解任社長、怪異を解体す

File No.1-00 社長 帆置知彦――栄光から解任まで

第1話 〈十二祠さま〉怪異配信

――その怪異は、まだ知らなかった。

  “すべてを爆砕する社長”が迫っていることを。


 物語は、ひとつの配信から始まる。


――――――――――――

[配信開始]

――――――――――――

LIVE「怪異民族学系配信者 てい君のフィールドワーク配信 #十二祠さま」


【カメラの映像】

 トンネルの前。二十代前半の配信者が映る。


「こんにちは。怪異民俗学を学ぶ配信者のていです。今回は視聴者様からのご相談を受けて、中部地方の山中にある心霊スポット〈十二祠じゅうにしさま〉に向かっています。この場所は、十三体の名も知れぬ怪異を祀る〈十三祠じゅうさんし〉のひとつ。立ち入ると“見てはならないもの”を見せられる、と伝えられています」


【チャット欄】

・こんにちは

・十三なのか十四なのか混乱する

・そこはやめとけ

・○されるぞ


◇◇◇


【カメラの映像】

 カメラが暗いトンネルを映す。奥には小さく光が見える。


「〈十二祠さま〉はこのトンネルの向こうにあるそうです。地図には載っておらず、事前調査でも確認されていなかったはずなのに、トンネルの開通と同時に突然発見されたのだと言います。では早速、向かってみましょう」


【チャット欄】

・昼間なのにこわい

・山奥のトンネルってだけでもう

・なんか画面がちらついてないか?

・はやく


◇◇◇


【カメラの映像】

  てい君はライブカメラを胸に付け替え、トンネルに足を踏み入れる。


「今回の相談者様は群馬県にお住まいの女性の方で、一年前、妹さんが行方不明になっているそうです。お友達四人でキャンプに行ったのですが、全員戻って来なかった。ですが最近、その妹さんから電話があって、『皆で〈十二祠さま〉のところにいる。いいところだから一度来て欲しい』と、言ったのだそうです」


【チャット欄】

・アカン電話やん

・一年はちょっとなぁ……

・電波大丈夫?

・そんな怪しい電話に引っかかるかよ普通、と、思ってても引っ張られてしまうのが怪異のこわいところ


◇◇◇


【カメラの映像】

 トンネル内を進むてい君。古びているが落書きなどはない。


「相談者様も普通の電話ではないと感じたそうですが、妹さんの声に間違いなく、〈十二祠さま〉に行かなければという異常な衝動に駆られている、とのことでご相談をいただいて、まずは私が調査にやって来ることになりました」


【チャット欄】

・〈十二祠さま〉ってどういういわれがあるの?

・気持ち悪くなってきた


◇◇◇


【カメラの映像】

 前方の光が近づいてくる。


「〈十二祠さま〉そのものについてのいわれは、よくわかりませんでした。わかっているのは最初にお話しした〈十三祠〉のひとつということ、〈十三祠〉にはすべて、見てはいけない、知ってはいけない、何らかの怪異が祀られているということ。また、このトンネルの先に作られるはずだった道路の建設が〈十二祠さま〉の発見後間もなく中止になった、ということだけです」


【チャット欄】

・絶対人死んでるやつじゃん

・もうこれは祠を壊すしかないな

・祠おじさんが来るぞ

・笑い事じゃ済まんからな

・いそいで


◇◇◇


【カメラの映像】

 トンネルを抜ける。

 昼間だが日暮れ時のように薄暗い。前方には金網のフェンスがそそり立ち、「危険! 爆破解体予定 立ち入り禁止 櫻衛建設」と書かれた看板が設置してある。


「……え?」


【チャット欄】

・爆破解体予定www

・なんだよそれ

・流れ変わりすぎwww

・これには祠おじさんもどんびきである

・こりゃ帰ったほうがいい

・櫻衛はまずい

・全国各地、世界各地の祠や事故物件、因習村を解体しつづけて四百年の老舗企業である


◇◇◇


【カメラの映像】

 フェンスを見上げる映像。


「確かに、解体が決まってるなら引き上げたほうがいいかも知れませんね。相談者様の妹さんに関わるものがあるなら櫻衛に問い合わせたほうが早そうですし」


【チャット欄】

・これで終わりかよ

・ヘタレすぎんか

・それでいいよ

・櫻衛エンドはしゃあない

・解散

・おねえちゃん

・って、てい君うしろ!

・誰か来てる!


◇◇◇


【カメラの映像】

「えっ、なに?」


 てい君が後ろを振り向くと、二十代と思われる女性が駆けてくる。足はもつれているが、狂気めいた表情と勢い。


「XX子ぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」

「え、XXXさん!? す、すみません、映像止めます。って、あれ、とまらない!? なんで! すみません! ちょっとカメラを置かせていただきます」


 カメラを地面に置いたてい君が離れて行く。

 フェンスが激しく叩かれる音。


「XXXさん! ダメですよ! ここは立ち入り禁止だそうです!」

「XX子! XX子! XX子! XX子っ!」


【チャット欄】

・なんやこれ

・例の相談者の女性が突撃してきた?

・XX子っていうのが行方不明になった妹さんの名前かな

・てい君に頼んだのに?

