第17話 冥と華と青野―二体のゆくえ

青野は冥と華の行方をつかむことが出来ていなかったため、再び年寄組を頼ることにした。


関東圏を中心に目を、耳を張り巡らした。青野は見当がつかなかった。

なぜ、どうやって彼らが対象の機微をとらえるのかについて……それは意外に早く訪れた。

青野は指示通り山手線に乗っていた。何周かした後、一人の老人が隣に座った。


「若い子君、彼らは山手線の内側にいる。

ご存じの通り関東は鉄道が発達しているから地方から行き来することも考えていたんじゃがな、驚いたことに当初は無銭乗車しておった。そこから対象の居場所が特定できた。

犯罪歴は照会できず。住まいを転々とはしていない。他に知りたいことはあるかい?」


「これ以上の接近は相手に知れますし、命が脅かされます。

皆様におきましては本件、ここでお終いということで……すみません」


「わかった、まあ年寄りの暇つぶしだからのう。

おおっ、大事なこと忘れとった。奴らは必ず近くの池に決まった時間に散歩する。

彼らの目立った『習慣』はそれぐらいじゃ。楽しかったぞい、『青野 真』君」


老人と青野は目があった。それ以上、語ることはなかった。

老人はゆっくりと立ち上がり、青野の肩をぽんっとたたいて去っていった。


「いやー、本職さんには敵わないね」


別れたあと青野は思った。


   二人は単独行動することが少ないという。

   一人ずつ捕える、または仕留めるというのは良くない。

   それでは片割れが逃げ、二度と表に出てこなくなる可能性が高い。

   ということでラバーズ・キスは不適切だし、

   霊力が効かない状況も視野に入れとくべきだ。

   対人用の破魔道具ってことだ。それもダメなら剛田君ってことだね。


家に帰った青野はコスメをしながら次の手を考えていた。


「あっ澄っち? コスメ中の青野です。そろそろ剛田君、探しに行こうか?」


次の日、青野は朝霧の実家にいた。


「待ってまっした、M!」


「そのポーズ、私にはいらないから……ウザキモ」


「まずは」


「東京霊脈堂の往来用の勝手扉で辺獄行きってことですよね」


「はい、そうですが裸のままだと寒いでしょ?」


「いいえ。メタル神に会えるとなると、むしろ熱いです!」


「話がかみ合わないからオーダーするね。破魔道具の一つ、防護服着てちょうだい。破魔道具じゃない銅鏡は持ってけないよ。改良加えて映らなくなったら困るからね」


「あの、もしかして……」


「今からね」


「往来用は『旅人』が持っとかないとダメでしょ?戸枠のここら辺を押して小さくして持ち歩いてね。こちら防護服一式です!」


「さらに、あのーお弁当とかは……まだ心の準備が、そして、まだ勇気たまってません!」


「辺獄ではお腹すきません、眠くなりません。そういう事にしておいて早く行けっつーの!」


青野は朝霧の準備を手伝い、勝手扉の向こうへ押し込むように送り出した。


「ごめんね、君にしかできない仕事なんだ」


―― 冥と華は静かに暮らしていた。


冥は考えていた。


ダーウィンの進化論。これは人間の限界、絶滅を示唆している。

仮に永遠の命を授かったとしても、これは自分と華にも当てはまるだろう。


科学は人類の限界を拡張してきたが終わりが見えない。神との対話についてもだ。

神の言葉を理解できない人類は観察者としての自分という限界の先を「観察」することはできない。

もしかしたら神は言葉を持たないのかも知れない。


飛躍してしまうが、だからこそ娯楽が必要なのだ。


「華、自分は冥を捨てる」


「何をいきなり言ってるの? 一つになるって話? それとも子供の話?」


「いいや、華とこれから人間のいう『残りの人生を楽しみたい』ということだ。自分は考えるのをやめる。無駄ということに気がついた」


「冥……それは良い事だけど。

あなたの得意を捨ててもいいの? あたいは構わないけれど。

三時になったから、はじめの一歩は水汲みに行くってのはどう?」


華は冥との時間が増えることがうれしかった。


彼らにとって水道水はきれいすぎた。

ちょうど夏の屋台で買ってきた金魚を水道の水で飼うと早死にしてしまうのと同じようなものだ。少し汚れていた方が彼らは「健康」でいられたのだ。


川辺に沿って整備された歩道にさしかかった時だった。目の前の老人が転んだ。


「あいたたた……」


