俺の爺さんが、その昔、異世界でブイブイ言わせていたのだが、孫の俺にその付けが回って来た話
吉高 都司 (ヨシダカ ツツジ)
プロローグ
ドアを勢いよく開けたかと思うと、そのまま、力一杯閉められて、車内は空気圧で耳内が圧迫されるかと思う位だった。
自分の、私用の自家用車で無かったら、苦虫を嚙み潰す位のしかめっ面で済む話だった。
が、
と、言いたいところだが、お客さんであり、車持ち出しの条件で、それなりの日当を貰っている。
この仕事、バイトが無ければ車はおろか、生活もギリギリだ。
じいちゃんの、大事な車をバイトの糧にしてしまい、申し訳ない気持ちで一杯だった。
見透かしたように、ドカッと体全体を後部座席に投げ出すように預けた。
クッションも大事にしてほしい事も喉から出る寸前だったが堪えた。
タバコに火をつけた時点で、丁寧なドアの開け閉め、および乗車、そして何より禁煙という事を、出来るだけ、感情を入れず、抑揚を押さえ、丁寧に彼女に言った。
ジロッと、そのラメの入ったアイシャドウや、盛りに持っているマスカラの奥の眼光が光った、ガン、と履いているヒールごと運転席を後から蹴り飛ばした。
ミニスカを履いているのも気にせず、めくりあがったそれも気にせず、当然スカートの中身が丸見えのまま。
タバコを吹かしながら、雇われの身、バイトの癖に、人のパンツ見てんじゃねーよ等々、口汚く罵られ、ガンガン後部座席から運転席を蹴り続けていた。
キャバクラの御姉さん方の送迎。
それが、俺の仕事、バイト内容だ。
いつもなら、ここの会社、というか、リース車で行くのだが、今は年末、クリスマス前もあり、大忙しで、人も機材も不足しているとの事。
今回は、今回だけは、バイト代上乗せするからと私用車での依頼だった。
嫌な予感は最初からあったが、案の定だった、このお姉さんがこの日の最後の送迎だった。
彼女は遅い時間までの仕事、オーラスまでいてたので、酒の量も半端ない。
普通は飲まずにそれとなくソフトドリンクで対応するのだが、今回はなにがあったのか、かなり泥酔していた。
暫くは、誰の事だか分からないが、あいつはウザいだとか、ヘルプばっかりとか、痛客ばっかりだとか、文句、愚痴を延々と聞かされていた。
が、急に静かになり、嫌な予感しかしなかった。
吐いてくれるなよ、と祈るような気持だったがそれも虚しかった。
車内は、得も言われぬに匂いに満たされ。
とにかく近くの、今ではあまりない洗車場を探し夜の街を彷徨っていた。
後ろでは自分の吐瀉物まみれの、まあ、美人の部類になるんだろう、それを売りにしているんだから。
それが一人転がっている。
何とか、吐瀉物まみれの、嬢を彼女のマンションに送り届けた。
足元もおぼつかない状態で、何とか部屋に到着。
ドレスが汚物でドロドロでこのままベッドに持って行けないだろうと、浴室に放り込み、服を脱がせ、下着から何から剥ぎ取り、素っ裸にして、シャワーをぶっかけた。
ひぅと言って、一気に目を覚ましたのか、シャワーノズルを持っている俺を見て、ありがとうと、一言言って俺の手からそれを持ち替えた。
ここで一つ言っておくが、俺は普通に女の子が好きで、オスとしてどちらかと言えば大好きな部類だ。
ただ、相手が泥酔していたり、好きでも無い女子と致す程、の男ではない事を言っておこう。
もっとも、お店の女の子に手を出してこの界隈で無事で済むはずがない。
シャワーから出てきて、無事を確認すると俺は早々に部屋を出た。
長居は無用だ。
さてと、と。
エンジンを始動させ、車内を綺麗に洗うため洗車場を探した。
この時、
後から、尾行してきている車に気付かなかったのも迂闊だった。
都会から離れた、やっと見つけた洗車場で、後部座席のシートやら何やらをめくり、取り合えず洗えるものは洗い出した、その時。
一台の車が入って来て、誰かが降りてきた。
一人。
降りてきた雰囲気があった、というのも逆光にしてわざとハイビームにしていた。
降りてきたそいつは、お前が彼氏か、渡さないぞ、俺の女だとかなんとか訳の分からない事を大声で喚きながら、手に何やら長いものを持っている。
それを振り回して、迫って来た。
オイオイ、誰が彼氏だ。
しかし聞く耳を持たないというか、何やら叫びながらやたらと何かを振り回してくる。
俺は見たぞ、同じ浴室でシャワー浴びやがって。
得物を持ったそいつは言う。
オイオイ、何で知ってんだこいつは、てめえ、あの部屋になにか仕掛けやがったな。
俺はそいつに言った。
うるさいうるさい、あの娘は俺のもんだ。
と、大振りに得物を振って来た。
テレフォンパンチの様に大振りでやって来たものだから、避けるのは難なくできた。
こいつ、と。
俺は奥歯を噛みしめ渾身の力で拳を打ち抜いた。
高校生の頃、それに青春を費やした、技がそいつの顔面を捕らえた、そのまま後ろに2.3回転してそのまま動かなくなった。
とにかくここを離れようと。
出発した。
山の奥まで来てしまった。
ノズル洗車機を置いているのは少し都会から離れたところぐらいしかない。
峠を暫く走り、街の灯りが見えだした頃。
後から猛スピードで迫ってくる車があった。
ドン。
何かが後ろから追突してきた。
ルームミラーを見ると、ハイビームで確認できない。
多分あの野郎だ。
ストカー野郎め。
体当たりだ、狂ってやがる。
舐めるなよ、じいちゃん仕込みの峠、ダートラの走り屋の腕前見せてやる。
左カーブ、ハンドル、アクセル、逆ハン、シフトダウン、シフトアップ、アクセル、叫ぶタイヤの音を、峠に響かせ、夜の暗い道を今度は右カーブに車体がしなる。
レースはどちらが先にゴールするか、タイムを競うもの。
だが相手は、まともじゃない、それが、計算ミスだった、相手は俺を最悪殺しにかかっている。
そういう奴を相手にしていた事を頭に入れるのを。
カーブを曲がり、曲がり切ったその時、その車は横っ腹から突っ込んできて、俺の車はそのままガードレールを突き破りそのまま、谷の底へ落ちていった。
俺と愛車ランタボと一緒に。
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