台 本 本 編
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※『兼ね役あり台本』なので混乱防止のため、兼ね役が
ある配役については記号がついています。
☆:天野 蓮、恋人(相良 巧)
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□ プロローグ:星空の下で
碧人(M):星には、それぞれ物語がある。
『デネブ』――はくちょう座の
夏の
碧人(M):『スピカ』――おとめ座の
春の夜空に青白く輝く、春を告げる星。
二つの星は、同じ空を
碧人(M):春にスピカが現れ、それを追うように夏にデネブが昇る。
でも、決して交わることはない。
東と西、離れた場所で輝き続ける二つの星。
碧人(M):俺は思う。
追いかけても届かない星があることを。
それでも、追いかけずにはいられない想いがあることを。
碧人(M):――これは、そんな星たちの物語。
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□ 第Ⅰ章:春-スピカの季節
――大学の屋上。複数の足音と談笑する声が聞こえる。
すみれ:みんな、今日は春の星座を観測するわよ。
特に注目してほしいのは――
美月:『スピカ』でしょ?
すみれ先輩、毎年春になると必ずスピカの話するもん。
すみれ:あら、バレてた?
咲良:バレるわよ。
去年も一昨年も、春の観測会では必ずスピカから始めるんだから。
すみれ:(少し照れながら)だって、スピカって特別じゃない。
春の
☆蓮:確かに青白い光が印象的ですよね。
陸:
碧人:え、ええ、今終わったところです。
碧人(M):
俺がこのサークルに入って、最初に出会った人。
先輩が星について語るとき、その
去年の新歓合宿で、先輩は言った――
すみれ(回想):スピカはね、ラテン語で『麦の穂』って意味なの。
古代の人々は、この星を見て種まきの時期を知ったんだって!
碧人(M):その時から、俺は――
美月:
碧人:え? いや、なんでもない。
美月:もう、しっかりしてよ。
今日は先輩との最後の観測会なんだから。
すみれ:そうね……もう、最後かぁ……
咲良:感慨深いわね。4年間、ここで星を見続けてきて。
陸:先輩がいなくなるのは寂しいですよ。
すみれ:大丈夫。
頼れる先輩として
碧人:でも、
すみれ:(優しく)
碧人:あ、いえ。その……先輩は、卒業後どうされるんですか?
すみれ:8月から、カナダの天文台で研究員として働くの。
ずっと夢だったから。
美月:すごーい! 海外なんて!
すみれ:でも、出発まではまだ時間があるから。
6月には一度、みんなに会いに戻ってくるつもり。
碧人(M):8月……あと5ヶ月。いや、もう5ヶ月しかない。
☆蓮:そろそろ観測始めませんか? 雲が出てきそうですよ。
すみれ:そうね。じゃあ、
碧人:は、はい!
――少し間を置いて。
そして観測が終わり、片付けの時間。
美月:今日もきれいに見えたね~
☆蓮:春の星座は派手さはないけど、落ち着いた美しさがありますね。
陸:
咲良:ありがとう。でも大丈夫よ。
すみれ:(小さくつぶやく)また、春が来たのね……
咲良:すみれ?
すみれ:ううん、なんでもない。
ただ……もう一年経ったんだなって。
咲良:……そうね。
碧人(M):先輩の表情が、一瞬
いつもの輝くような笑顔とは違う、どこか寂しげな顔。
この一年、時々見せるその表情の意味を、俺は知らない。
美月:すみれ先輩、最後の観測会なのに、なんか元気ないですね。
☆蓮:卒業が近いから、感傷的になってるんじゃない?
美月:そうかなぁ……
すみれ:(努めて明るく)ごめんごめん!
せっかくの観測会なのに、暗い顔してちゃダメよね!
咲良:無理しないで。すみれはすみれのペースでいいから。
すみれ:
陸:そろそろ
碧人:
すみれ:あ、ありがとう。
碧人:そ、そんな……
すみれ:(少し遠い目で)
優しい人は、時に自分を
碧人:え?
すみれ:なんでもない。さ、片付け終わらせちゃいましょ!
碧人(M):先輩の言葉の意味が、分からない。
でも、その瞳の奥に、深い悲しみが
誰かを想っているような、誰かを待っているような。
――そんな
******************************
――大学の中庭。昼休みのざわめき。
陸:
碧人:
陸:いや、最近お前の様子がおかしいから。
――
碧人:……分かります?
陸:分かるよ。もう1年以上、同じサークルで見てきたんだから。
碧人:卒業式まで、あと1週間。
陸:告白するのか?
碧人:……したいと思っます。
でも……
陸:でも?
碧人:
陸:……根拠は?
碧人:分かりません。
ただ、時々見せる表情が……誰かを待ってるような、誰かを探してるような。
碧人(M):昨日の観測会でも、先輩は遠くを見ていた。
俺じゃない、誰かを見ているような目で。
陸:それでも、言わないと
碧人:
陸:俺だったら、伝える。
たとえ振られるとしても、想いを伝えずに終わるよりはマシだ。
碧人:先輩は……強いですね。
陸:強くなんかない。ただ……
碧人:ただ?
陸:いや、なんでもない。
とにかく、お前は自分の気持ちに正直になった方がいい。
碧人:自分の気持ちに、正直に……
碧人(M):正直になれたら、どんなに楽だろう。
でも、先輩の悲しそうな瞳を見るたびに、言葉が
俺の想いなんて、先輩を困らせるだけじゃないかって。
陸:考えすぎるなよ。シンプルに『好きです』って言えばいい。
碧人:シンプルに、か。
陸:ああ。難しく考えるから、余計に言えなくなる。
碧人:……そうですね。
ありがとうございます、
陸:おう! 応援してるぞ!
碧人(M):卒業式まで、あと1週間。
伝えるなら、今しかない。
でも――
******************************
――大学の廊下。夕方の静かな校内
咲良:
碧人:
咲良:話があるの。すみれのことで
碧人:
――人気のない教室に入る音。ドアが閉まる。
咲良:ここなら、大丈夫か。
碧人:あ、あの、話って――
咲良:
あなた、すみれのこと好きでしょう?
碧人:えっ……
咲良:隠さなくていい。見てれば分かるから。
碧人:……はい。
咲良:卒業式で告白するつもり?
碧人:それは……まだ、です。
咲良:(ため息)そう。なら、知っておいてほしいことがあるの。
碧人(M):
何か、重要な話をしようとしている。
咲良:すみれは、1年前に恋人を亡くしてるの。
碧人:えっ……?
