第18話「ショーンの決断」

 競合との戦いが続く中、新たな問題が浮上した。

「リドラ、アダム、話がある」

 ショーンが、二人を会議室に呼んだ。

 彼の表情は、珍しく深刻だった。

「どうした?」

「実は……投資家から、出資の提案を受けた」

 ショーンが、書類を広げた。

「ベンチャーキャピタルのヴィクトリーファンド。五千万ニールの出資を検討したいと」

「五千万!」

 リドラが驚いた。

「それだけあれば、エンジニアを増やせる。営業も強化できる。ネクサステックとも、正面から戦える」

「でも、出資を受けるってことは——」

 アダムが、懸念を示した。

「株を渡す。経営の自由が、制限される」

「その通り」

 ショーンが頷いた。

「先方の条件は、三十パーセントの株式。そして、取締役に一人、入れたいと」

「三十パーセント……」

 リドラは、腕を組んで考え込んだ。

「俺たちは、今まで自分たちだけでやってきた。外部の資本を入れたことは、ない」

「ああ。それが、俺たちの誇りだった」

 アダムも、複雑な表情だった。

「でも、現実を見て」

 ショーンが、財務資料を見せた。

「今の自己資本だけでは、成長に限界がある。ネクサステックに対抗するには、投資が必要だ」

「……分かってる」

 リドラが、溜息をついた。

「でも、決めかねる」

「じゃあ、ヴィクトリーファンドの人と、一度会ってみない?」

 ショーンが提案した。

「話を聞いてから、判断しよう」

「それがいいな」

 翌週。三人は、ヴィクトリーファンドのオフィスを訪れた。

 出迎えたのは、パートナーの桐谷という四十代の男性だった。

「ようこそ。君たちの会社、興味深く見させてもらってる」

 桐谷は、穏やかな口調で語った。

「ノーザン物流での実績、素晴らしい。技術力も、チームワークも、申し分ない」

「ありがとうございます」

「ただし、率直に言うと、今のままでは成長が鈍化する。ネクサステックのような大手に、じわじわと市場を奪われる」

 桐谷の指摘は、的確だった。

「だから、投資が必要だ。人材、マーケティング、技術開発——全てに、資金を投下する」

「その代わり、経営に口を出す、ということですか?」

 リドラが、真正面から尋ねた。

「口を出す、というより、サポートする」

 桐谷が微笑んだ。

「私たちは、多くのスタートアップを支援してきた。経験とネットワークを、提供できる」

「でも、最終的な意思決定は?」

「君たちだ。私たちは、アドバイスはするが、強制はしない」

 桐谷の言葉は、説得力があった。

 オフィスを出た後、三人は近くのカフェで話し合った。

「どう思う?」

 リドラが尋ねた。

「悪い話じゃないと思う」

 ショーンが答えた。

「五千万あれば、本当に成長できる」

「でも、俺は反対だ」

 アダムが、強く言った。

「なぜ?」

「独立性を失うからだ。投資家が入れば、彼らの意向を無視できない」

「でも、桐谷さんは『強制しない』って——」

「建前だよ。金を出す側が、力を持つのは当然だ」

 アダムの懸念は、もっともだった。

「それに、俺たちは技術で勝負してきた。金の力で勝とうとするのは、違う気がする」

「でも、アダム」

 ショーンが、真剣な表情で言った。

「理想だけじゃ、会社は続かない。現実を見ないと」

「現実って……お前、いつからそんなに金の話ばかりするようになった?」

 アダムの言葉に、ショーンは傷ついた表情を見せた。

「……僕は、ずっと財務を見てきた。どれだけ厳しいか、誰よりも分かってる」

「じゃあ、もっと効率化すればいいだろ。無駄を削れば——」

「無駄なんてない!」

 ショーンが、初めて声を荒げた。

「僕が、どれだけ切り詰めてきたと思ってるの! それでも、足りないんだよ!」

 その言葉に、アダムは黙った。

「やめろ、二人とも」

 リドラが割って入った。

「今は、冷静に判断しないと」

「リドラは、どう思う?」

 ショーンが尋ねた。

 リドラは、しばらく黙っていた。

 そして——。

「……俺も、迷ってる」

 彼は、正直に告白した。

「投資を受ければ、成長できる。でも、アダムの言う通り、何かを失う気もする」

「じゃあ、どうするの?」

「もう少し、考えさせてくれ。一人で決められる問題じゃない」

 三人は、それぞれの考えを抱えたまま、別れた。

 その夜、ショーンは一人、財務資料を見直していた。

 現金残高、月次のキャッシュフロー、予測される支出——。

 数字は、明確だった。

 このままでは、半年後に資金が尽きる。

 新規採用はできない。大きな投資もできない。守りに入るしかない。

 そして、ネクサステックに、じわじわと侵食される。

「どうすればいいんだ……」

 彼は、頭を抱えた。

 翌朝。ショーンは、決意した。

「二人とも、話がある」

 彼は、財務資料を全て並べた。

「これを、見てほしい」

 リドラとアダムは、数字を追った。

 そして、現実を突きつけられた。

「このままでは、持たない」

 ショーンの声は、震えていた。

「投資を受けるか、規模を縮小するか。二択だ」

「規模縮小って……」

「社員を減らす。新規案件を断る。守りに入る」

 その言葉に、二人は絶句した。

「でも、それじゃ——」

「競合に、負ける」

 ショーンが、はっきりと言った。

「僕は、投資を受けるべきだと思う」

 沈黙が流れた。

 そして、アダムが口を開いた。

「……分かった」

「アダム?」

「ショーンが、そこまで言うなら、信じる」

 アダムは、自分の信念を曲げた。

「お前は、ずっと財務を見てきた。一番、現実が分かってる。お前の判断を、信じる」

「ありがとう、アダム」

 ショーンの目に、涙が浮かんだ。

「リドラは?」

「……俺も、賛成だ」

 リドラが頷いた。

「ただし、条件がある」

「何?」

「最終的な意思決定は、俺たち三人で行う。投資家に、口出しはさせない」

「了解。それは、契約に明記する」

 三人は、決断した。

 投資を、受け入れる。

 それは、新しいステージへの扉だった。

 だが、同時に、何かを失う覚悟でもあった。

(第18話終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る