光速の遅延

@Tsazanka

第一章 出発 ― 永遠の距離

発射台の白い蒸気が、朝靄のように立ちのぼっていた。

リナはその中で微笑んでいた。彼女の顔は、穏やかで、決意に満ちていた。


「ノア、あなたこそが行くべき人よ。」


その言葉を、僕は何度も聞き返した。

まるで別れの音を、耳が拒んでいるように。


彼女の声は震えていなかった。

それがかえって僕を打ちのめした。


彼女は、僕を引き止めなかった。

彼女の愛は、理性でできていた。

だからこそ、冷たく、美しかった。


― 愛が時間の中で冷めていくくらいなら、

― 永遠に熱いまま、距離の中に凍らせたほうがいい。


僕はそう思った。

そして、宇宙船レイラインの座席に座ったとき、

愛が終わる恐怖よりも、「この瞬間を保存できた」安堵のほうが大きかった。

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