「おじいさん、大丈夫ですか?」


冥の腕に自分をからめていた華は珍しく機嫌がよく人間らしいことを言った。


「はい、すみません。年を取ると若い人たちにいつも言われるんです」


「いや、そんなことないですよ。お元気そうで」


「いやいやどうも、そうじゃなくって―― 抜かりがねえってな」


老人は懐から何かを取り出す仕草をした。ブラフだった。

冥と華の意識は完全に老人に向けられた。


青野は背後から霊脈づたいに飛び出し、拘束具を取り付けた。


「Got cha !」


完全に虚を突かれた冥と華は身動きが取れなくなった。


――今回も計画通りだった。


「青野君、一生のお願いだ。年寄りにもできることがある。一緒にやらせてくれ。これは技術の話しだ。

人は虚を突かれると、訓練されていないものは一秒ほど動けない。

察しのいい奴は背後を取られまいと、守るべきものがあればパートナーと距離を詰め、視野を確保しようとする。自分が被弾する覚悟でな。

これは人間も動物も、動く生き物は皆一緒なんだ。

若いあんたが不要な犠牲を払う必要はなかろう。

その荷物、我らにまた一担ぎさせてはくれないだろうか?」


そうなのだ。大人の、老獪な入れ知恵は常に他者に対して優位性を発揮する。大人の言う事に耳を傾ける価値がここにあった。

それを青野は実践し、結果を得た。


老人は仲間が用意した自転車で逃げた。


「あの目はほんま人間じゃなかばい。くわばらじゃ、退散じゃ」


その場には拘束された冥と華と青野が残された。


「ここまでは、あの人たちが映してくれた。ここからが本番だ!」


冥と華は抱き合う形で拘束された。その姿、拘束具の形はまるで卵のようだった。


「かわいそうだけど、いろいろ試させてもらう」


「霊脈構築できました。いつでも月までジャンプできます!」


ジャンプに使った霊脈は一定時間、使用不能になる。

そのため後任のペトロである黒田がすぐさまジャンプできるよう霊脈の構築を担当した。


「お前も去れ、ここからは私のケジメだ!」


青野は拘束具を霊力で浮かせ、黒田が構築した霊脈に向かって走りだろうとしていた。


「冥、大丈夫?」


「華、ここは窮屈だ。あの時と同じだな」


「決まりね。冥、一つになりましょ」


冥と華は今まで選択肢として外していたことを選んだ。変化を求めたのだ。

今までとは違う意識の限界を越えたところにある、違う何かになるために。


「お月さままであともう少し!」


青野は霊脈をただタップするだけだった。

気を緩めたわけでも、ためらったわけでもない。まったく落ち度はなかった。


(分からないことが分かっていたから、十二分に配慮してきた)


つもりだった。


純粋に、向き合った相手が悪かったのだ。


破魔道具によって生み出された冥と華は、皮肉にも霊脈協会が作った別の破魔道具によって孵化した。


青野は何が起きたのか分からなかった。分からないところで、あってはならないことが起きてしまった。


「クソッ!」


孵化した後の卵の殻のように拘束具がバラバラになっていた。


「位相変換、ペトロ、ソードシールド!」


青野が踏み込もうと思った瞬間だった。


「それはないな」


一つになったそれは合気で青野を宙に舞わせた上、五メートルほど飛ばした。青野はとっさに防御シールドを展開したが防ぎきれなかった。


その後、青野は様々なシールドを駆使して、

一つになったそれをこの場にとどめようとしたが無駄だった。


(少しでも時間を稼いで、切り札に交代だ。そうだ戦うだけが稼ぎじゃない!)


青野は戦うのをやめ、間合いをとった。


「おい、お前は誰だ?」


一つになったそれはじっと手をみていた。


「多分、名前はあったが思い出せない。

始めから名はなかったのかもしれない。

確実なのはお前とは違う何かだろう。

そして、お前のことが嫌いだ。

嫌いというか、あわないのだと思う。

思い出せる言葉はこうだ。

『完全なものが来れば、部分は消える。残るものだけが本物だ』

おそらく、お前よりも神に近しい存在だろう」


青野は全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。


「ちがう、お前は純粋な悪だ!」

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