SESSION 4

「うんざりだな……」

 少年を納めたトランクボックスを車に押し込みながら、白服のリーダーが呟いた。


「まったく、子供型のロボットのトラブルで毎度毎度呼び出されてちゃ、たまりませんよねぇ」

 脇でそれを手伝う小太りの男が、やや間延びした声で調子よく相槌を打つ。

 リーダーの男は、それを窘めるように舌打ちをした。

「おまえ、わかってねぇな。ロボットはあっち」

 リーダーが家のほうを指さす。

「メイド型?」

 小太りが同じ様に家を指さしながら言う。

「両親」

 リーダーが詰まらなそうに言う。小太りは「えーっと」と目をぐるぐると動かす。

「おまえ、気付いてなかったのか? ありゃロボットだよ。人間はこっち」

 そう言って、今度はトランクボックスを指さす。

「え? そうだったんすかぁ?」

 惚けているのか、本当に気付いていなかったのか、計りかねる表情だ。

 リーダーの男は、もう一度舌打ちをし、ポケットから煙草を取り出す。

「今時煙草吸う人ってまだいるんですね」と小太りが馬鹿にしたような目でそれを眺めるのを無視して火を点ける。紫の煙が躯の中に浸食していく。味はしない。習慣で喫煙はするが、旨いと思ったことは一度もない。

「あいつら自身も、自分達がロボットだってことに気付いてねぇ。最近はそんな奴ばかりだ。気持ち悪いな……」

 煙と一緒に、愚痴めいた言葉が零れる。小太りは「はぁ」とそっけない。


「おまえ、RPPって知ってるか?」

 リーダーが小太りに質問を投げる。

 小太りは「さぁ」と薄ら笑いを浮かべる。想像を働かそうという努力をするつもりはまったくないらしい。

「ロボット・ペアレンツ・プロジェクト――ロボットによる里親計画だよ」

 リーダーはそう言いながらも、「理解する気もないだろうな」と心で思う。




 いつからか――。人間が子供を育てることを放棄し始めた。


 結婚という慣習が人々の生活スタイルにそぐわなくなってから、人々はパートナーと暮らすことはあっても、それぞれの自立性を優先することで、子供を作り育てるということを止めた。この傾向は都会で特に顕著で、都心部での出生率は極めて低下し、自然、人口は激減していった。


「子供を作りましょう」というような啓蒙活動では所詮人口減少に歯止めがかかる筈もなく、政府が本腰を入れ始めたのは、科学者達が警鐘を鳴らし始めてから優に百年を過ぎてからだった。

 人工授精と培養技術、そしてロボット工学に多大な費用が注ぎ込まれた。子供はすべて研究所で生まれ、実の父母の顔を知ることもなく、施設内でロボット達に育てられることになった。


 科学者達と政府高官の一部で組織されたプロジェクトチームが次に極秘裏に進めたのは、ロボットを野に放ち、人間として町に住まわせ、里親にしてしまおうというものだった。子供を育てる場所をただ場所を施設から一般家庭に変えるだけではなく、あくまでも人間が育てている、という体裁をとるというものだ。

 この時代、既にロボットは見かけ上は人間と何ら見分けがつかない程精巧に作ることができた。言動や表情もほぼ完璧にシミュレートできるようになっていた。しかし、ロボットはロボットだ。

 より人間らしく見せるには、ロボットとしての記憶が邪魔だった。

 ロボットとしての記憶を消してしまい、人間としての人格を与える――。これが科学者達が選んだ方法だった。

 自分の正体を隠そうとすると怪しさが滲み出てしまうが、自分の正体を誤認識していなければ自然な振る舞いができる。そういう理屈だ。


 実際のところ、これが意外な程巧くいった。町のあちこちに夫婦の体裁をしたロボットが暮らし、そこで里子を育てた。彼らよりもよりロボット然とした思考を持たないロボットを家政婦として普及させたのも功を奏した。誰も人工的に作られた里親をロボットとして疑うことはなかった。研究所と政府関連の一部の組織を除いて、人間とロボットの区別できる者はいなかった。

 ロボット達の里親計画が軌道に乗り始めると、今度はそれがひとつのムーブメントとなり、人間夫婦にも里親を買って出る者が増え始めた。その展開に研究者達はほくそ笑んだ。

 しかし――。人間は自分達の都合のいいように物事を考えるものだ。子供達を半ば愛玩の道具と捉え、あまつさえ「実は研究所は子供型ロボットを各家庭に送り込んでいるのだ」という噂さえ広まった。


