第8話 冷めてるわたしは雪女に恋をする(前編)

はっきり言って、うちのクラス、マジでまとまりが悪いのに。

高校の文化祭で、演劇をやることになった。

担任の教師が、勝手に決めてしまったのだ。

「クラスの出し物は、演劇にする」

「えーっ」

「なんで、先生の独断で決めるわけ?」

「いくら担任だからって、それはないでしょ」

文句ブーブーのみんなに向かって、

「届け出期限は、とっくに過ぎてるんだ。自分たちで決められないくせに、文句を言うな。嫌だというなら、代替案を出せ」

などと言う。

心底やる気なしのクラスだから、代替案すら出なくて。

そのまま、演劇に決定。

あー、めんどくさ。

できるわけ、ないじゃん。

文化祭の出し物なんて、適当でいいのに。

ま、いっか。

なにをやろうが、いつもみたいに、傍観主義ぼうかんしゅぎを貫くつもりだし。

そう。わたし、二年C組の上田霞実うえだ かすみは、冷めている。

まさに青春謳歌せいしゅんおうかって、熱い雰囲気は、正直言って、苦手。

物事のなりゆきを、教室の一番後ろの席から、黙って眺めるスタンスだ。


「で、なんの劇やんの?」

「恋愛もの? コメディ? 時代劇? シェークスピア?」

「ロミオとジュリエットとか」

「十二夜もいいよね」

などとみんなが、口々に言う。

「悪いが、もう決めてある。『雪女』だ」

「えっ、雪女?」

「地元の昔話にもあるだろ? 民話集をもとに、おまえらのために、脚本を書き上げておいた。文化祭当日まで、ひと月余りしかない。早速、今日の放課後から始めるぞ」


そして、放課後。

「さっさと終わらせて、帰りてー」

なんて声も聞こえてくる、かったるい雰囲気の中で、配役決めの話し合いが始まった。

文化祭実行委員の子たちが、脚本に出てくる登場人物を、黒板に書き出して、みんなに尋ねる。

「配役は、主役の雪女に、木こりの巳之吉みのきち。それから仲間の茂作もさく。巳之吉の母親、子供たち、村人A~C。ナレーター役まで入れて十人だね。えっと、まずは立候補から。この役がやりたいって人、いますか」

