第13話「地獄の開発」
サンライズの件から一週間。三人は、改めて方針を確認していた。
「無理な案件は追わない。でも、確実に成長する」
リドラが、冷静に言った。
「賛成。今は、既存顧客を大事にしよう」
アダムが頷いた。
だが、その決意は、すぐに試されることになった。
「リドラさん、ノーザン物流から連絡です」
エリカが、電話を転送してきた。
「ノーザン?」
リドラは、一年前に失敗した大手企業の名前に、一瞬固まった。
「もしもし、リドラです」
『お久しぶりです。村田です』
電話の向こうは、以前プレゼンを聞いてくれた営業部長だった。
『実は、御社のシステムを、改めて検討したいと思いまして』
「本当ですか!」
『ええ。あれから、御社の評判を聞いています。ミッドシティでの成功、他の顧客での実績——素晴らしいですね』
「ありがとうございます」
『ただし、条件があります』
「何でしょうか?」
『三ヶ月後に、全国展開のシステム刷新プロジェクトがあります。そこに、御社のシステムを組み込みたい。間に合いますか?』
リドラは、息を呑んだ。
「少々、お待ちください」
彼は、保留ボタンを押して、アダムとショーンを呼んだ。
「ノーザンが、契約したいと言ってる。ただし、三ヶ月後の全国展開プロジェクトに間に合わせる必要がある」
「三ヶ月? 厳しいな」
アダムが顔をしかめた。
「でも、できないわけじゃない」
「リスクは?」
ショーンが尋ねた。
「高い。でも、これまでの最大案件になる。年商で、二千万ニールは見込める」
「……やろう」
アダムが決意した。
「ただし、三人で決めた。独断じゃない」
「ああ」
リドラは、電話に戻った。
「お受けします。三ヶ月で、必ず完成させます」
契約は、翌週に成立した。
だが、契約書を見たアダムの顔色が変わった。
「これ……想定の三倍の機能追加が必要だ」
「え?」
「ノーザンの既存システムとの連携、リアルタイムのデータ分析、複数拠点の統合管理——全部、新規開発が必要だ」
「三ヶ月で、できるのか?」
ショーンが、不安そうに尋ねた。
「……やるしかない」
アダムは、覚悟を決めた。
翌日から、地獄の開発が始まった。
アダムとマヤは、連日徹夜でコードを書いた。一日十八時間、週七日。休みはない。
「アダム、もう限界です……」
開発開始から二週間、マヤが弱音を吐いた。
「あと一ヶ月半だ。頑張ろう」
「でも、この進捗だと、絶対に間に合わない」
マヤの指摘は、正しかった。
アダムは、リドラとショーンを呼んだ。
「正直に言う。このままじゃ、間に合わない」
「どうすればいい?」
「エンジニアを、もう二人雇う。それしかない」
「分かった。すぐに募集をかける」
ショーンが動いた。
だが、急募で優秀なエンジニアは見つからない。面接に来たのは、経験の浅い新人ばかりだった。
「これじゃ、戦力にならない……」
アダムは、頭を抱えた。
結局、一人だけ、経験者を採用できた。名前は、ケビン・チャン。三十代、大手IT企業での経験がある。
「よろしく頼む」
「任せてください」
ケビンは、自信満々だった。
だが、初日から問題が起きた。
「アダム、このコード、ひどいですね」
ケビンが、既存のコードを見て言った。
「何?」
「設計が古臭い。もっとモダンなアーキテクチャにすべきです」
「今は、リファクタリングしてる時間はない。納期が——」
「納期よりも、品質が大事でしょ」
ケビンは、勝手にコードを書き換え始めた。
「ちょっと待て! 勝手に変えるな!」
「でも、このままじゃダメです」
「お前の判断で、勝手に決めるな!」
アダムが、初めて怒鳴った。
ケビンは、むっとした表情で黙り込んだ。
その夜、マヤがアダムに相談した。
「ケビンさん、チームワークができない人ですね」
「ああ……失敗したかもしれない」
「でも、今から解雇するわけにもいかないし」
「何とか、やるしかない」
アダムは、疲れ果てていた。
一方、リドラはノーザンとの調整に追われていた。
「村田さん、この機能追加、本当に必要ですか?」
『必要です。これがないと、現場が使えない』
「分かりました。検討します」
電話を切ると、リドラは頭を抱えた。
仕様変更が、次々と飛んでくる。開発の負担は、増える一方だった。
「アダム、また機能追加の依頼だ」
「無理だ。もう、キャパオーバーだ」
「でも、断れない。契約条件に含まれてる」
「契約条件って……そんなの聞いてないぞ!」
「契約書に、細かく書いてあった」
「お前、ちゃんと確認したのか!」
アダムが、リドラに詰め寄った。
「確認した! でも、こんなに追加されるとは思わなかった!」
「それは、営業の失敗だろ!」
「技術的に実現できるか、お前が判断すべきだったろ!」
二人の口論が、始まった。
「やめて、二人とも!」
ショーンが割って入った。
「今は、お互いを責めてる場合じゃない。どうすれば、納期に間に合うか、考えよう」
二人は、黙り込んだ。
「……ごめん」
リドラが、先に謝った。
「俺も。焦ってた」
アダムも頭を下げた。
三人は、深夜まで対策を練った。
「優先順位をつけよう。必須機能と、後回しでいい機能を分ける」
「ああ。それを、ノーザンに提案する」
「僕が、スケジュールを引き直す」
三人の連携で、何とか方針が見えてきた。
翌日、リドラはノーザンと交渉した。
「村田さん、正直に申し上げます。すべての機能を三ヶ月で実装するのは、不可能です」
『困りますね』
「ただし、提案があります。コア機能は三ヶ月で完成させます。残りの機能は、段階的にリリースします」
『……検討します』
二日後、ノーザンから返事があった。
『了解しました。コア機能の完成を、優先してください』
リドラは、安堵した。
だが、それでも開発は地獄だった。
アダム、マヤ、ケビンは、連日深夜まで作業を続けた。
「もう、体が限界です……」
マヤが、ついに倒れた。
「マヤ!」
アダムが、彼女を抱き起こした。
「大丈夫……ちょっと、目眩がしただけ」
「無理するな。今日は帰れ」
「でも——」
「帰れ!」
アダムが、強く言った。
マヤは、泣きながら帰った。
アダムは、一人で作業を続けた。
午前三時。リドラとショーンが、オフィスに戻ってきた。
「アダム、まだやってるのか」
「ああ……あと少しで、この機能が完成する」
「もう、寝ろよ」
「寝てる暇はない」
アダムの目は、血走っていた。
「お前が倒れたら、全部終わるぞ」
「分かってる……でも、止まれない」
リドラは、アダムのノートパソコンを閉じた。
「おい!」
「今日は、終わりだ。明日、三人で続きをやる」
「でも——」
「掟を、思い出せ」
リドラの言葉に、アダムは動きを止めた。
「苦しいときは、三人で共有する。お前一人で、抱え込むな」
「……ああ」
アダムは、力が抜けた。
「じゃあ、三人で、明日も頑張ろう」
ショーンが、二人の肩を叩いた。
三人は、深夜のオフィスを出た。
空には、星が輝いていた。
「あと一ヶ月……」
「やり遂げよう」
「三人で」
地獄は、まだ続く。
だが、三人なら、乗り越えられる。
そう、信じていた。
(第13話終わり)
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