咲良:交通事故。去年の春、ちょうど卒業旅行の帰り道。
碧人:そんな……
咲良:相手は、このサークルの先輩だった人。
天文学研究で有名な大学院生で、すみれの憧れの人だった。
碧人(M):頭が真っ白になる。
先輩が見ていた〝誰か〟は、もうこの世にいない人だったなんて。
咲良:事故は……すみれを
横断歩道で、信号無視の車が突っ込んできて。
碧人:それで
咲良:そう。だから、すみれは自分を責めてる。
「私のせいで」って、ずっと。
――静かな間が挟まる。
碧人:それで、春の星座を見るたびに……
咲良:ええ。あの人と一緒に見た、最後の季節だから。
碧人:……
咲良:違う。ただ、知った上で決めてほしいの。
碧人:知った上で……?
咲良:すみれの心は、まだあの人と一緒にいる。春の中で立ち止まったまま。
碧人(M):そうか……先輩があんなに寂しそうだったのは。
あんなに遠くを見ていたのは。
もう会えない人を、探していたから……
碧人:でも……それでも俺は……
咲良:それでも?
碧人:いや、だからこそ……
咲良:
碧人:おかしいですよね。
亡くなった人と張り合おうなんて……
咲良:おかしくない。むしろ……
碧人:むしろ?
咲良:いえ、なんでもない。ただ、
すみれの心の傷は、想像以上に深いから。
碧人:……はい。
碧人(M):重い真実。
でも、不思議と
むしろ、先輩を一人にしておけない気持ちが強くなった。
これは同情? いや、違う。
俺は――
******************************
――卒業式会場のざわめき。拍手の音
美月:すみれ先輩、卒業おめでとうございます!
すみれ:ありがとう、
☆蓮:写真撮りましょうよ、みんなで。
陸:いいね。
碧人:あ、ああ……持って、ます。
碧人(M):卒業式が終わった。
先輩は、
でも、俺はまだ何も言えていない。
――カメラのシャッター音
咲良:いい写真
碧人:はい、ばっちりです。
すみれ:
碧人:えっ?
すみれ:次期部長、あなたに任せたいと思ってるの!
美月:ええー!
☆蓮:意外だな。てっきり
陸:俺は副部長でいいよ。
すみれ:
碧人:
碧人(M):今だ。今しかない。
――『好きです』
たった四文字なのに、
すみれ:どうしたの? 緊張してる?
碧人:あの、
美月:(小声で)
碧人:俺……来年、
すみれ:(優しく微笑んで)うん、期待してる。
碧人(M):違う。言いたいのはそんなことじゃない。
でも、先輩の優しい笑顔を見ていたら、それ以上の言葉が出なかった。
この笑顔を、俺のわがままで
咲良:すみれ、そろそろ行かないと。
すみれ:そうね。じゃあ、みんな、また今度!
☆蓮:6月に会えるんですよね?
すみれ:ええ、必ず戻ってくる。
その時は、また星を見ましょう!
陸:楽しみにしてます!
すみれ:
碧人:は、はい。
すみれ:サークル、よろしくね。
碧人:……はい。
――すみれと咲良が去っていく。
美月:……言わなかったんだ。
碧人:
美月:バカだなぁ、
碧人:……ごめん。
美月:私に謝ってどうするのよ。
碧人(M):そうだ。俺は逃げた。
先輩の過去を知って、怖くなって逃げた。
デネブはスピカを追いかけることすら、始められなかった。
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――場所は、空港に移る。
すみれ(M):また、春が終わる。
去年の春も、今年の春も、私は同じ場所で立ち止まったまま。
でも、今度こそ前に進まなきゃ。
カナダでの研究、それは昔からの夢。
あの人と一緒に語り合った、夢。
――回想シーン:開始
☆相良:すみれ、いつか二人で海外の天文台で研究しよう。
君ならきっと素晴らしい研究者になれる。
すみれ:本当? でも、私なんて……
☆相良:大丈夫。君の観測眼は素晴らしい。
それに、スピカみたいに輝いてるから。
すみれ:もう、また適当なこと言って!
☆相良:適当じゃないよ。春の夜空で一番美しい星、それが君だ。
――回想シーン:終了
すみれ(M):あの人はもういない。
私を
――『すみれは生きて、夢を
最後の言葉が、今も耳に残ってる。
咲良:すみれ、搭乗時間よ。
すみれ:
咲良:当たり前でしょ。親友なんだから。
すみれ:ねえ、
咲良:なに?
すみれ:
咲良:……気づいてたの?
すみれ:なんとなく、ね。優しい子だから。
咲良:それだけ?
すみれ:それだけよ。私には、その優しさを受け取る資格がない。
咲良:すみれ……
すみれ(M):
きっと、私を想ってくれている。
でも、私の心はまだ春の中。
あの人と過ごした、最後の春の中で止まったまま。
すみれ:私、行くね。
咲良:うん。体に気をつけて。
すみれ:6月には必ず戻る。その時は……
咲良:その時は?
すみれ:少しは、前に進めてるといいな。
――すみれが搭乗ゲートに向かう。
すみれ(M):春を置いていく。
でも、まだ夏を迎える勇気はない。
……
あなたの優しさに、今の私は応えられない。
でも、いつか……
いつか、この
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□ 第Ⅱ章:初夏-二つの星が並ぶ季節
――大学の部室。
エアコンの音。外からは蝉の声が聞こえ始めている
碧人:今月の観測予定だけど、15日の
陸:そうだな。梅雨入り前に一度はやっておきたい。
美月:はぁ……最近つまんない。
☆蓮:どうした、
美月:だって、すみれ先輩もいないし、なんか活気がないんだもん。
碧人(M):3ヶ月。
俺は部長として、サークルを運営している。
でも、
――スマートフォンの通知音
陸:あ、LINEだ……えっ?
碧人:どうしたんですか、
陸:
美月:えっ! なんて!?
陸:『来週、一時帰国します。みんなに会いたいです』って。
美月:やったー! すみれ先輩が帰ってくる!
☆蓮:予定通り、6月に戻ってきたんだな。
碧人:……。
碧人(M):胸が高鳴る。また先輩に会える。
でも同時に、不安も
3ヶ月前、言えなかった想い。
今度こそ、伝えられるだろうか?
陸:返信、どうする?
美月:観測会しましょうって提案しよ!
☆蓮:いいね。ちょうど15日なら、すみれ先輩も都合つくかも。
碧人:……そうですね。
『15日に観測会をするので、ぜひ来てください』って送ります。
美月:
碧人:えっ?
