第7話「最初の成功」

 ノーザン物流の失敗から二週間。三人は、地道に小規模案件を積み重ねていた。

「今月で、顧客が八社になった」

 ショーンが、売上表を見せた。

「月商二百万ニール突破か。悪くない」

 リドラが頷いた。

「でも、利益率は低い。小規模案件ばかりだから、サポートコストが割に合わない」

「分かってる。でも、今は実績を積む時期だ」

 アダムが、コーヒーを飲みながら言った。

 その日の午後、思いがけない電話がかかってきた。

「スリー・ブリッジの、リドラさんでしょうか?」

「はい、そうですが」

「私、ミッドシティ運送の代表、立花と申します。御社のシステムに興味がありまして」

 リドラは、携帯を握る手に力を込めた。ミッドシティ運送——従業員百名、トラック四十台の中堅企業だ。

「ありがとうございます。ぜひ、お話を聞かせてください」

 アポイントは、翌日に設定された。

「チャンスだ」

 リドラが、二人に告げた。

「ミッドシティは、俺たちにとって最大の案件になる」

「でも、慎重にいこう。ノーザンの失敗を繰り返さないように」

 アダムが釘を刺した。

「ああ。事前のヒアリングを徹底する。ショーン、相手の財務状況も調べてくれ」

「了解」

 三人は、深夜まで準備に追われた。

 翌日。ミッドシティ運送の本社は、郊外の物流センターに併設されていた。社長の立花は、四十代半ばの精悍な男性だった。

「君たちの噂は、業界内で広がってるよ。『小さいが、技術力は本物』だってな」

「ありがとうございます」

 リドラが、礼を述べた。

「正直に言うと、うちは今、岐路に立ってる。大手に押されて、シェアを失いつつある。このまま何もしなければ、五年後には廃業だ」

 立花の表情は、真剣だった。

「だから、IT化で勝負をかけたい。君たちのシステムは、その鍵になるかもしれない」

「必ず、お役に立ちます」

 リドラは、プレゼンを始めた。だが、今回は違った。

「まず、御社の現状と課題について、お聞かせください」

 彼は、一方的に売り込むのではなく、相手の話を聞くことから始めた。

 立花は、自社の問題点を詳細に語った。配送の遅延、ドライバー不足、顧客からのクレーム——すべてが、システム化の遅れに起因していた。

「なるほど。では、技術的な要件について、アダムから確認させてください」

 アダムが、ノートパソコンを開いた。

「御社の既存システムについて、教えていただけますか? 基幹システムのベンダー、使用しているプロトコル、データベースの種類——」

 彼は、ノーザンでの失敗を教訓に、事前に技術要件を洗い出した。

「うちは三年前に、クラウド型の基幹システムに移行した。REST APIに対応してる」

「完璧です。弊社のシステムと、シームレスに連携できます」

 アダムの表情が明るくなった。

「では、財務面について」

 ショーンが、導入プランを提示した。

「初期費用は五十万ニール。月額は二十万ニールです。ただし、最初の三ヶ月は試験導入期間として、月額を半額に設定します」

「リスクを抑えた提案だな」

「はい。私たちも、御社との長期的な関係を望んでいます」

 立花は、三人の説明を聞き終えると、しばらく考え込んだ。

 そして——。

「やろう。君たちに賭けてみる」

 三人は、思わず顔を見合わせた。

「本当ですか!」

「ああ。ただし、一つ条件がある」

「何でしょうか?」

「導入は、段階的に進めたい。まず十台のトラックで試験運用。成功したら、全車両に拡大する」

「もちろんです。その方が、リスクも少ない」

 契約は、その場で成立した。

 オフィスを出た三人は、駐車場で抱き合った。

「やった!」

「最大の案件だ!」

「これで、流れが変わる!」

 だが、喜びもつかの間。リドラが真剣な表情になった。

「いいか、二人とも。ここからが本番だ。絶対に失敗は許されない」

「分かってる」

「任せろ」

 三人は、気を引き締めた。

 導入作業は、翌週から始まった。

 アダムは、システムのカスタマイズに追われた。ミッドシティの業務フローに合わせて、UIを調整し、機能を追加する。

 リドラは、ドライバーたちへのトレーニングを担当した。システムの使い方を教えるだけでなく、「なぜこれが必要なのか」を丁寧に説明した。

