レッドスターライト & ホワイトミルキーウェイ
@Kinoshitataiti
第1話 宇宙人の夢
「宇宙人はいると思う?」
幼い、それはそれは幼い問いかけだったと思う。
彼女が何を思ってそれを聞いたのかは分からないが、俺はそれを聞いたときドキリと胸を鳴らしてしまった。
何故なら彼女は宇宙人だったからだ。
いや、違う。周りの子供たちから宇宙人と呼ばれていたからだ。
白い髪に赤黒い目。
そして何より、あまりにも美しい顔立ちした彼女は絵画の中の住人のようで、目の前で話しているというのにまるで現実感が無かった。
「居ないんじゃないかな。だって、UFOを見たことがないし」
俺の普通の答えに彼女は目を見開く。
「何それ、夢が無いわ」
彼女が唇を尖らせてようやく、それが人間なのだと認識する。
ほらやっぱり。宇宙人なんて居ないんだ。
「私宇宙飛行士になるの」
頭上に掲げた真っ黒な傘をクルリと回して、彼女は笑う。
「宇宙に行ってね、宇宙人さんに挨拶をするのよ」
幼稚園で習ったばかりのお辞儀を披露して、彼女の白い髪が宙を舞った。
「ねぇ、貴方は? 宇宙人が居ないって言うんなら、科学者にでもなるのかしら」
「違うよ。俺は父ちゃんと同じ漁師になるんだ」
「まぁ、ツマラナイ夢ね」
子供の残虐性を纏ったその言葉は俺の心を十分に抉ったが、彼女への関心を断ち切る程では無かったらしい。
「じゃあ、火星人を
「なんて事を言うの。宇宙人さんは友達よ?」
でも……。と彼女は微笑む。
「良い夢ね。それはつまらなくない」
結局、それが彼女と交わした最後の言葉だった。
アルビノという病気だったらしい。
紫外線に弱かったとか、元々病気がちだったとか。
そもそもアルビノとは全く関係ない事故で死んだとか。
彼女の死因はあられもない憶測で彩られていた。
その理由は、彼女が近年希に見る【変死】を遂げていたからだ。
【変死】した彼女は紅い目から血を流し、真っ白な髪を全身に巻き付けながら、まるで蛇の様に横たわっていた。
彼女の両親は、それをアルビノのせいだと言うことにしたいらしく、お葬式の場でも、十何回目かの法事でも、何度もその特異体質を強調して涙を流していた。
「彼女は生来特殊な病気を煩い……」
「アルビノは生物界では長生き出来ないと聞きますし……」
「彼女が私たちの下で、一日でも幸せを感じてくれていたのなら幸いです……」
こんな具合だったと思う。
正直、退屈だった。
【変死】に沸き立ちながら彼女の死を悼む友人達も、死に整合性を求めて何とか正気を保とうとする遺族達も、醜悪に見えて仕方がなかったからだ。
「俺、先に帰ってるから」
引き留める両親を振り払って、あくまでも冷静に、ゆっくりとした足取りで会場から退散する。
ふと後ろから飛んできた
「あの子が一番仲良しだったから……」
という言葉に一瞬の愉悦を覚えた自分の横っ面をつねりながら俺は重い足を何とか家へと向かわせた。
大体、誰も彼女の夢を知らなかった癖に。
誰も彼女の笑顔を見ようとしなかった癖に。
何を今更悲しんでいるのだろうか。
「そこの少年」
地面を睨みながら歩いていた俺に、まるで冷や水の様な声がかけられる。
「君は……そう。怒っているな?」
「オコッテル……?」
先ほどまで渦巻いていた感情を一言で纏められて、思わず片言が口から溢れ出た。
そうして少しだけ冷静になった俺は、その相手の異様な姿をようやく認識する。
2mは越えている巨体に、彼専用に仕立てられたのであろうチェック柄の茶色のスーツ。
しかしネクタイは見当たらず、上着のボタンは開かれその中に着込んでいるボロボロのカーディガンをこれでもかと誇示していた。
白髪はポニーテールとして後ろに回されていて、右目のモノクル、左目のサングラスから覗く不気味な眼光が彼の纏う恐ろしい雰囲気を後押ししている。
「いや、すまない、刺々しい歩みをしていたのでな。夕方だったから良かったものの、昼なら通行人から怪訝な顔を向けられていたぞ」
「そ、そんなに不機嫌そうでしたか?」
「店の中から分かる位にはな」
どこまでも見通せそうなモノクルを弄りながら、ソイツは笑う。
いや、嗤っていたのかもしれないが。
「その服は……礼服だろう? 誰か親しい者の死を経験したようだ……」
「……親友でした」
「それはそれは……お悔やみを申し上げる。だが、それなら悲しんでやらねば……そんなに怒っていては、親友も浮かばれまい」