美月:もっと、こう……『会えるの楽しみにしてます!』とか!
☆蓮:
美月:私が送るのと、部長が送るのじゃ違うでしょ!
陸:まあまあ。とにかく、観測会の提案をしよう!
碧人:――送りました。
陸:もう返信だ。
『ぜひ参加させて! 東の空にスピカ、西の空に夏の星座が見える頃ね』
美月:相変わらずロマンチックなこと言うなぁ、すみれ先輩。
碧人(M):スピカとデネブ。
6月なら、確かに両方が空に浮かぶ。
まるで、先輩と俺みたいに……いや、思い上がりだな。
☆蓮:じゃあ、準備始めるか。
美月:あ!
陸:そうだな。
碧人:……みんな、楽しそうですね。
陸:
碧人:俺ですか? 俺も……楽しみです。
碧人(M):楽しみ、なのは本当。でも、それ以上に緊張する。
3ヶ月の間、毎日考えていた。
どうやって想いを伝えるか。
――どうやって、先輩の
******************************
――大学の食堂。昼時のざわめき
美月:
☆蓮:珍しいな、
美月:真面目な話なの!
☆蓮:……分かった。聞くよ。
美月:
☆蓮:ああ……やっぱりか。
美月:やっぱりって?
☆蓮:いや、
美月:えっ!? みんな!?
☆蓮:
美月:……
☆蓮:あいつは、
――美月が深いため息をつく。
美月:だよね……分かってる。
☆蓮:
美月:
だって、私だって、ずっと見てきたんだもん。
美月(M):中学からの
ずっと隣にいたのは私なのに。
☆蓮:でも、
美月:分かってる。
でも……すみれ先輩だって、
☆蓮:それは……
美月:先輩は、
☆蓮:だからって、
美月:っつ! ……ひどい!
☆蓮:ごめん……でも、本当のことだ。
美月(M):分かってる。
でも、認めたくない。
美月:ねえ、
☆蓮:俺に聞かれても……
美月:今度の観測会で、はっきりさせようと思うの。
☆蓮:はっきりって?
美月:
☆蓮:おい、それは――
美月:もう決めた! このままモヤモヤしてるのは嫌!
☆蓮:
美月(M):すみれ先輩がいる前で、
でも、これ以上、透明な存在でいたくない。
☆蓮:
美月:しない……多分。
☆蓮:多分かよ。
美月:だって、恋愛に絶対なんてないでしょ?
☆蓮:……そうだな。
美月:
☆蓮:んっ、俺は、恋愛とか興味ない。
美月:嘘。時々、
☆蓮:なっ! ……見てない。
美月:(くすっ)やっぱり、恋愛に興味ないなんて嘘じゃん。
☆蓮:……うるさい。
美月(M):みんな、誰かを想ってる。
届かない想いを抱えて、もがいてる。
私も、
だから、せめて、正直でいたい。
******************************
――夕暮れの屋上。
すみれ:懐かしい……この景色。
碧人:
すみれ:あら……
碧人:お、お帰りなさい。
すみれ:ただいま。元気にしてた?
碧人:はい。先輩こそ、カナダはどうですか?
すみれ:楽しいよ。研究も
碧人(M):先輩は、変わらない。
いや、少し
でも、その優しい
碧人:先輩は、変わりませんね。
すみれ:……そう? 私は、変われないの。
碧人:えっ?
すみれ:ごめん、変なこと言って。
ねえ、見て。
碧人:何をですか?
すみれ:東の空。まだスピカが見えるでしょ?
碧人:ああ、本当だ。
すみれ:そして西には、もうすぐデネブが昇る。
碧人:同じ空に、春と夏の星が。
すみれ:不思議よね。季節の境目だけ見られる光景。
碧人(M):先輩は、東の空を見ている。
スピカを、春を見ている。
俺は、西を向いて、これから昇るデネブを待ちたい。
夏を、迎えたい。
――屋上のドアが開く。
美月:あっ! すみれ先輩!
陸:お帰りなさい、
咲良:すみれ、痩せた?
☆蓮:みんな集まったんですね。
すみれ:みんな……うん、ただいま。
美月:先輩、会いたかったです!
すみれ:私も。みんなに会えて嬉しい!
咲良:元気にしてた? ちゃんと食べてる?
すみれ:
咲良:だって、親友だもの。
碧人(M):賑やかになった屋上。
でも、俺の心は複雑だ。
みんなといる先輩は楽しそうだけど、どこか壁を作っている。
陸:機材、準備しましたよ。
咲良:今日は何を観測するの?
すみれ:せっかくだから、スピカとデネブ、両方観測しない?
美月:春と夏を同時に!
☆蓮:ロマンチックですね。
すみれ:でしょ? こんな機会、年に一度しかないんだから。
碧人:――
すみれ:なに?
碧人:先輩は、どっちが好きですか?
スピカとデネブ。
すみれ:……どちらも、好きよ。
碧人:でも、特別なのは……
すみれ:(少し寂しそうに)特別、か。
そうね……スピカは、思い出の星。
碧人:思い出の……
すみれ:デネブは……これから知っていく星、かな?
碧人(M):これから知っていく星。
その言葉に、少しだけ希望を見た気がした。
でも、先輩の
咲良:(小声で碧人に)大丈夫?
碧人:(小声で)……はい。
咲良:(小声で)無理しないで。
すみれ:さあ、観測始めましょ。久しぶりの日本の星空、楽しみ!
碧人(M):――先輩が戻ってきた。
でも、心の距離は縮まらない。
東と西、スピカとデネブのように。
同じ空にいるのに、こんなに遠い。
******************************
――観測準備中。機材を組み立てる音
陸:
咲良:いいわよ。でも、
陸:そ、そうか? 気のせいじゃないか?
咲良:ふーん。
陸:……
咲良:どうしたの? 改まって。
陸:あのさ……俺、ずっと言いたかったことがあって。
咲良:……。
陸(M):今しかない……!
俺だって、ずっと想い続けてきた人がいる……!
陸:――俺、
咲良:……知ってた。
陸:えっ?
咲良:
去年の秋くらいから、なんとなく。
陸:そんなに前から……
咲良:でも、ごめん。今は……
陸:
咲良:……うん。すみれが心配で。あの子、無理してるから。
陸:分かる。カナダでの生活、きっと大変だろうし!
