第35話 確かな絆

泉のそばで夜を明かし、僕たちは再び歩き始めていた。


見渡す限り、乾いた土とごつごつとした岩ばかりが転がっている。草木もまばらで、生き物の気配は薄い。水筒は満たされているけれど、今度は空腹が僕の歩みを鈍らせる。リラからもらったパンはまだあるが、できるだけ取っておきたい。


「……次は食料、だな」

僕は肩の上のコダマに話しかけるでもなく、独りごちた。

コダマは空腹を訴えないし、そもそも僕の肩に乗っていて自分で歩いていない。


僕は目を閉じ、風の『声』に意識を集中させる。しばらくして、風が運んできた微かな音を捉えた。草を食む音、そして小さな心臓の鼓動。野ウサギだ。僕は慎重に音のする方へと近づいていく。

しかし、この岩がちな土地は、獲物にとって最高の隠れ家だった。僕が追い詰めるたび、ウサギは迷路のような岩と岩の隙間に姿を消し、その音は無数に反響して僕の感覚を撹乱する。


半日近くを費し、神経と体力を消耗した末に、なんとか一羽を仕留めることができた。これでは、とてもじゃないが、この先の旅は乗り切れない。


息を整えていると、別のウサギが岩陰から姿を現した。僕は再び身構えたが、ウサギは僕の気配を察知すると、あっという間に巨大な岩がいくつも転がる岩場へと逃げ込んでしまった。

「……また、あの中か」

無数の岩陰や裂け目があり、どこに隠れたのか見当もつかない。風の声も、岩に遮られて届かなかった。

僕は諦めきれず、自力で巣穴を探してみることにした。


「風が使えないなら、頭を使うしかない」と自分に言い聞かせ、探偵のように岩場を観察し始める。


「ウサギの習性から考えれば、巣穴は一つじゃないはず。風に情報が乗っていないから風下で、雨水が溜まらない少し高い場所…」

僕はブツブツと独り言を言いながら、それらしい条件に合う岩の隙間を覗き込んでいく。

しかし、見つかるのはトカゲの巣穴か、ただの行き止まりばかり。地面に残された足跡も僕が追えるほどくっきりはしていない。


「うーん…おかしいな。僕の推理ではこのあたりなはずなんだけど…」

首をひねりながら、僕は自分の推理と現実のズレに途方に暮れてしまった。

僕がすっかりお手上げで、踵を返しかけた。その時だった。


肩に乗っていたコダマが、僕の頬を軽く叩き、ある一つの巨大な丸い岩を指し示した。

獲物が逃げ込んだ方向とは、かなり違う。

「…いや、ウサギはあっちの岩陰に…」

僕は首をかしげたが、泉を見つけてくれた時のことを思い出し、コダマを信じてその岩へと近づいてみることにした。

コダマは僕の肩からぴょんと岩の上に飛び移ると、ある一点を小さな手でコンコンと叩いている。僕はそこに耳を当ててみたが、何も聞こえない。ただの硬く、冷たい岩の感触があるだけだ。だが、今度は僕もコダマの真似をして、その場所に手のひらを当てて、指で軽く叩いてみた。すると、ごく僅かに、岩の内部の響きが違うことに気づいた。他の場所とは違う、鈍く、軽い音。まるで、中が空っぽのような。


その瞬間、僕はすべてを理解した。


「……そうか。巣穴は、岩と岩の間じゃない。岩の中なんだな」


コダマは、岩の内部にある巣穴を、その振動の伝わり方の違いから正確に探知したのだ。僕は岩の周囲を注意深く調べ、草で隠された小さな巣穴の入り口を発見する。もはや、獲物は袋の鼠だった。


その夜の焚き火の前で、僕たちは満ち足りた食事にありついていた。

コダマは何をエネルギーにしているのかわからないが、あいかわらず空腹の気配は無い。周りの石を物色しているが、石を食べているわけでもなさそうだ。

僕が聴く『声』と、コダマが聴く『声』。地上の気配と、地中の気配。

二つが揃って初めて、僕たちはこの厳しい土地で生き抜くことができる。


言葉を交わさずとも、僕とコダマの間には、相棒としての確かな絆が生まれていた。

僕は、隣で火にあたるコダマの小さな頭を、そっと撫でた。

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