第13話 裁きを受ける―黙示の端緒―
剛田はずっと虚ろだった。
問いかけにもこたえることもなく、一点だけ何かを見つめていた。
剛田は、被告席に立たされた。
着衣は本栖湖で保護されたまま、しわくちゃで汚れ悪臭を放っていた。
裁判は封印一派が取り仕切る習わしだ。
裁判長は神父でもある岩城の父親に任された。
裁判中、参加者は「私」と呼称することとなっている。
裁判長はじっと剛田を見た―― 辺りは静かだった。
あの日の本栖湖のように静かだった。
口を開いたのは剛田だった。
「父よ……手間を取らせてしまい。申し訳ないと思っています」
裁判長は剛田の一言一言を受け止め、期待していた。
その一言一言の中に希望を見出そうとしていた。
「語ることはありません。裁きを……」
裁判長は小さくため息をついた。
「剛田君。霊脈にわずかに残っていた彼の記憶には、君への愛があった。
厳しい戦いのようだった、辛い決断をいくつも迫られただろう。
上手く行かなかったのは君のせいじゃない。
この場はそれを裁く場ではないのだよ、剛田君。
君が信仰を捨てたことについて裁きたい。
霊脈士はその任が解かれるまで信仰を捨ててはいけない決まりだ。
それはわかっているよね。そしてそれを破るとどうなるかについても」
「……」
剛田は黙ったままうなずいた。そして目線をあげて言った。
「父よ、私には救いがない。
もう戻らない。祈ろうとも、兄たちは戻らないのだ。
なぜなら―― ここに神はいないのだから」
神への冒涜に値する剛田の発言に傍聴席がざわついた。
「剛田君。君は今、神はいないと言った。
それは信仰を捨てたからですか?」
「はい、そうです」
「信仰を捨てるとは裁きを恐れたからであって真に信仰を捨てたわけではない。そんな場合もあると私は思う。剛田君、君はどう思う?」
「父よ、私は二人の兄を失いました。すでに裁きを受けています」
「剛田君。愛する人を失うことが裁きだというなら、私も裁きを受けていることになる。だが君とは違う立場で今ここにいる。
そして私は信仰をいまだに持っている。
ゆえにその理由で剛田君、君を裁くことはできないのだよ。
この裁判のために幾人かと議論した。最終的に私が選ばれた。
おそらく剛田君、君と似た境遇に今私も立たされているからだ」
「父は私がまだ信仰を捨てていないとおっしゃるのですか?」
「そうだ、信仰を試すのは人であって神ではない。神は試さない。
そして、自分がどのように思おうとも他人からどのように非難されようとも、信仰の灯を自ら消してはいけない」
このように裁判長は語気を強めた。それに対して剛田が迫る。
「父よ、神が私の信仰を取り上げたのではないでしょうか?
そうであるならば―― 今、私は悪魔の類なのではないでしょうか?」
傍聴席のざわめきが大きくなリ、裁判長は静かに手を上げてそれを制した。
剛田は続けた。
「仮に父の信仰が神によって取り上げられたなら、
父も私と同じ悪魔になってしまうということですか?
私は父がそのようになるとは到底思えません。
なぜなら私は父の信仰を信じているからです」
二人は視線を逸らすことなく戦っていた。
裁判長は岩城の父として剛田を救いたかったのだ。
「剛田君、君はそれでも信仰を取り戻そうとしないのか?
神から取り上げられたからだと思うのか?
もしそれこそが神の意志であったと……」
裁判長は少しだまって上を見た。
「申し訳ないが私たちは『神の主権の絶対性』について話をしてしまっている。申し訳ないと言ったのは、君を裁くことと今話していることとは内容がかけ離れてきている。
ただ君は当初、私たちが用意していた内容とは別の可能性を提示した。
さすが戦後最強のパウロと言われるだけはある。
剛田君。私から提案だ。神学を学びながら後進を指導してはもらえないだろうか?譲が君にそうしたように……」
兄の名を聞いても剛田は表情を変えなかった。
「父よ、それはできません。
兄にも同じことを言われましたが、
これ以上、身近な人が私の手の中で灰になって行くのを見たくない」
裁判長は大きくため息をついた。
「そうか、やはりそうなるのだろうな。
惜しいな……では予定通り、辺獄へ」
「……」
「剛田君。君は他のパウロの目標だった。君を失うのは惜しい。
いつか神の祝福があり信仰を取り戻すことを祈っている」
―― 霊脈協会謹製の破魔道具、勝手扉。この扉を使うと最大、辺獄までジャンプすることができる。
禁忌の代物であるため霊脈堂の中でしか使用できない。片道用と往来用があり使用後は灰と化してしまう。
剛田は迷うことなく一歩前へ進み入り振り向かなかった。
すぐに勝手扉は閉じられた。
剛田は歩き始めた。行くあてがあったわけではない。
何か探し求めていたわけでもない。
ただ歩くことが自分にできる唯一のことと感じていた。
裁判長であった岩城の父はつぶやいた。
「聖母マリアの取り次ぎによって、彼をお守りください。
教えてくれ譲、これで良かったのか?」
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