でも……これが俺の選んだ道。


――美月がそっと碧人の手を握る。


碧人:美月みつき


美月:今だけ……今だけ、こうさせて。


碧人:……ありがとう。


碧人(M):美月みつきの手が、温かい。

      俺の隣には、まだ誰かがいる。

      でも、俺の心は、まだ……


――飛行機の離陸音が遠くから聞こえる。


碧人:行ったか。


咲良:そうね。


陸:さて、俺たちも戻るか。


☆蓮:そうですね。


美月:碧人あおと……歩ける?


碧人:あぁ、大丈夫。歩けるよ。


碧人(M):空を見上げる。昼間だから、星は見えない。

      でも、そこにある。

      デネブも、スピカも、見えないけど、確かに存在している。


碧人(M):――春野はるの先輩。

      いつか、あなたが本当の夏を迎えた時、

      俺はまだ、あなたを想っているだろうか?

      きっと、想っている。

      デネブがスピカを追い続けるように。

      永遠に交わらなくても、同じ夜を照らすために。


碧人(M):これは、そんな星たちの物語。

      切なくて、美しくて、そして希望のある

      ――俺たちの、物語。



(END)

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【声劇台本】『デネブはスピカを追う -春と夏の星めぐり-』 浅沼まど @Mado_Asanuma

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