咲良:それだけじゃない。すみれは、自分を許せないでいる。
陸:亡くなった
咲良:(頷く)自分だけが生きていることに、罪悪感を感じてる。
陸(M):
でも、それでもいい。
俺は、そんな
陸:でも、
咲良:それは……
陸:俺、待つよ。
咲良:
陸:今すぐ答えはいらない。
ただ、俺の気持ちだけは知っておいてほしかった。
咲良:(小さく)……ありがとう。
陸:えっ?
咲良:私のこと、想ってくれて、ありがとう。嬉しい。
陸:じゃあ……
咲良:でも、今は答えられない。ごめん。
陸:いいよ。俺は、
咲良(M):
でも、今の私は、すみれを支えることで
恋愛なんて……でも、いつか……
******************************
――夜の屋上。虫の声と風の音
すみれ:みんな、見て! 東にスピカ、西にデネブが見えるわ!
美月:本当だ! 春と夏が同時に!
☆蓮:こうして見ると、本当に対照的な位置にありますね。
碧人:まるで、お互いを避けているみたいに……
すみれ:避けてるんじゃないわ。ただ、出会えないだけ。
咲良:運命的ね。同じ空にいるのに。
すみれ:ねえ、覚えてる? 去年の夏合宿。
碧人:もちろん覚えてます。
美月:流星群、きれいだったよね~
☆蓮:
碧人:それは言わないでくれ……
――全員が笑い合う。
咲良:あの頃は、まだみんな
すみれ:そうね……たった1年なのに、すごく昔のことみたい。
陸:――
すみれ:どうかな……私は8月には
碧人:でも、その前に、もう一度みんなで観測会をしたいです。
すみれ:(優しく微笑んで)そうね。出発前に、もう一度。
咲良:夏の
碧人(M):先輩の笑顔。
でも、その
美月:……私、お茶入れてきます!
☆蓮:俺も手伝うよ。
――美月と蓮が離れる。
すみれ:
碧人:いえ、
陸:
咲良:そう、良かった。サークルが続いていくのは嬉しいわ。
すみれ:(静かに)続いていく、か……
碧人:先輩?
すみれ:なんでもない。ただ、時間は止まらないんだなって。
……っつ。
咲良:すみれ、大丈夫?
すみれ:うん。大丈夫。
(小声で)……大丈夫じゃなきゃいけない。
碧人(M):先輩は、前に進もうとしている。
でも、心がついていかない。
そんな先輩を、俺はどうしたら……
――美月と蓮が戻ってくる。
美月:お茶持ってきたよ~
☆蓮:お菓子もあります。
すみれ:ありがとう。みんなで飲みましょう!
美月:すみれ先輩、8月にはまた行っちゃうんですよね?
すみれ:うん。でも、冬にはまた帰ってくるつもり。
碧人:冬……
すみれ:冬の星座も美しいでしょ? オリオン座とか。
陸:確かに、冬の観測会も楽しみですね。
咲良:(小声ですみれに)無理、してない?
すみれ:(小声で)
してないわ……ごめん、嘘。してるかも。
美月:ねえ、みんなで写真撮ろうよ!
☆蓮:いいね。全員で。
陸:望遠鏡も入れて撮るか。
すみれ:待って。その前に、もう一度空を見て。
碧人:どうしたんですか?
すみれ:東のスピカと、西のデネブ。
今がちょうど、一番きれいに見える時間。
咲良:本当……まるで鏡合わせみたい。
美月:でも、なんか切ないね。同じ空なのに、こんなに離れてて。
すみれ:そうね……同じ空にいるのに、決して交わらない。
碧人:でも、同じ夜を照らしている。
すみれ:えっ?
碧人:スピカとデネブ。
確かに交わることはない。
でも、同じ夜空で、それぞれの光を放っている。
すみれ(M):碧人くんの言葉が、胸に刺さる。
同じ夜を照らす……あの人と私も、もう交わることはない。
でも……
陸:深いこと言うな、
☆蓮:らしくない。
碧人:うるさいな……
美月:でも、いいこと言ったと思う。
咲良:すみれ?
すみれ:(遠くを見つめながら)ねえ、
碧人:はい。
すみれ:デネブは、どうしてスピカを追いかけるのかな?
碧人:えっ……
すみれ:追いかけても、届かないのに……
碧人(M):先輩の瞳が、俺を見ている。
いや、違う。俺を通して、何か別のものを見ている。
碧人:それでも……追いかけずにはいられないんじゃないですか。
すみれ:追いかけずには、いられない……
咲良:すみれ……
すみれ:(小さく笑って)ごめん、変なこと聞いて。
さ、写真撮りましょ!
美月:……タイマーセットしますね!
――カメラのタイマー音
シャッター音が鳴る。
すみれ:……いい写真撮れたかな?
☆蓮:確認してみますね……あ、ちゃんと撮れてます。
陸:背景に星も写ってる。
すみれ:この写真、大切にするね。
碧人:俺も、データ送ってください。
美月:私も!
すみれ:もちろん。みんなに送るわ。
すみれ(M):この瞬間を、忘れないように。
いつか、この写真を見返した時、今夜のことを思い出せるように。
東にスピカ、西にデネブ。
交わらない二つの星が、同じ空に浮かんだ夜。
碧人(M):先輩の横顔を見つめる。
月明かりに照らされた、その表情。
悲しみと、
――俺は決めた。
この人を、過去から連れ出したい。
たとえ、俺の想いが届かなくても……
すみれ:そろそろ、片付けましょうか!
碧人 / 美月 / ☆蓮 / 陸 :はい。
すみれ:(独り言のように)同じ夜を、照らす……か。
******************************
――観測会が終わり、片付けをしている音
美月:
碧人:どうした、
美月:二人で話がしたい。
☆蓮:(察して)俺たち、先に降りてるよ。
陸:そうだな。
すみれ:えっ? でも……
咲良:(状況を察して)行きましょう、すみれ。
すみれ:う、うん。
――他の4人が去っていく。
碧人:どうしたんだよ、急に。
美月:……ねえ、
碧人:何を?
美月:中学2年の時、初めて一緒に星を見たこと。
碧人:ああ……理科の宿題で。
美月:そう。
碧人:覚えてたのか。
美月:覚えてるよ。全部。
美月(M):あの日から、
そして、私は星を見る
でも、
美月:高校の時も、一緒に天文部入ったよね。
碧人:ああ。
美月:嘘。
碧人:え?
美月:本当は、
碧人:
美月:大学も、
サークルも、
碧人:そうだったのか……
美月:全部、
美月(M):まずい、もう止まらない。
7年分の想いが、
美月:でも、
碧人:それは……
美月:高校3年の時、
碧人:……。
美月:文化祭の時、告白しようとして、できなかったよね。
碧人:よく覚えてるな。
美月:当たり前でしょ!