「まぁ……そうかもしれないっすけど……」
ただ、あの会場では怒るのに忙しくて、悲しむ暇すらなかっただけだ。
「ふむ。君の正確な心持ちを知る事は出来ないが……どうだろう、私のカフェで珈琲でもご馳走しようか」
「え? いや、俺お金持ってないんで……」
「タダで良い。こんな
それだけ言うと、ソイツは踵を返して家とは反対方向の路地へと入っていく。
正直、バカみたいに怪しかった。
このままノコノコ付いていけば、海外に連れ去られて臓器を売られたとしても俺は文句を言えないだろう。
けれど振り返りもせず歩いていくソイツを見て、何か確信的な物を感じたのも事実だった。
俺は一瞬葬式の会場に視線を向けた後、躊躇いながらもソイツの後ろに付いて歩き始める。
「あの、カフェをやってるんですか?」
「そうとも、珈琲を煎れるのが趣味でね。それが好じたというわけだ」
「っすか……良いですね、それ」
何とかソイツの輪郭を掴もうとした問いかけは、それっぽい答えを差し出されて終わった。
それ以上の会話を試みる前にソイツの足は止まり、腰を屈めながら一軒のボロっちいカフェに俺を招き入れる。
「席は……どこでも好きに座ると良い。何せ貸し切りだからね」
店の中は当然だがガランとしていて、普段は洒落た音楽でも鳴らしているのであろうラジオがシンと静まり返ったまま立ちすくんでいた。
ソイツがパチンッと何かのスイッチを押すと、天井のシャンデリアがのんびりと息を吹き返す。
立ちすくんでいたラジオからも聞いたことのあるような無いような洋楽が流れ始め、店内は一気に賑やかになった。
洋楽に耳を傾けながら一番ドアに近い席に座って机の傷を撫でていると、やがてソイツは湯気の立った珈琲を持ってカウンターから現れた。
「あぁ、そういえば……珈琲は飲めるのかね?」
「飲めます……大丈夫です」
「なら良かった」
珈琲は苦手寄りだったが、飲めない程嫌いというわけでもない。
そうして珈琲は俺の目の前に置かれたが、その何とも言えない違和感に俺は眉を潜める。
「……匂いがない」
一拍置いて、俺は目の前にある珈琲からあの独特の香りがしないことに気付いた。
確かに湯気が立っているし、見た限りは珈琲で間違いない。しかし決定的に匂いが足りなかった。
「これ、本当に珈琲なんですか?」
「珈琲だとも。匂いがしないのは、私の魔法によるものだ」
「魔法……? そんな子供騙しな」
特別な技法とか、特殊な素材とか、そう言った物を適当に魔法だと言っているのだろう。
そう思って俺は鼻で笑ったのだが、ソイツはやけに確信を込めた声音で繰り返した。
「いいや、魔法だとも」
ギシッ。と、ソイツが俺の目の前に腰掛ける。
明らかにサイズの合っていない椅子は悲鳴を上げるが、ソイツには慣れっこなのか何の気にする様子もなく言葉を続けた。
「私は魔法使いなのだよ。かれこれ、500年は生きている」
「500年?」
信じがたかったが、かといって目の前の魔法使いの言葉を否定する気にもなれなかった。
何故なら目の前の珈琲からは相変わらず少しの匂いもしなかったし、そのモノクルが一瞬、自ら光り輝いたように見えたからだ。
「君がなぜ怒っているのか聞こうではないか。安心してくれ、魔法使いの
「別に……大した事じゃ無いですよ」
「私にとっては、違うかもしれない。是非とも聞かせてくれ」
俺の最後の抵抗も、魔法使いの前には意味を成さなかった。
或いはこんな怪しい魔法使いにノコノコと付いてきた時から、俺には拒否権なんて無かったのだろう。
「もう10年以上前、親友の女の子が【変死】しました。目から血を流して、髪を全身に巻き付けながら、蛇みたいに死んでいました」
魔法使いは黙って、続きを促す。
「何てことのない朝だったんです……俺はあの子の家に遊びに行って、そこで倒れている彼女を見ました」
「第一発見者だったというのか……いやはや、君は随分辛い運命をお持ちのようだ」
間に挟まった慰めの言葉を無視して、俺は止まらなくなった言葉を吐き出し続ける。
「それだけならまだ良かった……ただ、彼女の葬式で、彼女の親は言ったんです『彼女はアルビノだから死んでしまった』と。他の友人達も言いました『アルビノだから【変死】したのでは』と。誰も彼も、彼女の特殊性を信じて疑わない……」
アルビノだから。
宇宙人だから。
少し変わっていたから。
だから彼女は死んだのか?
