016 撤退の角笛、黒衣の笑み

 最強のアンデッドであるドラキュラは、多くの眷属を率いて世界連合軍に特攻を仕掛けた。


 その軍勢は騎士たちを蹂躙し、仲間に変えていく。やがて形勢は逆転し、連合軍は危機に陥った。


 セーラの魔法で聖属性を付与された騎士たちでさえ、ドラキュラと近衛兵であるデスナイトたちに抗えず、次々と倒された。


 ――無惨に地面に転がる兵士たち。すぐに眷属として蘇り、かつての仲間に牙を剥き襲いかかる。


 せっかく減少した魔族の戦力が、再び膨れ上がっていく。その光景を見て、多くの者が命令を無視して逃走を始めた。


 アイオスのいる本陣でも多くの兵が姿を消し、戦場は一変した。


 死者が溢れる戦場。ドラキュラはアイオスを見つけて醜悪に笑うと、眷属となった騎士たちに討伐を命じた。


 ――アンデッドと化しているとはいえ、かつての仲間。


 刃を向けることに躊躇する騎士たち。その姿を見て、アイオスはため息をつき、撤退を指示した。


 一人の伝令が走り去り、やがて角笛が三度響き渡った。


 伝令の背を見送り、彼は殿を務めると宣言し、セーラへ向き直り、頭を下げた。


「すまん、セーラ。兵たちを逃がすため、ここで一緒に足止めを手伝ってくれないか?」


 彼女は無言でうなずき、聖魔法を発動した。


荘厳なる聖城セイクリッドキャッスル


 彼女がアンデッドたちの侵攻を拒むように両手をかざす。その瞬間、巨大な光の城壁が出現し、行く手を阻んだ。


 知能のない不死者の大群は止まらなかった。光の壁に触れると、一瞬で炎に包まれて浄化――土へと還っていった。


 だが、それでもドラキュラの近衛兵団――デスナイトたちの侵攻を止めることはできなかった。


 不死の近衛兵が壁に体当たりするたびにヒビが入る。甲冑が軋み、焦げた鉄の匂いが立つ。


 ――その光景に、いずれ突破されると誰もが悟る。


 その瞬間、アイオスが土魔法を展開し、背後に強固な岩壁を出現させた。





 聖魔法でもドラキュラが率いる不死の軍勢を止めることはできない。もはやセーラに魔女・・へ変身してもらうしかない。


 そう判断した俺は、騎士たちから彼女を隠すため、土魔法を発動する。


金剛の豪壁ダイヤモンドウォール


 デスナイトの体当たりを受け、光壁に亀裂が入っていく中、巨大な岩壁が現れ、俺とセーラを覆った。


「セーラ、騎士たちから見えないようにした。……悪いが、魔女の力でアイツらを倒してくれ」


 頭を下げると、彼女は深いため息をつき、半目で睨み、小さく呟く。


「魔女じゃなく、魔法少女なんですが……。まあ、それはいいとして。今回も『プリ○ュア』でいきますか」


 意味不明な言葉が届く。顔を上げると、彼女の周囲に膨大な魔力が渦巻き、全身を隠す。それはやがて形を持ち、漆黒の衣へと変わった。


 ――風が一瞬だけ逆巻いた。


 風が頬を撫でる中、じっと見つめる。セーラは聖女の服とは違い、やや露出の多い漆黒の衣装をまとっていた。


 視線が重なる。彼女は普段の無表情からは想像がつかないほど明るく笑う。一瞬、その笑顔に目を奪われた。


 次の瞬間、彼女はデスナイトの軍勢に猛然と突っ込んでいった。

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