碧人:
美月:好きな食べ物、嫌いな科目、寝癖の直し方、落ち込んだ時の癖、全部!
碧人(M):
俺は、何も気づいていなかった……
美月:そして今度は、すみれ先輩!
碧人:…………。
美月:去年の新歓合宿から、ずっとでしょ? 知ってるよ。
碧人:ああ。
美月:いつまで? いつまですみれ先輩のこと想ってるの?
碧人:それは……分からない。
美月:分からない? ふざけないで!
――美月の声が震える
美月:すみれ先輩は、
碧人:……分かってる。
美月:分かってるのに、なんで? なんで
碧人:好きになるのに、理由なんているのか?
美月:じゃあ、私は? 私の想いは? 私の7年は何なの!?
碧人:
美月(M):涙が
みっともない。情けない。
……でも、もう止められない。
美月:私だって、理由なんてない! 気づいたら好きだった!
碧人:…………。
美月:中学の時から、高校の時から、ずっと、ずっと
碧人:そんなに長く……
美月:どうして私じゃダメなの!? 何が足りないの!?
碧人:足りないとか、そういうことじゃ――
美月:じゃあ何!? 可愛くないから? 星に詳しくないから?
碧人:違う。
美月:すみれ先輩みたいに、
碧人:
美月:落ち着けない! もう無理! 限界!
――美月が泣き崩れる。
美月:
碧人:ごめん……俺……
美月:謝らないで! 同情なんていらない!
碧人:同情じゃない。美月は、俺にとって大切な――
美月:
碧人:…………。
美月:私は、
美月(M):言った。全部言った。もう、
碧人:
美月:知ってる! 分かってる! でも、
碧人:ごめん。
美月:……ねえ、
碧人:……何を
美月:もし、すみれ先輩がいなかったら、私を見てくれた?
碧人:それは……
美月:答えて。
碧人(M):
7年分の想いを込めて。
俺は、この問いに、何と答えればいい?
碧人:……分からない。でも、
美月:特別……
碧人:誰よりも長く、俺の隣にいてくれた。
美月:それだけ?
碧人:
美月:でも、恋人にはなれない。
碧人:……ごめん。
美月:(涙を拭いて)……そっか。
――静かな間。
美月:ねえ、
碧人:なに?
美月:すみれ先輩に振られたら、私のところに来て。
碧人:
美月:待ってる。ずっと待ってる。バカみたいだけど。
碧人:そんなこと……
美月:いいの。これが私の恋だから。
美月(M):カッコ悪い。振られたのに、まだ待つなんて。
……でも、これが私。
7年も想い続けた私の、変えられない気持ち。
美月:でも、覚えておいて。
碧人:えっ?
美月:すみれ先輩が
二番目に泣くのは私だってこと。
碧人:…………。
美月:だから、振られたら、ちゃんと私にも報告して。
一緒に泣いてあげるから。
碧人:
美月:(無理に笑って)じゃ、先に降りてる。一人にして。
碧人:大丈夫か?
美月:大丈夫じゃない。でも、大丈夫なふりはできる。
――美月が立ち去る。
美月:(立ち止まって)
碧人:んっ?
美月:……ううん、なんでもない。
美月(M):『好きだよ』って、最後にもう一度言いたかった。
でも、もう十分伝えた。
これ以上は、ただの
――美月が走り去る。
碧人(M):
俺は、なんて
でも、俺の心は変えられない。
――これが、恋の
******************************
――屋上に一人残った碧人。
碧人(M):一人になった屋上。
さっきまでの賑やかさが嘘みたいだ。
7年間も、俺のことを想っていたなんて。
そして、
みんな、誰かを想って、苦しんでいる。
――ゆっくりと咲良が近づいてくる。
咲良:まだいたの?
碧人:
咲良:
何があったか、大体想像つくけど……
碧人:……。
咲良:告白されたんでしょ?
碧人:……はい。
咲良:断ったのね。
碧人:俺には……
咲良:知ってる。でも、
碧人:俺も、そう思います。でも……
咲良:恋は、思い通りにならないものね。
碧人(M):
先輩も、誰かを想っているんだろうか?
咲良:
碧人:俺がつらいなんて言う資格、ないです。
咲良:そんなことない。
碧人:……
咲良:優しくなんかない。ただ、見ていて分かるだけ。
碧人(M):
……でも、俺は決めた。
碧人:
咲良:……そう。
碧人:届かないのは、分かってます。でも、伝えなきゃ。
咲良:どうして、そこまで……
碧人:
咲良:春から……
碧人:先輩は、ずっと春の中で立ち止まってる。亡くなった人と一緒に。
咲良:それは、すみれが選んだこと。
碧人:でも、先輩は苦しんでる。前に進みたいのに、進めない。
咲良:
碧人:分かりません。でも……
咲良:でも?
碧人:今日、先輩が言いました。
――『デネブは、どうしてスピカを追いかけるのか』って。
咲良:…………。
碧人:追いかけても届かないのに、って。
まるで、俺のことを分かっているみたいに。
咲良:すみれは、鋭いから。
碧人:でも、俺は答えました。『追いかけずにはいられない』って。
咲良:…………。
碧人:デネブはスピカを追いかける。届かなくても、追いかけ続ける。
咲良:それが、
碧人:はい。それが、俺にできる唯一のことです。
咲良:
碧人:します。きっと、たくさん。
咲良:それでも?
碧人:はい。それでも。
咲良(M):
すみれ、あなたは知ってる?
こんなにも真っ直ぐに、あなたを想う人がいることを。
咲良:
碧人:……分かりません。でも、
咲良:無責任なことを言わないの。
……強いんじゃない。強がってるだけ。
碧人:…………。
咲良:7年も想い続けた恋を、簡単に
碧人:俺は、
咲良:そうね。でも、それも恋なのよ。
碧人:
咲良:……さあ、どうかしら。
咲良(M):今日、
でも、今は恋なんて考えられない。
すみれのことで、頭がいっぱい。
でも、いつか……
咲良:
碧人:はい。
咲良:もし、すみれが
碧人:えっ?
咲良:可能性は、ゼロじゃない。
碧人:……考えたことありません。
咲良:嘘。
碧人:…………。
咲良:本当は、少し期待してるんでしょ?