そんなこと、あっていいわけがない。
「彼女は一人の少女だった。なのにあいつらは!」
「なるほど、君は……彼女が誰かに殺されたと思っているのだね?」
パチンッ。と、パズルのピースがはまる感覚がした。
自分の見つけられなかった答えを言い当てられた不気味さと、長年探し求めていた答えを見つけた喜びが入り交じり、俺はただ震える声で一言だけ発した。
「……は?」
「君は……彼女の特殊性を、彼女の自殺を、彼女の事故死を信じて疑わない周りの人物に怒っているのだな」
魔法使いに自殺なんて言葉は使っていない筈だが、確かに、彼女が自殺したのだと吹聴するものも少なくはなかった。
魔法使いは俺の言葉の機微から、それを読み取ったらしかった。
「どうやら君は彼女が誰かに殺されたと確信しているようだね……それに関しては、私も同意見だよ。自然に【変死】等という状況が、産み出される訳がない」
魔法使いの口から"自然"という言葉が発せられる。
何とも滑稽な状況だったが、だが、初めての賛同者にそこまで詰める事は俺には出来なかった。
「よし、ここで会ったのも何かの縁だ。魔法を一つかけてあげよう」
「魔法……」
ここまで来るともう、俺は魔法使いを否定できなくなっていた。
けれどもしここで魔法使いが魔法と称して壺でも売り付けてきたら、そこでこの夢は覚めていただろう。
しかし魔法使いが取り出したのは、自らの右の人差し指だけだった。
魔法使いはピンッと指を立てて、自分のかける魔法について語り始める。
「君が犯人を知りたいというのなら、それを見通す目を与えよう。君が復讐をしたいというのなら、それに足る力を与えよう。君が彼女の死を止めたいと言うのなら、彼女が死ぬ前まで戻してやろう」
魔法使いの提案は、どれもこれも魅力的だった。
「どれが良い?」
「お、俺は……」
だが選べるのは一つだけだった。
「俺はどうしたいんでしょうか……」
魔法使いは一瞬、キョトンと目を見開いて、直ぐに優しい笑い声を口から漏らす。
「すまなかった、少し急かし過ぎたようだね。残念ながら、その答えを与えることは出来ない」
魔法使いは指を引っ込めて、悲鳴を上げていた椅子からのんびりと立ち上がった。
重圧から解放された椅子は安堵の息を吐きながら、元の形に戻っていく。
「かけてほしい魔法が見つかったら、またここに来ると良い」
結局俺が一口も付けなかった珈琲を持ち上げて、魔法使いはそれをカウンターに下げてしまう。
「珈琲も冷めてしまったから……今日のところは帰りなさい」
「……はい」
不思議なカフェを立ち去った後も、俺の頭の中は魔法の事で一杯だった。
過去に戻ったとして、彼女を助けられる確証は無い。
犯人を知ったとて、復讐を果たす力を得る訳ではない。
復讐を果たす力を得たとて、犯人を知れる訳ではない。
魔法使いから提示された魅力的な選択肢は、結局どれもこれも、不確実で不正確な魔法だった。
それに……
「つまらない」
きっと、彼女ならそう吐き捨てただろう。
魔法使いの提案はどれもこれも陳腐で、そして不完全だった。
「何かもっと……」
もっとつまらなくない何かを……。
でなければ、彼女への追悼にはなりようがない。
何か啓示でも降りてこないかと家の前にたどり着くと、玄関の前で待ちぼうけを食らっている小さな人影が目に入った。
その人影は俺を見つけると一礼してから、トテトテと走って近付いてくる。
「こんにちは。あの……姉の親友……ですよね?」
「……あぁ。君は、あいつの弟か」
一年に一回程度しか顔を合わせない上にそこまで交流もない相手の素性を認識するのに少し時間を取ったが、目の前にいるのは間違いなく親友の弟だった。
親友の弟は少し気まずそうに頷いてから、一枚の封書を差し出してきた。
