第2話 大人になった俺たち


 警視庁にあるとある一室。窓は全てブラインドカーテンが閉められている。照明も点けず暗い部屋の中、プロジェクターに映し出された映像には【広域事件101捜査会議】と書かれてた。


 室内の埃がプロジェクターの光に反射している。その光が投影されるスクリーンの横には長テーブルが置かれ、左の胸ポケットの上に豪華なバッジを付けた制服の警察官が2人座っている。もっとバランスよくひと席を広々と使えば良いものを、その2人は何故かスクリーン側に寄り、扉側を不自然に開けて座っていた。


 そんな彼らを見るように向かい側には30名ほどのスーツを着た人たちが、幾つも置かれた長テーブルの席に着いていた。そのテーブルの一番右後ろに座ってコソコソと話をしている2人がいた。


梅澤うめさわさん、東北に行ってたんじゃないんですか?」

「いつの話してんねん」

「え、じゃあ、もしかして、あの東北の政治家と警察が絡んだ大事件解決したの、梅澤さん達ですか??」

「まぁ──せやな」

「事件のニュース記事読みましたよ?令和の高校生探偵現る!って見出しで。当然、梅澤さんの名前は出てなかったですけど。まさか…梅澤さん、未成年を探偵に仕立てて、しれっとスケープゴートにした感じですか?」

「なんや?俺らは公には出られへんやろ?文句あるんかいな?」

「いえ?でも流石に、高校生はやり過ぎでしょう──」

「コネも何もない田舎でどう捜査せぇっちゅうんじゃ?こちとら強行犯係の刑事として送り出されてんねんで?上は“仲間は後から送る“言うて、結局一人も寄越さんかったし」

「え?単独任務ですか?」

「せや。しかも普通の警察官として送られたもんやから、あっちの署の人らに生活安全課の仕事も警らもさせられたし。給料見合っとらんわ、ほんまに」

「まあ、それでも解決しちゃうあたり、さすが梅澤さんです──でもやっぱり、高校生を協力者にするのはやり過ぎかと思いますよ?」

「そんなん言うたかて、アイツほんまに優秀やったで?署の警察官よりは確実に。碌に公式に捜査できひんから、ある程度能力ある奴代役に立てるしかないやろ?使えるもんは何でも使うんは当たり前や。ほんで?お前は最近何しててん、雅輝まさき


 関西人特有の圧と癖のある喋り方をするこの男は梅澤明宣うめさわあきのり。もう一人の方は俺の弟、鷹匠雅輝たかじょうまさき。雅輝はこの男より階級は上だが公安刑事としては後輩に当たる。むしろ雅輝に公安のイロハを教えた人物が梅澤だ。キャリア組として入ってきた雅輝とは対照的に、この梅澤という男は現場叩き上げの敏腕公安刑事なのだ。


「俺は海外行ってました」

「外事の事件掴まされたんか?大変やったな」

「ええ。でも、現地の警察と外務省がいい感じに動いてくれたんで、俺はほとんど花屋の店員やりながら盗聴してるだけでしたけど」

「花屋ぁ?」

「しょうがないじゃないですか、ターゲットが毎朝花を買う習慣があったんですから。今度、梅澤さんにも花束を作って持ってきますよ」

「いらんわ」


 二人が話しているとマイクのハウリング音が聞こえてきた。室内の空気が一気に重くなる。捜査会議の始まりだ。豪華なバッジをつけた警察官が話始める。


「これから捜査会議を始める。今回の捜査対象は自衛官だ。我々が以前からマークしていた人物と頻回に接触する自衛官が現れた。おそらく、その自衛官が何らかの軍機密情報を外部の人間に渡していると思われる」


 今話しているのは警察庁警備部警備企画課の人間だ。梅澤や雅輝のような警視庁の公安部は彼らに指示を受けて捜査にあたる。今回も同様に警備企画課の警察庁の人間がブリーフィングを始めた。


 今回の件はある自衛官が外部に流している情報突き止め、現行犯で逮捕すること。スパイ防止法が日本にはないため、現行犯逮捕するしかないのだ。それまでは尾行や盗聴などで外堀を埋めるように地道に情報を集めるしかない。その任務における役割を今、振られようとしていた。


「鷹匠雅輝」

「はい」

「こっちへ」


 突然名前を呼ばれて立ち上がり、前へと向かう雅輝。梅澤は状況が読めないが慌てるでもなく様子を見守る。すると、警察庁の人間が不自然に空間を空けて座っていたところに雅輝が立った。


「今回の事件で現場の指揮を取るのは鷹匠雅輝警視だ。本日付で彼は警察庁警備部の人間となる。彼は若いながらも国内外の事件で現場に入り、どれも解決に導いてきた実績のある人間だ。今回の事件は彼の経験が役立つ。捜査員は全員、彼の指示に従うように」


 大層な紹介をされた雅輝はマイクを受け取った。

 

「どうも。紹介にありました、鷹匠雅輝です。以前一緒に働いたことがある方もいれば、初めましての方もいますね。えー、指揮を取るのは今回が初めての若輩者ですが、だからといって皆さんの足を引っ張ることはしません。現場の人間だろうが、指揮官だろうが、警視庁だろうが警察庁だろうが。私たち公安警察の目標は常に一つです。1秒でも早く容疑者の嫌疑を明らかにし、犯人を逮捕すること。そのために皆さんの協力が不可欠です。どうぞよろしくお願いいたします」


 まさか自分の後輩が指揮を取るとは思っていなかった梅澤。ポカンとした顔をして捜査の割り振りを行なっているのを眺める。会議が終わり、解散となって会議室から一斉に刑事が出ていく。梅澤も出て行こうとした時、後ろから雅輝が声をかける。