碧人:……少しだけ。
咲良:でも、すみれの心はまだ――
碧人:分かってます。だから、俺は先輩を過去から連れ出したい。
咲良:難しいわよ。
碧人:はい。でも、やらなきゃ
咲良:――分かった。
応援はしないけど、
碧人:ありがとうございます。
咲良:……8月の、すみれが発つ前に?
碧人:はい。最後の観測会で。
咲良:夏の
碧人:デネブが、最も輝く季節です。
碧人(M):――決めた。
8月、先輩が旅立つ前に、全てを伝える。
それが、俺の選んだ道だ。
デネブはスピカを追う。
永遠に交わらなくても、同じ夜を照らすために。
---------------------------------------------------------------------
□ 第Ⅲ章:夏-デネブの季節
――夏の夜。蝉の声から鈴虫の声へ移り変わる時期。
碧人(M):――8月20日。
今夜が、最後の観測会。
そして、俺が想いを伝える、最後のチャンス。
美月:
碧人:ああ。望遠鏡も三脚も全部。
美月:……緊張してる?
碧人:分かるか?
美月:分かるよ。だって、今日でしょ。
碧人:
美月:大丈夫。私は平気だから。もう
碧人(M):
無理に明るく振る舞うことはなくなった。
でも、俺への優しさは変わらない。
――屋上のドアが開く
陸:おっ、もう来てたのか。
咲良:早いわね、二人とも。
碧人:今日は特別な日ですからね。
☆蓮:
咲良:もうすぐ来るはず。今、下で電話をしてた。
美月:カナダの研究所から?
咲良:多分ね。到着日の確認とか。
――再び扉が開く。
すみれ:ごめん、遅くなった!
碧人:
すみれ:みんな、集まってくれてありがとう。
最後にもう一度、一緒に星が見られて嬉しい。
陸:最後なんて言わないでください。冬にはまた。
すみれ:そうね。
……でも、みんなが
咲良:すみれ……
すみれ:さあ、始めましょう。今夜は夏の
碧人(M):先輩の笑顔。でも、どこか寂しげだ。
――別れを覚悟している顔。
美月:うわぁ、本当にきれい!
デネブもベガもアルタイルも、全部くっきり!
☆蓮:湿度が低いから、視界がクリアなんだ。
すみれ:デネブ、ベガ、アルタイル。夏の
碧人:デネブが、一番明るく見えます。
すみれ:そうね。今が、デネブの季節だから。
咲良:スピカは、もう西の地平線近く。
すみれ:うん。春の星は、もうすぐ沈む。
すみれ(M):春が終わり、夏が来た。
でも、私の心は……まだ、あの春の日に。
陸:写真、撮りましょうか?
美月:いいね! 最後の記念に!
☆蓮:『最後』って言葉、禁止にしない?
咲良:賛成。なんか寂しくなる。
すみれ:(優しく笑って)そうね。じゃあ、『特別な』記念写真。
碧人:先輩、真ん中に来てください。
すみれ:いいの? 碧人くんが部長なのに。
碧人:今日の主役は先輩です。
――カメラのタイマー音、シャッター音。
すみれ:……いい写真が撮れたかな?
美月:ねえ、もう少し観測してから、個別に話す時間作りません?
陸:個別に?
美月:うん。
最後……じゃなくて、特別な日だから、
それぞれ伝えたいこともあると思うんです。
咲良:いいアイデアね。
☆蓮:賛成。
すみれ:みんな、ありがとう。じゃあ、もう少し星を楽しみましょう。
――30分後。穏やかな夜風。
咲良:
陸:え? ああ、もちろん!
――屋上の端へ移動する二人。
陸:どうした? 急に。
咲良:6月の時の返事。
陸:返事?
咲良:告白の。
陸:えっ!?
……でも、まだ答えはいらないって。
咲良:状況が変わったから。
陸(M):
6月の時とは違う、決意を秘めた
咲良:すみれが旅立つ。それで、気づいたの。
陸:何に?
咲良:私も、前に進まなきゃって。
陸:
咲良:すみれのことは、これからも心配。
でも、それを理由に立ち止まっていたら、私も春から出られない。
陸:春から……?
咲良:
でも……すぐに恋人になれるかは分からない。
陸:いいよ。
咲良:本当に?
陸:ああ。待つって言っただろ。
咲良:(小さく微笑んで)ありがとう。
咲良(M):――
すみれとは違う形で、私も縛られていた。
親友を支えることに必死で、自分の幸せを後回しにして。
陸:
咲良:……うん。
――静かに手を繋ぐ
咲良:
陸:
咲良:少し。だって、恋愛なんて、久しぶりだから。
陸:俺も……初めてだ。
咲良:嘘。
陸:本当だよ。
――屋上の反対側
美月:
☆蓮:んっ、どうした?
美月:あっちで話そ。
――移動する二人。
美月:見て、
☆蓮:今夜、告白するんだろ。
美月:うん。知ってる。
☆蓮:大丈夫か?
美月:……大丈夫じゃない。でも、見届ける。
美月(M):
それが、7年間
☆蓮:……
美月:強くなんかない。強がってるだけ。
☆蓮:それでも、前より真っ直ぐだ。
美月:
☆蓮:何が?
美月:
☆蓮:……別に。
美月:また嘘。
☆蓮:嘘じゃない。
美月:じゃあ、なんで
☆蓮:……どうして、こういう時だけ鋭いんだ。
美月:女の子は、恋愛に関して特に敏感だよ?
☆蓮:違いないな……あの二人。
美月:いいんじゃない? お似合いだよ。
☆蓮:……そうだな。
美月:
☆蓮:
美月:そっか。
☆蓮:
美月:
☆蓮:
美月:恋なんて、
美月(M):そう、
――それが、恋。
☆蓮:
美月:なに?
☆蓮:
美月:え?
☆蓮:友達として、だけど。
美月:(くすっ)
☆蓮:優しくない。ただ……
美月:ただ?
☆蓮:仲間だから。
美月:……うん、ありがと。
――中央付近
すみれ:きれいな夜。
咲良:(戻ってきて)すみれ、大丈夫?
すみれ:うん。みんな、それぞれの時間を過ごしてるのね。
咲良:すみれは、
すみれ:……分かってるの?
咲良:なんとなく。
すみれ:彼の想い、気づいてる。
でも――
咲良:受け止められない?
すみれ:受け止める資格がない。
すみれ(M):
でも、私の心にはまだ、あの人が……
咲良:すみれ、一つ聞いていい?
すみれ:なに?
咲良:もし、あの人が生きてたら、すみれはどうしてた?
