第7話 人魚のウロコは恋の鍵

クラスメイトで、凛々しい美人の汐見瑠海しおみるみと、どうしても付き合いたくて。

何度もアプローチしたけれど、フラれてばかり。


「いい加減にしてよねっ! あたし、女の子と付き合う趣味なんてないし」


マズ……ついにキレられちゃった。


「ごめん。でも、本当に瑠海のことが、好きだから……」

「とにかく、今後一切、近づかないで」

「そんな……」


あちゃ~もうだめかな。

うーん、だめだよね。


ノンケの子は、ハードル高いって、わかってた……

でも、もろ好みなんだもの、あきらめきれない。

はあ、とため息をつきつつ、駅前の路地を歩いていると、

「もしもし」

と声をかけられた。

通りに店を出している、手相占いのおじさんだった。


「お嬢ちゃんの運勢、千円で占ってあげましょうか」

いつもなら、そんなの無視するけど、足を止めて、手を差し出していた。

「ふむふむ、これは―――失恋の相が出ていますね」

「やっぱり」

たった今、フラれてきたから、当然だ。

「ご安心なさい。このお守りがあれば、大丈夫です」

とカワイイお守り袋を渡された。


「五千円です」

「高っ、そんな、払えないです」

「効果は絶大。ウソは言いません。なにしろ、蒼波あおなみ神社のお守りですから」

「えっ、あの有名な?」

「はい。わたくし、そこの神職をしております」

とおじさんが言う。


蒼波神社は飛鳥時代から続くという、隣町の由緒ある神社。

通称・人魚神社とも呼ばれていて、日本に十三体しかない人魚ミイラのうちの一体がまつられている。

恋愛成就のご利益があるし、霊験あらたかな人魚のウロコを入れたというお守りは、人気があって、たまにテレビで紹介されたりする。


わたしの通う高校でも、ある種のブームになっていて、持っている子も多い。

でも効果はというと、あくまでもお守り。

それ以上でも、以下でもない、とわたしは思う。


「本当に、ご利益あるの?」

と聞いてみた。

「はい。これは正真正銘、本物ですから」

「えっ、じゃあ、ニセモノもあるってこと?」

「さあ、どうでしょうか。少なくとも、これは本物です」


値段も高いし、社務所で売っている安いのとは、どうやら違うらしい。

つまり、本物―――?


「んー、なんか、まだ信じられないです」

「神職のわたくしが言うのだから、間違いありません。信じるかどうかは、お嬢ちゃん次第です。ただし、『信じる者は、必ず救われます』」

「でも、五千円は無理。まけてください」

「占い料込みの五千円で、どうでしょう?」


財布の中に、ちょうど五千円札が一枚あった。

高校生のわたしには、大金だ。財布を持つ手が、少し震える。


「もしダメだったら、返金してくれます?」

「その必要はないと思いますよ」

「『必要がない』って……必ずご利益があるってこと? 」

「もちろんです」


まあ、どうせダメもと。

フラれ続ける恋も、どこかでケジメをつけなきゃ、って思った。


よし、最後の賭けだ、これでだめなら、あきらめよう!


「これ、買います」

「ありがとうございます」


わたしは、おじさんにお金を渡し、お守りを受け取ると、そっとポーチの奥に入れた。


翌日、覚悟をもって、瑠海に思いのたけを伝えたら、なんと効果はてきめん。

「そんなに言うなら、いいよ。付き合っても」

という返事をもらえたのだ。

「ほんとなの? やったあ!」

何度もほっぺをつねったけど、夢じゃなかった。


その日から、瑠海とわたしは、相思相愛。

めっちゃ、良い感じ。

ってか、やばっ!

キスだってしちゃったよ。

天にも昇る気持ちだ。

きっと、お守りの力に違いない。

ありがとう、お守り、

ありがとう、占い師さん。


幸せ絶頂のわたしとは、うらはらに、同じクラスの女子二人が、ぼやき合っていた。

「人魚神社のお守り、効果なかったみたい。フラれちゃった」

「私も。彼氏とうまくいかなくて、別れちゃった。お守り、肌身離さず持ってたのに」


そりゃ、そうよね。

たぶん、あなたたちのは、社務所で売っている普通のお守り。

わたしのこそ、マジな効果を秘めたやつだ。


二人のおしゃべりは続く。

「お守り袋には、人魚のウロコが入ってるって噂だよね」

「うん。神社にまつられている、人魚のミイラから取ったウロコらしいけど」

「ウソだったよ。確かめたくて、巾着きんちゃくの口を開けてみたの」

「え? ウロコ、入ってなかったの?」

「うん、『人魚のウロコ』ってスタンプが押してある護符が入ってた。あなたも開けてみなさいよ」


「―――あっ、ほんとだ」

「でしょ。がっかり。日本に人魚のミイラは数あれど、ほとんどが合成ミイラの人工物。唯一、蒼波神社だけは、本物ってことだったから、ご利益を信じてたのに」

「まあ、しょうがないか。まさか、貴重な人魚のウロコを、安価なお守りに入れるわけないしね」

「だよね。お守りは、しょせんお守りね」

「うん、ご利益に頼らないで、女を磨いた方がいいか」

「だね」


そうそう、あきらめが肝心よ。

わたしは高いお金を払っているから、幸せになれて当然なの。


でも、ふと思った。

わたしの、確かに本物だよね?