 研究所や政府はその噂を否定しなかった。彼らにとってはどちらでもよいことだ。

 研究所で集団育成するのは問題視される。一時的にであっても、家庭の中で愛情を注がれ、育てられる機会が与えられればよい。元より人工授精と培養によって生まれてきた子供達が完全に成長する可能性は低い。可能性が低いからこそ大量培養が行われる。

 里親が人間夫婦であろうと、或いはロボットによる夫婦であろうと、そして里子が人工授精から生まれた人間の子供であろうと、或いは愛玩用の子供型ロボットであろうと、その仕組み自体が必要で、結果は求められなくなっていった。

 ロボットの里親達も、自らがロボットであることの認識を失っているが故、本来の里親としての使命を忘れる者も出始めていた。

 研究所側は、ロボットを求める人には「これはロボットですよ」と伝え、稀に人間の子供を求める者が現れれば「人間ですよ」と説明する。受け入れる側にしてもロボットの里親なのか、本当の人間夫婦なのか、見た目や言動では判断できない。


 そこに倫理や命題、自然といったものはなく、プロジェクトはどんどんと歪んでいった。




「そんな中で、純粋なロボットとして作られているメイド型が、時々今日みたいに暴走しちまうんだ。子供をキチンと人間として認識するんだろうな。命令を求めてしまう……」

 リーダーが呟いた。小太りは聞いているのか聞いていないのか、しかしこちらに意識はあるように見える。

「一度こうなったら、その子供はもうその環境に置かずに引き上げることになってるんだ。連中に『おまえ達はロボットなんだよ』って明かしちまえば簡単なんだろうけどな。それは言っちゃいけないことになってるからな」

 リーダーは饒舌に言葉を繋ぐ。


「へぇ。気持ち悪いっすね」

 突然、小太りが感想めいた言葉を口にした。

 小太りの意外な反応に、リーダーはピクリと眉を上げる。

「ほぅ、理解したのか?」

「何が気持ち悪い?」

 そう訊いてみる。

「それが本当だとしたら、ロボットなのに人間の振りした連中がいっぱいいるってことですよね。しかも本人達も自分がロボットだってことに気付いていないんですよね? 今の世の中そんな連中がウヨウヨしてるって、相当気持ち悪い事実ですよね?」

 小太りはさっきまでのねじが緩んだような喋り方とは打って変わって、澱みなく流れるように喋る。

 リーダーは少し面喰らいながら、「そうだな」と頷く。

「でも。もっと気持ち悪いこともありますよね?」

 どことなくだが、詰め寄るような言い方だった。リーダーは唇を突き出し、不満を露わにした。

 それでも小太りは、少しも躊躇う様子を見せず、「あなたがいろいろ詳しいところがまずもって気持ち悪い」そう言い放った。


 口に銜えた煙草を思わず零しそうになる。唖然とするリーダーに小太りは続ける。

「極秘裏に進められたプロジェクトって言いましたよね? 何であなたはそんなに詳しいんです? あなたは確かにロボットに関するトラブル処理の第一線を任されている人ではあります。しかし、失礼だが、政府が極秘裏に進めているような内容を知り得る立場にあるとは思えない。違いますか?」

「お、おまえ。誰に向かって……」

 そう言いながら小太りの胸座を掴んで凄もうとするが、言葉が続かない。

「あなたにですよ。あなたに話し掛けています」

 小太りは怯える様子もなく、平然と言う。言葉は丁寧だが、見下した言い方だ。

 気に入らない。いったい何が言いたいというのだ?

「あなたが言ったプロジェクトが事実だとして、あなたはどこでその事実を知り得たというんです? 教えてもらえませんか?」

 詰め寄るわけではない。答えを期待する問いではまったくなかった。寧ろ諭されているような言い方に、リーダーは胸座を掴む手の力を強めた。

 小太りは呆れるようにリーダーの顔を見つめ、それからゆっくりと自分の胸座を掴むリーダーの右手首に手を掛けた。おもむろに右手首が捻じ上げられる。

「ぐっ……」

次の瞬間、リーダーは後ろ手に締め上げられていた。



「調子に乗っちゃ、ダメですよ」

 背後から、耳元で小太りの声が聞こえる。忠告ではない。その声は明らかに笑いを含んでいた。状況を楽しんでいる様子が伺えた。

 強い力で右腕がぐいぐいと締め上げられる。振り解くことができない。上腕骨が砕けるような痛みが走る。思わず涎と一緒に悲鳴が零れる。

「おっと。痛いですか?」

 ふと、腕を締め上げる力が緩まる。

 その瞬間にリーダーは小太りの腕を解き、距離をとった。

「おまえ、何をしてるかわかっているのか?」

 リーダーは右肩を抑えながら小太りを睨み付けた。

「何って?」

 本心なのか、或いは惚けているのか、相手の言いたいことがまったく理解できない、といった口調だ。

 リーダーは右腕の痛みを抑え、苦り切った表情で言う。

「おまえ、ロボットだろうが? 人間に対してこんなことしていいと思ってんのか?」

「は?」

 小太りは怪訝な表情を見せた。その露骨な程の嫌悪を含んだ表情に、リーダーは一瞬自分が可笑しなことを口走ってしまったかのような錯覚を覚えた。しかし、すぐに自分の放った言葉に確信を持つ。

