第10話「1年目の終わり」
起業から十一ヶ月。年末が近づいていた。
「今年の総売上、予測で三千二百万ニール」
ショーンが、財務報告をまとめていた。
「目標の三千万を超えたな」
リドラが満足そうに頷いた。
「でも、利益はほぼゼロ。人件費と設備投資で、全部消えてる」
「仕方ない。成長期だからな」
アダムが、コーヒーを飲みながら答えた。
「顧客は十二社。社員は五人。オフィスも、もう手狭だ」
ショーンが、現状を整理した。
「来年は、もっと拡大するぞ」
リドラの目は、すでに次を見ていた。
その日の夕方、立花社長から電話があった。
「リドラ君、年末の挨拶に来てくれないか? うちのドライバーたちが、君たちに会いたがってる」
「もちろんです。三人で伺います」
翌日、三人はミッドシティ運送を訪れた。
事務所には、ドライバーたちが集まっていた。
「おお、来たか!」
北村が、笑顔で迎えた。
「君たちのシステムのおかげで、残業が減った。家族との時間が増えたよ」
「本当に、ありがとう」
他のドライバーたちも、感謝の言葉を口にした。
「俺たち、何もしてないですよ。皆さんが、システムを使いこなしてくれたから」
リドラが謙遜したが、立花社長が笑った。
「謙遜するな。君たちは、うちの会社を救った。売上も、去年より三十パーセント増えたんだ」
三人は、顔を見合わせた。
「それは……嬉しいです」
「これからも、頼むぞ」
立花が、三人の肩を叩いた。
帰り道、三人は静かだった。
「なあ、俺たち、ちゃんと役に立ててるんだな」
アダムが呟いた。
「ああ。技術が、人を幸せにしてる」
リドラも、珍しく感慨深げだった。
「これが、僕たちの目指してたことだよね」
ショーンが微笑んだ。
その夜、五人で忘年会を開いた。
「乾杯!」
「一年間、お疲れ様!」
「来年も、よろしく!」
マヤとエリカも、すっかりチームの一員になっていた。
「なあ、来年の目標、決めようぜ」
リドラが、グラスを置いた。
「売上一億ニール!」
マヤが、元気よく答えた。
「いや、そこまでは無理だろ」
アダムが苦笑した。
「じゃあ、五千万ニールは?」
「それなら、現実的だな」
ショーンが頷いた。
「よし、決定。来年の目標は、売上五千万ニール、顧客二十社」
リドラが宣言した。
「おー!」
五人は、再び乾杯した。
だが、宴会が終わった後、三人だけで残った。
「なあ、二人とも」
リドラが、真剣な表情で言った。
「俺たち、本当にやれるのかな」
「急にどうした?」
「いや……今年は順調だった。でも、これからもっと困難が来る気がする」
リドラの言葉に、アダムとショーンは黙った。
「競合も増えてる。大手も、AI物流に本格参入し始めた。俺たちみたいな小さい会社、いつ潰れてもおかしくない」
「でも、俺たちには強みがある」
アダムが答えた。
「技術力と、顧客との距離の近さ」
「それに、三人の絆」
ショーンが続けた。
「……そうだな」
リドラが、少し笑った。
「でも、正直に言うと、怖い」
「何が?」
「このまま成長し続けられるのか。俺たちが、本当に父親を超えられるのか」
リドラの本音に、二人は驚いた。
「まだ、父親のこと、気にしてるのか?」
「ああ。あの日の言葉が、頭から離れない。『失敗したら、二度と顔を見せるな』」
リドラの目に、わずかに不安が見えた。
「リドラ」
アダムが、彼の肩を叩いた。
「お前は、もう十分すごい。一年で、ここまで会社を成長させた。それだけで、誇っていい」
「でも、まだ足りない」
「いつになったら、十分なんだ?」
ショーンが尋ねた。
「……分からない」
リドラは、自分でも答えを見つけられなかった。
「じゃあ、掟を思い出そう」
ショーンが、二人を見た。
「苦しいときは、共有する。今、リドラは苦しんでる。だから、一人で抱え込むな」
「……ありがとう」
リドラが、小さく笑った。
「俺も、言っていいか?」
アダムが口を開いた。
「実は、俺も不安だ。マヤが入って、俺の技術が相対的に落ちてる気がする」
「そんなことないだろ」
「いや、あいつの方が効率的にコードを書く。俺、このままでいいのかって」
アダムの本音に、リドラとショーンは驚いた。
「お前も、か」
「ああ」
「じゃあ、僕も言う」
ショーンが告白した。
「僕は、二人についていけてるのか、不安なんだ。リドラは営業の天才。アダムは技術の天才。でも、僕は?」
「お前は、財務の天才だろ」
「違うよ。僕は、ただ数字を管理してるだけ。二人みたいに、直接価値を生み出してない」
ショーンの目に、涙が浮かんだ。
「それに、母さんから借りた金、まだ全額返せてない。申し訳なくて……」
三人は、それぞれの不安を吐き出した。
そして、沈黙の後——。
「俺たち、バカだな」
リドラが笑った。
「一年も一緒にやってきて、まだお互いに遠慮してる」
「ああ。掟を作ったのに、ちゃんと使えてない」
アダムも苦笑した。
「じゃあ、改めて確認しよう」
ショーンが、三人を見た。
「俺たちは、苦しいときは必ず共有する。どんなに小さな不安でも、隠さない」
「ああ」
「そうしよう」
三人は、拳を合わせた。
「来年も、三人で」
「どんな困難も、乗り越える」
「絶対に」
深夜のオフィスに、三人の誓いが響いた。
翌朝。三人は、マヤとエリカを呼んだ。
「二人に、話がある」
リドラが切り出した。
「何ですか?」
「実は、俺たち三人には、掟がある」
リドラは、掟の内容を説明した。苦しいときは共有する。お互いを支え合う。それが、スリー・ブリッジの根幹だと。
「素敵ですね」
マヤが目を輝かせた。
「私たちも、それを守りたいです」
「いいのか?」
「もちろんです。私たちも、チームの一員ですから」
エリカも頷いた。
「じゃあ、決まりだ」
リドラが笑った。
「これからは、五人で掟を守る」
「よろしくお願いします!」
こうして、スリー・ブリッジの掟は、五人に広がった。
大晦日の夜。三人は、最初のオフィスだったアパートの前に立っていた。
「ここから、始まったんだよな」
「ああ。一年前、ここで掟を作った」
「懐かしいね」
三人は、当時を思い出した。
「なあ、俺たち、成長したかな」
リドラが尋ねた。
「したよ。絶対に」
ショーンが答えた。
「でも、まだまだだな」
アダムが笑った。
「ああ。来年は、もっと成長する」
三人は、夜空を見上げた。
一年前、不安だらけだった三人。
今も、不安はある。
だが、確かに前に進んでいる。
三人で、一歩ずつ。
「じゃあ、来年もよろしくな」
「ああ」
「うん」
新年の鐘が、遠くで鳴り始めた。
三人は、静かに耳を傾けた。
これからも、困難は続く。
でも、三人なら、乗り越えられる。
掟があるから。
絆があるから。
そして——。
涙を拭かない、と誓ったから。
(第10話終わり)
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