もしかして、あのおじさんに、だまされていたり……しないよね?


中身がただの護符で、たまたま瑠海がオッケーしてくれたって可能性もある。

その場合、瑠海との関係は、なにかの拍子に、ダメになるかもしれない。


果たして、このお守り、ちゃんと人魚のウロコが入っているんだろうか?

だんだん確かめたくなってきて、

お守りをポーチから取り出して、巾着を開けかけたけど……

やっぱり、やめた。


「だめだめ。瑠海と好き同士になって、願いが叶ったんだから、確かめなくても、いいじゃない」


このことは、忘れよう。

もしも、ただのスタンプの護符だったら、瑠海を失いそうで、怖いしね。


―――と思ったものの、とうとう、わたしは中身を見ると決めた。

瑠海との関係が、少しこじれることが、あったからだった。


『仲がいいほど喧嘩する』と言うけれど、これが原因で別れることにならないかと、心配で……

絶対に大丈夫という、確固たる、よりどころがほしくて、お守り袋を開けたのだ。


でも、大丈夫だった。

茶色くて平ぺったい、乾燥したウロコが一枚、入っていた。

『へえ、これが人魚のウロコかあ』

良かった、ほっとした。

おかげで、瑠海とすぐに仲直りできた。


その後、わたしと瑠海るみとの関係は、ますます深まっていった。

わたしたちを結び付けてくれた、人魚神社にも二人でお参りに行った。

年に一度、人魚のミイラを直接、拝める特別な日に。


それは、一メートルくらいの、焦げ茶色のカサカサしたミイラだった。

ほこらの中の、ガラスケースに、丁寧に安置されていた。

さすがに参拝客も多くて、神職の方が何人も出て、忙しそうに応対していた。


人魚のミイラの紹介もあった。

マイクを手に話し始めたのは、あの占い師のおじさんだ。

街角にいる時と違って、儀式の装束をまとっているせいか、雰囲気が違って、気高く見える。


「人魚のウロコは、古くから恋愛成就の霊力が宿ると、信じられていて、かつて何十枚ものウロコが、はがされ、お守りとして用いられたことがありました。現在は文化財保護のため、採取はしていません」

なるほど、確かに下半身の魚のウロコ部分は、あちこちめくれていた。


突然、参拝客の一人が手を上げて、

「そのミイラ、本物なんですか?」

と意地悪な質問をした。

「はい、本物です」

とおじさんが答えた。


「科学的に、証明できますか? 国内にある、ほかの人魚のミイラは、全て合成ミイラだってことですが」

「信じる者は救われます。信じてお参りすれば、必ず人魚は応えてくれます」

と占い師のおじさんは、きっぱりと言った。


そう、その通りだ。あれは、本物なんだ。

だから、自分は今こうして、大好きな瑠海と一緒に、ここにいる。

わたしは、瑠海の手を、ぎゅっと握りしめた。


けれども、現実は非情だった。

数か月後、新聞に衝撃の記事が掲載された。


『蒼波神社の人魚も、偽物だった!』


そんな見出しが、三面に大きく出ていたのだ。

記事には『K大学などの研究チームが科学的調査を行い、猿や魚などの合成ミイラだと確認された』とあった。

「そんな……」

インチキだったなんて。

もう、なにも信用できない。

確かなものなんて、どこにもないんだ。

あんなに好きだった瑠海との間柄も、急にギクシャクし始めて、

結局、別れてしまった。


はあ、とため息をつきつつ、駅前の路地を歩いていると、

「もしもし」

と声をかけられた。

人魚神社の神職で、手相占いもやっている、あのおじさんだった。


「お嬢ちゃんの運勢、千円で占ってあげましょうか」

わたしは、足を止めて、手を差し出していた。


「これは、失恋の相が出ていますね」

「でしょ、知ってるわ。もう、どうしようもないの」

「信じる者は、いつだって必ず救われます」

「わたしは、『信じきれなかった』の。おじさんから買ったお守り、偽物だった。ひどいよ!」

「あれは、正真正銘、本物の人魚のウロコです」

「だって、新聞には合成ミイラって……」

「はい。残念ながら、合成でした。でも、お嬢ちゃんに渡したのは、本物です。嵐の去った後、海岸に打ち上げられた人魚の死骸から、わたくしが直接、この手で採取したものなのです」

「え、そうなんですか……って、それ、本当?」

「本当です。ウソは言いません」

「じゃあ、信じていいのね?」

「もちろんです。人魚は確かに、広い海のどこかに存在し、そのウロコには恋を叶える、不思議な力が宿っているのです」


良かった。マジで良かった。

うれしい。

また瑠海と、よりを戻そう。

このお守りがあるかぎり、大丈夫だ。


ごめんね、瑠海。全部、わたしのせいだった。

明日、学校で言うんだ、彼女に。

『また仲よくしよ』って。

信じれば、必ず恋は叶えられるのだから。

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