第3話

 愛菜が泊まりに来てから数日が経った。

 それで日常が大きく変わるのかといえば、別にそういうわけじゃ無いんだけど、とにかく、部屋にぽっかりと開いた空間が、命を吹き込まれたみたいに活動を始めた。


「愛菜が居ると何だか隙間が埋まった感じするんだよねぇ」

「何それ、もしかして私邪魔?」

「逆、愛菜がいないとパズルのピースが欠けてるみたいに物足りないっていうか、そこにある物が無い、みたいな感じがしてさ」


 私がそういうと、愛菜はまるで考え込むみたいに黙り込んだ。

 例えが悪かったのかな

「一応、褒め言葉なんだけどな」

「あっ、ごめん。ちょっとぼうっとしちゃって」

「ううん、大丈夫。まぁとにかく愛菜が居ないとしっくり来ないなぁってね」

「うん、私もかも」

 そういう愛菜は、やっぱり考え込む様な顔をしていた。


 愛菜は彼氏と別れてからまだ数日な訳で、それを引っ張ってるのかな。

 なんて思ったりもする。


 普段愛菜が失恋を引きずる事は正直少ない。

 案外ドライなのか、考えない様にしてるのか分からないけど、普段の愛菜は別れた次の日にはケロッとしている事が多い。

 勿論昔は引きずることもあったけど最近はめっきりなかった筈だ。


 そんな愛菜が今その恋愛を引きずっている。

 それだけいい相手だったのかな。


 うーん、何もしないのも気が引けるな。


「愛菜、今日飲みに行かない?」

「急にどうしたの?」

「いやさ、たまには良いかなぁって。気分転換にもなるし」

「うーん、確かにそうか。分かった。どっか良い店あるかな」

「一つ近くにいい居酒屋見つけたんだ、そこでいいかな?」

「うん、任せるよ」

「じゃあ予約しとくね」



 予約した時間、居酒屋にたどり着くと、時間帯がまだ早いのもあってか、席は殆ど空いていた。

 注文を見て、飲み放題にするかどうか悩んだ私達は、3杯以上飲むだろうしこっちの方がお得か。と言った具合に飲み放題と、軽いおつまみ、それとポテトを頼んだ。それも、振るタイプのポテトだ。


