第8話 アリスさんがホームステイするというのは、一つ屋根の下で過ごすというのを再認識した

 食べ終えた丼茶碗を洗い終わった僕はリビングへと戻る。

 すると、壁際のソファーには父さんだけが座っていた。


「あれ? 母さんとアリスさんは?」

「アリスさんに貸す部屋を教えて、お風呂に案内してるはずだよ」


 僕が尋ねると、すぐに答えてくる。そんな父さんはソファーの前のローテーブルでコーラを飲んでいた。


「そうなんだ。って、空いてる部屋って、もしかして」


 父さんの言った言葉に返事をした途中で、ふと疑問がよぎった。

 この家で人が過ごすスペースのある空き部屋は一つしかない。


「健斗の部屋の隣だよ。アリスちゃんが困った時は健斗が助けてやれよ?」


 父さんから、想像していた通りの答えを話される。その時のニヤっとした表情と声音が、僕が動揺するのを楽しんでるのが見えた。


「……わかってやってるだろ?」

「空き部屋はそこしかないんだ。それともホームステイするアリスちゃんに床で寝ろって言うのか?」


 そこまで言ってないのに。

 父さんもそれをわかって話しているのもわかってる。でなかったら、コーラを嗜みながら僕に話してくるはずがない。


「……そうは言ってないよ。それに、仕事で忙しい父さんたちより、春休みで三重にいる僕の方が手助けする事が多いだろうし」


 いつもは仕事で帰るのが遅くなるけど、アリスさんを迎えるので早く帰ってきた。だから夕飯を一緒するのも久しぶりだった。


 けど、それは今日だけ。明日からはいつも通り忙しいはずだ。

 そうなると、春休み中の僕がアリスさんといる時間が必然的に増える。サポートするのも僕が多くなるのも当然だ。


「わかってるならよかった。まあ、健斗のことだ。心配はあんまりしてないよ」


 こっちを見てきた父さんがそう言ってくる。

 信用してくれるのは嬉しいけど、それなら事前にこのことを話さなかったのかとすごく思う。


「けど、健斗も思春期真っ盛りの男だ。一つ屋根の下に、可愛い女の子と一緒に暮らす状況に悶々とするかもしれないが、そこは自分で処理するんだぞ?」

「……その心配を子供に直接言わなくていい」


 そういうことを親に言われるのが一番恥ずかしい。

 父さんもそれをわかって、あえて言ってきてる。そうじゃなきゃ、ニヤついた顔で話してくるはずがない。


 本当に心配してるとは思えない。

 けど、せっかく日本に留学しに来たアリスさんに嫌な思いをさせたくない。一緒に暮らす以上、変な気を起こさないようにしないといけない。

 快適な留学生活を送ってもらうことが、僕のできること。


「片付けも終わったし、僕も部屋に戻るよ」


 そう言って、僕はリビングから自室へと歩き出す。ソファーに座る父さんも「おう」と相槌を打つのが聞こえてきた。そのまま廊下を進んでいって、僕は自分の部屋の前に着いた。


