第17話 姉心妹知らず

「シュミネちゃんには、もう二度と会えないと思っていたんです」


 孤児院を出てすぐに、ラネージュがこちらに背を向けたまま呟いた。

 その声は落ち着いていたけれども、微かに湿しめっていた。


「だから今日、会えて嬉しかった。本当に、嬉しかったの」


 そこで言葉は途切れ、ラネージュは涙を抑え込んだのか肩を震わせた。


「ラネージュ……」


 テールは言葉をかけようとしたけれど、何と言ったら良いのか分からなかった。

 けれども、一つだけ。

 これだけは伝えなければいけないと思い、声を絞り出す。


「ごめん。まさか、こんな事になるなんて」

「っ! テールは何も悪くないです! 悪いのはっ……」


 慌てた様子で振り返ったラネージュが、しかしすぐに弱々しく俯いた。


「悪いのは、シュミネちゃんを傷つけた私だから」

「……それこそ違うよ」


 テールは胸が締め付けられる思いで、ラネージュの言葉を否定する。


「あのとき君が動かなければ、シュミネさんは今頃生きていなかったはずだよ」


 原作の回想シーンで、ラネージュがシュミネに何をしたのかが描かれる。

 冷酷な両親の元から妹を逃すために、ラネージュはじょういっした行動を起こした。


(ラネージュは、両親の計画を歪めた自分に待ち受ける悲惨な未来も覚悟していた。そして実際に、苛烈さを増した拷問によって心身ともにボロボロにされる)


 そうまでして、自らを犠牲にシュミネを救おうとしたラネージュ。

 だが、何も知らないシュミネからは、「自分を捨てた裏切り者」として徹底的に嫌われている。

 ラネージュの報われなさが際立つ設定が、これである。


「……そう、ですね。私がシュミネちゃんを逃さなければ、シュミネちゃんはにされていた」


 テールの言葉を肯定するも、ラネージュは俯いたまま顔を上げない。


「シュミネちゃんに死んでほしくなかったんです。私は、シュミネちゃんが大好きだから。だけど……」


 ラネージュが両手を自分の胸元で握り締める。

 僅かな沈黙の後。

 そっと顔を上げたラネージュが、勇気を振り絞るように言葉を紡ぐ。


「……テール。怖くて聞けなかった事が、あるんです」


 この流れで何を何を聞かれるのか。

 ある程度予想がついたテールは、胸の痛みを堪えるためにグッと拳を握り締めた。

 ラネージュが祈るような瞳で続ける。




「あなたが見た未来では、シュミネちゃんは幸せになれそうでしたか?」




 予想通りの質問。

 テールは僅かに視線を逸らし、一度静かに呼吸を整えた。


「シュミネさんは、君の死後に真相を知って……罪悪感と後悔から、自らを犠牲にしてしまった」


 息を呑んだラネージュが、目を見開いて凍り付いた。


「し……死んでしまった、って事ですか……?」


 妹を守るために傷付く事を選んだ少女に、その妹が死ぬ未来を告げる。

 テールは身を切られる思いで頷いた。


「そんな……それじゃあ、私は何のために……」


 蒼の双眸そうぼうから涙が零れ、ラネージュが両手で顔を覆った。

 き止めきれなかった雫が手の隙間から頬を伝い、ポタポタと地面を濡らす。


「シュミネちゃんに、酷い事をいっぱい言いました。いっぱい、痛い事をしました。全部、シュミネちゃんを助けられると信じてやったの。でも……」


 ラネージュが震えながら、言葉を吐き出す。


「テール、私は間違っていたのでしょうか……? あんなにシュミネちゃんを傷付けたのに、結局死なせてしまうのだったら……」




「——死なせないよ」




 何を考えるよりも先に、テールはラネージュの言葉を遮っていた。


「君もシュミネさんも死なせない。そのために、俺がいる」


 シュミネの命を守った事が間違いだったかも知れない——なんて。

 そんな悲しい事を、ラネージュには考えてほしくなかった。

 テールはラネージュの両手首に触れる。

 顔を覆う手をそっと外して、彼女の泣き顔を真っ直ぐに見つめる。


「言ったでしょう、君を守るって。それはただ『死なせない』って意味じゃないよ。君が幸せに笑える未来を、俺が守るよ」


 かつて冬枯陸羽は『ディケワ』に救われた。

 そのきっかけとなった少女にできる最大の恩返しが、今の誓いだった。


「テール……」

「未来は変えられるけれど、過去は変えられない。だからこそ、シュミネさんの命を守った君の選択は間違ってなかった」


 落涙の反射で顔を歪めるラネージュに、テールは微笑みかける。


「シュミネさんも本当は君の事が大好きだから、絶対に仲直りできるよ」

「本当、ですか? シュミネちゃんは、私を許してくれるでしょうか?」


 原作のシュミネも、ラネージュの死後にその真意を知って泣き崩れていた。

 今のラネージュと全く同じ表情で、姉に対する謝罪を繰り返していた。

 それほどまでに、互いを想い合っている姉妹なのだ。

 だから絶対に、また一緒に笑って暮らせる日が来るはずだ。


「大丈夫。未来を知っている俺が保証するよ」


 テールは自信を持って頷いてみせた。

 その説得力はなかなかのものだったのだろう。

 ボロボロと泣いていたラネージュが、ぎゅっと瞬きをしてから口元を緩めた。


「ありがとうございます、テール。私、シュミネちゃんと仲直りできるように頑張ります」






☆—☆—☆




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墜星の使徒は原作シナリオを破壊する〜モブキャラ転生から始まるバッドエンド改変プラン〜 初霜遠歌 @hatsushimo_toka

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