 微かに――。小太りの男の躯から、「ジーッ」という音が低く零れた。


 小太りが「ニヤリ」と、笑った。暗くて、しかし澱みがない、見透かしたような笑いだった。

「間違ってるんですよ。あなたの持っている情報は」

 小太りは笑いながら言う。「ジーッ」と音が響く。

 何がだ、と訊くまでもなく、小太りは「教えてあげましょう」と、その笑いに更に暗さを強めた。


「人間なんて生き物は、この世界にはもう疾うの昔にいなくなっちまったんですよ」


 リーダーは「はっ」として右腕を見た。痛みを抑えつつ、目の前でゆっくりと握り拳を作る。微かに、ほんの僅か、「ジーッ」とモーターが廻る音がした気がした。


「仰る通り、私はロボットですよ。しかし、あなたもそう。あの両親も、車の中の子供もそう。みんなロボットなんですよ」

 追い打ちをかけるように言う小太りの声が、谺のように響いて聞こえる。まさか、と記憶を辿ってみる。苛立ったことや悲しいと感じたこと、少し嬉しかったことを想い出す。ちゃんと記憶があるじゃないか、ちゃんと感情を持っていたじゃないか、と反芻する。手にじんわりと汗が滲む。


「手に汗をかいていますよね。焦っていますよね」

 小太りが言う。リーダーはどきりとする。

「でもね。実際には汗なんてかいていませんよ。汗をかいていると認識しているだけのことです。実際には焦ってなんていませんよ。あなたのCPUはしっかり冷静に状況を判断しています」

 小太りは澱みなく言う。



 リーダーは後退った。そんな筈はない、と思いながら、それでも自らの一歩毎に響く「ジーッ」という音が現実を感じさせていた。


「あなた、言いましたよね。あの父親に。真似事の組み合わせ、って」

 そう言いながら、小太りが一歩近づく。やはり「ジーッ」とモーターの音が響いた。

 目眩がする。いや、目眩がしたような気がした。リーダーはバランスを失い、その場に座り込んだ。


「おやおや。腰が抜けましたか? 焦り、の表現もここまでくるとなかなかリアルですね」

 小太りがまた一歩近づきながら、くっくっと声を出して笑う。

 リーダーは声が出ない。ひたすら小太りの言葉を否定すべく、過去の自分を思い返す。思い返す程に、それが現実だったのかどうなのかが疑わしくなっていく。

 躯を動かす毎に響くモーター音が、耳につく。さっきよりもより大きく響いているように感じていた。


「そう、所詮、真似事の組み合わせなんですよ。それでいいんです」

 小太りはリーダーの目の前に立っていた。リーダーのことを見下ろし、相変わらず暗い笑みを浮かべていた。リーダーはごくりと唾を飲み込んだ。いや、唾を飲み込む仕草をシミュレートした。

「そういう世界なんです」

 小太りの右手がリーダーの首に掛かる。じわりと首に痛みを覚える。電流が走る。

「可哀想に、どこかの回路異常で余計な情報が記録されてしまったんでしょうね。でもね、あなたのように中途半端な情報を持つ者がいるとね、世の中の秩序ってものが保てないんですよ」

 小太りは表情を変えない。更にその右手に力が込められる。

 呼吸が苦しくなるような気がした。

 鬱血し、浮腫を感じるような気がした。

 視界が暗くなり、闇の中に閃光を見たような気がした。

 躯中の力が一瞬で抜けた。



「うんざり、ですね」

 ぐったりと横たわったリーダーを足下に見下ろしながら、小太りの男は呟いた。

「子供型とメイド型のトラブルと言い、こうやって情報リークしている個体があることと言い……。どうも最近システム中枢に問題があるのかも知れませんね」

 誰に言うでもなく、小太りはそう声に出し、動かないリーダーを抱えて車へと歩き始めた。


「ジーッ」というモーター音が、夜の町に溶けていった。




【完】

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キカイのひと 葉山弘士 @jim1999

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