第11話 決めたよ、相棒

「カイ? やっぱりカイじゃない!」


不意に、聞き覚えのある声が僕の名を呼んだ。

はっと顔を上げると、そこに立っていたのは、カザマチで別れたはずの技術屋、リラだった。驚きと、少しの気まずさで、僕はすぐには言葉を返せなかった。


「......リラ……どうしてここに?」

「それはこっちのセリフよ」


彼女は僕の隣にどかりと腰を下ろす。

「新しい技術を学びたくて、ここの工房に通ってるの。水の都アルメは、水力を使った精密な工房が多いから。それより、あなたこそ。カザマチでは、朝起きたらいなくなってるんだもの。置き手紙の一つくらいあるかと思ったのに、冷たいじゃない」

少しだけ、拗ねたような口調だったが、その目には再会を喜ぶ色が浮かんでいる。


「……すまない。僕は、ああいうお別れは少し苦手で」

なぜか、朝早くあの街をたった本当の理由を言えなかった。


「ふうん」

リラは僕の顔をじっと見て、何かを察したようにそれ以上は追及せずに肩をすくめた。

「まあ、無事ならいいわ。それに、ここで会えたんだから」

そう言って、彼女はにっと笑った。その笑顔に、僕の心も少しだけ軽くなる。


やがて、リラの視線が僕の膝の上にあるゴーレムに気づく。

「何、それ? 変わった人形ね。さっきから、それに話しかけてた?」

「ああ、まあ……旅の途中で拾ったんだ」

「ちょっと見せて」


彼女は技術屋の目で、ゴーレムを隅々まで観察し始めた。そして、その関節をそっと動かした瞬間、目を見張った。

「すごい技術……。こんな滑らかな関節、見たことがないわ。石を削り出しただけじゃない。中に精密な機構が組まれてる。でも、動力源が見当たらない……」

彼女の真剣な眼差しと、技術への純粋な探求心に、僕は信頼できると判断した。

「これを動かすには、『心臓石』が必要なんだそうだ」


「心臓石……!」

リラは息を呑んだ。

「まさか、この設計……伝説のゴーレム職人、マスター・ヘーフェンのものじゃ……」


僕は鞄から、洞窟で見つけた設計図を取り出して彼女に見せた。

「やっぱり! この紋章、ヘーフェン工房のものよ! 私の師匠の、そのまた師匠にあたる人……。まさか、彼が最後に作っていたっていう幻のゴーレムが、こんなところに……」

リラは興奮した様子で、僕に提案した。

「カイ、職人ギルドに行きましょう! この街に、ヘーフェン工房の直系の弟子がやってるお店があるわ!」


なんだか、リラの方が熱くなってしまったが、手がかりを知っていそうな人のところに連れて行ってもらえるのはありがたい。それにしても『伝説のゴーレム職人、マスター・へーフェン』か。このゴーレムはこれで随分と貴重なものなのかもしれない。

(いや、売り飛ばしたりしないよ。相棒。……たぶん……)


工房の親方は、僕たちが持ってきた設計図を見るなり、言葉を失っていた。

「……師匠の、最後の作品。まさか、現存していたとは」

彼はゴーレムを丁重に受け取ると、懐かしむようにその体を撫でた。そして、僕たちに心臓石について語ってくれた。

「心臓石は、ただの石ではない。希少な鉱石に、何百という術式を刻み込んで作る、いわば第二の脳だ。今、これを作れる職人は、この街でもわししかおらん」

「その石を、作ってもらうことはできますか」

「ああ、できる。だが……」

親方が提示した金額は、僕が今持っている有り金の、百倍はする額だった。


工房を出て、僕たちは再び川沿いのベンチに座っていた。

「……はは、笑うしかないな」

あまりの金額に、僕は乾いた笑いを漏らす。希望の道筋が見えたと思った途端、目の前に絶壁が現れた気分だ。リラが、そんな僕の顔を真剣な眼差しで覗き込んできた。

「カイ、あなたには何か特技はないの? 人より鼻が利くとか、耳がいいとか。カザマチで、風がどうとか言ってたじゃない」

「……あれは、その……」

自分の能力を、どう説明すればいいのか分からない。僕は言葉を選びながら、慎重に口を開いた。

「……まあ、人探しや、失くしものを見つけるのは、少しだけ得意かもしれない」

僕がそう言うと、リラはぱっと顔を輝かせた。

「それなら、冒険者ギルドよ! アルメのギルドには、そういう探し物の依頼がたくさん来てるわ! 猫探しから、珍しい薬草の採集まで、色々よ!」


ギルド。その言葉を聞いた瞬間、僕の胸の奥がずきりと痛んだ。それは、僕が最も避けてきた場所の一つだ。不特定多数の人間、渦巻く感情、依頼という名の他者との深い関わり。依頼をこなすということは、この人の多い街で、しばらく暮らさなければならないということだ。


そんなことが僕に可能だろうか? 確かにこの街は今のところ心地よい。でもこの街は大きな街で色々な人がいる。そもそも人が多い。…でも…


膝の上のゴーレムを見た。

この小さな相棒を目覚めさせたい。そして、僕自身の呪いを制御する旅を続けたい。その思いは、恐怖と同じくらい、いや、それ以上に強かった。


ま、耐えられそうになかったら走って逃げ出せばいいよね。問題無し。


リラと「明日また会おう」と約束して宿に戻ると、ミーナがカウンターの奥から駆け寄ってきた。

「おかえりなさい、カイさん! 今日はどこに行ってたの?」


「ああ……ちょっと、調べものを」

僕の顔に浮かんだ疲れの色を、ミーナは敏感に感じ取ったらしい。彼女は心配そうに僕の顔を見上げると、エプロンのポケットから、包み紙に入った飴玉を一つ取り出した。


「はい、あげる。これ、蜂蜜の飴。疲れた時に食べると、元気になるんだよ」

「……いいのかい?」

「うん! ミーナ、もう一個持ってるから!」

小さな手のひらから受け取った飴玉は、ほんのりと温かかった。その屈託のない優しさに、僕のささくれだった心が少しだけ和む。

「……ありがとう、ミーナ」


部屋に戻り、テーブルの上にゴーレムを置いた僕は、静かに語りかけた。

「……決めたよ、相棒。少しだけ、この街で頑張ってみる。君の心臓と、僕の旅のために」

僕は、この美しい水の都で、お金を稼ぐことを決意した。

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