紅葉はすぐそこに

ケーエス

紅葉はすぐそこに

「紅葉狩りに行きましょう!」

 彼女はそう叫んだ。満面の笑みで。

「今から……?」

「当たり前でしょ」

 日曜の昼下がり。この時期だともう日は傾きはじめ、彼女の顔を横から照らし出すほどになっていた。

 すっかり自分は部室で本を読んで過ごそうかと考えてたので、ぼーっとしていたのだが、ハルカは違った。


 部室には俺とハルカの2人しかいなかった。そもそもこんな日曜にまで部室にやってくるような文芸部員は他にいない。自分は午前に試験の勉強と午後に本を読むつもりで、ハルカも勉強で来ていたが、いつしかこいつとだべるだけの時間になっている気がする。


「わ、裏の山とかどうですか?」

「ん? あそこは常緑樹ばかりだろ」

「もみじぐらいあるでしょ」

「赤くなってんのみたことないけどな」

「はい、日も暮れそうなんで行きましょー」

「おい、ちょっと待て」

 突拍子のない後輩はポンっと本をカバンにぶち込んで立ち上がった。

 こうなったらもう。

 自分もやれやれと片づけ始め、彼女の後を追った。


⛰️



 学校の裏手から山に入ると、辺りはすっかり薄暗くなってきた。

「クマとかでますかね」

 そういいながらもハルカは草むらをズンズン進んでいく。

「ここ道なのか?」

「知らないです。でも歩けますよ」

 おいおい、なんだその基準は。大航海時代の開拓者なのかこいつは。


 ただ、見渡しても緑の木々。紅葉なんて忘れてしまったのか。早く色づいてくれ。さもないとクマの餌食になる。心がぞわぞわしてくる。でもどこかほくほくしてくる部分もあるのだった。




「あ、あれ?」

 さんざん歩き、もう戻れないんじゃないかというところで見つけた。少し開けた場所。光が差し込んでいる場所。

 そこにあったのだ。どうしてここにだけ植わっているのだろう、カエデの木があった。

「ありましたね」

 ハルカはニカっと笑った。

 そしてスマホを差し出し、写真を撮りだした。



 🌙



 すっかり辺りは暗くなってしまった。

「早く帰らないとな」


 しかもこれまで笑顔でいっぱいだったくせに、ハルカは「こわーい」と言い出し、俺の背後にまわった。盾にするつもりなのか。

「早く先行って! でクマが出たら倒してください!」

「倒せるわけないだろ」


 仕方ない。自分が先導を切るしかない。スマホのライトを照らしながら、俺たちは行軍を開始した。



「うわっ!」

ハルカが叫んだ。

「なんだよ」

「今なんか音が…」

「雑草の音だろ」

 今のは明らかに雑草の音だ。でもそんなことを言われると怖くなってくる。見渡してもなんの気配もしない。俺は振り払うようにして歩き始めた。彼女も黙ってついてくる。



「きゃあ! なんでこんなに雑草だらけなんですか!?」

またもコイツが叫び出す。

「お前が道なき道を突き進んだからだろ!」


 全くなんなんだコイツは。さっきとはまるで反対だ。こうなることはわかっていたはずなのに。まあ着いて行った俺も俺だけどさ。



 まあなんとか森を出た。

「ふぅー、やっと出れた」

 思わず深呼吸する。こんなに空気がおいしいことはない。一方でハルカはというとやっぱり黙り込んでいる。



「先輩」

くいくいっと袖を掴まれた。

「今度はなんだよ」

「気づいてください」

「え? 熊?」

 後ろを振り向いた。


 彼女の顔が色づいていた。

 狩りたいのは紅葉ではなかったようだ。

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紅葉はすぐそこに ケーエス @ks_bazz

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