「これ……今日姉の机を整理してたら鍵付きの引き出しに入ってて……良くないかなと思ったんですが、えと、中身は見てないんで……貴方宛てなので、どうぞ」
彼はまだ10歳にも満たない。
姉とは言うが、10年以上前に死んだ彼女とはまるで面識の無い赤の他人。その友人に向けての手紙を、彼は届けてくれたらしかった。
拙い言葉で手紙の出所を伝えてくれた親友の弟に礼を言って、俺はそっとその封書を受け取った。
ピンクの封書には星やらデフォルメされた宇宙人やらの立体シールが貼られていて、彼女の趣向がこれでもかと全面に押し出されている。
そして宛名は『漁師になる親友へ』と来た。
俺はそれを見て、何とも言えない気持ちが沸き上がってくるのを感じていた。
結局、俺はあの後漁師という職業の厳しさを知り、逃げるように地元の進学校へと進学した。
やはり幼いからこそ、あんな事が言えたのだろう。
彼女も俺も、幼かったから。
だから宛名にあんな言葉を書けたのだろう。
親友の弟を見送り、自分の部屋に戻ってその封に手をかける。
もしここに明日の遊びの約束でも書かれていたのなら、俺はもうこれまでの全てが報われた様な気分で前を向いて歩けただろう。
そうでなくとも、もう一度彼女の言葉を聞けるだけで、十分だった。
しかし、封を開けてラメに着飾られた便箋に書かれていたのは、そんな俺の感慨を吹き飛ばすものだった。
ーー宇宙人にあいにいってきます。
「うちゅう、じん?」
ひたすら練習していた宇宙人という漢字も、それ以外はひらがなという極端な書き方にも、見覚えがあり過ぎた。
気付けば俺は便箋の両端をクシャリと握り潰し、震える視線でその先の文字を凝視していた。
ーー宇宙人のみわけかた
「『1、いつもわらってる。2、ちがみどり。3、たこのあしがはえてる。4、いつもはひととおなじ』」
それは彼女の残した遺書で、解説書で、図鑑だった。
恐らく彼女が見たであろう宇宙人の姿が、そこには彼女なりの絵柄で拙く描かれていた。
ーーps
「『わたしがもどってこなかったら、たこやきにしてたべていいよ』」
はっ。と、口から息が溢れ出るのを抑えられなかった。
はっ、はっ、はっ。と、動揺しているのか笑っているのか泣いているのか分からない
人生の目標を見付けた時というのは、こういう気分なのだろう。
「ははは、ハハ……ハハハハハハハハハ!」
そうだ、それは唯一、彼女が『つまらなくない』と評した夢だったではないか。
何故今の今まで、忘れていたのだろう。
「ハハ、は……あぁ……」
どれだけそうしていたのか分からないが、流石に体の方が先にバテたのか、急に襲ってきた倦怠感に俺の口は閉ざされる。
「あぁ、そうだ。魔法……」
くしゃくしゃになった便箋を鍵付きの引き出しにしまいこんで、俺はゆっくりと顔を上げた。
俺は酷い顔をしているだろう。
でもそれで良かった。
多分、それで良かった。
スキップでも始めそうな気分を抑えて、紅い空の下あのカフェへと急ぐ。
最早俺にとっては魔法があろうが無かろうが大して関係無かったが、純粋に、あの魔法使いが与えてくれる魔法には興味があった。
幸い、カフェにはまだ明かりが灯っており、その中で腰を屈めた魔法使いが机を拭いている。
意気揚々とカフェのドアを開けると、魔法使いは少し驚いた様な顔をして、屈めていた腰を重そうに上げた。
「何か……忘れ物かね」
魔法使いのその言葉には、どうかそうであって欲しい。という懇願が込められていた。
残念ながら、その懇願が聞き入れられる事は無い。
「宇宙人をたこ焼きに出来る様にして欲しい。そういう道具とか……そうだ! 武器……武器が良い!」
我ながら中々なアイデアだ。
