恋は百合いろ

青川メノウ

第1話 魔法の傘でラブラブになっちゃった件

高校の帰り道。

駅裏のミステリアスな輸入雑貨店で、不思議な傘を手に入れた。

一緒に傘に入った人と、恋人同士になれる魔法の傘だという。


「こちらをご覧ください、お客さま。持ち手に、ピンク色の水晶、ローズクォーツが象嵌ぞうがんされていますでしょ。それが魔法の源なのです。ローズクォーツには、お互いの愛を紡ぐパワーがあって、あいあい傘をした二人の絆を、極限まで深めます。一万五千円のところを、特別に値下げしますよ」

と店員の女性が、熱心に勧めてきた。


ひやかしで店内をのぞいただけで、買うつもりなんてなかったのに。

話を聞いて、

『これを使えば、男子卓球部のエース、佐藤先輩と両想いになれるじゃない?』

と思った。

佐藤先輩はイケメンで背が高くて、すごくかっこ良くて、私たち女子部員の憧れの的なのだ。


「もう入荷しませんし、なくなったらそれまでですよ」

「魔法って、本当ですか?」

「嘘は言いません。効果は絶大です。試されます?」

「試すって、誰と?」

「お客さまと、わたくしで」

と言うが早いか店員が、さっと傘を広げて、私の頭上に差してきた。


突然、胸がキュンとなった。

魔法はマジなやつだった。

女同士なのに『店のお姉さんと、良い関係になってもいいかな』って、思えるなんて。


「どうでした?」

「ええ、納得しました」

まだ心臓がドキドキしている。

「でも気をつけてください。傘が使えるのは一度だけ。今みたいに、生地を雨に濡らさなければ、何度でも試せるのですが、『濡れたら最後、関係が完全に固定されます。』相手を選ぶときは慎重に」


◇      ◇


「で、買っちゃったの?」

「うん」

「いくらで?」

「一万二千円」

「信じらんない」

翌日学校で、同じ卓球部員でクラスメイトの雫音しずねに話したら、呆れられた。


「高かったけど、魔法は本物だよ。試してみる?」

と言って、教室でパッと傘を広げて、雫音に差し掛けた。

「ほ、ほんとだね。びっくり。すごく、ドキドキしちゃう……」

雫音が顔を真っ赤にして、汗までかいてる。くすっ、なんてわかりやすい反応。


「ね、すごいでしょ。うまい具合に、今日の天気予報、午後は雨だし」

「佐藤先輩に試すの?」

「もちろん」

「よした方がいいと思う」

雫音が急に真面目な顔で言った。


「なんで?」

「魔法の力で、心を操るなんて、良くないよ」

「良くないって……恋を手に入れるなら、使えるものはなんでも使うべきでしょ。私、手段は選ばない」

「ふうん、そうなんだ。わかった」

と言って雫音は、面白くなさそうに、ぷいと横を向いた。


たぶん彼女も、佐藤先輩を私に取られるのが、嫌なんだろう。

前に『あなたの恋を応援するよ』なんて、言ってたくせに。


佐藤先輩には、既に告白した子が何人もいて、皆フラれている。

だけど、この魔法の傘さえあれば、心配はいらない。


もし先輩が自分の傘を、持っていたとしても、それを開くより先に『先輩、一緒に帰っていいですか?』と言って、すばやく傘を差し掛ける。

少々強引だけど、ようはこの傘に、一緒に入りさえすればいいのだ。

あとは、魔法の力が発動して、ふふっ、先輩の心は私のもの。


部活が終わって、急いで着替えて、学校の玄関でドキドキしながら、先輩の帰りを待った。

昼過ぎにポツポツし始めた雨は、いよいよ本降りになって、グラウンドのあちこちに、大きな水たまりができつつある。

もう傘なしでは、行かれないだろう。

しばらくすると、先輩が姿を現した。


(よし、今だっ!)


私は魔法の傘を開きながら、先輩に近づいた。

「先輩……」と声をかけようとした、まさにその時、


「ちょっと待ったあぁッ!」


突然、背後で大きな声がした。

私が振り向くより先に、駆け足で傘に飛び込んできたのは、なんと雫音しずねだった。


「あっ、雫音、どうして?」

「お願い、傘忘れちゃったの。入れてって」

「なんで? ちょっと、ダメだって。この傘は……」

「知ってるよ。魔法の傘でしょ」

「なら、なんで?」

「大好きなの、あなたのことが」

「は? 雫音ったら、熱でもあるの?」

「本気よ」

「ちょ、ちょっと、そんな……いきなり言われても、困るって」


だいたい、私にそういう趣味はない。

ああ、でも、ヤバい。心臓がすごいドキドキする。

魔法のせいで、だんだん雫音のことが、好きになってきたみたい……


「わたしも、『恋のためなら手段は選ばない』って、決めたの」

と言って雫音は、妖しく微笑んだ。


降ってくる雨粒の音が、頭上でパラパラと響く。

『傘が雨に濡れたら最後、二人の関係が完全に固定される』っていう、店のお姉さんの言葉が脳裏をよぎる。


「もう、やだぁ。傘、思いっきり濡れちゃってるじゃん。マジ、終わった……」

「ううん、始まりでしょ」


そっか。一つの恋の終わりは、新たな恋の始まりでもあるんだ。

遠ざかる先輩の背中を目で追いながら、気づけば私は、雫音をギュッと抱きしめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る