今日も今日とて生徒会は開店休業中★

神嘗 歪

卒業パーティー待たずして、婚約破棄イベント発生です。

第1話 婚約破棄宣言

ーー…夜会会場。



        バンッ!!


 会場内で一番大きい観音開きドアが勢いよく開いた。その音に、会場にいた者たちは一斉にそちらに顔を向ける。

 皆の視線の先。そこに立っていたのは、リルアース王国の宰相の娘、ロゼ・ルビー・ダンティール公爵令嬢。


 カツン。 カツン。 カツン。 カツン。


 会場の中央に向かって進むロゼ。

 炎の揺らぎように赤くウェーブのかかった長い髪をなびかせ、まだ幼さが残る顔立ちだが、瞳は大人びた冷たい湖のようなサファイア・ブルーだ。

 そして服装は、その場にいる男も女も派手に着飾っているというのに、ロゼだけは白とグリーンを基調としたモーリル学園の制服だった。

 始めは驚きで静まり返っていた会場も、ロゼが足を進めるごとにザワつきだす。


「なぜ、ロゼ様がここに?」


「ミカエル殿下が招待したのかしら?」


「まさかっ。確かにロゼ様は、子供の頃から殿下と婚約なされていると聞いてますけど、でも御二人は…」


「ですわよね。呼ばれるはずは無いですわよねっ」


「それにあの格好。夜会に制服でなんて、場違いも甚だしくありませんっ」


 高価なドレスとジュエリーで身を固めた女性たちが、怪訝そうな表情でロゼに聞こえるように囁く。

 よく見れば女性たちは化粧で大人っぽく見せているが、14才になったばかりのロゼとさほど変わらない歳だ。

 それもそのはず、この夜会に参加しているほとんどが今ロゼが通うモーリル学園の生徒たち。顔ぶれを見ると、有力貴族や裕福な商人の出の子ばかり。

 ロゼはその二人の横を通りすぎるさいに、絶対零度の瞳で一瞥した。


「「ッ」」


 あまりの目力に、ビクッと身を縮める二人。

 先ほど「場違い」と言っていたが、その言葉そっくりノシを付けて返してやりたいと思うロゼ。

 どう考えても参加人数と合わない、過度な量の豪華料理。後付けで設置された、華やかに場を照らす大きなシャンデリア。会場のそこかしこには大量の紫のバラが生けてあり、会場は噎せ返るほどのバラの香りに包まれていた。

 その強い香りに、ロゼは眉間にシワを寄せた。が、寄せた理由は他にもある。

 いくら貴族が参加する夜会とはいえ、学生の集まりにこれは度を越えている。たった一夜にいくら浪費するつもりか。国内にあるスラムでは、今日の食事も取れない民がいるというのに…。


    カツン。


 ロゼはある人物の前で足を止めた。


「学園の施設を、許可無く私用することは禁じられいるはずですが、お忘れですか?ミカエル様」


 取り巻きを数人従えた金髪の青年が、ロゼの言葉に苛立ったのか、ガーネット・レッドの瞳でジロリと睨み返す。


「チッ!ロゼ、貴様かッ」


 この舌打ちした青年、なんとも粗暴だがこれでもこの国の第一王子だ。名をミカエル・ラー・リルアースといい、黙っていわば王族らしい品のある容姿をしている。

 たが、口を開けば…。

 

「これは、生徒会長である私の主催の会だッ。学園生徒の親睦を深める場を、学園の施設を使って何が悪いッ」


 地位の高い者特有の威圧的な態度。今年になり、先代から生徒会長職を引き継いでからというもの、見ての通り職権乱用この上ない。

 だがロゼはというと、その態度に萎縮するどころか軽く見回しあからさまな溜め息をついた。


「生徒の親睦といいますが、あまりに偏った参加者メンバーではないですか。このモーリル学園は一般の国民の方も在籍しています。その方たちが一人も参加していない会とは、どういうことでしょう?」


「フンッ。仕方ないじゃないか、ヤツらは夜会に出られるほどの服を持っていないだろう」


「でしたら誰もが平等に参加できるよう、主催側がもっと配慮した内容にするべきでは?」


「配慮?ははっ!」


ミカエルは口元を歪め笑った。


「何故、王族の私が愚民どもに気を使わなければならないッ?アイツらなど学問を学まずとも我らの指示のもと、何も考えず国のため(我がのため)に身を粉にして働けばのだッ」