だれも手が上がらない。


「演技って、得意じゃないから」

「緊張するし、目立つの嫌だし」

「セリフ覚えるの、苦手だし」

あーだこーだ、がやがやと、あちこちで、消極的な声が上がる。


「オレら男子は、大道具係な。配役は女子に任せた」

「はぁ? じゃ、雪女の相手役は、どうすんの?」

「女子が男装してやればいいじゃんか」

「むちゃ言わないでよ」

はやくも、男子と女子で対立する。

担任と言えば「生徒の自主性を尊重する」とか言って、ほったらかし。

決めた張本人が、まったく呆れる。


配役も決まらず、なにもまとまらず、ただ時間だけが経っていく。

「悪いけど、ちょっと用事があるから」とか言って、途中で帰ってしまう子たちもいる。

このままじゃ、うちのクラスだけ、出し物なしって、さすがにそれはマズイでしょうけど。

なるようになればいい。

わたしには、関係ない。

どのみち、なにをやっても、心がワクワクしないから。


以前のわたしは、こうじゃなかった。

ひたすら部活に打ち込んだ中学時代。

陸上部の女子八百メートルの選手だったわたし。

わき目もふらず、練習に励んだ甲斐かいあって、三年の時に県大会で優勝。

全中での活躍も期待されたのに、もう走れなくなっていた。

気持ちも燃え尽きたし、膝の痛みも限界で、大会を棄権し、引退した。

もともと走るのが好きだったわけじゃない。

体育で走った時のタイムが良くて、陸上部に勧誘されたのがきっかけ。

走れば走るほど、記録が伸びて、楽しかった。

陸上をやめた後のわたしは、抜け殻みたいになってしまって。

なにをやっても、感動しなくなった。

熱かった頃の自分は、もういない。


翌朝のHR、担任の先生が、呆れ顔で言った。

「おいおい、おまえら、まだ配役さえ決まっていないっていうじゃないか」

「だってー。だれも、やりたがらないんだもん」

「しょうがないやつらだ。しかーし、そんなおまえらのために、強力な助っ人が来てくれたぞ。転校生を紹介する」

「へえ、だれなの?」

「さあ、入りたまえ」

突然、ガラッと教室の戸が開いて、颯爽さっそうと入ってきたのは、田舎ではあまり見かけない、小粋こいきな女の子。

「知っての通り、今を時めく若手女優、ユッキーこと、輝夜雪姫かぐや ゆきさんだ」

「初めまして。ユッキーでーす。よろしくねっ!」

「え、まじ? まさか」

輝夜雪姫。

十三歳の若さでデビューし、初主演した映画が大ヒット。

たちまち押しも押されもせぬ売れっ子俳優となり、その後も数々の映画やドラマに出演。

可愛いのはもとより、明るく健康的で、ハキハキしたイメージが、幅広い世代から、支持を集めている。


そんな子が、うちの制服を着て、みんなの前に立っているなんて。

だれもが冗談だと思った。

「なにかのドッキリ番組?」

「そっくりさんとか?」

予想外の出来事に、クラス全員、一瞬目が点になった。

しかし先生が「嘘じゃない。正真正銘、本物のユッキーだぞ」と言った途端、

「わーっ!」

と一斉に歓声が上がった。

「文化祭の演劇の話は聞いてるよ。みんなっ、一緒に成功させようねっ!」

と雪姫が明るく笑って、Vサイン。

聞けば、雪姫は芸能活動から離れて、休養期間に入るのだという。

その間、この町に暮らす親戚の家で厄介になりながら、普通の高校生活を送ることにしたらしい。


再び、放課後の集まり。

「配役が決まらないってことだけど、だれも立候補ないの? 推薦も? 演じるのって楽しいのに」

と雪姫が不思議そうな顔で、みんなに聞く。

「舞台に立つのは緊張するし、セリフ忘れたらどうしようって……」

とだれかが言う。

「心配ないって。だいたい流れが合ってれば。忘れても、アドリブで結構なんとかなるよ」

と雪姫がにっこり笑って答える。

「それはユッキーが、プロの女優だから……」

「うーん、そう言われちゃうとなあ。じゃ、セリフの少ない役から決めたら? 脇役ならやれそうって人いない? たとえば、村人Aとか、初めに雪女に凍らされる、木こりの茂作とか。男子どう?」

「オレら、どうも役は苦手で」

と男子が声を揃えて、渋る。

「ごめん、ユッキー。男子は大道具やるって、わがまま言ってるのよ」

と女子が不満げに言う。

「わがままじゃない。希望だって」

と言い返す男子に、

「はあ? ただ役をやりたくないだけでしょ」

と女子がいら立つ。


「まあまあ、いいじゃない。それなら、いっそのこと、がらっと脚本を書き換えちゃおっか」

と雪姫がなだめつつ、思い切った提案をする。

「書き換えるの? まあ、ユッキーが言うなら」

とだれも異論がない様子。

で、雪姫が中心となって、書き換え作業が始まり、結果、次のようになった。


ある大学のスノボ・サークルが、信州は志賀高原で合宿。皆でゲレンデに出て、滑っていたところ、天候が崩れて、吹雪になったせいで、サークルの女の子二人が、はぐれてしまう。コースを外れて、自力で戻れなくなった二人は、偶然見つけた廃墟のペンションで、一夜を明かすことに。