「それじゃあ、乾杯〜!」

「かんぱーい!」

 そういうと、2人して届いたビールを呷る様に飲む。

 2人共一口で半分近く飲み干していた。


「いやぁ、このくらい早くから飲むビールも良いねぇ!」

 外はまだ明るい。いくら夏は日が長い言っても、やはり今の時間帯はまだ早いし、実際まだ客が少ない事がそれを物語っていた。


「うん、たまにはこういうのも良いね〜」

 そう言いながら愛菜はビールと一緒に届いた冷奴をつまむ。

「それで、今回の彼氏はどうだったの?」

 私は、いつも通りにずけずけとそのことを聞く。


「うーん、良い人だったよ。結局別れたわけだけど」

 愛菜はいつも別れた時は愚痴を言いう癖に、いざ元彼元カノの事を聞くと、まず褒めるところから始める。


 これは多分癖なんだと思うけど、相手の良かったところを探す傾向があるらしい。

 その癖どこかドライというか、客観的にみる傾向があって、普段引きずらないから、私も愛菜相手にはずかずかと踏み込むスタイルが定番になってしまった。


「今思うと本当に良い人だったなぁ、料理は美味いしいつも淹れてくれるコーヒーがすごい良かったんだよ〜、火花にも飲ませてあげたかったなぁ」

 そう言う愛菜はいつも通りの様子で、つい私も軽口を叩く。

「で、振られちゃったわけだ」

「もう、いじわる」

 そう言って愛菜は残っていたビールを勢いよく飲み干す。


「よっ、日本一の飲みっぷり!」

「次何飲もうかな」

 そうしている姿からは、さっき迄の悩んだ様子はなくて、普段通りの元気を取り戻していた。


「火花は何飲む?」

「うーん、私はワインにしようかな」

「赤? 白?」

「赤」

「じゃあハイボールと赤ワインね」

 そう確認すると、愛菜はちゃっちゃと注文を済ませる。


 ポテトと飲み物が届いて、雑談Part2が始まった。


「ポテトどっちが振る?」

「愛菜が振っていいよ」

 紙袋に入ったポテトにコンソメパウダーを入れて振る奴。

 私達はこのメニューが好きで、居酒屋を選ぶ時はこれがあるか無いかも判断基準に入れてる。


「この粉って普通に売ってないのかな」

「コンソメパウダー?」

「そう」

「売ってそうな気はするけど」

「売ってたら家でも出来そうだよねこれ」

「まぁ出来るだろうね。今度探してみるか」

「やった、そうとなれば紙袋も用意しなきゃだ」

「愛菜これ振るの大好きだよね」

「だって楽しいじゃん」

「それはそう」


 そういうと、私達はポテトと一緒に酒を飲み干す。


 雑談Part3

「ここの串カツ美味しいねぇ」

「というか、揚げ物全般美味いよ、この店」

「油が違うのかなぁ」

「温度とかじゃないかな」

「あー、そう言うのもあるのかぁ」


 そういって、私達はまたお酒を飲み干す。

「今何杯目だっけ」

「多分3か4杯目かなぁ」

「元はとったね」

「だねぇ、次は何にする?」

「うーん、日本酒は今飲んだし。ビールにするかな」

「じゃあ私も」


 雑談、Part、えっといくつか。

「うなぎの釜飯頼んでいい?」

「そんなのもあるんだ」

「うん、しかも美味しいよ」

「よし、頼もう頼もう!」


 何杯も飲んで、すでに酔っている私たちの前に固形燃料とタイマーの置かれた小さな釜が届けられる。

「わっ、この状態で来るんだ」

「そう、だから出来立てほやほやで食べれるんだよね」

「楽しみ〜」

「完成したらこのだし汁かけても美味しいんだよねぇ」

 そう言って私は釜飯と一緒に注文していたポットを指さす。



 その後釜飯を食べ終えた私達に、飲み放題終了の時間が近づいていた。

「あっ、飲み放題もう直ぐ終わる」

「本当だぁ、取り敢えず頼んじゃうね」

「この後どうする?」

「うーん、別の店で飲み直さない?」

「いいね、そうしようか」

「いえ〜い」


 結局私達は、べろんべろんに酔った状態で、3軒ぐらいハシゴした。


 部屋に帰る途中、酔っ払った私達は、夜の街の電灯の美しさと、夜風の涼しさ、と言っても暑いは暑いけど。に酔いしれながら歩いていた。

 多分、酔いがそれらを余計に美しく飾り立てていたんだと思う。


 だから、愛名といる時間も、その気持ちも、自然と美しく感じた。

「愛菜とこうやって遊べて幸せだなぁ」

 本心からそう述べた。

 でも、そういうと愛菜は何だか気が落ち込んだ様子で、思わずそれを聞いてしまった。


「なんか悩んでるでしょ」

 それを聞いた愛菜は驚いた様子で、何を言うべきか悩んだ様に見えた。

「長い事一緒にいるからね、悩みがあることくらい分かるよ。もしいいなら教えて」


 それを聞いた愛菜は、更に悩み始めて、次第に涙を流し始めた。

「私、わたしね、好きなの」

「うん」

「私、火花のことが、好きなの」

「うん、私も愛菜の事好きだよ?」

 勿論、これ以上の友達なんて居ないから。

 でも、愛菜はそれを首を振って否定する。


「ちがうの、ちがうの、私、」

 切羽詰まった様子で、愛菜はその本心を吐露した。

「私、火花のことが、恋人として好き。恋愛対象として、好きなの」


 消え入りそうなその言葉は、確かに私にしっかりと届いていた。


 私は、その言葉にすぐさま言葉を返すことができなくて、思わず、思わず黙り込んでしまった。

 愛菜が、私を、好き。

 それも、恋愛対象としての、好き。


 予想だにしていなかったその言葉は、脳に焼き付いて、脳を溶かして、思考そのものを止めてしまう様だった。


「ごめんね、こんな事言って。忘れて」

 私が硬直している間、愛菜は苦しそうで、やがてその言葉を残して消えてしまった。

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