 聞いていたロゼの眉間が、更に深くシワが寄る。


「分かったなら、貴様もすぐにこの場から去るがいいッ!」


 一方的にそう言い放つと、ミカエルは虫でもはらうかのように片手を大きく振った。

 これ以上抗議しても聞く耳を持ってくれなさそうだ。ロゼは小さく溜め息をつくと、出口に向かって身を翻した。

 すると鳶色の髪の取り巻きの一人が、ミカエルに近づいて耳打ちをする。聞いていたミカエルの紅の瞳が微かに揺れた…。

 振り向き、それを横目で見ていたロゼ。


「…そうだった。お前には言わねばならんと思っていたことがあったんだ。丁度良い、この場にいる者たちにも聞いてもらおう」


「何をです?」


「リリアナ、こちらに来い」


 呼ばれてミカエルの後ろから現れたのは、淡黄色のドレス姿に、セミロングでピンクブロンドの髪色をした可愛いらしい少女。

 男爵家の令嬢で、名はリリアナ・クロフォール。目はこぼれそうなほど大きく、瞳は星のような煌めきを放つエメラルド・グリーン。顔・体型ともに線が細く、うつむき加減のそのしぐさは、男性の庇護欲をくすぐられる。

 そしてロゼとは同学年であり、今年、同じ生徒会の書記に任命された女性だ。

 だが同じ書記でも、生徒会長のミカエルは二人に対し、まったく違う接し方をしていた。

 かたやリリアナは、学年が違えど授業以外は片時も離れず自分の側に置き、周囲からは「恋人ではないか?」と囁かれるほど。かたやロゼは、ことあるごとにミカエルと言い争うことが多く、婚約者でありながら煙たがられていた。

 ミカエルは、隣に並び立ったリリアナの腰に手を回して引き寄せる。


「皆のも、聞いてくれ!私、皇太子ミカエル・ラー・リルアースは、現時点を持ってロゼ・ルビー・ダンティールとの婚約を破棄し、新たにリリアナ・クロフォールとの婚約を宣言する!」


 片手を掲げ、大袈裟な素振りで言い放つミカエル。

 突然の婚約破棄など前代未聞の行為だ。いくら王子だからとはいえ、個人が勝手に決めていい話ではない。けれども周りは拍手喝采でそれに賛同し、リリアナは沈黙をもって同意した。

 呆気に取られていたロゼだが、問わずにはいられない。


「……………本気ですか?」


「当たり前だッ」


「理由をお聞かせください」


「言わねば分からぬかッ!女のくせに何でもかんでも口出ししおって、可愛げの欠片も無いッ。お前の顔を見るだけで癇に障るッ!」


「まさか、そんな子供じみた理由で…?」


「ハッ!なんとでも言うがいいッ。だが、これは決定事項だ、覆すことはないッ!」


 ミカエルはリリアナの腰から手を放すと、横にあったテーブルの上の酒のグラスを持ち、ロゼに向かって歩き出す。

 周りは機械仕掛けの人形のように、いつまでも拍手を止めない。


(ああ、なんて出来の悪い劇なんだろう。このシナリオを書いた脚本家がいるならば、よっぽど才能が無いようね)


 そんなことを思っている間に、ミカエルが目の前に立っていた。


「ロゼよ、念願の王妃になれなくって残念だったな」


 ミカエルはニヤリと笑うと、持っていた酒のグラスをロゼの頭の上でゆっくり傾ける。

 中の赤い液体が頭皮を伝い、顔を流れて制服を赤く染めていく。ロゼはそれをうつむいたまま受けた。


「ミッ、ミカエル様ッ。それはいくらなんでもやり過ぎでは…ッ」


 後ろで今まで押し黙っていたリリアナが、青ざめた表情で言う。

 ロゼの全身から薔薇の香りが沸き立つ。

 頭から浴びたお酒には、薔薇の香料が入っているらしい。事前情報では、今、会場に生けてある紫の薔薇と同じモノから抽出しているとか。

 アルコールを含んでいるせいか、あまりに強い香りに頭がクラクラし始めた。顔を伝っていたお酒が、口に入ったとたん…。


「…ッ?!」

      ガクッ。


 直立していたロゼの足が、崩れるように床に膝をついた。


(…なッ?!……意識がッ!)


 混濁していく。まるで泥の沼に沈んで行くような感覚。

 ………数秒後、ロゼは完全に動かなくなった…………直後。




        パチンッ!




 指を鳴らす音が、会場全体に響く。

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