「待ってくださいよ、梅澤さん。昼飯、一緒に行きましょうよ」

「お前その前に言うことあるやろ?」

「え…?」


 雅輝は何のことだかわからないという表情をする。だが、すぐに思いついたように満面の笑みを浮かべた。


「あ、なるほど!俺の昇進祝いで昼飯奢ってください!」

「なんでやねん!」

「え、ダメすか?」

「ええけども……国家公務員が地方公務員にたかるな──お前俺の上司やぞ?恥ずかしないんか?」

「梅澤さんはいつまでも俺の先輩ですけどね〜」

「まあ、先に言っとくわ。おめでとう!どうや?警察庁に移籍して最年少現場指揮官となった感想は」

「あー……嬉しい反面、残念──かな?」

「嫌味か?」

「違いますよ。警察庁に行く前に一緒に現場で働きたかった人間が今この場にいないので──」



 

 雅輝が昇進し、着々と公安トップへの階段を上り詰めている中。俺は刑事部長に呼び出されていた。警視庁の一室。本田刑事部長がわざわざ淹れてくれたお茶を飲みながら、俺は部長の取り留めないのない話を聞いていた。


「──でね、今日君をここに呼んだのはね、まあ、簡単に言うと辞令を伝えるためだね」

「辞令──ですか」

「そう、異動命令よ。君、京都は好き?」

「京都府ですか?修学旅行以来ですね、京都は。日本人の故郷のような感じがする観光地ですよね。もちろん好きですよ」

「よかった〜。じゃあ、君、今から京都に出向ね」

「はい?」

「君の今いる係、一旦解体ね」

「え!?」

「だってそうでしょ?君がいないんだから、誰があの係の指揮を取るのよ。そもそも、係長不在で主任の君が一番上だったことも異常なんだけどね」

「まあ、そうですね……でも、私が不在の間は部下を引き取ってくれる部署があるんですよね?」

「もちろんだ。部下のことは安心してくれ。ちゃんと個々の能力に見合った配属先を考えてるよ」


 部長の言葉を聞いて俺は一安心した。部長は強面だが根は優しいおっさんなのだ。だが今度は別の不安が湧いてくる。


「あの、私はどれくらいの期間出向するんでしょうか?」

「無期限」

「はい??」

「新しい捜査班の立ち上げだからね。捜査班が安定するまではしばらくかかるんじゃないかな?優秀な刑事を無期限で貸してくれって言われてね、相手が相手だから断れなくてさ。じゃ、そういうことで。出向先の詳しい資料は君のメールに送っておくから後ほどチェックするように。早めに荷物まとめといて。はいこれチケット」


 突然手渡されるチケット。今日の日付の15:18発新大阪行きのJR東海道新幹線のぞみ409号。現在11:30。


 俺は気付けば自分のデスクの荷物を片付けていた。そこへ部下達が声をかけてくる。


「主任、本当に行っちゃうんですか?京都」

「ああ。そういう命令だからな」

「悲しいです。僕、先輩がいないとまた他の係の人たちにいじめられます……」

「大丈夫だって!お前はサイバー課に移るから、一課の人たちとはもうほとんど会わないから」

「でも先輩と会えなくなるのは悲しいです……」

「俺も悲しいけどさ──でもほら、いいように捉えよう。神崎、お前はパソコン得意だろ?よかったじゃねえか、得意が活かされる部署に配属されて」


 神崎は俺の二人の部下のうちの一人だ。気弱だが、オンライン上における捜査能力に長けている。


「鷹匠、タクシー来たぞ」

「ありがとうございます!」

「こっちの荷物、持ってやるよ」

「いやいや、いなさん無理しないで!また腰やらかすよ!」

「俺を年寄り扱いするんじゃねえ」

「アンタ孫がいるでしょ?ホンモノのじいじでしょ?」


 稲さんこと稲垣いながきさんは俺に刑事のイロハを教えてくれた大先輩だ。階級は俺より下だが、現場百遍という昔気質の彼から教わったことはあまりにも多すぎる。


 俺は二人と共に警視庁前で待っているであろうタクシーに荷物を運ぶ。トランクを開けて段ボールを積み込む時、何かをぶちまけた。ついさっき他の係の刑事達からもらったメッセージカードが入った便箋だ。中身が落ちて地面にカードが広がる。稲さんと神崎はそれを拾ってくれるが、ある一枚を手に取って神崎の手が止まった。そのカードには“さようなら“という文字とともに俺も一緒に写った元恋人との写真が貼り付けられていた。


「先輩……残念です、色々……」

「──まあ、そういうタイミングなんだよ、今年の俺の誕生日はまた大雪だったし……悪いことが起きる年なんだよ。気にすんな。彼女とはもう終わったし、昨日……出向辞令と破局が重なるなんて浅草寺のおみくじで凶が出るほどよくあることよ」

「僕は浅草寺で凶を見たことがありません」

「俺もカミさんに振られたことはあるが地方に飛ばされたことはねえよ」


 二人の言葉を聞かないように俺はせっせと物をタクシーに詰め込む。そして人がようやく一人座れるだろうスペースを確保して荷物を積み終わり、タクシーに乗り込んだ。ドアを閉める前に一言二人に声をかける。


「ありがとう、世話になった。俺はまた帰ってくる気でいるけど、いつになるかわからない。だから俺を」


 言ってる途中で後ろからクラクションを鳴らされ、タクシーの運転手は強制的にドアを閉めて車を発進させた。俺は後部座席で独り言のように呟くしかなかった。


「俺が早く戻れるように、課長に進言してくれ……稲さん、他の係の人にもそう伝えといて──」

 

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