 ショーンは、プロジェクト全体の進捗管理を行った。スケジュール、予算、リスク——すべてを可視化し、三人で共有した。

 だが、初日からトラブルは起きた。

「システムが、反応しないんだけど」

 ドライバーの一人が、タブレットを持ってきた。

「すぐに確認します」

 アダムが調べると、通信回線の不安定さが原因だった。

「この地域、電波が弱いんです」

「なるほど。じゃあ、オフラインモードを強化します」

 彼は、その場で修正パッチを作成した。

 三日後、別のトラブルが発生した。

「配送ルートが、おかしいんだよ。明らかに遠回りしてる」

 ベテランドライバーの北村が、クレームをつけてきた。

「AIが計算したルートですが……」

「AIが何だ! 俺は三十年この仕事してる。どの道が早いか、分かってる!」

 アダムは、反論しかけたが、リドラが制した。

「北村さん、教えていただけませんか? どのルートが最適だと思われますか?」

「え?」

「あなたの経験は、貴重なデータです。それを、システムに反映させたい」

 北村は、驚いた表情を見せた後、自分の知るルートを詳細に説明した。

 アダムは、その情報をシステムに入力した。すると、AIが新しい最適ルートを計算した。

「これ、どうですか?」

「……おお、これなら納得だ」

 北村の表情が、柔らかくなった。

「ありがとうございます。他のドライバーさんからも、情報をいただけますか?」

 リドラの提案に、ドライバーたちが協力し始めた。

 一週間後。システムは、ドライバーたちの経験を取り込んで、劇的に改善された。

「配送時間が、平均で三十五パーセント短縮されてる」

 ショーンが、データを分析した。

「燃料費も、二十パーセント削減」

「すごい……」

 アダムも、驚きを隠せなかった。

「技術だけじゃ、こうはならなかった。人の知恵と、AIの融合だ」

 リドラが、満足そうに頷いた。

 二週間後。立花社長が、三人を呼んだ。

「君たち、やってくれたな」

 彼の表情は、笑顔だった。

「ドライバーたちが、『これは便利だ』『仕事が楽になった』って言ってる。顧客からの評価も上がった」

「ありがとうございます」

「試験運用は成功だ。全車両への導入を、正式に決定する」

 三人は、思わず拳を握り締めた。

「それだけじゃない。私の知り合いの運送会社にも、君たちを紹介したい。いいか?」

「もちろんです!」

 リドラが、即答した。

 オフィスを出た後、三人は近くの公園に座り込んだ。

「やった……本当に、やった……」

 アダムが、空を見上げた。

「これが、俺たちの最初の成功だな」

 リドラも、久しぶりにリラックスした表情を見せた。

「三人でやり遂げたんだね」

 ショーンが、笑顔で言った。

「ああ。一人じゃ、絶対に無理だった」

「お互いを補い合えた」

「掟を、守れた」

 三人は、静かに達成感を噛み締めた。

 その夜、三人は少し奮発して、ちゃんとしたレストランで食事をした。

「乾杯!」

「俺たちの成功に!」

「そして、これからに!」

 グラスが触れ合う音が、心地よく響いた。

「なあ、リドラ」

 アダムが、珍しく自分から話しかけた。

「父親に、報告するのか?」

 リドラは、グラスを見つめた。

「……まだだ。これくらいじゃ、認めてもらえない」

「でも——」

「大丈夫。俺は焦ってない。三人でいれば、いつか必ず、親父を超えられる」

 その言葉に、ショーンとアダムは安堵した。

「ショーンは? 母さんに報告したか?」

「うん。すごく喜んでくれた。『三人で頑張ってるのね』って」

「良かったな」

「うん」

 三人は、それぞれの家族のことを語り合った。

 そして、夜が更けていく。

「さて、明日からまた忙しいぞ」

「ああ。でも、今日は早く寝よう」

「賛成」

 三人は、アパートに戻った。

 小さな部屋だが、そこには確かな絆があった。

 苦しいときも、嬉しいときも、三人で共有する。

 その掟が、彼らを成功に導いた。

 そして、これからも導き続けるだろう。

 だが、成功は新たな試練の始まりでもあった。

 それを、彼らはまだ知らない。

(第7話終わり)

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