第5話

 朝、腰の痛みと体力を使い果たした様な倦怠感が体を襲う。


 かなり、激しかったな。なんて思う。


「おはよう。火花」

 そういう愛菜は何処か愛し気な声色で、なんかその声がしっとりしていて、思わず頬が赤くなる。

 どうやら私より先に起きていたらしい。


「おは、よう。愛菜」

 何だろう、何故かとても気恥ずかしい。


「スープ作っといたよ。パンにバターは塗る?」

 何だろう。新妻感がある。そうか、私達、付き合ってるんだよね。今。

 昨日の今日で変わった環境に、寝ぼけた頭は置いてけぼりにされそうで、必死になって頭を働かせる。


「火花、どうかした?」

「いや、なんか、良いなぁって思って」

 そういうと火花は頬を緩める。

「なんか新婚生活みたいだね、火花」

「う、うん。ちょっと恥ずかしいけど」


 思わず顔がほてるのを感じる。

「そうだ、バターだったよね。塗らないでそのままトーストするかな」

「おっけ〜、ついでにやっちゃうね」

「いいよ、自分でやるから」


 そう言い、私はベッドから立ちあがろうとして。

「痛っ、」

 足が、痛い。

「やっぱ、筋肉痛になるよね。私も」

 それで、昨日に思いを馳せる。


 そう言えば私達全力疾走してたな。

 あんなに走ったのは久しぶりだった。

 それに、家に帰ってから……

 昨日のソレを思い出して、またもや頬が熱くなる。


「愛菜、その、次はもうちょっと優しくお願い」

 そういうと、愛菜は一瞬何のことか考えこんで、少ししてから頬が赤くなる。

「あっ、そのっ、ご、ごめん。我慢出来なくて、次は優しくする。します」

 今まで見せてくれなかったその表情を見せてくれた事に、なんだか満悦感が湧く。


「良いよ、可愛い愛菜も見れたし」

「うっ、必死になってただけだし、多分可愛くなかったから」

「ううん、可愛かったよ」

「もうっ」

 まるで甘い物でも食べた様な満足感が体を包み込む。

 それで、本当に好きなんだと実感する。


「にしても、休みで良かったねぇ……」

「ほんっとうにね……」

「火花は特にそうだよね、ごめんね」

「良いんだよ、気持ちよかったし。愛されてるんだって分かってその、興奮したし」


 そういうと、愛菜はまた顔を赤くする。

 意外とすぐに表情に出るんだな……

 可愛い。


 多分愛菜も私を見て似た事思ってるんだろうなぁ。


「そんなことより朝飯食べよっか」

「あっ、そうだね」

 私は痛む体を何とか動かして、オーブンにパンを突っ込む。

「愛菜はどうする?」

「あっ、私のもそのまま焼いて」

「おっけー、じゃあ焼いちゃうね〜」


 パンを焼いている間に、自分で食べる分のスープを盛り付ける。

 具材はじゃがいもニンジン玉ねぎに厚切りベーコン。

 シンプルだけど美味しそうだった。


 ふと、ちらちらと愛菜の視線を感じる。

「愛菜、どうかした?」

「あっ、えっと、その、ご、ごめん」

「急に何さ」

「えっと、その、く、首元」


 首元?

 そう思い、記憶を辿る。

 そこで、昨日愛菜に強くキスされた事を思い出す。

 もしかして、そう思った私は直ぐに鏡で確認する。


 私の首元に、いくつかのキスマークがついていた。

 やっぱり。

「あ〜い〜な〜?」

 少しだけ、悪い事をした子供を叱るみたいに愛菜の名前を呼ぶ

「ひっ、ご、ごめん、その、ごめんなさい」

 それを聞いた愛菜は、本当に申し訳なさそうな顔をしていて、少し可愛いなって思ってしまった。

 意外と私もSっ気があるのかも知れない。

 今度試してみるか。



「まぁ、別に良いけどさ。キスマークつけられるの、そんな嫌じゃないみたいだし」

 意外な事に、これも悪くなかった。

 それを聞いた愛菜は、飼い主に叱られた小動物みたいな顔から、ほっとした飼い猫みたいな顔に変わっていた。

 本当に可愛い。幸せだ。


 でも、それはそれ、これはこれだ。

「ただし、仕事ある時は辞めてよね。もしやったらただじゃ置かないから」


 そういうと愛菜はまたしゅんとした顔になった。可愛い。



「今日どうする?」

 焼き上がったパンを口に運びながらそんな事を聞く。

「う〜ん、どうしよっか」

 そういう愛菜は、私の首元をちらちらと見ていた。

「あそっか、キスマークあるんじゃ外でづらいなぁ」

「本当にごめんねぇ」

「だから良いって。そうだなぁ、今日は部屋でゆっくりする?」

「うん、そうだね。あ、そうだ、楽しみにしてたゲーム、今日発売だったよね」

「あ〜、そっか。一緒にやる?」

「うん!」

「じゃあ今日はゲーム三昧だ、それなら昼飯は配達でいっか」

「だね、配達は私が出るね。キスマーク付けちゃったし」

「分かった、そうと決まればさっさと買ってダウンロードするかぁ」

「だね」


 私達の日常は、少し姿形を変えたけど、結果的により幸せを内包して、帰ってきた。


 今は、この幸せを大事にしたいと


 そう、思う。

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腐れ縁、花となる。 煙芸春巡 @PndaCotta7

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