第15話 キノコ病―生みは痛みなく訪れる―

冥と華は学びを止めなかった。様々な言語、法律や芸術まで理解するようになっていった。

しかし何かを語ることはできても何かを生み出すことは出来ていなかった。


「なあ、華。どうして自分らは何かを生み出せないのだと思う?」


「子供が欲しいってこと?」


「いいや、自分は華がいればそれでいい」


冥に言われたその一言が、また華のスイッチを押してしまったようだ。

華は冥の肩を後ろからそっと抱きしめ、猫が甘えるような仕草をして言った。


「……じゃあ、どういうこと?」


「華、また恋バナ物語の真似してるの?」


冥は華をじっと目を見つめた。


「君の瞳を見ていると、僕しか映ってないんだね」


「キュン!」


「はい、次の議題に移ります。」


華は最近、こういうのが病みつきらしい。冥はただそれに付き合っていた。


「アーティストを仮に取り込んだとして自分は人と同じ様に何かを生み出せるのだろうか?」


「あの、冥……人間らしく振る舞うのはいいけれど結局何が言いたいの?

何かを生み出したいのか、それを試してみたいのかどっち?」


「華、ごめん自分で言ってて、どっちなのか分からなくなってきた。

ところで、華も人間らしい仕草をしているよ」


冥は華の腕を指さして言った。


「え? どんな」


「だから、腕をかくような仕草だよ」


冥は華の真似をした。


「そうなのよ……昨日から痒くて……先月もだけど」


華の腕には小さなシミのようなものが浮かんでいた。

よく見ると、薄く白い菌糸のようなものが皮膚の表面に広がっている。


「他に変わったところはある?」


そういって冥は華に近づき「それ」をよく観察した。

華は冥の肩にそっと手を添えた。華は冥が自分と向き合ってくれて、自分のために時間を費やしてくれていることがうれしかった。


「これを人が取り込んだらどうなるのだろう? 華はどう思う」


「いいじゃんそれ、実験ってやつね」


「例の地下階のクラブで『なすりつけ』してみよう」


「ちょっとまって、普通は動物からじゃない?」


「華、自分達は普通なのか?」


「そうね、鶏さん達がかわいそう。いつから?」


「今でしょ! その前に自分にうつせるか?」


―― 冥と華は若者が集まるナイトクラブへ行った。

地下への階段を降りると、重低音が体を揺らした。煙幕の中で色とりどりの照明が明滅し、汗と香水の匂いが混じり合っている。彼らは音楽に夢中で、密集して踊っていた。完璧な環境だった。


