第10話 ハズレの子―さまよう推しのM―
みなさんこんにちは朝霧 澄です。
父のことはみんな「神主さん」って呼んでますが正式な名前は神職なんですね。知ってました?
朝はお掃除して、お祓いしたりお祈りしたり相談のったりです。
父の秘密は二つあります。
一つは投資家。別に神様にお祈りして当たりを選んでるわけじゃなくって親の代からコツコツ買い増ししたり売ったりの繰り返し。これがなかったら我が家、一家離散してますね。
神道が国教じゃなくなったころからこんな感じになっちゃったみたいでまあ、しょうがないですよね。
二つ目は、なんか見えるらしいです。
父はよく私に「そこに立つな」とか「今日はどこそこへは行くな」とか言われるんだけれど、
父のことを慕ってる人は「いつも助けてもらってる」とか「だめかと思ったけど澄のお父さんのおかげで倒産を免れた」とか私にギャグかましてくるわけ。直接本人に言えば良いのにね。
そんな偉大な父を持ってしまうと、子供も期待されちゃうわけなんです。
父親の職業が友達にバレると、こっくりさんとかやらされて大変だった。
「俺の後ろにいるんだろ?見えてんだろ?」
そんなこと言われてもね、見えないものは見えないよ。
高校生になった時、眼帯付けた人がウチに来て、私の顔をじっと見るなり帰っていった。
帰り際、偶然聞いちゃったんだよね。
「……ハズレですね、あの子」
だって! 初対面なのに失礼な話。
どうせ私は父みたいにはなれない―― ハズレの子なんだよ。
私の口癖は「そんなの無理」、いつも否定形から入っちゃう。出来ることも出来ないって言っちゃうんだよね。
小さいころからそんな北欧の極夜が毎日続く感じ、薄暗い少年期を過ごしてきたわけなんです。
父の秘密は二つでしたが私の秘密はただ一つ。
それは……ヘビメタ。狭い表現だとスラッシュメタルなんよ。鬱屈した私の気持ちをお手軽に晴らしてくれる心の友なんですね。
父は「職住一体」だし自分も手伝いしてるから親に黙って何かやるということは不可能なのですわ。だから正直に言いました。
「父さん、コンサート行きたいんだけど」
「誰と行くの? 晩御飯までには帰ってきなさい」
「一人で……帰りは遅くなるよ」
「そうか澄、私を見なさい」
キタッ、父の心眼解放!
父はその人の目を見ていると、ちょっと先のイメージを受け止めることができるらしい。
父と目があってる間、いろいろ考えちゃった。
母が出て行ってから父は少し無口な人になったなーとか、
ヘビメタにはまっていることも薄々感じてるのかなーとか、
奇怪な趣味を持った息子に責任感じちゃってるのかもね。
っていうか少しお年を召したような気が……
(どうせだめだ)
あきらめるって素晴らしい。だって次の日から気を遣うことも努力もしなくていいし、責任負う必要もなくなるからね。
父はまだ黙ったままだった。今日はどうしたんだろう? いつもより長いよね?
いやー、この「間」があまり好きじゃないんだな~。
「澄、」
「父さんいいよ、また今度にするから。明日もいろいろ忙しいしね」
(チケットもう買っちゃってるんだけどトホホ……)
「澄、ごめんな」
「へっ?」
「忙しくてお前と向き合う時間が少なかったようだ。許してくれ。
父さんもあの人も間違っていたかもしれない、行ってきなさい」
「えっ、あうん。行ってきます。明日はご飯いらないよ」
「わかった」
翌日私はメタルの教祖、ゴットハンズの来日コンサート会場である厚生年金会館にいました。
うぅむ、定刻になっても始まらない……それも生き様、メタルだぜ!
とはいうものの遅い、やっぱりメタルにはトラブルがつきものだね。
「なんかやっぱり遅刻らしいぜ、前回は小一時間遅れでスタートだったよな」
あれ、もしかして今日私帰れないかも……ステージにはメンバーとは違う人。
前座かなんかやんのかな……
「いきなり前座やれって音響装置のサポート来ただけだし、ドラムもベースも初対面。
適当にリフ刻んで、ソロパートで俺の手癖披露して終わりにしよ」
ステージにいるそこの君たち、今そう思ったでしょ?
金返せ! こちとらメタルに命賭けとんじゃい。
どうせボーカルも文化祭レベルの……あの舞台の、上手袖にいる人が歌うのかな?
なんだろうこのドキドキ……初めてメタルに出会った時のような高揚感。
それは突然始まった!