すみれ:それは……
咲良:一緒にカナダに行ってた?
すみれ:……分からない。でも、きっと。
咲良:でも、あの人はもういない。
すみれ:
咲良:厳しいこと言うけど、すみれはいつまで過去に縛られるの?
すみれ:それは……
咲良:
でも、ちゃんと向き合って。
すみれ:向き合うって……
咲良:彼の告白を、
美月:(全員に向かって)みなさん、そろそろ集まりましょう!
――みんなが中央に集まる足音
陸:もう11時か。
☆蓮:時間が経つのが早いな。
すみれ:本当に、あっという間。
碧人:
すみれ:なに?
碧人:少し、二人で話せますか?
――静寂。みんなが息を呑む。
すみれ:……いいわ。
咲良:私たち、先に降りてるね。
美月:(小声で)
陸:(碧人に向かって頷く)
☆蓮:行こう。
――4人が去っていく。
碧人(M):――いよいよだ。
夏の
******************************
――夜風が強くなる。遠くで風鈴の音。
すみれ:
碧人:
すみれ:待って。
碧人:えっ?
すみれ:その前に、一つ聞かせて。
碧人:……はい。
すみれ:どうして、私なの?
碧人:それは……
すみれ:私、暗いし、過去に縛られてるし、もうすぐいなくなる。
碧人:それでも……
すみれ:それでも?
碧人(M):今だ。全てを伝える時。
碧人:去年の新歓合宿で、先輩がスピカについて話してくれました。
すみれ:覚えてるよ。
碧人:『希望の象徴』だって。その時の先輩の
すみれ:…………。
碧人:それから、ずっと先輩を見てきました。観測会でも、普段の活動でも。
すみれ:知ってた。
碧人:でも、先輩はいつも遠くを見ていた。俺じゃない、誰かを。
すみれ:…………。
碧人:それでも、俺は先輩が好きです。
すみれ:
碧人:いや、好きじゃ足りない。愛してます。
――風が一瞬止まる
すみれ:……どうして、そこまで。
碧人:先輩を、春から連れ出したいんです。
すみれ:!
碧人:先輩は、ずっと春に
すみれ:それは……
碧人:でも、先輩は前に進みたがってる。進めないだけで。
碧人(M):先輩の
全てを伝えなければ――
碧人:デネブがスピカを追うように、俺は先輩を追いかけてきました。
すみれ:追いかけても、届かないのに?
碧人:届かなくても、追いかけずにはいられない。
すみれ:…………。
碧人:先輩、俺と一緒に夏を生きてください。
春じゃない、新しい季節を
すみれ(M):
――『夏を生きる』
そんなこと、考えたこともなかった。
私はずっと、春と共に死んでいた。
すみれ:……
碧人:…………。
すみれ:あなたの想いは、痛いほど伝わる。でも……
碧人:でも?
すみれ:私の心には、まだあの人がいる。
碧人:知ってます。
すみれ:知ってて、なぜ?
碧人:(叫ぶように)俺の想いはそんなに軽いんですか!?
すみれ:!
碧人:亡くなった人には
でも……俺は生きてる!
すみれ:
碧人:先輩の隣で、先輩と同じ時間を生きてる!
……それでも、ダメですか?
すみれ:…………。
碧人(M):言った。全部言った。
すみれ:(涙を流しながら)ごめんなさい……本当に、ごめんなさい。
碧人:謝らないでください。
すみれ:でも……
碧人:俺が勝手に好きになって、勝手に告白しただけです。
すみれ:違う。あなたの想いは、本物。
碧人:なら、なぜ?
すみれ:私が、本物じゃないから。
碧人:どういう意味ですか?
すみれ:私は、もう恋なんてできない。
あの人を失った時、その能力も一緒に失った。
碧人:そんなこと……
すみれ:
でも、私には、その
碧人(M):先輩の言葉が、冷たく響く。
でも、その奥にある苦しみも伝わってくる。
先輩も、苦しんでいる。
すみれ:でも……
碧人:でも?
すみれ:あなたの想いが、私を夏へ連れてきてくれた。
碧人:えっ?
すみれ:初めて、春以外の季節を意識した。それは、あなたのおかげ。
碧人:じゃあ……
すみれ:でも、まだ夏を生きる勇気はない。ごめんなさい。
――静寂。風だけが吹いている
碧人:……分かりました。
すみれ:
碧人:でも、一つだけ約束してください。
すみれ:約束?
碧人:いつか、本当の夏を迎えられたら、教えてください。
すみれ:…………。
碧人:その時は、また一緒に星を見ましょう。
すみれ:(涙を拭いて)……うん、約束する。
――少し間を置いて。
屋上のベンチに座るふたり。
すみれ:
碧人:はい。
すみれ:あの人のこと、話したい。
碧人:……聞きます。
すみれ(M):初めて、誰かに全部話す。
あの日のことを、あの人のことを。
すみれ:
碧人:
すみれ:
碧人:……。
すみれ:初めて会ったのは、私が1年生の秋。
観測会で、流星群の説明をしてくれた。
――『星は、過去からの光だ』って、あの人は言った。
碧人:過去からの光……
すみれ:何光年も離れた星の光は、何年も前の
だから、星を見ることは過去を見ることだって。
碧人:深い言葉ですね。
すみれ:そう。あの人は、いつも哲学的なことを言ってた。
すみれ(M):懐かしい。あの人の声が、まだ耳に残ってる。
すみれ:付き合い始めたのは、私が2年の春。ちょうど、スピカが綺麗に見える頃。
碧人:春……
すみれ:あの人が言ったの。『君は、スピカみたいだ』って。
碧人:……。
すみれ:青白く輝いて、春を告げる星。希望の象徴。それが私だって。
碧人:それで、先輩はスピカが好きなんですね。
すみれ:うん。あの人との思い出が、全部詰まってるから。
……そして、去年の3月25日。
碧人:事故の日……
すみれ:旅行の帰り道。京都から東京へ戻る途中。
碧人:……。
すみれ:横断歩道を渡ってた。青信号だった。
でも、信号無視の車が……
すみれ(M):思い出したくない。でも、忘れられない。
あの瞬間が、スローモーションのように。
すみれ:あの人は、とっさに私を突き飛ばした。
碧人:……。
すみれ:私は転んで、軽い
でも、あの人は……
――すみれが嗚咽をもらす。
すみれ:『すみれは、生きてくれ』――それが、最後の言葉。
碧人:
すみれ:私のせいなの! 私がもっと注意してれば!
