第4話 白蛇さまと恋占い
名古屋市の外資系アパレルメーカーに勤務する
郊外にある自宅の一室を改装して、客に来てもらっている。
得意なのは恋占いで、客層は自分と同じ年頃の、若い女性が多い。
嘉穂子の占いのおかげで、幸せになった人は、大勢いる。
評判が口コミで広がって、「ぜひ、占ってください」と次々客がやってくるから、本業より稼げる月もあるくらいだ。
実は三年前まで、嘉穂子はどこにでもいる、しがないOLだった。
それが、ある日、
「入院中、世話をして欲しいんだけど、お願いできない?」
と親しかった叔母から頼まれて、一匹のヘビを預かることになった。
一メートル弱もある、珍しい白蛇だった。
「シマヘビのメスで、アルビノよ」と叔母が言った。
叔母は占い業を営んでおり、よく当たると評判だった。
占いは、飼っている白蛇の霊力によるもので、お伺いを立てると、普通の人には見えないものが、見えるということだった。
叔母の入院期間は、だいたい一か月と聞かされたが、実際には三か月経っても退院できず、次第に病状が悪化して、ついに亡くなってしまった。
「嘉穂子ちゃん、白蛇さまをお願いね」
それがお見舞いに行った時に聞いた、叔母のさいごの言葉だった。
「ヘビ、どうしよう」
頼まれはしたが、ずっと飼い続けるのは、さすがに負担だ。
「特別なヘビだし……」
逃がすわけにも、人に譲るわけにもいかない。
嘉穂子は困った。
いくら親しい叔母の頼みでも、こんなことなら、初めから断わればよかったとさえ思った。
頭を抱えつつ、嘉穂子は飼育ケースの中の白蛇に向かって言った。
「あーあ。せめて、わたしにも、叔母さんみたいに、占いの素質があれば、お店を開けるのにね」
そのぼやきに白蛇が応えたのか、嘉穂子は突然、不思議な力に目覚めた。
人の運命が見通せるようになったのだ。
特に得意なのは、恋占いだ。
向かい合って、相手の額に手のひらをかざすだけで、その恋が実るのか、実らないのか、実るにはどうすれば良いのか、ほぼ確実に言い当てられる。
初めは仲の良い友達や、社内の同僚を占った。
あまりにもよく当たるので、どんどん頼みに来る人が増えて「もしかして、これなら商売になるかも」と、亡き叔母に
商売は
ただし、たった一つだけ難点があった。
自分自身の恋については、うまく占えないことだ。
何度も試したけれど、すっきり見えてこない。
そもそも嘉穂子は、昔から恋愛運に見放されていた。
「自分で言うのもなんだけど、わたし、容姿だって、そんなに悪くないのに」
気になる男性には相手にされず、タイプじゃないのには、しつこく言い寄られる。
ようやく彼氏ができても、二股をかけられていたり。
相手の本性が見えてきて、嫌になったり。
もう二十代も半ばを過ぎたし、そろそろ本気でステキな出会いを見つけないと、と思う。
占ってあげたお客さんたちのように、幸せになりたい。
「当の占い師が不幸だなんて、シャレになんない。自分で占うのが無理なら、ほかを頼るしかないわ」
星占い、血液型占い、手相占い、タロット占い、街角で見かけた怪しげな占い師、いろいろ試してみた。
でも、状況は変わらなかった。
世の中、そうそう確実に当たる占いなんて無いんだと、わかっただけだった。
自分の占い業が繁盛する一方で、嘉穂子はいつも
「だれか、わたしを占って。幸せになれるアドバイスをしてほしい」
そんなある日、嘉穂子は、地方で評判になっている、ある占い師の噂を耳にした。
非常によく当たって、どんな悩みも解決するらしい。
「これだわ!」
ピンときた。
〈蛇沢神社・開運占い〉
恋愛運、金運、仕事運、健康運など
〈蛇沢〉とあるくらいだから、ヘビに関係している神社だろう。
もしかすると、その辺りも含めて、相談に乗ってもらえるかもしれない。
早速、予約を入れようと、電話をかけた。
「はい。蛇沢神社です」
電話口の向こうから、若い女性の声が聞こえた。
「開運のご相談ですか?」
「ええ。基本、恋愛運についてなんですけど。あの、わたし、白蛇を飼ってて……」
叔母から白蛇を預かって、占い業を始めるまでの
「そのヘビを、ぜひ持って来てください」
と言われた。
週末の土曜日に予約が取れた。
電車とバスとタクシーを乗り継いで、三時間。
静かな山里の、古くて大きな一軒家だった。
家の隣に神社があって、家長が代々宮司を務めているらしい。
占い師は、若く小柄な女性で、白い着物に
「はじめまして。占い師の
「よろしくお願いします」
広い玄関を入って、左手の座敷に通された。