「Show Not Death ! You are Rock-Killer !!」
「You are Rock-Killer, Killer, Killer ―― ―― -!!!!」
なぬっ!ゴットハンズの名曲、SpineKillerに引けを取らないこの音域の幅……からの音圧という壁。
ギターの人さっきまでやる気なさげだったのに鳴いてる。
ギターが鳴いてる―― からのM(メタル)が来る。
メタルヴァージンな民に説明しよう。
Mとはラスト一小節で両手を首の後ろで組み、肘を突き立てる。
メタル信者にしかまるで伝わらないキモいポーズなのだ。
歓声が大きくて何も聞こえない、あのボーカル、Mを決めなかった!
「……だから帰るわ」って逃げんな、この反逆者!
あれっ、ボーカルの人こっちに近づいてきてる。
「次の君はハイタッチだよっ!」
んっ?お前はウチに来てたハズレ眼帯男の―― なに笑ってんだよムカつく!
でもお前もメタル信者だったとは、許せ同胞よ!
「パンッ」
無意識にボーカルの彼とハイタッチしてしまった。
眼帯男、消えた……
結局、ゴッドハンズは現れず、私は一曲だけ前座のパフォを観て帰ったんですね。
家に帰ったら父は外に出ていたみたい。冷蔵庫の中を漁って風呂入って寝たんだけれど。
なんだろう、耳鳴りがして眠れない。一曲だけだったけど爆音だったしね……
なんとなく神楽殿の方かなって思って行ってみると銅鏡が置いてある。
父がこんなところに置き忘れるはずがないんだが、使った後は片づけないとって、手に取ったら
―― この鏡、自分のこと映してない!
その時から目を覚ますまでの間って覚えてないんだよね。ひどい耳鳴りで失神してたみたい。
父さんが布団を敷いてくれたみたいで起きたのは次の日の朝だった。
また眼帯の人がいる……
「ごめんねー遠回りさせちゃって。
目を覚ますにはまず味方からって言うじゃない。
お父さんがちゃんと動いてくれたおかげで、ちゃんと『覚めた』ね」
「いや、はい。あんた誰?」
「そんなことよりちゃっちゃと仕上げちゃおうよ。
はい、これ鏡と今は音叉でごめんね」
父は黙ってこっちを見てるだけ……
「何をすれば……」
「音叉を鏡に触れて、コンサートの時みたいに高音だしてみて」
「えっ、人前で恥ずかしい」
「君さあ……お父さんいない時にメタルな歌、本殿で歌ってたでしょ?
君の声って霊振として丸聞こえなんだよね」
「私オカルトじゃなくてメタル信者です」
「澄っちさぁ、そのくだりは終わってるから早くシャウトしろ!」
声を出すと音叉が反応して……鏡もおかしくなった。
「昨日と同じだ。父さん、鏡に自分が映ってない」
「よし、仕組みが分かった。君の場合は声、というか音だね。
澄っちょのお父さんと澄っちょ、後はよく話をして決めてね。
その間に、専用の破魔道具を作っておくよ。それじゃ」
「それじゃって、人にいろいろと……お賽銭ぐらいおいてけ!」
「澄、お前の声には破魔の力があって、彼らは日本で魔の類と戦っている人達らしい」
「そんなの無理だよ父さん、私には無理……です。
少し聞いても良い? 母さんが出て行ったのはもしかして私のせい?
母さんは派手なところがあったから、もし私の声が母さんを退けてしまったのであれば、今から母さんのことお祓いすれば戻ってきてくれるんじゃない?」
「そういう事じゃないよ、その話はやめてくれ。それよりもお前のことだ」
「だから無理って言ったじゃん、そういう事ってどういう事なの?」
「澄、話を……」
「へー、澄っちは今SNSでバズってる―― 」
「まだヌシはいたんかい!」
「―― 絶叫跳躍男の剛田君に会いたくないんだ~ね。へー君のメタル度ってその浅さだったん~ね」
「父さん私にやらせてください!」
まぁ……この馬ニンジンによって私は霊脈士となって行きましたとさ。
私はヨハンって役なんだけど他のヨハンと違って未来は見れない。
でも鏡と鈴を使って父のいう「常世」という目には見えない、彼ら言わせるところの地獄やら何やらを鏡に映せる便利屋らしい。
キリスト復活からの霊脈士の活躍についても調べたいんだってさ、つまり私はテーマを決めるとそれに関連した過去も見れるみたい。
家を空ける時はいつも父が祝詞をあげてくれた。
「此の人、旅路におもむかむに、禍事なく平安に守り給ひ、導き給へ」
なんてね……
「在るべき姿に父として導くことが出来ず申し訳なかった。
これからは仲間と一緒に励んでくれ。
十一月は戻ってくるんだよ。ここを守らなければならないから」
父さん、あなたの言ってることは申し訳ないけど意味わからん。
私は未来なんて全くもって見えないですから!
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