私が違う道を提案してれば――
碧人:それは違います!
すみれ:でも……
碧人:先輩は、生きてる!
すみれ:生きてるだけ……心は、あの日から死んでる……
碧人(M):先輩の苦しみが、痛いほど伝わる。
――生き残った者の罪悪感。
それは、簡単に消えるものじゃない。
すみれ:だから、カナダに行く。
碧人:逃げるんですか。
すみれ:……そうかもしれない。でも、あの人との夢でもあった。
碧人:夢……
すみれ:二人で海外の天文台で研究するって。だから、私一人でも。
碧人:それは、先輩の夢ですか?
それとも……
すみれ:!
碧人:先輩は、自分の人生を生きていない。
すみれ:それは……
碧人:
すみれ(M):
そう、私は自分の人生を生きていない。
あの人の影を追いかけているだけ。
すみれ:じゃあ、どうすればいいの?
碧人:分かりません。でも……
すみれ:でも?
碧人:先輩には、先輩の人生がある。
すみれ:新しい人生……
碧人:その人生に……俺が入る
すみれ:
――静かな間。遠くで時計の鐘が12時を告げる
すみれ:
碧人:はい。
すみれ:あなたのこと、嫌いじゃない。むしろ……
碧人:むしろ?
すみれ:大切な後輩。いえ、それ以上の存在。
碧人:それ以上……
すみれ:でも、恋愛感情じゃない。ごめんなさい。
碧人:……分かってました。
すみれ(M):嘘をつきたくない。
だから、私も
すみれ:でもね、あなたと過ごした時間は、私を変えてくれた。
碧人:どんな風に?
すみれ:春から顔を上げて、夏を見ることができた。
碧人:……。
すみれ:まだ、夏を生きる勇気はない。
でも、夏が存在することを思い出させてくれた。
碧人:そうですか……それだけでも、俺には十分です。
すみれ:本当に?
碧人:嘘です。本当は、もっと欲しい。
すみれ:(小さく笑って)正直ね。
碧人:先輩には嘘をつきませんよ。
碧人(M):――これが、俺の恋の結末。
予想通りで、でも、予想以上に辛い。
すみれ:
碧人:はい。
すみれ:いつか、私が本当に前に進めたら……
碧人:その時は?
すみれ:分からない。でも、あなたには幸せになってほしい。
碧人:俺の幸せは、先輩が幸せになることです。
すみれ:それは重いね。
碧人:すみません。
すみれ:でも、嬉しい。
――すみれがベンチから立ち上がる。
すみれ:そろそろ、降りましょう。みんな待ってる。
碧人:先輩!
すみれ:なに?
碧人:最後に、一つだけ。
すみれ:うん。
碧人:俺は、先輩を愛しています! これからも、ずっと!
すみれ:……。
碧人:返事はいりません! ただ……覚えていてください。
すみれ:(涙を流しながら)……うん、忘れない。
碧人(M):先輩の涙を見るのは、これが初めてだ。
その涙が、俺のためなのか、
……でも、それでいい。
すみれ:
碧人:俺の方こそ。
すみれ:何に対して?
碧人:俺の想いを、受け止めてくれて。
すみれ:受け止めただけ。応えられなくて、ごめん。
碧人:謝らないでください。これが、俺たちの答えです。
---------------------------------------------------------------------
□ エピローグ:同じ夜を照らす
――空港のざわめき。5日後、8月25日。
すみれ:みんな、来てくれてありがとう。
美月:当たり前じゃないですか!
陸:気をつけて行ってきてください。
咲良:ちゃんと食べるのよ。
☆蓮:研究、頑張ってください。
すみれ:うん。みんなも、サークル頑張って。
碧人:…………。
すみれ:
碧人:はい。
すみれ:サークル、お願いね。
碧人:任せてください。
すみれ(M):
5日前とは違う、どこか吹っ切れた表情。
強くなったのね。
美月:(小声で碧人に)大丈夫?
碧人:(小声で)ああ、大丈夫だ。
美月:(小声で)嘘つき。
碧人:(小声で)……バレたか。
咲良:すみれ、時間。
すみれ:うん。
――すみれが搭乗ゲートに向かって歩き始める。
すみれ:(振り返って)みんな!
――冬に帰ってきたら、また星を見ましょう!
陸:もちろんです!
美月:オリオン座の季節ですね!
☆蓮:楽しみにしてます。
咲良:連絡、ちゃんとして。
すみれ:うん――
碧人:はい。
すみれ:デネブとスピカは、確かに交わらない。
碧人:……はい。
すみれ:でも、同じ夜を照らしている。
碧人:!
すみれ:それって、素敵なことだと思わない?
碧人:……はい、素敵です!
すみれ:いつか、本当の夏を迎えられたとき、また星を見よう!
碧人:約束です!
すみれ:うん、約束!
――すみれが搭乗ゲートに消える
碧人(M):先輩が、去っていく。
春を抱えて、でも、少しだけ夏を感じながら。
俺の恋は、終わった。
――いや、終わってない。
これからも、俺はデネブとして、スピカを追い続ける。
美月:
碧人:
美月:……うん。
碧人:そうか。
☆蓮:
碧人:大丈夫、じゃないね。
……でも、これでよかった。
咲良:
碧人:俺の想いは、届かなかった。でも、伝えられた。
陸:それで、十分なのか?
碧人:十分じゃないです。
でも……これが俺の選んだ道。
――美月がそっと碧人の手を握る。
碧人:
美月:今だけ……今だけ、こうさせて。
碧人:……ありがとう。
碧人(M):
俺の隣には、まだ誰かがいる。
でも、俺の心は、まだ……
――飛行機の離陸音が遠くから聞こえる。
碧人:行ったか。
咲良:そうね。
陸:さて、俺たちも戻るか。
☆蓮:そうですね。
美月:
碧人:あぁ、大丈夫。歩けるよ。
碧人(M):空を見上げる。昼間だから、星は見えない。
でも、そこにある。
デネブも、スピカも、見えないけど、確かに存在している。
碧人(M):――
いつか、あなたが本当の夏を迎えた時、
俺はまだ、あなたを想っているだろうか?
きっと、想っている。
デネブがスピカを追い続けるように。
永遠に交わらなくても、同じ夜を照らすために。
碧人(M):これは、そんな星たちの物語。
切なくて、美しくて、そして希望のある
――俺たちの、物語。
(END)
【声劇台本】『デネブはスピカを追う -春と夏の星めぐり-』 浅沼まど @Mado_Asanuma
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