6話 人間に似たヒト

 氷の詰められたビニール袋を頭に乗せてソファに寝転がりながらスラヴァに必死に謝罪を受ける。


 「も、申し訳ない……先程はやりすぎた」


 何度も何度も頭を下げる動作を繰り返すが、からかった俺が元凶だ。

 袋をソファの縁に置くと地面で正座するスラヴァと視線を合わせるために自分も下り、膝を彼女同様綺麗に畳む。普段は椅子に座ることが多いからか、正座は下半身が痺れる。


 「俺の方こそ悪かったよ、スラヴァ」

 「……優しい奴だな、君は」

 「そうか? チェチェンにはぐう聖がいっぱいいたけどな」

 「それは良き国だ。私は訳あって日本へ来たが……正直言って過ごしやすくはない」


 目線を下げ、居心地悪そうにぼそりと呟く。確かにスラブと日本とでは環境が全く違う。様々な苦労に直面し、価値観が到底合わない部分もあるだろう。


 そう考えてみれば、ほぼ無宗教の国に俺との相性は最悪かもしれない。純日本人の親父によればこの島国は偶像崇拝も好むし豚肉だって日常の食卓に溶け込んでいるとのこと。イスラムと共存しづらいのは明白だ。自分は原理主義者じゃないからさっきみたく生姜焼きやトンカツも並んでいれば食べるが、ハラール認証を受けていない店が多いのは苦しいな。ま、日本はイスラム国家ではないし、文句をぶつけるのはお門違いも甚だしいか。


 いや、そんなイスラムのルールとか日本の宗教観とかはどうでもよくて、もっと肝心な部分を知りたいのだ。


 「何かただの移民とかじゃなさそうだけど、何で日本なんかに……? そもそもお前さんは何者なんだ。不可解な点が多すぎるよ」


 違和感をどう説明すればいいのかは分からないが、この方は現実の存在ではないように感じる。とんでもなく失礼な印象だが、「作り物」のイメージが強い。


 「……さっきは殴ってしまったし、少しは、話してやろう……」


 スラヴァが凛々しい表情かん一変して気まずそうな面持ちとなった。

 気遣いしてやらなければ。


 「いや、無理はしなくていいけど」

 「大丈夫……少々恥ずかしい過去だがな」


 そう言ってやや照れくさそうにしながらソファに座ったから、親身になろうと自分も隣にそそくさと腰を下ろした。


 「まず最初に――――私は人間ではない」

 「さっきも言ってたけど、そんな中二病設定やめとけよ。ダサいぞ」

 「本当だ」


 こちらの瞳を相手の視線に縫い通され、その静寂の迫力に気圧された。

 ジョークではなさそう……けれども人間じゃなかったら何なのだろうか。一応、異世界にはエルフという人間そっくりな種族はいたが、スラヴァの耳は尖っていない。人間と一緒の形状をしている。


 ただ……彼女の言葉通りというべきか、どこか人間っぽくない要素もある。

 難しい表現だが、外観は人間で中身は未知の塊といった感覚だ。決して怖くないしむしろ惚れているが、変わった人だとは思っている。

 スラヴァは目を一瞬だけ瞑ると、やはりバツが悪そうに語りを始めた。


 「そもそも私の内部はいわばロボットだ。人間そっくりではあるものの、母親の子宮から産み落とされたわけではない。そこは理解してくれ」


 そう言えば飯の時もアンドロイドがどうって名乗っていたっけ。

 否定するのも本人が可哀想だし、信じることにした。例えアンドロイドでも優しい奴だから気にならない。一方で人間にはセコい奴が大量にいる。動物にしろ無機物にしろ結局は性格が大事だ。


 「正式名称はラトニク……日本だと猟兵とも呼ばれる」


 中二病の男子が喜びそうな名称だ。

 ラトニクはロシア語で戦士とか軍人とかっていう意味だったはず。如何にも軍を連想させる語感だ。


 「ラムザン君は知らないかもしれないが、2020年の終わり頃に各国では倫理的な面から人間の兵士に代わる機械化歩兵の開発が進んだ。そして意外にも進歩は早く、数年で実用化に至った。当初はコストが高く途上国での採用は見送られたが、後にモンキーモデルなるものが登場し、今では北朝鮮やガザのハマスですらも猟兵を戦闘員に組み入れている」


 たったの二十年でこんなに世界は進化したのか。戦争から派生したと思うと少し悲しくなる箇所もあるが、使い方を間違えなければ福祉や人道支援できっと役立つだろう。特にここ日本では少子化が著しいと聞く。余計に活躍するんじゃないのかな。


 「へえ、そんなことになってたんだな。すごいや」

 「ああ、性能も人間とは比較にならず、猟兵なら数十人の人間を一度に相手することもできるし、三十キロの丸太を片手で担ぐことも可能だ。まあ所詮はプログラムされているから、本領をフルに発揮できる機会は少ないが……」


 俯き、それがコンプレックスなのか顔色が暗く染まる。抑圧される気持ちはよく分かる。本来の生き方が縛られているのは常識的に拷問みたいなものだ。


 「そして私は比較的高性能なモデルで、一時期はGRUに所属してクリミアで軍事作戦を行い、中隊長を任されていたこともあった」


 エリートだ。機械とはいえ女性が部隊を率いることを許可されたとは大した実力だろう。


 「お前さんもすごいな。やっぱりロボには勝てねーな」

 「むっ、ただの配線とアルミの物体でもない」


 顔にシワを寄せてぐいっと近付いて来る。


 「まあこれまた恥ずかしい事情ではあるが、猟兵の目標に人間らしくというものがあるから、食事や睡眠はもちろん、生理や排泄もあるし、人工子宮なるものもある。だから妊娠も……できなくはない」


 真っ白な肌が林檎のように赤く変色し、羞恥を堪えながらも話してくれた。

 破廉恥だとは思わないが、生々しい事情だ。人間のエゴが露出しているというか何というか。造られた理由が理解できた気がする。

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