そっちの方が絶対に"つまらなくない"。
「……分かった。約束だものな。手を……出したまえ」
やっぱり無し。とでも言われたらどうしようかと思っていたが、どうやら魔法使いは案外と義理堅いらしい。
無造作に放り出した俺の右手に、魔法使いの右手が乗せられる。
するとお互いの手が触れあった所から光が溢れ、やがてそれは銀河を思わせる形に渦巻き始めた。
「は、ハハ……」
真っ白な河の流れはまるで彼女の
「これは君の心の中心の様なものだ。実に美しい……」
魔法使いが感嘆の声を漏らすのと同時に、銀河が紅い星へと吸い込まれ、俺の手の中で形を変え始めた。
最初は細長く、やがて丸みを帯び、少し反った長方形の刃が現れる。
「鉈か、これ」
全体が鈍く銀色に光るそれは間違いなく鉈だった。
父方の実家に帰った時、祖父が藪を鬱陶しそうに刈っていたのを見たことがある。
やけにスパスパと切れるものだから、幼い俺は目を輝かせて見ていた気がする。
結局母に『危ないから』と諭され、それ以降祖父の藪刈りには付いて行ったことが無い。
「それは君の憧れの形だ」
あの日の思い出を手にして感慨に
「夢、希望、煌めき……暖かい思い出や君という存在を作り上げたモノ。そういったモノ達からそれは出来ている」
「へぇ……」
そう言えば彼女に鉈の話をしたとき『つまらないお母さんね』と慰めてくれたっけ。
なるほど、これは確かにそういう魔法らしい。
「しかし、武器を願って鉈が出てくるのは……何とも……」
魔法使いは珍しく口ごもりながら、振り払うように
「言うまでもないが刀身には魔法が宿っている。これで宇宙人を切り付ければ、君の望んだ結果が現れる筈だ。一応言付けしておくが、人間には効かないぞ」
「安心したよ。その言い種だと、あんたも宇宙人を知ってるんだな」
実在するのならば、もう迷う事はあるまい。
魔法使いは余計な事を言ったとばかりに口を
「私が君に声をかけたのは、君の心が実に不安定に見えたからだ。あの美しい純白の銀河と紅い星が、今にも崩れそうになっているのを見たからだ……」
純白の銀河と紅い星。
それは魔法をかけられた時に見た心の中心というやつなのだろう。
「皮肉にも、前よりも輝きを増しながら君の心は崩壊を免れた。きっと、もう崩れる事はない」
「あぁ、俺もそう思うよ」
俺にもその確信はあった。
この目でその星を見たときから、いや、彼女からの手紙を見てからずっとだ。
「……。その鉈は、目立つだろうから……見えない鞘を
最後の抵抗とばかりに、魔法使いはそっと俺の腰の後ろに右手を伸ばす。
その手は慈愛に満ちていて、一片の敵意も感じなかった。
だが魔法使いの最後の抵抗は、無意味に帰すだろう。
俺の紅い星はもう揺るがないからだ。
やがて魔法使いの手の隙間から光が溢れ、ほんの少しの重みが腰の辺りに現れる。
そこに鉈を当ててみると、スゥッと空気に溶ける様に鉈は姿を消した。
「これで、終わりだ……」
一体何に向けての言葉だったのかは、敢えて聞かない事にした。
どういう意味を含んでいたにしろ、俺のやることは変わらない。
「宇宙人が、親友を殺したみたいなんですよね」
だから最後に、少しだけ打ち明けておくことにした。
魔法使いはその一言だけで全て合点がいったようで、何も言わず軽く手を振ってくれた。
「良い
「ありがとう、魔法使いのおじいさん」
礼を言って、頭を下げて、俺はカフェを後にする。
何となく、あのカフェには二度と行けない気がした。
紅い空が少しずつ夜の闇と明るい星々に支配されていく中、俺はただ前を見つめていた。
ただ、前だけを見つめていた。
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