真夜中。寝ている二人のもとに、雪女が現れて、それぞれの唇にキスをすると、一人は凍死するが、もう一人は凍死せず、命が助かる。

雪女は、「あなたの命は助けます。その代わり、ここであったことは、決して人に話さないように」と言い残して去って行った。

数年後、助かった方の女の子は、街で偶然出会った女性と恋に落ちるが、ある日、雪女に会った体験を、女性に話してしまう。しかし、その女性こそが、当の雪女だったのだ。

雪女は、愛した人間に正体を知られると、もやとなってしまう。

「いつかこんな日がくるのではないかと恐れていたけれど、あなたを愛して、靄となるなら幸せ」と言い残して、消えてしまった。


「登場人物は、みんな女性で、舞台も現代に変更。これで、オッケーかな?」

と雪姫が教室の前に出て、みんなに確認する。

「へえ、これって、百合作品だよね?」

「いいんじゃない。流行りだし。なんか、切なくて、ステキな感じ」

「よっし。じゃ、決まりね」

と雪姫がニッコリする。

「さあ、改めて配役を決めよっか。どの役でもいいから、立候補ある?」

と実行委員が聞くが、相変わらずシーン、と静まって、だれも手が上がらない。

「立候補がないなら、推薦してください」

と実行委員が、困り顔で呼びかける。

「雪女の役は、ユッキーがいいな」

「ユッキーしかないっしょ。色白でキレイだし」

「うん、プロの女優だしね」

「ちょっと、ちょっと、待ってよ、みんな。あたし自身の意見は?」

と雪姫が戸惑う。

「えー? やってくれないのー?」

「ユッキーの雪女、見てみたいなあ」

という声が教室に起こる。

「うーん、あたしは……困っちゃったな。じゃあ、相手の女の子の役を、あたしが決めていいってのなら、やってもいいわ」

と雪姫がいたずらっぽい目をして、クラスを見回す。

「えー、ユッキーが、雪女なら、相手役やりたかったのにぃー」

と女子たちの何人かから、残念そうな声が上がる。

「もう一人の、キスですぐ凍っちゃう女の子の役なら、立候補していいよ」

と雪姫が言うと、

「はい、はい、はいっ!」

と一気に、十数人もの女子の手が上がった。

「ユッキーにキスされたら、胸が爆発して、ほんとに死んじゃうかも」

なんてだれかの声に、どっと笑いが起こる。

希望者が多いから、文句なしのあみだクジで、決めることになった。

「当たりは……え、なんと桂川かつらがわさん!」

「浮いた話のない、おとなしくて、真面目な桂川さんが?」

とクラス中がざわつく。

「私、ユッキーの大ファンで……ユッキーとなら、キス、シていいかなって」

と桂川さんが恥ずかしそうに、モジモジしつつ、つぶやく。

「うわ、意外と大胆な発言」

「死なないでね、桂川さん」

「あははは……」とまたみんなが笑っていると、

「ちょっと、待ってください」

と片手を上げて立ち上がったのは、風紀委員の佐藤さんだ。

「話が盛り上がってて、悪いんですけど、いくら演技とはいえ、健全なる青少年の文化祭で、不純異性行為は厳禁だから。風紀を乱さないようにね」

「異性じゃなくって、同性だし」

「なおさら、ダメじゃん」

「友達同士のキスってことなら、いいんじゃない? たまにシない?」

「え、マジで? だれと?」

いろんな声が湧き起こって、教室内がワイワイガヤガヤ、うるさくなった。

「そもそも、初めに先生が書いた脚本だと、雪女が、ただ『白い煙のような息を吹きかける』だよね? キスなんてどこにも書いてないわ」

と佐藤さんが、最初の脚本を手に、ページを開いて見せる。

「キスに変えたの、あたしなの。観客にウケがいいかなって。ごめんなさい」

とユッキーが佐藤さんに謝った。

「キスのままで、いいんじゃない。盛り上がるし」

「そうそう。フリだけなら、問題ないって」

とクラスのみんなが擁護ようごする。

「まあ、とにかく、校則と社会常識を守って、節度ある文化祭を心掛けましょう」

と釘を刺して、佐藤さんが着席した。

「はい、じゃ、話を戻して。ユッキー、雪女と恋に落ちる相手役、だれにする?」

と実行委員が促す。

「うん、そうね、だれがいいかなー」

と教壇に立つ雪姫が、人差し指を前に突き出して「あの子かな、ううん、やっぱこの子?」と、動かし始めた。

人気女優・輝夜雪姫かぐや ゆきが、相手役に選ぶのは一体だれ?

みんなが、かたずをのんで、見守っていると、突然、雪姫が目を閉じ、胸の前で両手をパンッと合わせて、

「うーん、ごめんっ。もうちょっと、考えさせて」

とお願いのポーズをした。

「なーんだ、ためておいて、それかあ」

「しょうがないなあ」

「ほんと、ごめんね、みんな。帰るまでに決めるから」

と雪姫は申し訳なさそうに、サッと大きく頭を下げた。

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