主人公
@AsuAsaAshita
1歩目
彼は天才だった。
成り行きで入部したバレー部。
強豪と名高いバレー部にて、彼は突出した実力を発揮した。
運動神経、センス、技術。全てにおいて天賦の才といってもよい。
彼はあっさりとレギュラー入りし、そして新星エースとして頭角を現していった。
試合のたびに歓声が上がり、新聞の地方欄には彼の名が載った。
やがて、他校の監督までもがその名前を知るほどになった。
そして、そんな彼にレギュラーを奪われたのが俺だった。
俺は幼い頃からバレーにのめり込み、ずっとずっとバレーばかりやってきた。
泥にまみれた膝も、血に染まった指も、全部が誇りだった。放課後の体育館で誰もいなくなるまでボールを打ち続け、夜道を走りながらフォームを確認した。
青春のすべてをバレーに懸け、俺以上に努力している人間などいないと思えるほどに頑張り続けた。
そのためか、周りの人とはあまり仲良くなれなかった。
だがそれでもよかった。
バレーで実力を出せれば、皆見返す。
俺を馬鹿にした奴らも見る目を変える。
そう信じて、思い続けて、ひたすらに鍛錬してきた。
しかし
突如入部した、しかもバレー経験皆無の男に、俺の居場所は奪われた。
彼は少なく見積もっても、俺の百倍は実力とセンスがあった。
しかも彼は腹が立つくらいに人格者で、常に周囲への感謝と配慮を欠かさなかった。
だから恨むことも、憎むこともできなかった。
そうしてしまえば、いよいよ俺はどうしようもない奴になってしまう。
彼がこの世界の主人公だと思わざるを得ないほどに、光り輝いていた。
そして俺は三年になり、とうとう最後までレギュラーに返り咲くことはなかった。
彼らの活躍を、応援席から眺めていた。
もうバレーはやめよう。
ここまでだ。俺は、ここまでだったんだ。
そう思った。
そして、彼らのチームは全国へ出場することになった。
彼が皆と手を合わせて喜んでいる姿を見ても、俺は何も感じなくなっていた。
とうに諦めてしまったのだろう。
家に帰っていた、一人きりで。
シューズバッグからシューズが落ちた。
チャックが壊れていたらしい。
そのシューズに、水滴が落ちた。
雨だろうか。
いや、違った。涙だった。
突然、涙が大量に溢れた。
体が震えて、立つこともできなかった。
なぜ。
なぜ俺ではないのだろう。
なぜ俺があの舞台に立つことができないのだろう。
こんなにも頑張って、努力して、何もかもを捧げたつもりだったのに。
俺以上に努力した奴などいないはずなのに。
なぜ俺は、主人公になれなかったのだろう。
あまりにも悔しくて、悲しくて、心臓が狂ってしまいそうだった。
そうだ。
何も諦めてなどいなかった。
諦めた人間に涙は出ない。
まだ終わってはいない。
まだこの人生は、終わってなどいない。
俺はシューズを掴んで走り出した。
足音がアスファルトに響くたび、少しずつ息が戻っていく気がした。
努力は報われず、流した汗も涙も関係なく、終わるときは終わる。
始まらないこともある。
でもやらなくては。
これまでの俺に、ずっと走ってきた俺に呆れられないようにしなくては。
そして数年後。
プロバレーの会場に、満員の観客のざわめきが渦巻いていた。
高校のころ、突如出現した天才選手に誰もが期待していた。
その彼の前に、もう一人男が立っていた。
「久しぶりだね。負けないよ。」
彼は嬉しそうに笑ってこう返した。
「はい、全力を尽くします。」
主人公 @AsuAsaAshita
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