「電話でだいたいお話は伺いました。恋愛運を開くためには、どうすればいいのか、でしたね。既におおよその見当はついています。実は私からも、嘉穂子さんにお願いがあって。えっと、お話にあったヘビをお持ちですか?」
「はい、これなんですけど」
と言って、嘉穂子は、風呂敷からアクリル製のヘビケージを取り出して、卓上に置いた。
中には白蛇がおとなしく入っていた。
「なるほど、立派な白蛇ですね。シマヘビの、メスですか」
瑞茅は一目見てそう言った。
ヘビの雌雄は、尾の部分の太さで、大体わかる。
オスはペニスが収納されている分、やや太くなっているのだ。
「ちょっと待ってください」
と言って瑞茅は、さっと立ち上がると、
「ほら、これと同じですね」
瑞茅は広げた両手の上に、一匹の白蛇をのせていた。
嘉穂子の白蛇と同じくらいの大きさだ。
見分けがつかないほど、よく似ている。
「あ、それは……そっくりだわ」
「ええ。私の飼っているこの子も、シマヘビのメスなの。私の占いもこの子の力を借りていて。嘉穂子さんと同じで、ほかの人の占いはちゃんとできるのに、なぜか自分は占えないの」
「そうなんだ。瑞茅さん、わたしたち、似た者同士ね」
「そうみたいね」
まもなく二匹の白蛇が、アクリル越しに、互いの顔を突き合わせた。
「外に出たいの? 出してあげるね」
と言って、嘉穂子は自分のヘビを、ケージから卓上に出した。
二匹の白蛇は、近づき合うや否や、たちまち神社のしめ縄のように、絡まり合った。
「あら、なんてこと。女の子同士なのに、はじめちゃった」
と瑞茅の白い頬が、ぽっと紅くなった。
「あ、えっと、これって……交尾?」
嘉穂子は知識としては知っていたが、見るのは初めてだった。
でも、当たり前だが、ペニスのないメス同士で、交尾とかあり得ないはず。
珍しい白蛇だからだろうか。
(両生類のカエルとか、間違って、オスがオスに抱きついたりするらしいけど、すぐ離れるっていうし)
とにかく目の前で繰り広げられる、にょろにょろとした、
「私、電話で嘉穂子さんの話を聞いた時、自分の恋を占ってもらうのは、もうこの人しかないって思ったの。お互いを占えば、解決するでしょ。でも、敢えてそうするまでもなく、この子たちが、今、こうして、私たちの恋の行方を示してくれてるって、思わない?」
と言いつつ、卓の向こう側にいた瑞茅が、すっと立ち上がって、嘉穂子のそばに寄ってきた。
「ねえ、嘉穂子さん。白蛇と占い師は、常に影響し合ってて、一心同体みたいなものよ。わかるでしょ。私たちは、もう、普通の恋愛ではときめかないと思う」
瑞茅の目が妖しく光り、じっと嘉穂子を見つめた。
その真剣な眼差しに射すくめられて、嘉穂子はピクリとも動けなかった。
別に怖くはなかった。
ただ、迷いなく澄んだ瑞茅の瞳が、とてもミステリアスで、美しいと思った。
(この人、わたしを求めてるんだ……)
瑞茅さんになら、心を許してもいいのかな、と思った。
正直いって、女性を愛し、愛されるなんて、想像もしなかったけれど。
卓上では、二匹の白蛇が、互いの体がちぎれそうなくらいに、更に激しく絡み合っている。
ぎちぎちという音さえ、聞こえてきそうだ。
「私、待ってたの。この時を」
と瑞茅が言うが早いか、突然、嘉穂子を畳に押し倒し、上から覆いかぶさってきた。
「あ―――」
細い腕なのに、やたら力が強い。
まるで大蛇にぎゅうと締め付けられるようだ。
いきなりの強引な行為に、少し戸惑ったものの、嘉穂子は素直に身を任せた。
「こんな綺麗な子と一つになるって、どんなだろう?」
不安よりも期待と好奇心がまさるのは、二匹のメス蛇の交わりを見たせいなのか。
もはや座敷は霊気でも帯びたような、非日常的な空間へと変化していた。
嘉穂子は瑞茅と体を重ね、本能のままに、愛し合った。
そして、これまでに経験したことのない深い快楽に溺れ、幾度となく果てた。
やがて日が暮れ、夜になったが、二匹も二人も、時間の経つのを忘れたかのように、延々と交わり続けた。
蛇も人間も、求めるものは同じ。
情愛の深淵は、原始の頃からなにも変わらないのだ。
白蛇の絡まりは、翌朝になって、やっとほどかれた。
嘉穂子と瑞茅も、行為を終えて、静かに重なりを解いた。
その後、嘉穂子は会社を辞めた。
副業の占いの店もたたみ、瑞茅のいる山里に引っ越した。
そして、瑞茅と一緒に、蛇沢神社の巫女として仕えている。
二匹のメス蛇は良く絡み合い、占いもますます繁盛している。
今、二人は毎日がとても幸せだ。
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