・また電話があったのかも知れない

・SAN値なくなっとるやんけ……。

・ありがとう、だいすき


◇◇◇


【カメラの映像】

「落ち着いて下さい! 一体どうしたんですか!」


【チャット欄】

・仕込みくせぇ

・仕込みならいいんだよ

・行方不明になった妹さんもおかしくなったお姉さんもいなかった

・ハッピーエンドよ

・てい君の身の安全の心配もないしな

・これ何の音?

・フェンスを乗り越える音っぽいな


◇◇◇


【カメラの映像】

  カメラに足音が近づいて来て、再びフェンスの方向を映し出す。


「ご心配をおかけしました。ていです。先ほどの女性ですが、相談者様でした。また妹さんからの電話があったということでここにやってきたようです。かなり精神状態が不安定なようで、フェンスを乗り越えて〈十二祠さま〉に向かって行ってしまいました。なにかあるといけませんので、追いかけて連れ戻して来ます」


【チャット欄】

・まて

・状況はわかったが結論がおかしい

・おまえはなにをいっているんだ

・やめなさい

・そこは警察だろ常識的に考えて!

・怪異配信者によくある甘い判断

・わざとらしい

・やっぱりやらせだわこれ

・しょうもな


◇◇◇


【カメラの映像】

 てい君はカメラを胸にマウントし直し、フェンスを乗り越えていく。


【チャット欄】

・不法侵入ェ……

・炎上不可避だぞ

・てい君はやっていいラインはわかってると思ってたのに失望しました

・チャンネル登録解除しました

・いいぞもっとやれ

・もしかして、てい君も何かに引き寄せられてるんじゃ……?

・誰か警察に通報して


◇◇◇


【カメラの映像】

「XXXさん! XXXさん! どこですか! 戻ってください!」


 前方に木造の祠が現れる。

 扉が開け放たれている。


【チャット欄】


・これが〈十二祠さま〉?

・開いてるやないかい

・真っ暗?

・放送事故じゃん! すぐ止めろ!

・なにこれミイラ? 即身仏ってやつ?

・おい、何人死んでるんだよ!

・赤ちゃんボイスASMRこわすぎる

・そんなもの聞こえる?

・サイレンの音なら聞こえるけど

・人形?

・くねくね?

・なんかおかしくないか

・一体何を言ってるんだおまえら

・見えてるものが全員ちがう?

・バスケットボールくらいの目玉っぽいのが見えるけど

・誰かが笑ってるように聞こえる

・てい君大丈夫?

・すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ

・配信中止!

・ストップで!

・やめよう、ぜったいまずい

・つづけて


◇◇◇


【カメラの映像】

「ごめんなさい」


【チャット欄】

・いいよ、中止しな

・絶対やばいってここ

・これはてい君のアカウントもやばいかもしれん

・ちゃんとオチつけて、仕事でしょ


◇◇◇


【カメラの映像】

「ご視聴ありがとうございます。よかったらこの動画をご家族やおともだちにシェアして下さい」


【チャット欄】

・中止ってことだよね?

・それでいい

・シェアさせんなよこんな動画

・いいのかいオレは激ヤバ映像でもホイホイ拡散しちまうんだぜ

・動画ごと削除しないとヤバイ、頭痛い

・涙が出たと思ったら目から血が出てた…


◇◇◇


【カメラの映像】

「ごめんなさい、ご視聴ありがとうございます。すぐ消して、よかったらこの動画をご家族やおともだちに、罠だったんだ、シェアして下さい。乗っ取られて」


 カメラが取り外され、てい君の姿を映す。

 眼球が真っ赤に染まって裏返り、鼻、耳からも血を流し、口から泡を吹いている。


【チャット欄】

・てい君!?

・ぎゃああああああっ!

・グロくなってるっ!

・まずいまずいまずい!

・ブラウザ閉じろ!

・ブラバできない!

・勝手にペケッターにリンクが投稿された!

・端末がおかしくなってる!

・#十二祠さまがトレンド駆け上がってる

・罠ってこういうことか

・最初からてい君みたいな配信者を狙ってた?

・同接一万!? どんどん増えてる!

・こわいこわいこわい見られてる知られてる!


◇◇◇


【カメラの映像】

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ゆるしてくださいごめんなさい、だれか助けて動画をシェアしてくださいトレンド一位ありがとうございます」


 カメラが再び〈十二祠さま〉を写し、画面外からてい君の声が繰り返し響く。レンズに赤い液体が流れ落ち、画面が赤く染まる。


【チャット欄】

・同時接続五十万おめでとうございます

・やめてくれ

・シャットダウンできない

・もうだめだ

・電源ボタン長押ししてもダメ

・バッテリー外せ!

・霊災警報が鳴りまくってるけどどうしようもない

・チャンネル登録者数十万人おめでとう

・内臓が裏返りそう

・チャンネル登録者数三十万人おめでとう

・同時接続者数百万人おめでとう

・部屋中に生首が浮いてるんだけど、どうすればいいの……。

・特別霊災警報来た……

・オワタ……

・もう遅い

・歌が聞こえる

・オーケストラ?

・オペラ?

・おーえい、おーえい……?

・社歌だ、これ

・来たようだな。絶級のバカが

・あー、あの社長来ちゃったの?

・たぶん死ぬね、この怪異


――――――――――――

[一時停止]

――――――――――――




<あとがき>

爆破解体×怪異解決の物語です。

1、2話は実況配信風、3、4話は掲示板風、5話以降より通常の三人称形式になります。

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