第4話 覚悟
『四災のディケイ・ワールド』は、「世界を守るために英雄の末裔たちが殺し合いをする」ゲームである。
舞台は、八人の英雄たちが邪神アンフェールを倒してから百五十年が経過した世界。
英雄の末裔たちは五十年前から、十年ごとに「生贄会議」と呼ばれる殺し合いを開催する事となり、十一月と十二月の二ヶ月間で激しい死闘を繰り広げ続けてきた。
そしてゲームの本編は、主人公ジュスティスが第五回生贄会議の開会式に臨む十月三十一日の夜からスタートするのだが——。
「そりゃあ、鬱ゲーという評価も出るよなぁ……」
帰宅後、ベッドに背中から倒れ込んだテールは呟いた。
この『ディケワ』というゲーム、主人公ジュスティスを含めメインキャラクターたちは全員が死亡する。
もっとも最後は、ジュスティスが全てと引き換えに復活した邪神アンフェールを討ち果たし、世界に光が戻ったところでエンディングを迎えるのだが。
それでもメインキャラたちが誰一人として救われないストーリーは、鬱ゲーと評されても仕方がないとテールも思う。
全体的な評価としては、鬱ゲーよりも泣きゲーであるとの声の方が多かったけれども。
いずれにせよ、瀕死のジュスティスが青空の下、亡き恋人や仲間たちに想いを馳せながら力尽きるラストシーンは、思い返すだけで胸が締め付けられる。
(かと言って、今の俺では何もできない……)
『ディケワ』には「テール・イヴェール」などというキャラは登場しなかった。
色の暗い深緑色の髪と茶色の瞳。
あまり目立たない顔立ち。
まさに陰キャな外見の少年。
中身についても、大した魔力がなければ並外れた身体能力もない。
つまり
原作知識というチートはあるが、そもそもの戦闘力が英雄の血を引く「
ジュスティスたちは、テールのような一般人とは根本的に違うのだ。
僅かな時間ジュスティスと相対しただけで、テールはその事実を痛感した。
(今日あの少年の運命を変えられたのは、相手が普通の悪人だったからだ……)
もしも末裔八血の誰かが相手だったら、
それほどまでの絶対的な力の差があるのだ。
そんな自分が介入したところで、一体何を成し遂げられるだろうか。
——だからと言って、このままジュスティスたちが死ぬのは耐えられない。
彼らの未来を考えれば考えるほどに、その思いが強くなった。
テールは唇を噛みしめる。
ジュスティス・ガーシュは、冬枯陸羽の憧れだった。
何度も傷つけられ、仲間たちの死に心を砕かれても、世界と人々をを守るために戦い続けるジュスティスの生き様に感動した。
「こんな風に誰かのために生きたい」と——虐待といじめで人生に絶望していた陸羽に、生きる目標を与えてくれた人物こそが彼だった。
そして『ディケワ』に浸れば浸るほど、他のキャラの事も好きになった。
——それに誰よりも、陸羽を『ディケワ』に引き込んでくれたあの少女。
第五回生贄会議の参加者であり、テールが『ディケワ』で一番好きなキャラクター。
薄灰色の髪と後頭部の大きなリボンが特徴的な彼女との出会いがなければ、陸羽はあの日に自殺していた。
(俺はあの日、あの子に——ラネージュ・パニエに救われたんだ)
たかがゲームだと、はたから見れば笑えるくらい滑稽かも知れない。
それでも、どんなものだって誰かの救いになる事もある。
あの日、自分はラネージュと出会い、『ディケワ』を知って確かに救われたのだ。
だからこそ、救いたい。
自分に救われるきっかけを与えてくれたラネージュを。
冬枯陸羽に生きる目標を与えてくれて、今回はテールの心を救ってくれたジュスティスを。
人生の絶望を乗り越えられるほどに、『ディケワ』に夢中にさせてくれたキャラクターたちを。
(みんなを救えるのは、俺だけだ)
死に逝く彼らを救うための、最強の原作知識はここにある。
あと必要なのは、覚悟と勇気。
傷付き傷付けても戦い続ける覚悟と、シナリオを改変した事で変わった人々の運命を背負う覚悟。
そして——命懸けの戦いに身を投じる勇気。
一つだけあるのだ。
本来は物語の終盤で明らかになる、強大な力を得られる術が。
それを使えば、テールでさえも末裔たちの「殺し合い」に介入できるようになる。
「……大丈夫、元より『ディケワ』に救われた命だ。みんなのために使えるならば、願ったり叶ったりじゃないか」
テールは声に出して自分に言い聞かせる。
死ぬのは怖い。意識しただけで鼓動が加速し息苦しくなる。
それでも、自分には救いたい人たちがいるのだ。
かつて自分を救ってくれた人たち。
その恩を返すため——彼らを守るためならば、どんな事だってやってやる。
(今日は十月三十日。本編ストーリーは明日から始まる)
死に逝く命があって、自分にならばその命を救えるかも知れない。
テールは深呼吸をしてから、拳を握り締めて立ち上がった。
自分が憧れたジュスティス・ガーシュだったら、こういうときは迷わず立ち上がるだろうから。
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