第15話「共有の意味」
ノーザン物流のシステム納品から三日。
アダムは、未だにオフィスで寝泊まりしていた。
「アダム、もう帰れよ」
リドラが、心配そうに声をかけた。
「いや、まだ監視が必要だ。万が一、トラブルが起きたら——」
「大丈夫だよ。システムは完璧に動いてる」
ショーンが、モニターを見せた。
「でも……」
アダムの目には、まだ不安が残っていた。
「お前、本当は何を怖がってるんだ?」
リドラが、真正面から尋ねた。
「……また、失敗するんじゃないかって」
アダムが、ようやく本音を吐いた。
「あのバグを見つけたとき、俺は自分の技術を疑った。本当に、俺はCTOとして相応しいのかって」
「バカ言うな」
リドラが、アダムの肩を掴んだ。
「お前がいなきゃ、あのシステムは完成しなかった。お前は、天才だ」
「でも、完璧じゃない……」
「誰も完璧じゃないよ」
ショーンが、優しく言った。
「僕だって、財務で何度もミスしてる。リドラだって、営業で失敗してる。でも、三人でカバーし合ってる」
「……そうだな」
アダムは、ようやく肩の力を抜いた。
「じゃあ、今日は帰ろう。三人で、ちゃんと休もう」
リドラが提案した。
「ああ。そうしよう」
三人は、久しぶりに早めにオフィスを出た。
翌日。ノーザン物流の村田から、電話があった。
『リドラさん、素晴らしいニュースです』
「何でしょうか?」
『システム導入後、配送効率が四十パーセント向上しました。社内で大絶賛です』
「本当ですか!」
『ええ。それで、追加契約の相談をしたいのですが』
リドラは、すぐに二人を呼んだ。
「ノーザンから、追加契約の話だ」
「やったな」
「でも、慎重にいこう」
アダムが釘を刺した。
「ああ。今度は、ちゃんと三人で判断する」
翌週、三人はノーザンを訪れた。
「追加で、西日本エリアにもシステムを展開したい。それから、新しい機能も欲しい」
村田が、要望を伝えた。
「分かりました。ただし、今回は納期とリソースについて、事前にしっかり協議させてください」
リドラが、丁寧に応じた。
「もちろんです。前回の無理なスケジュール、申し訳なく思っています」
「いえ、こちらこそ。でも、今度は余裕を持って進めたいんです」
三人は、ノーザンと時間をかけて条件を詰めた。
納期は六ヶ月。予算は前回の一・五倍。追加でエンジニアを二名雇う許可も得た。
「これなら、現実的だ」
アダムが頷いた。
「利益率も、十分確保できる」
ショーンも満足そうだった。
「よし、契約しよう」
リドラが決断した。
契約書にサインをした瞬間、三人は達成感を共有した。
「やったな」
「ああ。今度は、ちゃんとした条件で」
「三人で、決めた契約だ」
その夜、リドラが切り出した。
「なあ、二人とも。掟について、話したいことがある」
「何?」
「前回のノーザンの件で、俺たちはギリギリまで追い込まれた。あのとき、俺は気づいたんだ」
リドラが、真剣な表情で続けた。
「掟は『苦しいときは共有する』だった。でも、それだけじゃ足りない」
「どういう意味?」
「俺たちは、苦しくなってから共有してた。でも、本当は苦しくなる前に、共有すべきだった」
その言葉に、アダムとショーンは黙った。
「つまり?」
「早めに相談する。小さな不安でも、すぐに言う。そうすれば、大きな問題になる前に対処できる」
「……確かに」
アダムが頷いた。
「俺も、バグに気づいた時点で、すぐに言えば良かった。でも、自分で何とかしようとして、遅れた」
「僕も、財務的な懸念を、もっと早く伝えるべきだった」
ショーンも認めた。
「じゃあ、掟を更新しよう」
リドラが提案した。
「『苦しいときは、必ず三人で共有する。そして、苦しくなる前に、予兆の段階で相談する』」
「いいね」
「賛成」
三人は、改めて拳を合わせた。
翌日から、三人は毎朝十五分、ミーティングを持つことにした。
「今日の不安、誰かある?」
「俺は、新しいクライアントの要求が、ちょっと気になってる」
「僕は、来月の資金繰りが少しタイト」
「じゃあ、それぞれ対策を考えよう」
小さな不安を、毎日共有する。
それだけで、大きな問題に発展することが減った。
一ヶ月後。効果は明らかだった。
「トラブルが、激減したね」
ショーンが、データを見せた。
「ああ。早めに手を打てるようになった」
アダムも満足そうだった。
「掟を更新して、良かったな」
リドラが笑った。
その日の午後、マヤが三人に相談に来た。
「あの、相談があります」
「何だ?」
「実は、ケビンさんと、また意見が合わなくて……」
マヤが、困った表情で言った。
「詳しく聞かせて」
三人は、マヤの話を丁寧に聞いた。
「なるほど。じゃあ、三人でケビンと話そう」
リドラが提案した。
「三人で、ですか?」
「ああ。問題は、早めに解決する。それが、俺たちのやり方だ」
三人とマヤ、そしてケビンで話し合った。
ケビンは、最初は防御的だったが、三人が真剣に話を聞くと、徐々に心を開いた。
「実は……前の会社で、意見を言っても無視されてきたんです。だから、ここでも同じだと思って、最初から強く出てしまった」
「そうだったのか」
「でも、ここは違います。ちゃんと、話を聞いてくれる」
ケビンの目に、涙が浮かんだ。
「これからは、ちゃんとチームワークします。すみませんでした」
「いいさ。これから、一緒に頑張ろう」
リドラが、ケビンの肩を叩いた。
こうして、チームはさらに強固になった。
その夜、三人は屋上に出た。
「掟を更新してから、会社の雰囲気が変わったな」
「ああ。みんなが、早めに相談するようになった」
「これが、俺たちの目指す組織なのかもね」
三人は、夜景を見ながら語り合った。
「なあ、リドラ」
アダムが尋ねた。
「お前、最近、父親のこと言わなくなったな」
「……ああ」
リドラが、少し笑った。
「まだ、超えたわけじゃない。でも、焦らなくなった」
「どうして?」
「お前たちがいるから。三人でいれば、いつか必ず超えられる。そう思えるようになった」
その言葉に、ショーンとアダムは微笑んだ。
「いい変化だね」
「ああ。お前が、一番成長したかもな」
「何だよ、それ」
三人は、笑い合った。
掟の意味を、深く理解した三人。
苦しいときは、共有する。
苦しくなる前に、相談する。
それが、真のチームワークだった。
(第15話終わり)
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