第14話 繊細な美食家

翌朝、僕が食堂に降りると、ミーナがカウンターから駆け寄ってきた。

「カイさん、おはよう! 冒険者のお仕事はどう?」

興味津々な顔で尋ねてくる。


これまでこんなに素直に興味を示してくる人はいなかった。僕の育った村にはあまり子供がいなかったって事もあるけど。それに子供が大勢いた前世の記憶にもそんな人は見当たらない。よく知らないけど妹っていたらこんな感じなのかな?


「ああ、昨日は探し物をしたんだ。夜になると青白く光る髪飾りを失くした人から頼まれてね」

「ええっ、光る髪飾り!?」

ミーナは目を輝かせた。

「すごーい! ほんとにあるの?」

「ああ、本当にあったよ。月の光を吸って、闇の中でぼんやり光るんだ」

「わー……見てみたいなあ。それで、見つかったの?」

「うん。持ち主のところに、ちゃんと返しておいたよ」

僕がそう言うと、ミーナは少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに「そっか!」と元気に頷いた。


そんなミーナを見て、マティスさんに返すのは、一日延ばせばよかったかもと思ってしまった。


朝食を終え、僕は朝一番の混雑が終わった頃合いを見計らって冒険者ギルドへ向かった。次の仕事を探すため、再び依頼掲示板へ向かう。そこで目に留まったのは、ひときわ高額な報酬が提示された一枚の奇妙な依頼書だった。

『愛豚ビジューの捜索』

依頼主はアルメの裕福な商家の令嬢。内容は、彼女が蝶よ花よと可愛がっていた愛豚の『ビジュー』が、屋敷から逃げ出してしまったので探してほしい、というもの。依頼書には、ビジューは「とても賢く、綺麗好きで、繊細な美食家」だと書き添えられていた。


そんな豚がいるのだろうか? 僕の故郷にも豚はいたけど、キレイ好きで繊細な美食家なんて印象はなかったな。というか豚をペットとして飼ってるなんて、絶対に農家の人じゃない。豚にも特別な種類がいるのかもしれない。


依頼書に記された屋敷を訪ねると、絹のドレスを着た令嬢が、泣きそうな顔で僕を迎えた。

「ああ、冒険者様! どうか、私のビジューを探してくださいまし!」

僕は彼女から話を聞き、ビジューが最後に目撃されたという庭の調査を始めた。


狭くは無い庭だったが、そこにビジューがいないことは明らかだった。

屋敷の裏手に広がる森に、僕は足を踏み入れた。

(綺麗好きで繊細な美食家、か。普通の豚みたいに、泥の中を歩き回ったりはしないだろうな)

見当をつけながら、まずは乾いた獣道に沿って歩く。しばらく進んだところで、道そのものから、かすかな『声』が聞こえてきた。


《……甘い香り……赤い実……隠してある……》

(甘い香りの赤い実……。美食家のビジューは、ただの餌じゃなくて、特別なデザートを探し求めていたのかも。そして、自分だけのとっておきの場所に見つけたその実を隠して、後でゆっくり味わうつもりだったんだな。なんて繊細な感性なんだ、この豚は……!)


僕はビジューのグルメな一面に感心し、豚の足跡を探すのをやめて、『赤い実』を探し始めた。風が運んでくる甘い香りを頼りに、茂みの中を進んでいく。すると、大きな木の根元に、数個の真っ赤な木苺が、一枚の葉っぱの上に丁寧に並べられているのを見つけた。


(あった! これだ! ビジューのとっておきのデザート……!)

僕がそのデザートをそっと拾い上げた、その時だった。背後の茂みがガサガサと揺れ、一匹のリスが飛び出してきた。リスは僕の手にある木苺を見ると、キーキーと威嚇するような声を上げる。どうやら、僕が拾い上げたのは、このリスが冬のために集めていた食料だったらしい。


(……なるほど。この赤い実を隠したのは、ビジューじゃなくて、このリスさんだったか。美食家は美食家でも、種族が違ったみたいだ)

僕はリスに小さく頭を下げて木苺を元の場所に戻し、そっとその場を離れた。


(ごめんごめん、君の大事なデザートだったんだな。しかし、豚の気持ちを考えすぎて、リスの気持ちまで考える余裕はなかった。まだまだ修行が足りないな、僕は)

とんだ回り道をしてしまった、と苦笑していちど庭の方へ戻った。


僕は石畳の道に手を触れ、『道の声』に耳をあわせる。聞こえてきたのは、可憐な足跡の記憶ではなかった。


《重い……泥だらけ……楽しそうな鼻息……花壇がめちゃくちゃ……止まらない……》


(……令嬢の話の豚とは違うな。違う豚だろうか。美食家というより、ただの食いしん坊みたいだ)

しかし僕にはこれがビジューのことだという直感があった。これから始まる追跡劇の面倒な予感に、小さくため息をついた。


道の記憶を辿って街へ出ると、ビジューの暴走は僕の想像を遥かに超えていた。

風の声に耳をあわせると、あちこちから小さなパニックの記憶が聞こえてくる。


《……リンゴがかじられた音……怒鳴り声……》

《豚の上に落ちる洗濯物……シーツが泥だらけ!》


僕はビジューが残した騒動の跡を追いかける羽目になった。

市場の八百屋では、鬼の形相の主人に「あの豚の仲間か!」と胸ぐらを掴まれ、リンゴの代金として銀貨を一枚渡し、必死に謝る。

裏通りでは、真っ白なシーツを泥だらけにされた奥さんに「どうしてくれるのさ!」と腕を抓られ、これまた平謝りするしかなかった。


ようやくビジューを追い詰めたのは、川沿いの広大な泥沼だった。

令嬢の言う「綺麗好きで繊細」なビジューは、泥の中で、心から幸せそうに転げ回っていた。その巨体は完全に泥でコーティングされ、もはや何色なのかも分からない。

「ビジュー!」

僕が呼んでも、振り返りもしない。懐から干し肉を取り出して見せても、鼻を鳴らすだけ。全く出てくる気配がなかった。


(……分かったよ。君は、ただ遊びたいだけなんだな。僕も、付き合うしかないか)


僕は覚悟を決め、外套を脱ぎ捨てると、自らも泥沼へ足を踏み入れた。そして、ビジューと一緒になって泥をかけ合い、転げ回った。最初は驚いていたビジューも、やがて僕に懐き、遊び疲れて満足したところで、僕は泥だらけの巨体をどうにか誘導し、屋敷へと連れ帰った。


泥まみれの僕と、同じく泥まみれで満足げなビジューの姿を見た令嬢は、目に涙を浮かべてビジューを抱きしめた。

「まあ、ビジュー! 泥遊びがしたかったのね! なんてかわいい子!」

(あ……あの上等な絹のドレスが、一瞬で泥まみれに……。僕が稼いだ銀貨より、ずっと高そうなのに)

僕は、その価値観に呆気にとられながらも、無事に依頼達成のサインをもらうことができた。


しかし、宿に帰ると、僕の泥だらけの姿を見たミーナが、カウンターから飛び出してきて叫んだ。

「カイさん! なにその格好! お風呂場に直行! 

ちゃんと泥を落とすまで、晩ごはんはおあずけだからね!」

ミーナに本気で叱られ、僕はすごすごと風呂場へ向かうしかなかった。


湯気の中で泥を落とし、さっぱりして部屋に戻ると、テーブルの上の相棒が静かに僕を見ている。僕はその隣に腰を下ろし、ぽつりと呟いた。

「なあ、相棒……今日は、なんだか疲れたよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る