 すると、空き部屋だった隣の部屋の扉が開いて、アリスさんが出てくる。


「アリスさん」


 目に入ったアリスさんが僕に気付いて顔を向けてきた。すると、次に部屋から母さんが出てくる。


「あ、健斗。ちょうどいいところにいたわ」


 部屋から出てすぐに目が合った母さんが僕に続けて話してくる。


「アリスちゃんの部屋の整理手伝って」

「……それ、事前に準備しておかないといけないやつでしょ?」


 アリスさんがホームステイするのわかってたことなのに。空き部屋の整理を当日に、それも本人が音売れた後にするって、準備不足にも程がある。

 だから事前に教えてくれたら、僕が整理してたのに。


「今さら、タラレバを言ってもしょうがないでしょ? お母さん、まだやることあるから。あとは健斗に任せるわね」

「え⁉ ちょっ……って。行っちゃったよ……」


 母さんも忙しいからって、後任せすぎる⁉

 部屋の整理で同じ空間にアリスさんと二人きりにするのも親としてどうなの⁉

 昼からバタバタしてたけど、まだこんなことになるの⁉


「どうしたの、ケントさん?」


 心配して声をかけてくれるアリスさん。


 このままだと彼女も練る場所に困る。すぐに空き部屋の整理を済ませて、すぐに自分の部屋に戻ればいい。

 それが一番無難のはずだ。


「大丈夫だよ。それより、部屋の整理をしようか」


 訊かれたことに答えた僕にアリスさんも頷いてくる。

 その後、アリスさんがこれから過ごす部屋へと入った。


 元々は物置部屋にもならなかった何もない部屋。さっきまで母さんと掃除をしてたからなのか、換気で窓が開いている。

 フローリングの床も、扉の傍に置いてあったモップでホコリを拭ったみたいだ。


「掃除は終わってるみたいだし、今日のところは布団を用意するか」


 今最優先でやることは、アリスさんの部屋に寝具を用意すること。

 他の家具は明日から運んでいくしかないけど、寝泊まりするにはまず最低限、布団は必須。すぐに運んでこよう。


「ちょっと待ってて、アリスさん」


 そう言って、一度部屋を出た僕は自分の部屋に入ってすぐクローゼットを開く。中にしまっていた布団一式を抱えてもう一度アリスさんの部屋に戻った。

 その後床に置くと、アリスさんは興味深そうに布団を見ていた。


「布団は見るの初めて?」


 質問してみたけど、布団の文かがフランスにないのはすぐにわかる。

 よく、日本の民家に訪れた外国人が布団を興味深そうにしてる動画を見たことがある。その時の外国人と同じ反応をアリスさんもしていた。


 僕の質問に首を縦に振ってくると、その場で屈んで布団に手を当てる。

 折りたたんだ敷布団しきぶとん掛布団かけぶとんに手を押し当ててクッション性を確かめていた。


「僕は敷布団と掛布団にカバーかけるから、アリスさんはお風呂入ってきていいよ」


 布団の用意をしえる間、アリスさんはただ見てるだけにある。それなら、お風呂に入って疲れを取ってもらった方がいい。

 そう思って話すと、アリスさんも頷いてくる。


 すると、部屋に運ばれていたスーツケースの方へ移動した彼女が中を開いた。そして、寝る時の服を取り出す。

「ありがとう、ケントさん」


 笑顔を浮かべてお礼を言うアリスさんは扉を開けて廊下へ出ていく。

 そして、この部屋に僕一人になった後、大きく息を吐いた。


「……一刻も早く布団の用意をして部屋から出ないと」


 アリスさんがお風呂を済ませる前に布団カバーを付け終える。そうしないと、お風呂上りのアリスさんが部屋に戻ってくる。


 さすがに同じ部屋で風呂上りの女の子と二人きりになるのはよくない。

 あくまで紳士的に、用意してアリスさんに応対した後すぐに部屋に戻る。


 そう考えた僕は運んできた敷布団と掛布団にカバーシーツを被せていく。丁寧ていねいかつ手早くカバーをかけていって時間が経った。


「ふぅ。できたー」


 息を吐いた僕は、布団カバーを駆け終えて床に敷かれた布団を見下ろす。

 アリスさんが戻ってくる前に用意し終えた。


 よく考えてみたら、女性がお風呂を済ませるよりシーツを被せる方が早く済む。変に意識しないでも、よかったことを僕は考えないようにして無意識に意識してたよ。


 さて、布団の用意もできたし、一度部屋から出よう。

 そう思って扉を振り返って足を前に踏み出そうとした。その時、パジャマ姿のアリスさんが部屋に入ってきた。


「⁉」


 ウソ⁉ もう上がって来たの⁉

 タオルでまとめられていた金色の長い髪はまだ湿り気があった。頬も上気していて赤みを帯びている。


 さっきまでの服と見た目が違って、ある意味無防備な姿。そんな姿が逆につやっぽくて心臓が跳ね上がった。


「もどりました、ケントさん」


 お風呂から戻って来たアリスさんが声をかけてくる。僕がドキドキしているのとし反対に、彼女は部屋から出た時と全然変わりない。


 すると、アリスさんの視線が僕から奥に敷かれた布団へと移った。


「!」


 布団の傍に着いてすぐ、アリスさんは布団の上に乗った。

 べ度と違う感触に楽しんでる姿に、僕は気づけばほっと息を吐いていた。


 変に意識してたのは僕だけみたいだった。それはそれでちょっと悲しい気もするけど、アリスさんが楽しんでるならいいか。


「じゃあ、僕はちょっと部屋に戻るね。また後で戻ってくるけど、何かあったら隣の部屋にいるから呼んで」

「|Ouiウィ ! ありがと、ケントさん!」


 アリスさんからも元気な返事が来て、僕は部屋から出た。

 その後、自分の部屋に戻った後、すぐにベッドの傍で腰を落として息を吐いた。


「はぁ~。今日疲れた~」


 今日はいろいろありすぎた。これからこんな感じの生活が続くのか……。

 心臓、持つのかな?

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