冥は人混みの中で肩や腕にさりげなく触れて回った。

華はダンスフロアで踊りながら、より積極的に人々と接触していた。


「華、うるさくて君の声が聞こえない。もう帰らないか?」


冥が華の耳元で叫んだ。


「ええっ? あたいはもう少しみんなに別のやり方で『なすって』から帰る」


「ああ……そういうことね」


―― 「なすった」人間の変化はすぐにあらわれた。

クラブに来ていた若者たちがSNSに投稿し始めたのだ。


「痩せる」、「食べても太らない」などスリムになる奇病として話題になった。ダイエット効果があるのではないかと、わざと友達から感染しようとする者まで現れた。


まれにキノコのようなものが生えてくることから「キノコ病」と呼ばれるようになった。


オールドメディアに取り上げられたのは後になってからだ。


感染者たちに共通の症状が現れ始めた。クラブに通う人のほとんどが日光を避ける人々が出てきた。

陽の光を浴びると、普段より眩しく感じてしまうのだという。彼らは昼夜逆転の生活を送るようになり、夜の街を徘徊するようになった。


更に日が経ったある日、渋谷の交差点でマネキンが放置されていると報じられた。

太陽に向き合うように立ったまま置かれ全身に色とりどりの化粧が施されたように見えた。

それはキラキラと何かを振りまいていた。まるで蝶の鱗粉のようなものだった。風に乗って街中に舞い散っていった。


始めはストリートパフォーマンスなのだと思っていたが誰も撤去しようとしないのでボランティアがそれを砕き、ゴミとして捨てた。


誰もそれに異を唱える者はおらず日々のニュースに埋もれていった。

埋もれてしまったもの、忘れられたものは掘り起こされるまで在ることが許されない―― 許されないものは、たとえ在ったとしてもこの世に在りはしないのだ。


ほどなくして「マネキン」は渋谷を中心に増え始めていった。

埋もれることがなくなったニュースは遂に行政を動かし、それを五類の感染症と発表した。

専門家たちは困惑していた。これは細菌なのか、ウイルスなのか、真菌なのか。

どの分類にも当てはまらない。症状が悪化すると抗生物質は効かず、ワクチン開発も頓挫した。


「華、『なすり方』なんだが、触れるだけにしよう。じゃないと自分たちの噂が立ってしまう」


症状に関しては、体温を上げることと自己免疫力を上げることで悪化を防げることが分かった。

サウナや温泉施設では入場が禁止され、自宅でカイロ等を用いた発汗が推奨された。

関連商品は飛ぶように売れた。致死率は低下し、重症化する人は全体の数パーセントに抑えられた。


再び、キノコ病は政治のスキャンダルやゴシップに埋もれてゆくこととなった。

人々は慣れていった。マスクをするように、手を洗うように、キノコ病も日常の一部になっていった。


事態が収束へ向かうのと同時に冥と華は自分達が引き起こした事に興味を失っていった。


「ねえ、冥。あの時の質問なら今こたえられるわ」


「華、それは『生み出せない』理由についてかい?」


「そう、でも既にあたい達は生み出している。

過去完了形ってやつね、それは『キノコ病』よ。

冥、生み出そうと思って何かを生み出せるものじゃない。

生み出せる場所で、生み出せる時に、あたい達という存在が、彼らの欲求に応える形でよ、

そして手段は稚拙でもいいのよ、深く『沈む』必要なんかないわ。

意図して望む何かを生み出し、手にし続けることなんかできない。

仮に生み出せたとしても、あたいらの手を離れ深化してゆくのよ。

どう? 冥のように語ってみたけど。★はどれぐらいもらえそう」


「星五つです!」


冥と華は自分達が生み出したものが巣立っていったことを悟った。

巣立った鳥は帰ることはない、戻ってこないものを待っていても仕方がない。


それは諦めではなく人間界でいうところの母性なのだろう。

冥よりも、よりそれに近しい華が先に気づけたのは偶然ではなかったはずだ。日を重ねるごと、生み出した本人たちも忘れてしまったようだった。


キノコ病の一件で冥と華は目立ってしまった。

うまく立ち回っていたが、朝霧が「視て」いたのだ。


「青野さん、発症した人たちが通っていたナイトクラブの一覧いただいてたじゃないですか。全部映せました」


「いた?」


「いました。すべてのお店に出入りしていた―― 二人です。後で写メ、送ります」


「そっか……二人は厄介だな……悪魔の類は群れないんだけど新種だね。

ミーの左目には映らない、澄っちだけが頼りなんだけど、先走っちゃダメだよ」


「青野さん、そういうの私は無理なんで大丈夫です。

この二人はどうやって倒すんですか?」


「実はね、足取り消えちゃってるでしょ? 何がしたかったんだろうってカンジなんだよね。

それに、直感なんだけど数秘でいうともう一人いるはずなんだけど、澄っちは二人なんだよね?

だから、澄っちも見えない別のもう一人がいるってことで『厄介』なのさ。

でもありがとう、わからないことが分かったからね。それだけでも十分な収穫だよ」


「そうですか……私の銅鏡にもクラブ以外は映りません。不思議な奴らです。剛田さんがいなくなったことと関係があるんですか?」


「澄っち、それはまだやっちゃダメ」


「青野さん、私未来とか見えないんでわかりません」


「もう、絶対ユーはやるからハッキリ言っとくね。勝手扉で翔君、探しちゃダメ」


「あっ、私やるんですね……やっぱり……ね」


「次の君はメタルを語り始めるんだけど、ゴメン時間ないからこの辺で……お父さんによろしくじゃ」


プツっと電話が切れた。朝霧は一つため息をついた。


「……剛田さん……今頃何やってんのかな……変化のない生活って退屈」

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