019 擬態皮膚と消えない印

 色褪せることもなく、くっきりと浮かび上がる紋章。それを見て舌打ちしたセーラは俺の腰の短剣を指さす。


「……アイオス殿下、それ、貸してもらえますか?」

「拒否する」

「は? なんでですか、そんなに大事な物なんですか?」

「いや、何となくだが、嫌な予感がするだけだ」


 拒む俺を彼女は半目で睨み、ため息をつく。


「……なら仕方ないですね」


 呟きながら指先をまっすぐ伸ばすと、その先が輝き出す。彼女は光を帯びた手刀を迷いなく額に当て、振り抜く。


「バカ! 何をしてるんだ!」


 額から大量の血を流すセーラ。慌てて治療しようと詰め寄る。


 だが、彼女は手で制して、右手の指先に摘んだ自分の皮膚片を見つめる。そこには紋章が刻まれていた。


 セーラは頷くと、それを魔法で燃やし、治癒魔法を発動する。


慈愛聖光ヒール


 右手から癒しの光が溢れ出す。それはセーラの額を優しく包み込むと、瞬く間に傷口は塞がっていった。


 治療を終えたセーラは、俺の剣で額を確認し、血まみれの顔に眉をひそめる。すぐに清浄魔法で全身を綺麗にする。


 そしてもう一度、額を確認すると、そこには紋章がはっきりと残っていた。やはり特別な力で刻まれたものだと察し、地面に倒れている大神官を睨む。


「本当に厄介なことをしてくれましたね、ジーク君は……」

「おい、どうするんだ? このまま軍に戻ったら、お前が魔女だってばれるぞ」

「……そうですね。まあ、隠すだけなら、どうとでもなりますけど」



 安心しろと答えたセーラは、魔法を発動し、半透明の布のようなものを作り出して額に貼りつけた。


 直後、紋章は完全に消えて、いつもの透き通るような白い肌に戻った。


「……どうですか? 額の紋章は消えましたか?」

「ああ、何も見えないな。……一体、どういうことだ? っていうか、最初からそれ使えよ」


 愚痴る俺に、セーラはつまらなそうな顔で返す。


「……消したんじゃなくて、隠したんですよ。魔法で皮膚の擬態を作って」


 そう言いながら額に手を当てると、皮膚は剥がれ、紋章が姿を現す。


 それを見た俺は目を見開く。だが、すぐに表情を戻すと、「なら問題ないな」と呟いた。


 そして、軍への合流を告げ、セーラの手を取って、その場を後にした。

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